第五十四話 事件
今回は新たに物語が動き出します!
では第五十四話です!
「はあ………」
その手帳は言ってみれば日記だ。
私が記憶喪失だと認知し始めたころに書いていたもの。だがそれも次第に飽きてきて一年ほど続けてやめてしまっている。だがまさかその手帳をまた開けることになるとは思っていなかった。
それも開けたところで開ける前と同じようなため息を吐き出してしまう始末。こんな状態では気持ちの整理なんてできるはずもない。
そう考えた私は手帳を元あった場所に戻してもう一度ベッドに寝転がった。そして手帳にはあえて書いていない「その後」について思考を巡らせていく。
あの後。
私はそのまま病院に運び込まれた。その手配は泣き叫ぶ時雨ちゃんがしてくれたらしいが、大型のバスに轢かれた私にその状況を理解できるわけがなく、気がついた時には緊急治療室の天井が目に入ってきた。
とはいえ、どういうわけ救急車が到着したころには私の体についていた傷はほぼ全て癒えていたようで、何かによって直されたような痕跡だけが残っていたらしい。普通、女子中学生がバスに轢かれて無事なはずがない。当時は何が起きたのか医者やマスコミなんかのインタビューがうるさかったが、そんなこと私に聞かれても心当たりなんてあるはずがなかった。
………いや。
それは嘘だ。心当たりなんて腐るほどある。
もし仮に私が何も知らないまま病室のベッドで目覚めていたら、それはそれで楽だったのかもしれないが、生憎と現実は不条理で私にその事実を明確に刻んでしまっていたのである。
「………多分だけど、私が月見里さんに向けようとしてた『力』。あれは普通じゃないよね………。ただの直感だけど、あれはお兄ちゃんが使ってる『力』と同じ。物理法則では説明できない何か。………そんな力が私の中にあるんだったら、そりゃ瀕死の重症だって治っちゃうよ」
そう。
私には自分が「普通」でない自覚があった。
怒りに身を任せて我を失っていたあの時。あの一瞬だけは自分が何をしているのかまったくわからなかった。でも時雨ちゃんに名前を呼ばれた瞬間、全てを悟ったのだ。
つまり、私には他人にはない力がある。そしてそれは使い方を誤ればだれかを傷つけてしまう、と。
そう考えると、私がバスに轢かれてできた傷はあの「正体不明の力」が半ば自動的に直したと考えるのが妥当だ。というか時雨ちゃんの話によれば、轢かれた直後の私は腕が折れ曲り、体が半ばちぎれかけていたらしいので、そんな傷を普通の治療法で治せるはずがない。現に傷跡も残っていない上に、体を包むほど流れていた血がほとんど消えていたという時雨ちゃんの証言がそれを物語っているだろう。
で、だ。
その後のお話。
一応集中治療室に運ばれた私だったが、すぐに目を覚まし傷も治っていたことで数時間もしないうちに普通の病室に移動させられた。しかもその部屋にいたのも数時間で、夜が明けて次の日のお昼には何もなかったように退院したのだ。
正直言って医者もその回復スピードと理解不明な再生力には驚いていたが、私がいとも簡単に立ち上がり普通の生活ができることを見せると退院もすぐに許可してくれた。
そんなこんなで次の日から普通に学校に復帰できた私だったが、そこで待ち受けていた環境は以前とまったく違うものになっていた。
まず、どういうわけかいじめの標的が完全に私になった。まあ、これは別にいい。半ばそれは覚悟の上だったし、学校にいる誰かが標的になるよりは失うものがない私がその的になっているほうが被害は少ないからだ。まあそんなこんなでいつも通りの態度を貫いている月見里さんを確認できたので、私の「力」とかは悟られずに済んだらしい。
そして次に時雨ちゃん。こちらは一番想定外だった。なんでも時雨ちゃんは私が事故に遭ったことにひどく心を痛めていたようで、その事件があって以降自分のそばに真宮組の護衛を毎日つけるようになった。そして一度私は真宮組に招待され、食べたことも見たこともない料理とともにもてなされたのだ。なんでも組長、つまり時雨ちゃんのお父さんなのだが「娘を助けてくれてありがとう」と何やら色々誤解しているらしく、私を実の娘のように可愛がってくれたのだ。
