第六十話 汚れた戦い、二
今回は麗子の力が明らかになります!
では第六十話です!
『坊や!気をつけなさい!この屋敷を取り囲むようにいきなり皇獣たちが現れたわ!数は………水底でも百体はいるわよ!』
「なに!?」
ガイアからの念話に事態の重さを理解した俺はすぐに気配探知を使って周囲の状況を確認した。するとそこにはガイアの言う通り数え切れないほどの皇獣たちが集まってきており、その全てが月見里麗子を守るように群がっていく。
な、なんなんだ、この状況は………?本来あり得ないことが起きている、それは理解した。でもこれは………。
皇獣が向かう先、そこにいるのは月見里麗子。だがその道中には多くの人間たちが転がっている。俺が無力化した者たちが大半だが、その中にはまだ意識がある連中も数多くいた。
しかし今、この場に集まってきている皇獣はそんな人間には目もくれず一直線に月見里麗子の下へ向かっていく。本来であればそれは絶対にあり得ない現象だ。なにせ皇獣たちは何よりも先に人間の肉を求める習性がある。その捕食欲はどんな欲求よりも強いはずだ。
だというのに。
今はまるで月見里麗子だけを求めるように集まってきていた。
「あ、ああ、うぅう………!」
「大丈夫だ、妃愛。怯えなくてもいい、今は俺がいるから」
と、隣で大量の皇獣に怯えている妃愛に声をかけるが、はっきり言ってその言葉は気休めにもならなかった。妃愛にとって皇獣という生き物がトラウマの一つになっていることは確かだが、何よりもその皇獣に囲まれていながら何一つ襲われていない月見里麗子という存在の方が不気味だったのだ。
だがここで俺は一つの結論にたどり着く。いや、正確に言えばそう考えなければ辻褄が合わないというだけで根拠はない。だがそれでもその結論は半ば確信に近いものだった。
「………まさかお前、お前の魔人としての能力が『その力』なのか!?」
「あら、意外と鋭いのね。まあ、あの司書から私が魔人だということを聞かされてることはなんとなく予想してたけど、その結論に至るとは思わなかったわ。それだけは褒めてあげる」
「ってことはやっぱりお前は………」
「見たんでしょ?あの部屋を。だったらわかるわよね?私があの部屋に閉じ込められて泣きながら手に入れた『この力』の意味を。それを使って相手してあげようっていうんだから、感謝しなさいよ?」
この少女、月見里麗子は魔人だ。
それも魔人でありながら「皇獣を操ることのできる力」を持つ魔人なのだ。
そう考えると、今までの出来事に全て合点がいく。擬似皇獣と呼ばれるものが彼女に従っていた理由、ファーストシンボルが郊外に出現した理由、そして今、平然と大量の皇獣たちに囲まれている理由。
それら全て彼女が皇獣という存在を操れたからこそ実現した光景だった。
そしてその力を彼女はあの血生臭い部屋に閉じ込められて、泣きながら手に入れた。その過程にどんな苦しみがあったのか、俺にはわからない。だがこの戦いにおいて彼女がこの力を出してきたということは、それ相応の覚悟を持って臨んでいる証拠だった。
するとそこに泣きそうな顔を浮かべた妃愛が一歩前に出て声を荒げていく。もはや声にならないくらい震えた音だったが、それでもしっかりと彼女の耳には届いたはずだ。
「ど、どうしてこの戦いに月見里さんは関わってるの………?どうして、時雨ちゃんを襲ったのっ!?」
「どうして?それはこちらの台詞ね。あなたこそ、どうしてこの対戦に参加してるのかしら?どう考えてもあなたには無縁な戦いのはずだけど?」
「そ、それは………」
「一応言っておくと、私は私なりの目的があってこの戦いに臨んでるわ。決してお父様に操られてなんかいない。私は私の意思で戦ってるのよ。あなたなんかと一緒にしないでもらえるかしら?」
「お前自身の意思?だったらその力もお前が臨んで手に入れたってことか?」
と、俺が口を開いた瞬間、その言葉は彼女の逆鱗に触れたのか目を見開いて俺を睨みつけてきた。そしてそれと同時に、四方から四体の皇獣が襲いかかってくる。
