第五十五話 悲しみと決意
今回は状況を整理していきます!
では第五十五話です!
状況を軽く説明しよう。
まず俺が目を閉じ、その意識を落としたのが深夜ゼロ時だ。その時はまだ何の異変もなく、ただただ静かな夜が流れていた。
一応ガイアの使い魔を真宮組には送っており、何かあればすぐに動けるような体制は整えていた。そもそも神は睡眠を必要としない。ガイアも姿こそ透明にして隠れているが、意識は常に覚めている。俺とて眠っているとはいうものの、人間とは体のつくりが根本から異なっているのですぐに動き出すことは可能だった。
だが、そんな俺たちが何も気づくことなく事件は起きてしまった。
俺たちがその事態に気がついたのは午前六時ごろ。すでにこの時、真宮組が燃えているという報道はテレビやインターネットを通じて世界に広まっていた。すぐに事態を理解した俺たちだったが、すでに現場には大量の人が詰め掛けており、その中に割って入ることはできず、妃愛が起きてきてしまうまでガイアと口論していたというわけである。
そしてその口論から俺たちはいくつかの結論を導き出していた。
まず、この火災はただの火災ではないということ。
この事件の犯人は間違いなく月見里家だ。裏社会に通じている真宮組を真正面から攻撃してここまで陥落させることのできる勢力は月見里家以外にいないだろう。
また、ニュースの映像をよく見ると火災だけでは到底つくことのない破壊痕や何かに噛み付かれたような痕跡が建物に残っていた。これはおそらく火災が起きる前に一度月見里家が魔術や擬似皇獣を使って攻撃したことを示している。
ゆえにこの火災は計画的に引き起こされた襲撃事件ということだ。
次にどうして俺たちがこの襲撃に気がつくことができなかったのか。
俺たちがこのニュースを見たときにはすでにガイアの使い魔の気配も消えており、何者かによって殺された後だった。だがそうであれば主人のガイアは誰よりも早くその異常事態に気がつくはず。だが、そうはならなかった。であれば、それ相応の理由がなければおかしい。
というわけで色々と考えてみたわけだが、俺の気配探知やガイアの感覚をも超える遮断能力はどう考えてもカラバリビアの鍵以外にありえないという結論がでた。現存する魔術ではどう頑張っても俺の気配探知を掻い潜ることはできない上に、使い魔の状況すら把握できないほどの知覚遮断は普通の神宝ではできない。
となれば、考えられるのは貴教が持っているカラバリビアの鍵以外にないだろう。
だがここで違う疑問も浮き上がってくる。
それは、俺が知っているカラバリビアの鍵には「気配遮断」なんて力はなかったはずなのだ。
確かにカラバリビアの鍵はある程度の万能性を持っている。それを使えば生き物の気配を遮断することぐらい造作もないだろう。しかし今回は気配系の能力に長けた俺が相手だ。いくらカラバリビアの鍵であっても俺の能力まで欺くことはできない。そう思っていたからこそ俺は安心していた。
しかしこうなってくるとその前提条件が違っている可能性が出てくる。先ほどガイアが言ったようにこの世界にある神宝は俺が知ってるものとは少々性能が異なるらしい。俺はてっきり始中世界の神宝の劣化版が存在していると思い込んでいたのだが、どうやらその予想は外れていたようだ。
つまり、オリジナルの神宝にすら宿っていない力を持った神宝がこの世界には存在している可能性がある、ということなのだ。
だがよく考えてみれば、あのカラバリビアの鍵が気配を遮断できると匂わせる描写は確かにあった。二日前に妃愛が貴教と麗子に襲われた際、妃愛は俺を呼び出す鈴を鳴らしたと言っていた。だがその知らせは俺の下に届いていない。
当初はカラバリビアの鍵の万能性によって気配を封じ込める結界を張っていたと俺もガイアも勘違いしていたのだが、それすらおかしな話なのだ。俺が気配を感じ取れないという状況そのものが、この世界のカラバリビアの鍵が特異であることを示している。
ゆえに。
今回の俺たちは完全に敗北した。
俺たちだけの尺度で物事を捉え、それだけに頼って動いてしまった。
その結果は圧倒的敗北。守ると豪語していた真宮組は壊滅し、今も数十人の組員たちが病院のベッドで眠っている。確認したわけではないが、病院にすら運ばれず存在を消された者たちもいるだろう。仮にも裏社会に通じている真宮組が何もせず攻撃されるのを見守っていたはずがない。
であれば当然………。
