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第五十三話 一人の記憶

今回は妃愛目線の過去が明らかになります!

では第五十三話です!

 結論から言おう。

 中学一年生の春。

 その時は私と時雨ちゃんの立場が逆だった。

 特殊な家庭の事情から避けられていた時雨ちゃんは次第に中学に上がる頃から友達をなくし、月見里さんという女の子に目をつけられていった。そして気がついたときには、今の私のようにいじめられていたのだ。

 中学校以前の記憶がない私からしてみれば、その出来事は今も鮮明に覚えている。いつもいつもボロボロになりながら学校から帰っていく時雨ちゃんの背中はすごく小さく、そして惨めだった。

 でもどうしてだろうか。

 普通であればそんないじめられっ子に関わろうとは思わない。次の朝敵が自分になってしまうかもしれないから。自分もその子と同じような仕打ちを受けてしまうかもしれないから。

 まったく同じ惨めな未来に襲われるかもしれないから。

 しかし。

 気がついた時には、私は時雨ちゃんの隣に立っていた。いつぞかの私のように頭から水をかぶり、制服もカバンもびしょびしょで身体中傷だらけの彼女に手を差し伸べていた。


「………大丈夫?ほら、これタオル。使っていいよ」


「ッ………。………」


 でも、そんな私の手を時雨ちゃんはそう簡単に取らなかった。それもそうだろう。いじめというのは人の心を深く傷つける。そして疑心暗鬼にしてしまうのだ。甘い蜜が垂らされていても、それを取ればまた裏切られるのではないか。そんな考えが私を拒絶させていたのだ。

 でも、それでも私は時雨ちゃんのそばにい続けた。通学路で会ったら声をかけて他愛のない話をする。昨日の晩御飯はどうだったとか、昨日のテレビ面白かったよね、だとか。そんな会話から入って時雨ちゃんの心の氷を溶かしていったのだ。

 そして、そんな時間が一ヶ月ほど経過すると、時雨ちゃんは私にだけ心を開いてくれるようになった。初めは絶対に見ることのできなかった笑顔も振りまき、もはや親友とさえ呼べるほどの仲になっていた。

 最終的には一緒に夜ご飯を食べたり、一緒にお泊りだってする状態になった。その頃の私は今よりもずっと明るかったし、そうするように勤めていた。だから時雨ちゃんに降りかかる火の粉は私が払ってあげなきゃ、とさえ思って居たはずだ。

 でも、今思えばそんなのはただの欺瞞だった。

 確かに私が時雨ちゃんと仲良くなり、その氷を溶かしたとしても、それはむしろ時雨ちゃんを私に依存させさらに傷つけてしまうことになると、私は気がついていなかったのだ。

 そもそも私がどうして時雨ちゃんに手を差し伸べたのか、その理由が曖昧だ。今思い出せるのは、惨めにも悲しく下校する時雨ちゃんを見て、居てもたっても居られなくなったというのが大きな理由だが、それだけの理由で「時雨ちゃん」を傷つけていい理由にはならない。

 だがこのときの私は、それすら気がついてなかった。

 そして運命は悪い方向に回り出してしまう。

 私が時雨ちゃんと仲がいいことはすぐに学校中に広まり、少しずつ時雨ちゃん自身も他の生徒と関わるようになっていった。しかしそれがあの月見里さんの目に止まってしまう。この頃からすでにスクールカーストの頂点に君臨して居た月見里さんは、現状をなんとか覆そうとしている時雨ちゃんの努力を踏みにじるようにいじめをもっと酷いものへ変えていったのだ。

 彼女の場合、家が家なだけあって、それだけのことをしてもどうとでもなる環境があった。それは彼女の行動をさらに悪化させ最悪な状況を作っていったのだ。

 より具体的に言うのなら、階段から突き飛ばしたり、お弁当をゴミ箱に放り込んだり、体操服をカッターで破り裂いたり。挙句の果てには岩で殴りつけるなってこともあった。

 さすがにそんな光景を目の前で見せつけられれば、誰だって声をあげたくなってしまう。実際にいくら抑制されているとはいえ、教師陣も動きを見せようとした。だがそれも月見里さんに睨まれるとすくみ上ったように押し黙ってしまう。

 教師陣にとっても自らの首を飛ばされたらかなわない、そんなことを考えていたのだろう。月見里家の独裁学校と化したあの場所に時雨ちゃんを助けられるものは誰一人いなかった。

