第五十二話 報告と過去
今回はハクと妃愛の二つの視点でお送りします!
では第五十二話です!
「え?学校で茶髪の帝人に会っただって?そ、それ本当か!?」
「う、うん………」
その言葉を聞いた瞬間、俺は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。今日の妃愛にはガイアの使い魔がついていた。その使い魔に何一つ反応がなかったため、俺とガイアは安心しきっていたのだが、その予想はどうやら外れていたらしい。
だが、一応妃愛には怪我はなく無事に帰ってきているところを見るとそれほど大ごとにはならなかったようだが、妃愛の顔色はあまりよくなかった。
「………『俺と一緒にこい』って言われたの。お兄ちゃんと一緒にいると私が危険だからって」
「………。その言葉に妃愛はどう答えたんだ?」
「………私はお兄ちゃんのそばにいたいって答えたよ。初めて会った人についていく気はないって」
「そうか………」
茶髪の帝人。それはおそらく一ヶ月ほど前に対峙した青い瞳の男だろう。あの時はまだこの戦いが一体どんなものなのか、それすら理解していなかった。だがよくよく考えてみると、あのただならぬ雰囲気は一般人のものではない。となると必然的にこちらサイドの人間ということになってしまう。
まあ、その男が妃愛を勧誘というか誘拐しようとする理由がまったく見当たらないが、今回は妃愛自身がその壁を乗り越えたようだ。詳しい状況はわからないが、妃愛も自分の意思を自分で言葉にできるくらいには強くなっているらしい。
とはいえ。
俺と一緒にいると危険だから、という考えはあながち間違っていないのかもしれない。さすがにおれも自覚しつつあるが、おれはかなりのトラブルメーカーだ。そのトラブルを上から握りつぶせる力があるからいいものの、それがなければ俺は確実に厄介極まりない存在となっているだろう。
しかし俺の結論としては、それらを全てひっくるめて考えた上で、妃愛は俺の横に置いておく方が一番安全だと判断したのだ。確かに図書館に預けたり、まったく関係のない場所に匿ってもらう方が安全なのかもしれない。でもそれは妃愛を普通の生活から遠ざけてしまう。
それだけは俺が一番危惧するところだった。
ゆえに俺は全てを考えた上で、妃愛の生活に一番ダメージの少ない選択をしたつもりなのだが、それは茶髪の男には良く見えてなかったようだ。
俺はそこまで考えると、明日からは妃愛の警護に再びガイアを戻すことを心に決め、テーブルの上に置かれている夕食に手をつけていった。
ちなみに、現在。
俺とガイアは月見里家の屋敷を出てすぐに自宅へ戻った。時間程には正午を少し過ぎたあたりだったのだが、今日はそのまま家にこもり早めに夕食の準備をしておくことにしたのだ。
というのも月見里家も真宮組も今日は動く気配がなさそうだったからだ。正確に言えば月見里家はそもそも居場所すらつかめておらず、これ以上時間をかけても有力な情報も行動もできないだろうと俺たちは考えていた。
ゆえに一応両者の家にガイアの使い魔を配置してゆっくりと夕食の準備や家事をこなしながら妃愛を帰りを待っていたというわけなのである。そして妃愛が帰宅し、すぎに夕食にしたのだが、開口一番俺の予想を超える一言が妃愛の口から出てきて驚いてしまったのだ。
だが、さっきも言ったように妃愛に怪我はなかった。帝人に接触されたとはいえ、無傷で生還したのだからこれ以上言うことはないだろう。後は俺やガイアがその帝人についても調べておけばいい話だ。妃愛を不用意に心配させる必要はない。
と、俺は考えていたのだが。
そんな俺に向かって妃愛はこんなことを呟いてきた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「うん?どうした?」
「今日、時雨ちゃんのお家のこととか色々調べてきたんだよね?え、えっと、その………。時雨ちゃん、どうだった?」
「そうだなあ………。とりあえず今のところは何もおかしなところはなかったよ。その時雨ちゃんって子も今日はずっと家にいたみたいだし、襲われてる様子もなかった」
