第六十二話 汚れた戦い、四
今回は前回の続きです!
では第六十二話です!
「さ、再生した………!?」
「ちっ。………これはまた面倒な力を持ってやがるな、あのデカブツ。何かあるとは思ってたが、まさかここにきて味方を治癒できる力を持ってるとは思わなかった。………だがな」
そうとわかれば話は早い。今の攻撃は無駄になったが、その能力の詳細をつかめたと思えば儲け物だ。生憎と俺にはその再生能力を打ち消す力がある。万物の気配を破壊するあの技が。
ゆえに俺はセカンドシンボルが金色の皇獣を回復させた光景に最初は驚いたものの、すぐに冷静になって二本の剣を持ち直していった。
だが、このまま何もなく終わってくれるほど連中は甘くなかったらしい。
回復が終わった擬似皇獣に対してどうやって斬り込もうかと考えていたその時、やつの金色の体が急に輝きだした。その光は俺たちの視界を塞ぎ、一瞬だけ目が使えなくなってしまう。だがそんな状態でも俺の気配探知は「その現象」を捉えていた。
な、なにが起きている………?や、やつの気配が一気に大きくなった。そ、それだけじゃない。こ、これは体のサイズも………。
と、考えていたその時、光の中から擬似皇獣の腕が俺の下まで伸びてきて、そのまま殴りかかってきた。その一撃に反応しきれなかった俺は咄嗟に妃愛を守りながら、距離を取っていく。
「がっ!?く、くっ………!」
「お兄ちゃん!」
「だ、大丈夫だ。大したダメージじゃない。そ、それよりもこれは………」
俺は妃愛の言葉にそう返すと、光の中から現れた「それ」に視線を移していく。先ほどまでであればそこにいたのは竜の形をした擬似皇獣だった。しかし今、目の前にいるそいつは俺の知っている擬似皇獣ではなかった。
ベースは確かに竜の姿だ。しかしその体には大量の腕と同じ数の翼が生えていた。それは今までなかったものだ。加えて、その無数の腕もどういうわけか伸び縮みするようになっているらしく、もはや触手を思わせる形状に変化しているようだった。
「す、姿が変わった………?で、でもなんで………」
「………多分、あいつの仕業だろうな」
「え?」
俺は妃愛にそう返すと、俺たちとは少しだけ距離をとってふわふわと空中に浮かんでいるセカンドシンボルを指差していく。セカンドシンボルはムカデのような気色悪い体をうねうねさせながら、まるで俺たちを嘲笑うような雰囲気を醸し出していた。
つまり、何が言いたいかというと。
「あの擬似皇獣の変化は俺の攻撃を受けて、その傷をセカンドシンボルに回復された後に起きたものだ。ってことは、どう考えてもあのムカデ野郎が何かしたってことだろう」
「そ、それって、進化みたいな………?」
「だろうな。ただ回復させるだけじゃなく、回復させたやつの体を進化させる。それも体だけじゃなく気配も一緒に強化してるみたいだ」
俺の気配探知は目の前にいる擬似皇獣が先ほどとはまったく違う気配を身につけていることをしっかり捉えていた。より正確に言うならば、先ほどの気配よりも二倍近くその大きさが膨れているといったところだ。別に俺からすれば大したことはないのだが、このまま強化され続けるとさすがに厄介だと言わざるを得ない。
すると、そんな奇妙な現象に頭を悩ませている俺たちに向かって勝ち誇ったかのような月見里麗子の声が響いてきた。
「これでわかったかしら?この子たちはどんなダメージも全て力に変えることができる最強の存在なの。あなたがいかにこの子たちを斬り刻んでも、最後に待ってるのは敗北だけ。この事実だけは変わらないわ」
「………」
「も、もうやめて!お願いだから戦いはやめようよ!こ、こんなことしても誰も救われない!」
「あら、まだそんな可愛らしいことが言えるのね、あなたは。言っておくわね、鏡さん。人って自分が優位に立つとどんなことがあっても相手を追い詰めたくなるものなのよ?だ、か、ら。私がこんな美味しそうな状況を前にわざわざそれを放棄するなんてあり得ないわ」
「そ、そんな………」
「………妃愛。今の彼女に何を言っても無駄だ。せめてあの二体を蹴散らした後じゃないと聞く耳は持たない」
「蹴散らす?あなたも本当に面白いこと言うのね。まだこの状況を理解できてないのかしら?」
「いや、十分に理解したさ。でも、それでも。俺たちが負ける可能性は一パーセントも感じられない。ただそれだけだ」
「なんですって?」
そう呟いた瞬間、俺は強化された擬似皇獣の眼前に移動すると、リーザグラムの柄をその眉間に向かって突き刺していった。その一撃は擬似皇獣の体を大きく揺らし、そのまま地面へ倒していく。
「ギュギャエエエエエエエエエ!?」
「さっきよりも図体が大きくなったせいで、俺の動きについてくるのが難しくなったはずだ。顔の目の前なんて場所に接近されたら回避も防御もできない」