 ここまでくるとどうして時雨ちゃんのお家、つまり真宮組が動かないのかと疑問を抱いてしまうが、これはどうやら時雨ちゃんが止めていたらしい。ここで裏社会に通じている真宮組が動き出してしまうと、余計に自分の居場所がなくなると言い張ったらしいのだ。

 だが。

 その選択は間違いだった。

 ここで家族の力を頼っていれば、もしくは私が時雨ちゃんに下手に手を差し伸ばしすぎなければ、ここまで事態がこじれることはなかっただろう。


 悪夢は、ちょうど二年前に起きた。

 その日も時雨ちゃんは月見里さんたちにいじめられボロボロになった状態で帰路についていた。だがそれで終わらなかった。まだ、その日のいじめは続いていたのだ。


「………こ、この後、第一公園にこいって、月見里さんから言われてるの」


「え?」


 その言葉を聞いた瞬間、私は凍りついた。

 第一公園というのは近所にある気が生い茂った薄暗い小さな公園のことだ。あまるにも日が当たらなさすぎて、神隠しがおきたなんて噂がたってしまうほどの公園で、そのくせ大通りに面しているため、大きな音を立ててもかき消されてしまう空間になっている。

 つまりそんなところでいじめにあってしまえば、助けすら呼べない可能性がある。私は咄嗟にそう考えた。


「………時雨ちゃん。それは何時に呼び出されてるの?」


「え?え、えっと、確か十七時だった気がするけど………」


「そう、なんだ。………」


 そう口にしたきり、私たちは言葉を交わすことはなかった。時雨ちゃんにしてみれば、もしかしたら私に助けを求めてそれを口にしたのかもしれないが、反応が薄かった私をみて諦めたのかもしれない。

 だが。

 勘違いしてはいけない。

 私は決して時雨ちゃんを見捨てたわけではなかった。むしろ助ける気しかなかった。だからこそ時間を聞いたのだ。時雨ちゃんがやってくるよりも先に、私が月見里さんに会って今日こそ引導を渡すために。

 私は親がいない。加えてあの家もどういうわけか誰にも手が出せないようなシステムが組まれてる。それがたとえ月見里家が相手でも、軽く追い返せる状況が私にはあった。

 いや、むしろ私だからこそ月見里さんとわた知り合えると思ったのだ。自信過剰もいいとこだが、下手な身分がない分動きやすいのは事実だった。

 そして。

 私は帰宅するなり、着替えて指定された第一公園に向かう。もし月見里さんが待ち合わせギリギリでやってくるのなら、どうにかして第一公園から遠ざけなければいけないと思っていたのだが、ご丁寧に三十分も前からそこに待ち構えているようだった。

 その姿を見た私は心の中に浮かんでくる怒りを抑えながら、月見里さんと対峙していく。


「………あら、あなたは確か、鏡さんだったかしら?こんなところで会うなんて奇遇ね」


「奇遇?そんな偶然が本当に起きると思ってるの?私はあなたに話があってやってきた。ただそれだけ」


「まあ、そんなところだと思ってたわ。あなた、あの真宮さんと仲がいいものね。大方一眼のない第一公園に私が真宮さんを呼び出したことに危機感を覚えてたまらずやってきたそんなところかしら?」


「そうだよ。だからそんな私が言うことは一つだけ。もうこれ以上時雨ちゃんをいじめないで。他人を不幸に陥れるようなことは絶対に許されることじゃないから」


 そう私は啖呵を切った。しかし当の月見里さんは道路沿いのフェンスに腰掛けて軽い笑みを浮かべたまま答えようしない。それどころかその笑みはどんどん強くなっていって、最終的に笑い声が漏れてきた。


「な、何がおかしいの!」


「おかしいに決まってるじゃない。他人を不幸に陥れることってあなたは言うけど、それは私にとって愉悦なのよ。つまりそれをしないと私がつまらないし、不幸になる。人間、誰だって自分が大切で自分が一番可愛いの。だから私が真宮さんのために不幸になるなんてありえないわ」


「なっ!?あ、あなた、自分が何を言ってるかわかってるの!?」


「ええ。だってそうじゃない。身近なところで言えば受験なんかが当てはまるかしら?あれは自らの志望を通すために、他人を蹴落とす戦。見てくれは聖戦のような言い方をしてるけど、実際は自分の幸福と引き換えに相手に不幸を押し付ける不毛な戦いなのよ。それと同じことを私はしてるだけ。ものは言いようだけど、これも事実なのよ」


