第七十一話 一人で
今回は妃愛の視点でお送りします!
では第七十一話です!
目の前が赤く染まった。
数秒前まで人間の姿をしていた「彼女」の体が変化した。繋がっていた胴が二つに折れ、背中から君の悪い何かが飛び出してくる。その結果、体の断面から吹き出るように血が飛び出し、私の顔を濡らしていった。
瞬間。
私は何が起きたのかわからなくなる。
思考は完全に停止し、意識ごとどこか別の世界に飛ばされたような感覚が頭を支配していった。それは私を抱いていたガイアさんや、その光景を隣で見ていた「彼女」のお父さんも同じようで、この場にいる誰一人として瞬時に動くことができなかった。
だがその中でもすぐに現実を理解したガイアさんは地面を蹴って「彼女」から距離を取ろうとする。
「ッ!」
だが私はそんなガイアさんの腕を払いのけて「彼女」の名前を叫びながら血の雨の中に飛び込んでいった。
「月見里さん!!!」
「ま、待ちなさい!今、近づいたら………!」
「はっ!」
その言葉によって我に帰ることができた私は自分の頭上から降ってきているとてつもない殺気に目を奪われてしまう。顔は自然と空へ向けられ、徐々に実体を持っていくその「化け物」の存在を私は知覚してしまった。
そしてその「化け物」はそお姿を確立した瞬間、耳をつんざくような声でこう呟いて行った。
「ひゃひゃひゃひゃ!!!まったく、随分と時間がかかちまったが、ようやく外に出られたな。あの女の体の中もそれなりに居心地はよかったが、外の空気は段違いだぜ!さあ、早速食事の時間だ、ひゃひゃひゃ!この第三の柱様が喰らってやろうって言ってんだ。食事くらい用意してあるよな?ひゃひゃひゃひゃ!」
それは言うなれば「人」だった。二本の腕と二本の足。首から上には頭とおもわしき器官が備わっている。そしてその中心には鋭い牙が生えた口と、紫色の光を放っている二つの瞳がのぞいていた。
だが。
あれは「人」の形をしているだけで、「人間」ではない。
それは一目見ただけでわかってしまう。
肌は真っ黒に染まり、背中から六つの翼が生え、体のいたるところがドロドロと溶けかけている。しかし溶けたそばから何かが急速に再生しているようで、ダメージを負っているというわけではなさそうだった。
普段ならその得体の知れない存在を見た瞬間、私は固まって動けないだろう。現に今も、その「化け物」から放たれてくる殺気に震えが止まらない。
でも。
今はそんな自分を投げ捨ててでも成さなければいけないことがある。
その一心で私は視線を下の位置に戻した。そこには体を二つに分けられてしまった月見里さんが倒れており、地面を赤く染めながら目を閉じていた。
そんな月見里さんの下へ私は駆け出す。動かない足に鞭をうち、何が何でもそばへ近づこうとした。
だが。
そんな私をあの「化け物」は見逃さなかった。
「ああ?なんだなんだ?この俺様の登場を無視して、あんなどうでもいい小娘に釘付けになってるやつがいるだと?ひゃひゃひゃひゃ!!!面白え、面白えぞ!!!………だったら、まずはお前から喰らってやる!」
瞬間。
私の背後に何かが現れた。
私が理解できたのはここまで。一瞬にして「化け物」が私との距離を詰めてきたという事実だけを頭が処理していく。でも、それでも私は走り続けた。それしかできることがなかったから。このまま死んでしまうかもしれないという現実をすら受け止める余裕はなかったのだ。
ゆえに。
私はここでもう一度誰かが傷つく瞬間を目にしてしまうことになる。
「さあて、久々の人肉だ!逃げられると思うなよおぉ!」
「ッ!」
そんな言葉が耳に届いた瞬間、私が振り返るよりも前に誰かが私を突き飛ばした。それによって私は体制を大きく崩し、月見里さんの目の前まで飛ばされていく。
だが反対に。
その「化け物」の餌食に。
あのガイアさんがなってしまった。
「ぐっ!?があああっ!?」
「ああん?なんだ、お前?何横から割り込んできてんだよ?」
「化け物」の牙が深々とガイアさんの首元に突き刺さる。赤い血が吹き出し苦の表情を浮かべるガイアさんは、どこか嬉しそうな笑みを浮かべながら、噛みついていても何故か喋ることができる「化け物」に対してこう返していった。