「なっ!?」
「それに………」
口を開けて驚いている月見里麗子の表情を一瞬だけ眺めた俺は、その後すぐに二本の剣に気配殺しの力を付与させて擬似皇獣に向かって斬りかかっていった。
いくら再生しようが、その再生力すら無効化する気配殺しには絶対に敵わない。俺が一度その体に傷をつくればその傷は一生残り続ける。それこそが俺が持つ最強の破壊能力だった。
「はあああああっ!」
声を上げて振りかぶった剣を交互に振り抜いていく。それは擬似皇獣の腕と翼を斬り落とし、血のような液体を噴出させていった。気配殺しの力が付与されていることもあって、エルテナであってもダメージを与えることができた。
だがこうなってくると、残っている一体、つまりセカンドシンボルが黙っているはずがない。よく見ると俺が攻撃を開始した直後に、緑色の光をまといながら擬似皇獣の体を回復させていた。
しかし、案の定その力は発揮されない。擬似皇獣の体にその力が届いた瞬間、何かに阻まれるように霧散してしまう。その光景には月見里麗子も、セカンドシンボル本人も驚いているようで驚愕するような声が聞こえてきた。
「ギュゲェッ!?」
「そ、そんな馬鹿な!?あ、あの子の力は皇獣を回復させる力なはず………。ど、どうしてそれが発揮されないのっ!?」
「言っただろう?俺が負ける可能性は一パーセントもないって。お前たちがどんな力をもってようが、今の俺には絶対に敵わな………い、っつ!?な、なにっ!?」
と、言いかけた瞬間、俺は俺自身の頭上から迫ってくるとある気配に気がついた。その気配には月見里麗子も気がついていなかったらしく、口を開けたまま固まっていた。だがその状況を誰よりも早く理解したのか、徐々に笑みを浮かべていく。
かく言う俺は、その気配の正体に気がついた時、気配の正体の対処に追われてしまった。
「こ、これは腕!?い、いや、そ、それにしてはあまりにも大きすぎ………がああああっ!?」
「ふふふ、あははははははははは!そう、そういうことなのね。あははは、本当に愉快だわ。これは嬉しい誤算よ。本当に想定外。でも、時の運すら私に味方したみたいね」
俺の頭上にあったそれ。
それは間違いなく擬似皇獣の腕だった。先ほどの攻撃は全ての腕を切断したわけではない。斬れる範囲で斬り飛ばしていった。ゆえに残っている腕も存在する。そして今、再生能力を封じられた擬似皇獣にその能力がかけられてしまうとどうなるか。
俺はそんなあまりにも大きすぎる腕を二本の剣をクロスして防御しながら、怒りをにじませた声でこう吐き出していった。
「そ、そうか………。俺の気配殺しはあくまで再生能力だけ無効化する力。だから皇獣を進化させる力までは封じ込めてない。そ、その力が本来再生させるであろう箇所に回らず、やつの体を変な形で成長させてしまったのか………!」
再生できないものを再生しようとしてもできないのは道理。しかし再生させようとした力だけはその体の中に残り続ける。そしてそれは行き場を失い、体を進化させるという力を後押しする形で膨れ上がってしまったのだ。
つまり、再生されることはないが、擬似皇獣の気配と力は膨れ上がりさらなる進化を遂げてしまったということらしい。ゆえに今のこいつはあり得ないほど大きな体を持ち、どこか不恰好なワニのような体に変化してしまっている。
空中に浮かんでいなければ絶対にバランスを取れないようなその体は、俺自身がどこにいるのかすらわからなくなってしまうくらい巨大なものへ変わり果てていたのだ。
俺はそこまで思考をまとめると、気配殺しの力をそのまま発動してその腕を消しとばすと、さらに上空へ飛び上がり呼吸を整えていった。
「………で、でかすぎる。初めて見たあいつの面影はもうない。あ、あれはもう完全に化け物だ。擬似皇獣や皇獣とすら呼べない生き物に変わりやがった………」
「ど、どうするの、お兄ちゃん………?あ、あんな化け物がこの屋敷の外に出たら………」
「一巻の終わりだな。だが、だからといってこれといった打開策がないのも事実だ。ここで無理にあの擬似皇獣にダメージを与えれば余計にあいつを強くしてしまう。逆にセカンドシンボルを倒す方法もなくはないけど、それを擬似皇獣が黙って見過ごしてくれるとは思えない………」
本音を言えばすぐにでも神妃化を使いたかった。神妃化さえ使えれば、いくら擬似皇獣が強くなろうが圧倒することができる。やろうと思えばあいつら二体同時に相手にすることだって可能だ。
でも、それが使えない今、俺たちに残されている手段は本当に少なかった。気配創造の力で身体能力をブーストしても神妃化に敵うほどの出力は望めない。エルテナとリーザグラムの二刀流で攻め落とそうと思っても、黒の章すら回復してしまえる再生力を持っている以上、得策とは言い難い。