まあ、確かに時雨ちゃんが傷つかないように動いた結果がこれなので、悪い気はしないのだがさすがに「養子に来ないか?」と言われたときは丁重にお断りしている。そこまでしてもらう必要はないし、時雨ちゃんが無事ならそれでいいと思っていたからだ。
しかしそれから時雨ちゃんは本当に変わってしまった。ことあるごとに私に気を遣い、自分の身も自分で守るようになっていった。
そして今。
私と時雨ちゃんの立場は完全に逆転してしまっている。
当時はそれでいいと思っていたし、そうなるように仕向けた面もある。だが今となっては大きな間違いを犯したな、という後悔しかない。
「………時雨ちゃんも月見里さんも、二人とも傷つけないように距離を取ったはずだったんだけどな。うまくいかないね、人生って………」
というのも。
私は事故に遭って以降、自分が持っている「力」に恐怖した。今回は時雨ちゃんが止めてくれたからなんとかなったが、もしあそこで誰も止めてくれなかったら本当に人を殺していた可能性だって否定できない。
なんとなくだが、それができてしまう力が私の中にあることを自覚していたのだ。
ゆえに距離を取った。月見里さんにはわざといじめられるように動き、その状況を利用して時雨ちゃんから遠ざかった。スクールカーストトップの月見里さんに目をつけられれば、いくら時雨ちゃんといえど話しかけづらくなるのは自明の理だ。でなくとも学校での会話は少なくとも減少する。
そんな結論を頭に思い描き、この二年間を生きてきた。
でも、それは間違いだったのだ。結局私は時雨ちゃんに恩を売り、その恩返しをさせようとしてしまっている。私がそれを拒んでも時雨ちゃんは二年前の事件を二度と起こさせないように何が何でも行動するだろう。
あの時は自分が助けられたから今度は私を助けよう、そんな思考を持っていてもなんらおかしくない。
だがそれは危険な考えだ。この戦いは「普通」じゃない。普通じゃない力を持つ存在が、普通に戦うのがこの対戦だ。そんな中に一般人の普通に生きている時雨ちゃんが入ってしまえば、最悪その命を散らすことに繋がってしまう。
でも、それは止めらない。私では止められないのだ。
だから後悔している。もしあの時、時雨ちゃんを助けず遠目から見守るだけにしていれば、命だけは危険な目に合わなかったのかもしれない。もし私が時雨ちゃんと仲良くならなければ、今頃時雨ちゃんは笑って生活できていたのかもしれない。
そう思ってしまうのだ。
これが私と時雨ちゃん、そして月見里さんの関係。
一応二人とも私の力には気がついてないみたいだし、おそらくお兄ちゃんにすら気づかれてないはずだ。そもそも力があっても、それを意図的にコントロールできない時点で問題だらけだ。それを使えていれば皇獣や帝人にだって臆することはないだろう。お兄ちゃんにだって迷惑かけなくていいはずだ。
でも、怖いのだ。
自分の力を使うのが。それを使えば今度はお兄ちゃんすら傷つけてしまうかもしれない。そうなったら私はもう私を取り戻せる気がしない。今度こそ生きている意味を見出せなくなってしまう。その確信があった。
だからそれを口にすることはできなかった。手帳の中に記憶を封じ込め、何もなかったように振る舞う。どこにでもいる普通の女の子なのだと自分に言い聞かせながら普通の生活を演じてきた。
でもそれがこんな形で返ってくるとは思っていなかったのだ。
「………お願い。お願いだから無茶はしないでね、時雨ちゃん………。私はもう、時雨ちゃんが傷つく姿を見たくないの………」
その声は決して届かない。
仮にその言葉を直接ぶつけても彼女の心は揺るがないだろう。
だから私は、その気持ちを胸に抱いて一筋の涙を流しながら眠りについた。月明かりが差し込むベッドに枕を抱くようにして目を閉じていったのだ。
だが。
翌朝。
私は最悪の目覚めを経験することになる。
私は一階から響いてくる大きな声で目が覚めた。何を喋っているのかわからないが、とにかく大ごとなのは理解できた。そしてゆっくりと体を起こし寝ぼけ眼を擦りながら一階にあるリビングに向かっていった。
と、その時。
お兄ちゃんの鋭い声が耳に届いてくる。
「おい!周囲の封鎖はできたんだろうな!あんな大ごと、警察に任せられるわけない!人払いでも空間遮断でもなんでもいい。とにかく人を集めさせるな!」
封鎖?警察?