「わ、悪いわね………。で、でもこれくらいしか、今の私にはできないのよ………。私の役目はこれで終わる。もともと坊やに生かされてる命だもの。死ぬのなんて怖くないわ………」
「ちっ!こ、この味………!お前、神か!?」
「………ええ、そうよ。あなたが何者なのかわからないけど、どう私を喰らおうが私とあなたは相容れない。人間を食べて力を得るのが皇獣なんでしょうけど、生憎と私は人間じゃないのよ………」
「ガイアっ!!!」
その光景に空に浮かんでいたお兄ちゃんが思わず声を上げてしまう。しかしお兄ちゃんは月見里さんのお母さんが足止めしているらしく、こちらに駆けつけることはできていない。
だが、次の瞬間。
この場にいる誰もが想像していなかった出来事が起きた。
ガイアさんに噛みついているその「化け物」の口がどんどん大きくなっていったのだ。それは次第にガイアさんを丸呑みできるくらい巨大化し、一度噛み付かれて動くことのできないガイアさんを驚愕させていく。
「な!?そ、その口は………!」
「ひゃ、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!何か勘違いしてるみたいだなあ、お前。確かに他の皇獣は神々を喰らうほどの捕食能力はねえ。だがなあ、俺は仮にもサードシンボルだぞ?魔人の中でずっと成長を続けていた俺に喰らえないものなんてねえんだよ!」
「そ、そんなっ!?」
と、次の瞬間。
ガイアさんはその「化け物」に食べられた。悲鳴すら上がらなかったと思う。綺麗で美しくて、優しかったガイアさんがあの「化け物」に体の全てを捕食された。
骨や肉を砕くような音が周囲に響き渡り「ガイアさんだったもの」が「化け物」の胃袋に落ちていく。その光景は私やお兄ちゃんを絶望させとてつもない恐怖を走らせて行った。
だが。
そんな恐怖を感じる前に。
より驚くべきことが起きてしまう。
刹那。
ガイアさんを捕食した「化け物」の姿が変化していった。バキバキと何かを変質させるような音が響き、漆黒のオーラが世界を包み込んでそれは顕現する。
その姿は「女性」のものだった。しかし背中には相変わらず六つの翼が生え、瞳の色は紫に染まっている。しかし先ほどのように体が勝手に溶け出すことはなく、完璧な体を持ってその「化け物」は「生まれ変わって」いった。
そう。
そこにいたのは。
「………ひゃ、ひゃはひゃひゃひゃ!!!こいつは最高だっ!人間なんか比べものにならねえっ!俺は、俺はたった今、皇獣の常識を塗り替えたっ!ひゃひゃひゃひゃ!俺は、最強になったんだよぉ!!!」
「あ、あいつ………。ま、まさかガイアの力と体を吸収したのかっ!?」
「ふふふ、これはなかなか面白い展開になってきたわね。まさかこんなことになるとは私も思ってなかったけど、嬉しい誤算ということで受け取っておこうかしら」
「あ、ああ………。が、ガイア、さん………」
ガイアさんの姿を持った第三の柱だった。
見た目はほぼ完全に一緒だ。
違う点は翼が生えていることと、純白だった肌が黒く染まっているということ。
だがそれ以外を除けばそこにいるのは先ほどまで私を守ってくれていたガイアさんだったのだ。
その事実に私は腰が抜けて動けなくなってしまう。目の前に倒れている月見里さんに手を伸ばそうとするが、それすらできずに目の前の光景にただただ驚くしかなかった。
するとそんな私に向かってサードシンボルはニタニタ笑いながら話しかけてくる。その仕草はガイアさんのものとはまったく違ったが、ガイアさんの顔が喋りかけてくることで私の心はどんどん乱れていってしまった。
「あー、っと、お前は………。鏡妃愛っていうのか。俺が喰らったこいつの記憶からお前ん情報を引き出したぜえ。どうやらこの神はお前を大切にしてたみたいだが、生憎と俺はそういう意味のない愛情ってやつをぶっ壊すのが趣味なんだ。ってなわけで悪いがお前もあの神と同じ目にあってもらうぞ?」
「ど、どう、して………。どう、して、ガイアさん、は、私なんか、と守って………」
「ちっ。恐怖に心がやられたか。せっかく人が気持ちいい気分だってのに、これじゃ興醒めだぜ。まあいい。すぐに喰らってお終いにしてやる。俺にしちゃ、お前の後ろに転がってるその小娘のほうが弄り甲斐があるからな」
こ、小娘………?