「………ま、まさか、ここまで考えが捻れてるなんて思わなかった」


「奇遇ね、私もよ。そもそも私の家がどんな家なのかわかってて、その上でこんな啖呵を切ってくるあなたのほうがおかしいわ。よっぽど自己犠牲が好きなのか、はたまたただの馬鹿なのか。まあ、私にはどっちでもいいけど。私は自分のやりたいようにするだけだから」


 その言葉が放たれた瞬間、私の心には呆れを通り越してさらなる怒りが渦巻き始めていた。そしてそれは自分でも信じられないほど大きくなっており、気がついた時には右手がゆっくりと上がり始めていた。


「へえ、この私に暴力を振るうつもりかしら?そんなことして無事だと思わないこと……………ッ!?」


「………」


 風が強い。

 今日はこんなに風が強く吹いてたっけ?

 そんな疑問が頭によぎるが、それよりも私は自分の感情がコントロールできなくなっていた。どうしてこんな人のためにまったく関係のない人たちが不幸を被らなければいけないのか、どうして時雨ちゃんはこんな人のためにボロボロにならなければいけないのか。その疑問が怒りに変換され、私を暴走させていた。

 そしてその感情は、私すら予想していなかった方向へ事態を動かしてしまう。


「ま、待ちなさい!あ、あなたもしかして『魔人』なの!?い、いや、でも皇獣の気配は………」


「ゆ、許さない………。許さないよ………」


 視界に紫電が入り込む。私を中心に風が巻き起こり、金色の髪がゆらゆらと揺れ始めた。そして私が一歩前に足を踏み出した瞬間、立っていた地面がいきなり弾け飛んだ。


「なっ!?」


 その現象に月見里さんは驚きを隠せないようだが、そんなことすら私は考えられないほど暴走していた。そして身にあまる力が右手に集まり、それを体が勝手に振り下ろしてしまう。

 もし仮に、ここでその一撃が月見里さんに落ちていたらどうなっていたか。それを考えるだけで今の私は震えが止まらない。月見里さんをあれだけ罵倒していた私がよもや………。


 殺人者になってしまうかもしれなかったのだから。



 しかし。

 その動きは背後から飛んできた声によって止められてしまう。


「妃愛ちゃん!!!」


「ッ!?し、しぐ、れちゃん………?」


 その声の主は間違いなく時雨ちゃんだった。振り返るとそこには汗をかきながら必死に私の名前を呼ぶ時雨ちゃんが立っており、今もこちらに向かってきているようだった。

 しかし、それを知覚した瞬間、行き先のなくなった「力」が暴発し、私と月見里さんを一緒に道路へ突き飛ばした。


「あ」


 その瞬間。

 時間が止まった。

 目に映るのは大きなバス。

 そしてこのまま行けば二人ともバスに轢かれてしまうだろうという事実が頭の中に走った。だが私とは反対の方向を向いている月見里さんはその事実に気がついていない。

 だが。

 この状況で確実に言えることがあった。

 この一瞬。私が月見里さんを突き飛ばせば彼女だけは助かる。私は死んでしまうかもしれないが、月見里さんの命は守られるのだ。

 そう思った瞬間。

 私の体は動いていた。まさかあの月見里さんを守るために自分の命を犠牲にするとは思ってなかったが、体が勝手に動いたのだから仕方がない。両手を月見里さんの服に絡めてそのまま突き飛ばす。そしてその反動で私の体はより道路の真ん中へと移動してしまった。


「あ、あなた、何を………!?」


 そんな月見里さんの言葉が聞こえた気がするが、そこからの記憶はない。

 体に何かがあったかと思うと、私は空を飛んでいた。そして頭を襲う衝撃と共に、生暖かい何かが体を包み意識は闇へ消えていく。その最中誰かが私の名前を必死に呼んでいた気がするが、それすら聞き取れないほど私の体に刻まれたダメージは大きなものだった。


 ここまで言えばなんとなくわかるだろう。

 つまり、私はこの日。




 自分が原因で一度「死んだ」のである。




実はこのお話はハクとアリスの関係と類似している部分があります。つまりこの世界において妃愛という存在は………。という発想をしていただけると今後のお話が少しわかりやすくなるかもしれません。

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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