しかしその皇獣は俺を中心に一定の範囲内に入り込むと、跡形もなく消え去っていった。妃愛を守るために気配創造の力を二段構えで俺は発動している。直接的な攻撃を守る障壁と、入り込んだものの気配を吸い取って息の根をとめるフィルターのような障壁。今回は後者の障壁が力を発揮した。先ほどまでは人間を戦っていたので、この障壁はそれほど強く押し出していなかったのだが、皇獣が相手となれば話は変わる。躊躇う必要などどこにもない。
だが月見里麗子はそんな俺の力にも驚かず淡々と怒りがこもった声でこう呟いてきた。
「………あまり調子に乗らないほうが身のためよ?あなたごとき、お父様の神器にかかればゴミ同然。その事実をまだわかってないのかしら?」
「それはこっちの台詞だな。前回、負けるように尻尾を巻いて逃げたのはどっちだったかな?それに、その神器とやらも今は力を失ってるだろ?」
「ちっ。やっぱりあなたたちの仕業だったのね………」
「他に誰がやると思ってたんだ?………ついでにこの際だから言っておくが、お前は皇獣たちを引き連れてご満悦なのかもしれないが、そんなウジ虫同然のゴミどもが何体いようが俺の敵じゃないぞ?人間お前が操れる限界は決まっている。一度に百体もの個体を同時に動かせるはずがない、違うか?」
「………」
操作系の能力には致命的な弱点がある。それはその操作性は基本的に能力者に依存することだ。百体同時に操れる能力を持っていても、その行動全てを処理することができなければ、能力は腐ってしまう。ようはパソコンと同じだ。どれだけ高性能なソフトを使おうが、それを処理できるハードがなければ話にならない。
神宝や魔術道具の助けもなく、それを行おうというのなら確実に妥協が入るはずだ。皇獣たちの行動パターンをいくつか設定し、それを繰り返すように命令するだとか、そもそも行動パターンを初めから固定にしてしまうだとか。
全ての個体をリアルタイムに操作するなど、神の領域に足を突っ込まなければ実現は難しい。人間の脳ではそれを処理する力を持っていないからだ。
つまりどれだけ皇獣を呼び寄せようが、決まった動きしかしない皇獣などゴミ同然だ。仮に全ての個体が別の動きをしていても俺の敵ではない。
ゆえにこの月見里麗子が出てきたとしても、俺が有利だという状況は何一つ変わらないのだ。
俺はその確信を持って彼女に向かって剣を突きつけていく。間合いのはるか先に立っている彼女の顔に剣先を合わせながら、俺はこう口を開いていった。
「悪いことは言わない、降参しろ。自分の力に自信を持っているお前がそう簡単に舞台から降りるとは思えないが、それでもこれは忠告だ。このまま戦い続けてもお前に勝ち目はない。その事実は絶対に変わらないんだよ」
「………」
沈黙が流れる。彼女の意思に同調するように今、この瞬間だけは皇獣たちも唸り声一つあげずに、静かなままだった。だが、その沈黙を月見里麗子自身が破り裂いていく。
「ふ、ふふ、ふ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
「ッ!?」
「ど、どうして笑って………」
「どうして?どうしてですって?………私からすればどうして私がこの場で降参しないといけないのか、その考えが浮かんだこと自体がどうしてって聞きたいわよ。ここまできた以上、もう引き返すことはできない。何があっても後戻りはきかないの。それに、何を勝ち誇った気になってるのか知らないけど、私の戦力がこの子たちだけだと本当に思ってるの?」
「だから言ってるだろ。どれだけ皇獣が集まったところで俺には勝てない。それは時間の無駄………」
「だったら、これはどうかしら?」
「なに?」
と、月見里麗子が空に手を掲げた瞬間、真っ暗な夜の空が金色に輝きながら割れた。その中心から何かがゆっくりと落ちてくる。その姿を一番近くで見ていたであろうガイアの念話が耳の中に直接響いてきた。
『あ、あれは………!ふ、普通の皇獣じゃ、ない………?』
「………どうやらそのようだな」
その皇獣は日本の竜をかたどったような金色の体を持っていた。他の皇獣のように漆黒に染まっておらず、肉が腐っているような印象も受けない。しかしだからといってファーストシンボルのような禍々しい気配も感じなかった。
ゆえにあり得るとしたらこの結論しかない。