その言葉に私の視線はもう一度月見里さんに向けられた。鉄臭い血の中に浮かぶ彼女はどういうわけか幸せそうな表情を浮かべて目を閉じている。
だがその顔を見た瞬間、私は私を取り戻した。
まだ、まだ私は止まれない。倒れている月見里さんを助けるまではまだ………。
死ぬわけにはいかないのだ。
そう思った瞬間、私の体は自由を取り戻していた。跳ねるように起き上がって月見里さんの元へ駆け寄っていく。その距離約二メートル。正直いって会ってないような距離だが、そんな距離を詰めるだけでもこのサードシンボルが私を殺すには十分な距離だった。
でも。
今度は大丈夫だと思った。
根拠などない。
ただ、私の背後に暖かい風が吹いた気がしたから。
それだけ。
そしてその予想は見事に的中する。
「逃げても無駄だぜ。俺はお前をどこまでも追いかけて………っ!?」
「させるかよ。お前の相手はこの俺だ。ガイアを殺したことで誰を敵に回したか、理解させてやる」
私と同じ金色の髪が風に吹かれて揺れ動く。金色のオーラをまとったその人はそこ知れない怒りを携えて私の背後にやってきた。見れば月見里さんのお母さんは屋敷があった地面に叩きつけられており、その制止を無理矢理振り払ってきたようだ。
そしてその人、お兄ちゃんは大きく息を吸い込んでこう吐き出していった。
「………色々と俺は勘違いしてたみたいだ。もしかしたらお前らにもそれなりに事情があって悩みを抱えた結果この戦いに参加してる、そう思っていた。いや、そう思いたかった。………でも、それは結局俺にはわからないことだ。俺にできるのは目の前で起きていることに全力で向き合うこと、それだけだ。だからガイアを喰らい味方であるはずの麗子を傷つけ、妃愛を殺そうとしたお前らを俺は許さない」
「許さない?ひゃひゃひゃ!よくいうぜ。お前ら人間が己の欲望のために動きた結果が、この光景だろうが。それを棚に上げて自分はお高くとまろうってのはムシが良すぎると思わねえのか?」
「………仮にそうだったとしても『お前』は無関係だったはずだ」
「あ?………がはっ!?」
その瞬間、サードシンボルの体が消えた。
お兄ちゃんの拳がその顔に突き刺さったことによって、遠くへ吹き飛ばされてしまったのだ。いくつもの瓦礫に体を打ち付けられたサードシンボルは途中でその威力を完全に殺すと、空へ飛び上がって態勢を整えていく。
するとそこでお兄ちゃんは背後にいる私に向かってこんなことを呟いてきた。
「………ガイアのこと気にするなとは言えない。でもあれはガイアがお前を守るためにとった行動だ。だから俺たちはあいつの分まで生きなくちゃいけない。それだけは忘れないでくれ。頼む」
お兄ちゃんはそう言うと、私を守るように二本の足を地面に突き立てて動こうとしなかった。おそらくこの場でサードシンボルや月見里さんのお母さんを迎え撃つつもりなのだろう。
私はお兄ちゃんに気を遣わせてしまっている事実に唇を噛みながらそれでも振り返ることはしなかった。
別に私に役目なんてない。
月見里さんの下に駆け寄る必要もない。
でも、私の体は勝手に動いていた。そうしなければいけないと心が勝手に思ってしまった。
そしてそれをお兄ちゃんは止めようとしない。まるで自分が私だったらそうしているとでも言っているかのように。
だから私はこの場の全てをお兄ちゃんに任せて自分のわがままを貫き通した。
だがその時。
私の背中に誰かが手を当てているような感覚が伝わってきた。
その感覚を私は知っている気がした。
そしてこんな「音」が響いてくる。
『進め。まだ彼女は死んじゃいない。彼女を繋ぎとめられるのはお前だけだ』
その声に押されるように私は足を動かし続けた。
そしてついに。
私は倒れている月見里さんの下へたどり着いたのだった。
次回は妃愛と麗子の会話になります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!
 