すでに死んでしまった人間も大勢いるということだ。
俺はそう考えると、大きなため息を吐き出して病院の壁に体重を預けていった。するとその隣に設置されていた扉がガラガラと開き、顔を俯けた妃愛が中から出てくる。妃愛は部屋から出るなり、ふらつく足で俺の体に飛び込み、顔を埋めていった。
だが俺はそんな妃愛に手を回すことができなかった。なにせこの敗北は俺に責任がある。こうなったのは全て俺の認識が甘かったせいだ。そんな俺が今更妃愛を慰めることなんてできるはずがない。
だから俺はただ一言だけ、短く感情を言葉にしていった。
「………ごめん」
「………」
返事はない。
当然だ。誤ったところで何かが解決できるわけではない。できることがあるとすれば俺がこの部屋の中にいる「少女」の傷を癒してやることぐらいだが、それも俺にはできなかった。
「………どうして、時雨ちゃんは治せないの?」
「………ごめん。今は俺にもできないんだ」
この部屋の中にいる「少女」。それは言うまでもなく妃愛の友達の時雨ちゃんだ。
彼女も当然あの屋敷にいたわけだから襲われているのは道理。ゆえにその体にはたくさんの傷がついていた。とはいえ集中治療室に運ばれているわけではなく、比較的軽度の海図が多かったため時雨ちゃんは普通の病室に入院させられていた。
本当であれば面会など言語道断なのだが、それは俺の力で姿を隠し顔をみるだけという条件で侵入してきている。だがある意味、それは正解だったかもしれない。
なぜなら。
時雨ちゃんにつけられた傷は他の誰とも違ったからだ。
確かに見た目だけなら普通の傷だし、その傷もかなり浅い。ゆえに心配する必要はないだろう。
だが一点。
時雨ちゃんの腹部につけられた大きな傷。傷自体は浅いがそれでも異様な力を放ち続けているその傷は今の俺には治すことができなかった。
いや、正確には治すこと自体はできる。次元境界だって気にせずに元どおりの体にすることはできるだろう。だが、この傷はそういうわけにはいかなかった。
「………あの傷には『何か』が塗られてるわ。それは私や坊やだって知らない未知の力。それを事象ごと塗り替えたところで完璧に癒せるかと言われると疑問が残るのよ。下手に手を出してますます状況を悪化させる可能性だって否定できない。だがら今はあの傷に触れられないの」
「………」
できるだけ優しくガイアは妃愛にそう告げた。
しかしそれは事実だ。
もし始中世界に存在する物質でつけられた傷ならいくらでも治すことはできる。そこに躊躇いはない。しかし今回は俺やガイアですら知らない正体不明の「何か」が時雨ちゃんの傷に塗られていたのだ。それも、気配殺しで消そうとすれば肉体ごと消してしまうほど深く突き刺さっている。
その力を無理矢理消滅させようものなら、時雨ちゃんの体にどんな影響が出るかわからない。ゆえに手が出せなかった。もちろん空想の箱庭を使用し、ありとあらゆる可能性を潰した上で傷を癒せばそれすら握りつぶせてしまうが、そんなことをしたら余計に月見里家を目をつけられてしまう。よくも悪くも空想の箱庭は目立ちすぎる。こんな狭い世界で使おうものなら相手を挑発しているのと同じになってしまう。
だから俺には時雨ちゃんの傷を治せなかった。息はしてるし、肉体的な変化もない。だからしばらくは問題ないだろう。だがその間に俺はなんとしてでもこの傷につけられた力を解読しなければならない。そして同時にあの傷をつけたであろう輩も倒してしまう必要がある。
「………ガイア。妃愛を頼む」
「どこへ行く気なの?」
「決まってるだろ。あの二人を倒しに行くんだ。ここまで大きく動いたんだったら、それなりに痕跡は残ってる。それを辿れば追えないことはない」
「待ちなさい。そんな玉砕覚悟の特攻なんて命がいくつあっても足りないわ。踏みとどまりなさい」
「ガイア………。お前、誰にもの言ってるかわかってるのか?俺はその気になればこの世界だって消せるんだぞ?そんな俺が玉砕だなんて馬鹿げた話………」
「その油断と慢心が今回の事件を生んだんでしょ?」
「ッ………」
言い返せない。
まさにその通りだ。確かに俺の目の届く範囲ではなんとでもできる自信がある。しかし今回のように何も考えず、自分だけの常識に捉われて動いていては、今回のようにいずれ失敗してしまうだろう。
今回のことだって取り返しのつかない失敗だ。だがもし、次に俺が失敗したら今度は妃愛がベッドに寝ている可能性だってある。もしかしたら最悪、その命が潰えてしまうことだって………。