つまり打つ手が全くなくなってしまったのだ。
………どうする?どうすればいい?このままジリ貧になりながら戦うか、それとも他の作戦を考えるか。だが、どう考えてもやつらを同時に消し飛ばせる方法がない。それこそ片方がじめつでもしてくれない限りは………。
と、その時。
珍しく俺は閃いてしまった。
自分で倒せないのであれば、自爆させればいい。そんなどうしようもない結論を、考えついてしまったのだ。
そう思った瞬間、俺は魔眼を使って金色の擬似皇獣の体を観察していく。今のところ特におかしな箇所は見つからず、それすら無駄に終わった気がしたが、最後の最後で俺は見つけてしまった。
………あいつの体、少しだけだが亀裂が走ってるな。もし、俺の考えてることが真実だとするとあの亀裂はおそらく………。
「………これ以上考えてる暇はないな。これが駄目でも死ぬわけじゃない。なら試して見る価値はあるかもしれないな」
「お、お兄ちゃん?な、何言ってるの………?」
一人でブツブツと呟いていた俺を心配するように妃愛が声をかけてくるが、俺はそんな妃愛に軽く微笑んでそのまま擬似皇獣の下に突っ込んでいった。そして先ほどと同じように気配殺しの力を付与した二本の長剣で斬り刻んでいく。
「ここにきて自殺覚悟の特攻かしら?そんな無様な戦い方しかできないなんて、なんて哀れなのかしら」
「本当にそうか?」
「………なんですって?」
「この俺が何も考えずに動き回ってると思うか、って言ってるんだよ」
そう返しながらも俺は攻撃の手を止めなかった。ゆえにそれと同時にセカンドシンボルが擬似皇獣に対して回復と進化の力を施していく。それに伴って擬似皇獣の体はどこまでも大きくなり、気配も最初とは比べものにならないくらい大きくなっていった。
しかし、そこまできて俺は確信した。その気配が体に走る亀裂に同期するからのように「小さく」なっていってることを。
だがそれでも俺は剣を振るう手を止めない。そしてセカンドシンボルも回復と進化の手を止めない。そんな時間がしばらくの間続いた。
そして。
ようやく事態は動き出す。
「な!?ど、どうして擬似皇獣の気配が………!?そ、それに体もボロボロに!?」
「ようやく気がついたか。だがもう遅い。取り返しのつかない段階まで事態は進んでいる。よく考えてみろ。どんな生き物でも成長には限界がある。それをドーピングで強化し続ければいつか限界がくるのは当たり前だ。器に見合わない力を手に入れても体を壊すのが席のやまだ」
そう、それが俺の考えた作戦だった。
確かにセカンドシンボルの力は対象をどこまでも強化させる極めて強力なちからだ。しかしそれをどこまでも受け入れられるほど擬似皇獣の体は強くなかった。その証拠こそが体に現れていた亀裂である。あれは与えられる力に体が追いついていかず、反動として崩壊が始まっていたことによって生まれたものだ。
ゆえにそれを理解した俺は、ダメージを与え続けることで逆に擬似皇獣を自爆させようと考えた、そしてそれは見事達成され、ついに擬似皇獣は自分の体の崩壊を抑えられなくなってしまったというわけである。
今のこいつはもはや化け物の成れの果てだ。大きくなりすぎた体の中身は空っぽで、山梨麗子が操っていなければすぐにでも倒れているだろう。だから俺はええーを一度蔵にしまって、とある技を放つ準備をする。
俺の剣技の中でも広範囲に及ぶ破壊技はおそらくこれしかない。ホワイトワールドはいまや剣技とは呼べない領域に踏み込んでしまっているため、それは除ざるを得ない今、俺が現時点で使用できる攻撃手段はこの剣技以外見つからなかった。
そして俺は撃ち放つ。
強化され続けて空っぽになってしまったその擬似皇獣に向かって。
体の全てを破壊する渾身の一撃を。
「青の章!!!」
青い光が世界を包んだ。その光は擬似皇獣の体を全て飲み込み、跡形もなく消滅させていく。リーザグラムのために調整されたこの技は、まるで青空を描くように綺麗な光を放ちながら静かな破壊を呼び込んでいった。
そして、その光が消えたそこには。
擬似皇獣の姿はどこにもなかったのだった。
「………ふう。これでようやくお前の相手ができるな。どうする?お前も自爆覚悟で己を強化して戦うか、それとも大人しく俺に倒されるか。好きな方を選ばせてやるよ。まあ、お前が俺に負けるのは確定だけどな」
こうして月見里麗子との戦いは終盤へ移行した。
だが忘れてはいけない。本当に戦わないといけないのは彼女たちではないということを。
次回はセカンドシンボルとの一騎打ちになります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




