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第七十話 麗子の過去、二

今回は前回の続きです!

では第七十話です!

 鏡妃愛という少女は実に不思議な人物だった。

 日本人だというのに金色の髪を持ち、どこにいたって超然としている少し変わった女の子。成績は常に優秀で何をさせても一番を取り続けるという異例極まる才能を持っていた。

 私自身、勉強には少々自身があったのでそれなりの成績を残していたはずだがそれでも彼女の成績には届かなかったと思う。まあ、勉強にそこまで執着しなかったためそれほど悔しくはなかったが、そんな観点から見ても彼女の存在は少しだけ異質だった。

 とはいえ、所詮は生きる世界が違う普通の女の子だ。聞けば両親も親戚もいない完全な孤独に陥っているらしかったが、それ以外はどこにでもいる一般人だと私は認識していた。

 しかしその前提条件が崩れる事件が起きた。

 それこそが二年前の春。

 私が真宮さんにさらなる追い討ちをかけるためにとある公園に呼び出した時のことである。あの日、私は真宮さんだけを呼び出したつもりだった。その証拠にいつも私にくっついてきている女子二人や、その他の人間はあえて連れてこなかったと思う。

 だというのに、私の前に現れたのは真宮さんではなく鏡さんだった。しかもその顔には見ただけでわかるほど強烈な激しい怒りが滲んでいた記憶がある。

 思えば彼女は真宮さんと中がよかったようだ。私が真宮さんをいじめてもその隣にい続け、彼女を支えていた人物。それが鏡さんだった。

 だから今思えばその行動は自然なのだろう。友達が傷つけられていて、それを助けようとする。なんら不思議な行動ではない。だが私はそんな些細なことすら気づけないほど、追い詰められていた。

 早く真宮さんを安全な場所に移動させないといけない。真宮さんの家族に被害が及ばないうちにどこかへ連れ出さないといけない。そんな誰も求めてはいないだろう願いに追い込まれていたのだ。

 ゆえに私は周りを見ることができていなかったのだ。

 全ての人間が私に同調して真宮さんをいじめたり距離を置いたりするわけではない。中にはそれに反発しようとする輩もいる。

 そしてその中に。


 私と「同じ世界」に生きる存在がいないとは絶対に言い切れないのだ。


 だから。

 私は焦った。

 鏡さんの体から得体の知れない力が湧き出し、その余波で自分が吹き飛ばされたことに。目の前で怒りに身を震わせながら、感じたことのない力をにじませている彼女自身に。

 私は焦り、恐怖したのだ。

 別に力の大小でそんな感情を抱いたのではない。自分の取った、取ってしまった行動に恐怖したのだ。

 私は一般人の中でも最も対戦の影響を受けてしまいそうな真宮さん、その家族を戦いから遠ざけるべく彼女をいじめてきた。そしてそれはうまく進んだ。自分で言うのもなんだがかなり順調だっただろう。

 しかし、それによってまた別の人間を私たちの世界に引き込んでしまうことになるとは思っていなかったのだ。

 鏡さんが発動させたその力は、誰がどう見ても通常の物理現象では説明できないものだ。ゆえに彼女はなんらかの理由でその力を得たということになる。ただ魔人だとは思えなかった。彼女の気配に魔人特有の禍々しさは感じられないし、何より自分がそんな力を持っているとは思ってすらいなかったような顔をしていた。

 だから、私を吹き飛ばしたことに鏡さん本人も焦っていたと思う。遅れて到着した真宮さんは気がついていなかったようだが、私にはそれがわかった。その顔に浮かんだ焦燥、そして絶望。誰かを殺してしまうのではないかという、絶対に感じたくない感情をその身に浴びた時に作ってしまう張り付いた空気。

 それがあの日、あの一瞬の鏡さんから滲み出ていた。

 だが、まだ終わらない。

 そのままバスに私が轢かれていればまだどうにかなったのだが、あろうことか鏡さんは憎き相手であろう私の体をさらに突き飛ばして、自分を犠牲にしてきたのだ。魔人となった私は、今更バスに轢かれたところで大したダメージは受けない。だから安心していた、気を抜いていたのだ。