「くそっ!」
「お、お兄ちゃん………」
「………。ご、ごめん、ついカッとなって………」
心の中に渦巻く怒りの感情が勝手に俺の右手を動かしてしまった。その右手は病院の壁に大穴を作り出し、パラパラと瓦礫が廊下に落ちてしまう。咄嗟に壁を修復し、何事もなかったかのうように振る舞ったため周囲にバレることはなかったが、それでも少しだけ気まずくなってしまった。
ちなみにこの病院には真宮組の被害者全てが運びこまれている。中には時雨ちゃんのご両親もいるらしく、病室は違うがやはり絶対安静という状態は変わらないらしい。
ただ、これによってわかることがある。
確かに死者も重傷者もでたが、真宮組のトップである時雨ちゃんのご両親が生きているのはどう考えても不可解だ。というよりは、その首にまったく価値を見出していないと見える。
であれば、やつらの狙いは簡単だ。時雨ちゃんにつけられたこの傷。それを癒したければ俺たち自ら攻めてこい、そう言いたいのだろう。そうでなければ妃愛にとって大切な時雨ちゃんを人質にとって戦いを有利に進めればいいだけの話だ。
しかしそうしなかったということは、俺たちを誘い出すことに何かしらのメリットがなければ話にならない。
つまり今回の事件はそこまで考えられた上で計画されていたのだ。
と、そこに目に涙をいっぱいに溜めた妃愛がこんなことを呟いてきた。
「………お、お兄ちゃんはこれからどうするの?」
「そ、それは………」
「月見里さんたちと戦いにいくの………?」
「………多分、そうなる。確かに今すぐに行くのは無謀だから多少時間は空けるけど、それでもここまでされて黙ってみてるわけにはいかないから。でも、大丈夫だ。妃愛にはガイアをつけておくから何も怖いことは………」
「私も連れてって」
「は?」
その瞬間、俺は空いていた口がさらに広がり何が起きたのかまったくわからなくなってしまった。だが真剣に俺を見つめる妃愛の眼差しがゆっくりと俺に現実を悟らせていく。
「私も一緒にいく。………ううん。いかないといけないの。どうしてこんなことをするのか、それを月見里さんに聞かないと、私はもう私でいられない気がする」
「妃愛………」
とはいえ。
そう言われてもわざわざ危険な場所に妃愛を連れて行く気にはならなかった。敵陣に乗り込むということはかつてないほどの危険が降りかかるということだ。そんな場所に妃愛を連れていて万が一のことがあればそれこそ俺は立ち直れない。
だがそこに、少しだけ笑みを浮かべたガイアが話しかけてきた。
「私は案外悪い考えじゃないと思うわよ?」
「どういうことだ?」
「ここまで用意周到に作戦を考えてくる相手なら、当然妃愛を自宅に待機させようとする私たちの考えも読んでいるはず。となれば、その裏をかいて一緒に行動するのも一つの手だということよ。それにあなたがそばにいるのが一番安全なのは、あなたが言い出したことでしょ?」
「そ、それはそうだが………」
確かに一理ある。
しかしそれを認めてもしものことがあったら………。
と思った次の瞬間、俺はガイアに思いっきり背中を叩かれた。そして挑発するような顔でこう言われてしまう。
「それともなに?まさかあの天下の神妃様がたった一人の女の子すら守れないなんていうんじゃないでしょうね?もしそうだとしたら私はあなたを見限るわよ。ただの弱小神妃様だってね」
「………」
その言葉は不思議と俺に力をくれた。
そうだ、俺は神妃だ。あのリアから力を引き継いだ神妃なのだ。絶対最強、その名を冠するにふさわしい存在。それが俺という男。
であれば、妃愛を守ることなんて造作もない。そのはずだ。
だが一応俺はもう一度だけ妃愛に確認を取る。
「………妃愛。本当にいいんだな?もしかしたらミストと一緒に戦ったあの時よりも、怖い思いするかもしれないぞ?それでも俺と一緒にくるのか?」
「………うん。そうしないとダメな気がするから」
「そうか………。わかった。なら今はとりあえず一度家に戻ろう、そして作戦会議だ」
そう言って俺たちは病院を後にした。
そしてここから。
俺たちの真話対戦が始まっていく。
激突の瞬間はすぐそこに迫っていた。
次回は作戦会議になります!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