一体お兄ちゃんはなにを言ってるんだろう………。
と、思った瞬間。
お兄ちゃんとは逆に沈んだ声でガイアさんが返事を返していく。
「………無理よ。もうすでにマスコミや野次馬がかけつけてるわ。そこに割って入るのはさすがに危険すぎる。それにいい加減認めなさい。今回は負けたのよ。あなただってわかってたはず。この世界にある神宝は私たちの知ってる新法とはどこか違う。それはただの劣化じゃなくて『別の力が宿ってる』場合だってあるってことを」
「そんなことは言われなくたってわかってる!今はこの状況をどう収めるか考えるんだ!もし万が一妃愛の耳に入った時にはそれは………」
「わ、私がどうしたの………?」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
お兄ちゃんは目を見開き、ガイアさんは俯いてしまう。そして次の私の目に飛び込んできたのは、ピカピカと光りながら音と映像を垂れ流しているテレビだった。
『現場の状況をお知らせします。ただいまようやく消火が終わったようです。しかし負傷者の数は不明。中には女子中学生らしき少女もいたとの情報が入っています。警察と消防は放火の恐れがあると調査を進めていますが………』
瞬間。
頭を殴られたような衝撃が走った。
目の前が真っ暗になる。そしてその後すぐに赤色に染まった。足がふらつき倒れそうになるが、それはギリギリのところでお兄ちゃんに支えられる。
「妃愛っ!」
「………お、お兄ちゃん。あ、あれって嘘だよね………?あ、あはは………。なんで、こんなニュース流すのかな?だ、だって、そんなはずないもん。テレビに映ってるのが『時雨ちゃん』のお家だなんて、そんなこと絶対………」
「っ………」
その言葉にお兄ちゃんは悔しそうに下唇を噛むだけで返事を返してくれなかった。だがその反応がさらに私の心を焦らせていく。どんどん溢れ出てくる黒い感情は、徐々に熱が引き死んだような感覚を体に流していった。
それもそのはず。
なにせこのニュース、私がよく知っている家の火災を報道したものだったのだ。
もっと簡単にいえばそれは。
真宮組が生活している時雨ちゃんのお家の火災を取り上げたニュースだったのだ。
だがそのニュースに映し出されている映像を見た私はわかってしまった。
「あ、あの、火災、も、もしかして………」
「あなたの考えてることは大体当たってるわ。ただの火災だけでここまでの被害がでるはずがない。それも裏社会に通じていた家ならなおさら誰かから襲われる状況は予想してたはず。でもその家がここまで破壊されるということは………」
「ガイア!それ以上はやめろ!」
「諦めなさい。ここまできて見て見ぬ振りをさせるほうがよっぽど辛いわ。それに今はやらなければいけないことがある、そうでしょ?」
「そ、それはそうだが………」
「そういうことだから、妃愛。あなたは気を確かに持ちなさい。今のところ死者が出たっていう情報はないわ。怪我を追った人はたくさんいるみたいだけど、それも病院に搬送されたみたいだし、やれることをやれるだけやるわよ」
「や、やれ、る、こと………?」
そう言ってガイアさんはこの場から姿を消した。そしてその場を引き継いだお兄ちゃんが私を抱いたまま立ち上がりこう告げてくる。
「辛いだろうが今は話を聞いてくれ。今の所確かに死者が出たというニュースは入っていない。でもおそらくそれは死者の遺体すら『やつら』が消しているからだ。でも、それでも生きている人はいる。病院で治せない怪我でも俺なら治せる。だから今は………」
そう言ってお兄ちゃんは私を連れて空へ移動していった。そして私はすぐに現実を理解させられることになる。
それは残酷にも。
病院のベッドで寝ている傷だらけの時雨ちゃんを見たことで理解してしまったのだった。
次回は事件の詳細を語っていきます!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