 しかし彼女は、そんな私を最後の最後で救った。吹き飛ばされた私の体を自分の体と入れ替えるように弾き飛ばしたのだ。

 その結果は言うまでもない。

 鏡さんの体は引きちぎれ、道路の真ん中に血だまりができた。

 その瞬間、私は「ああ、終わった。やってしまった」、そう思っていた。なにせ誰も傷つかなくてすむように行動してきた結果が、真宮さんでもないただの女の子を死なせてしまったのだ。あの時の私はひどくうろたえていただろう。というか一刻も早く逃げ出したかったに違いない。

 現に私は救急車だけ呼んで立ち去ろうとした。

 しかし。

 またしてもそんな私の予想を裏切る出来事が起きた。

 バスに轢かれ、バラバラになったであろう鏡さんの体がとてつもないスピードで回復していったのである。

 魔術も治癒系の魔人すらいないというのに、そんな現象が起きてしまったのだ。当然、私は何もしていない。逃げ出そうとしていた私が何かするはずもない。

 それなのに、鏡さんはまるで自分はまだ死ねない、とでも言いたげに勝手に再生していったのだ。

 その瞬間、私は確信した。

 私が最も注意し、対戦から遠ざけるべきだったのは真宮さんではなく「鏡さん」だったのだと。魔人でもなく帝人でもない彼女に宿っている力。これはまず間違いなく争いを呼ぶ種になる。

 そう思ってしまった。

 それからの私は今まで積み上げてきたものを全て壊しながら標的を真宮さんではなく鏡さんに変更した。

 幸い鏡さんには両親も親戚もいない。つまり頼れる人間が誰もいない。そうなると早々にそのメンタルは折れると私は考えた。

 だから私は彼女をいじめるために手段は選ばなかった。心は常に痛んでいたが、それでも彼女のためだと思っていじめを続けた。全てが終わればどんな報いも誹りも受ける、だから今は安全な場所にいてほしい。その心が私を動かし続けていた。

 でも、結果的にそれは間に合わない。

 自分の命や自分の家族のことはどうでもいい。ただ、自分たちのせいで誰かが苦しむのだけは絶対に嫌だ。そう思うことだけが生き甲斐だった私にとって、それを達成する時間が終わってしまった事実は、ひどく私を落ち込ませた。

 まあ、何が言いたいかというと。


 真宮さんも鏡さんも、どちらも逃すことのできないまま、真話対戦が始まってしまったのである。


 今回、私たちの陣営はかなり特殊な方法で戦うことになった。

 正式な帝人はカラバリビアの鍵を引き当てたお母様が担っている。しかしどういうわけかそのカラバリビアの鍵の中にいた人格と契約を結んだお母様は、帝人の権利を一時的に誰かに譲渡することができるようになったらしい。

 その結果、お母様はお父様すら自分の手駒に引き込む代わりにお父様を「擬似的な帝人」に仕立て上げた。

 お父様としては最終的に三つある白包のうち一つだけでも手に入れられればよかったので、勝利した暁にそれを受け取る条件でお母様の提案を引き受けることになった。まあ、お父様は私を救いたいとしか思っていなかったので、ある意味理想的な協力関係は出来上がっていたのかもしれない。

 対戦の作戦は基本的に表に出るお父様が立てていた。お母様の目的は自分の存在を知られずに対戦の最終盤まで生き残ること。ゆえに序盤や中盤はお父様を盾に姿を隠すつもりだった。

 それもあってか私はお母様の命令ではなくお父様と一緒に行動することになった。

 だがそれこそが私の残された最後のチャンスだと思った。

 最悪、というよりはもはや必然だが、鏡さんは案の定この戦いに巻き込まれていた。話を聞けば、対戦が始まって間もなく偶然皇獣たちの群に遭遇してしまったらしい。

 だがここまでくれば逆にわかりやすいというもの。

 戦いに巻き込まれ帝人となっていれば、その神器を破壊すれば参加券は失われる。そうすれば彼女を安全な場所に避難させることができる。あの怪しい図書館でも、県外でも、国外でも、どこでもいい。彼女に危険がない場所ならどこでもいいから、早く避難してほしい。

 それが私の願いだった。

 ゆえに対戦が始まってからの私は常に鏡さんのことを考えていた。

 半ば恐喝のようなことをして、自ら身を引かせるようにしてみたり、殺すつもりで襲いかかって神器を破壊しようとしてみたり。真宮さんに襲いかかり戦線から外すことで、鏡さんの戦意を削ごうとしてみたり。