「………お前、あの巨大な擬似皇獣を空の上に隠していたな?」
「正解よ。でも、驚くのはまだ早いわ。ほら、見なさい。私の擬似皇獣につられて、あの子も………」
「あの子?」
と、俺が言葉を漏らした直後、俺たちが立っている地面が急に揺れだした。その振動は屋敷の建物すら揺らしながら徐々に大きくなっていく。
「きゃ、きゃあっ!?」
「つ、掴まれ、妃愛!飛ぶぞ!」
咄嗟に妃愛を抱いて空へ浮かび上がる俺と妃愛。しかしそれでもその揺れはおさまらなかった。それどころがさらに揺れは大きくなり、その揺れがピークに達した瞬間、「それ」は降臨する。
今度のそれは間違いなく皇獣だった。だがそれは普通の皇獣ではない。この場にいるどの皇獣よりも禍々しい気配を持ち、背中を誰かに舐められるようなドロっとした殺気を放ってくる存在。土の中から這い出てきたそれは、数え切れないほどの腕を持ち、それでいて地上から空へ浮かび上がっていった。
「ど、ドラゴン!?」
「い、いや、あれは………。ドラゴンよりも竜、というか空飛ぶムカデって言う方が正しいな………。それにあいつおそらく………」
俺は妃愛の言葉にそう返すと、妃愛に浮遊の力を付与して空に浮かばせていった。だがそんな俺たちを見ていた月見里麗子は嬉しそうに頬を歪めながら声高らかにこう宣言してくる。
「さあ、これであなたもわかったでしょう?気配を消すように命じていたからわからなかったでしょうけど、地面から出てきたこの子は第二の柱。この子すら私の忠実な子供なのよ」
「や、やっぱり、そうか………」
つまりこの場には擬似皇獣の中でも明らかにレベルの違う竜の姿をした皇獣と、五体しか存在しない五皇柱の一体、セカンドシンボルが集結してしまったということだ。
しかもその二体はどちらとも月見里麗子の支配下にあるときた。確かにこれならば彼女が降参しないのも頷ける。セカンドシンボルが強力なのはファーストシンボルの力を見る限り確定的だが、おそらくあの金色の擬似皇獣も似たような力を持っているはずだ。
そうなってくると、ここから先の戦いは次元がまた一つ上がることになる。加えて今の俺は妃愛を守りながら戦わないといけないというハンデ付き。負ける気はさらさらないが、さすがに舐めた真似はできなくなったというわけだ。
ゆえに俺は震えている妃愛に振り返ると、その頭を優しく撫でてこう呟いていった。
「怖いか?」
「え………?」
「いや、聞くまでもなかったな。こんな化け物が二体も空に浮かんでたら誰だって震えて動けなくなる。だが、妃愛はそれでいい。変にこの状況に慣れろだなんていわない。いつも通り普通の女の子でいてくれればいいんだ」
「お、お兄ちゃん………?」
おそらくその言葉の意味を妃愛は理解できなかっただろう。だが、次の俺が取った行動が全てを物語ってしまう。
俺はゆっくりと腰に巻き付いていた妃愛の腕を外し、そのままその腕を俺の肩の上に載せると、その小さく華奢な体をひょいっと持ち上げていった。
「お、お兄ちゃん!?な、なにして………」
「まあ、こうでもしないと妃愛を守れないからな。中学三年生にもなって『おんぶ』ってのは恥ずかしいかもしれないけど、我慢してくれ。すぐに終わらせるから」
そう、俺が取った行動というのは、妃愛をおんぶするということだった。こうすることによって俺の両手は完全に空き、自由に戦うことができるようになる。背中を狙われると一巻の終わりだが、この俺がたかが二体の化け物相手に背中を見せるはずがない。
油断でも慢心でもなく、一つの事実。それをぶら下げて俺はこの手段を取った。
そして俺はそのままこう言い放つ。
鋭い視線で俺を睨みつける月見里麗子と、さっきを放ち続けている二体の化け物に向かって。
「………そこまでして俺たちを倒したい理由が、俺にはわからない。でも、さっき俺が言ったことは事実だ。お前がどれだけ皇獣を増やしても俺には敵わない。それを今、教えてやるよ」
こうして俺と月見里麗子の戦いは一つの山場を迎えるのだった。
次回はついに二体の皇獣と戦います!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