 でもそれは私の中に欠けていたピースを浮き彫りにしてしまうものだった。

 もし仮に鏡さんが本当に一人だったら私の考えも現実になっていたかもしれない。もし私がもっと正直に鏡さんに真実を伝えていればここまでこじれなかったかもしれない。

 だけど、そうはならなかった。

 今更どんな顔で彼女と話をすればいいのか。いじめ続けて、怪我も負わせて、苦しめて。普通の生活からまったく別の世界に放り込んで。

 そんな私が鏡さんに歩み寄れるわけがない。

 加えて、だ。

 彼女には私にないものがある。

 一人で、孤独で、誰も助けてくれないという状況に彼女はならなかった。周りに人がいてもまったく手を差し伸べてくれなかった私の家族とは違い、彼女には隣にいてくれる人が存在した。

 その存在が私の中に隠れていた劣等感を露わにした。

 別に生きる目的なんてなかった。でも目の前で助けてくれる存在を目撃してしまうとさすがに触発されてしまう。

 鏡さんが初めて皇獣に襲われた時に颯爽と現れた青年。その青年は私が彼女に襲いかかった時にも鏡さんを助けにきた。

 私にはどんなに願っても助けはこなかった。それどころか何年も何年も辛くて苦しんで死ぬような思いをしても死ねなくて、それでも私に暖かな光を当ててくれる人なんて現れなかった。

 だから羨ましくなった。

 彼女を助けないといけないという使命感から、徐々にその感情を消してしまうような劣等感が浮かび上がってきたのだ。羨ましい、羨ましい。私も助けてほしい、助けて欲しかった。こんなにも心が壊れる前に、もっと優しく光を照らして欲しかった。

 そんな感情が渦巻きながら迎えた今日。

 私は私の運命を変えることができなかった。

 私とお父様に与えられたチャンスは全て消え、とうとうお母様が登場してしまったのだ。その結果、私はお母様の最終兵器となり、お父様は神器を取り上げられて普通の人間に戻ってしまった。

 だが、そんなお母様相手でも鏡さんの隣にいる青年は鏡さんを守り続けた。私やお父様をいとも簡単にいなし、挙げ句の果てにあのお母様まで追い詰めてしまったのだ。

 でも、その姿を見ていると、逆に自分との行き方とまったく違う違和感に追い詰められていく。確かに、真宮さんと鏡さんの二人を対戦から遠ざけるためにいじめたという行為は理由が理由であっても認められるものではない。関係のない人を傷つけていたのは私だって一緒なのだ。

 そう思うと、今この瞬間、劣等感も羨ましさも、ありとあらゆる全ての感情が罪悪感に変わってしまった。でもそれに気がついた時、私は私の命を散らせていた。

 痛みを感じた瞬間、私の中に潜んでたサードシンボルが体の中から飛び出し、実体を持っていく。宿り木になっていた私は体を真っ二つに砕かれ血を噴出しながら倒れていった。


「月見里さん!!!」


 そんな私を心配するような鏡さんの声が響く。

 でも、多分私が鏡さんなら憎きいじめ相手にそんな言葉はかけないはずだ。だが、それこそが違いだ。私のような壊れた人間とまともな感覚を持っている鏡さんとの違い。

 それを悟った瞬間、私は私が生きていた意味を見出すことになる。魔人である以上、体を引き裂かれても死なない。でも、私には「生きる気力」がない。

 だからこれが最期になる。

 でもその最期だからこそできることがあると私は考えていた。

 ゆえに私は体の中からでたサードシンボルを見つめながらうご勝つことすら辛い唇を動かしていく。

 お母様は自分と同じ苦しみを私に与えてきた。

 でも私はそんな道を歩もうとは思わない。だって、真宮さんのような、鏡さんのような普通の女の子はどこにいたって楽しそうだったから。

 だから、私は私を増やさない。

 そのためにも残された時間を私は「彼女」のために使おう、そう思ったのだ。

 できることなら、あの青年がお父様やお母様の闇を撃ち払い、このまま「彼女」を守り続けてくれることを願って。


 私は私だけの最後の戦いに挑んでいくのだった。


次回は妃愛の視点に戻ります!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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