「そっか………。よかった。時雨ちゃん、今日学校に来てなかったから心配になっちゃって」
妃愛からすると、今日は時雨ちゃんのためだけに学校に行ったようなものだ。もし月見里麗子が時雨ちゃんを巻き込むようなことをしないか、それが妃愛の不安材料だった。
とはいえ、今日はその時雨ちゃんも月見里麗子もどちらも動いてはいない。ゆえに妃愛の心配は杞憂に終わったと言える。
だが。
わかっていると思うが、俺は嘘をついた。
確かに時雨ちゃんは動いていない。しかし真宮組は動いている。確実に月見里家と一戦交える気だ。元々この両家はあまり仲がよくなかったと聞いているが、そのトリガーが昨日の一件で引かれてしまったのだろう。
妃愛は時雨ちゃんを巻き込みたくない。でも時雨ちゃんは月見里麗子にちょっかいをかけられている妃愛を助けたい。そしてそんな妃愛を殺すべく、月見里麗子は時雨ちゃんを利用したい。
そんな三角関係が出来上がっている。その事実は妃愛もなんとなく勘付いているだろう。妃愛はその現場にいたわけだし、なんなら俺よりその雰囲気を汲み取っているかもしれない。
だが、だからこそ俺は真実を伝えられなかった。伝えてしまえば妃愛は時雨ちゃんを助けようと動き出してしまうだろう。その正義感は立派なものだが、それでは妃愛が危険な目に会ってしまう。それだけは避けなければならない。
ゆえに俺は今日見て来た全ての出来事を喉の奥に封じ込め、それを口に出すことはしなかった。しかしその代わりに俺は妃愛に少しだけ気になっていたことを聞いてみることにした。
「なあ、妃愛。今度は俺が質問していいか?」
「え?う、うん。いいけど………」
「妃愛と時雨ちゃんってどんな関係なんだ?………ああ、えっと。別に変な意味じゃなくて、時雨ちゃんが妃愛のために動こうとする理由ってなんなのかなって」
いくら友達のためとはいえ、家の力まで持ち出して庇おうとするのは少し異常だ。俺はそう考えていた。しかも言っちゃなんだが妃愛は月見里麗子のせいでほぼ全ての生徒から距離を置かれている。
そんな中で、いくら月見里麗子が妃愛に何かしようとしているからって、家の力を使って解決しようとするのはいくらなんでも過剰なんじゃないないかと思ったのだ。
しかし妃愛はその言葉を聞いた途端、訝しむような表情を俺に作って逆にこんな質問をぶつけてきた。
「お兄ちゃん、それって………。時雨ちゃんが何かしようとしてるってこと?」
「いやいやいや。そういう意味じゃなくて。単純に昨日の話を聞く限り、妃愛のことを時雨ちゃんが庇ってるみたいだったからさ、その理由が気になって………」
ま、まずいな………。
結構大きな地雷を踏んだかもしれない。いや確かに今の質問をそのまま汲み取れば、妃愛のために時雨ちゃんは何か動こうとしている。その理由がわからないから、少しでも情報がほしい。ってなわけで妃愛に聞いてみよう、みたいな流れを察されてもなんらおかしくはない。
というかそれは事実だ。できるだけオブラートに包みつつ、自然な流れで聞きだせるように質問したはずなのだが、妃愛の耳は誤魔化せなかったようだ。
しかし俺があまりにも平静を装って返答したため、妃愛も返す言葉がなくなったのか、スクグに表情を戻して視線を夕食が乗っているさらに落としていった。
だが妃愛はなかなか口を開こうとしない。皿に乗っているミニトマトを転がしながら、神妙な顔つきでフォークを動かしている。その様子は俺も見たことがなかったため、こちらも戸惑ってしまう。
「ど、どうした………?」
「………」
それでも妃愛は答えない。
なんというか言葉に出したいのだが、それを出してしまっていいのか悩んでいる感じだ。唇をぎゅっと締めて、眉間には小さなシワがよっている。加えて利き手ではない左手は握られていながらもプルプルと震えており、ただならぬ空気が流れ始めていた。
何かまずいことを聞いてしまったのだろうか、と思った俺はすぐさま口を開けると、少しだけ慌てながら言葉を紡いでいく。
「言いたくなかったらいいんだ。別に無理して言うことじゃない。そ、それよりほら、ご飯冷めちゃうから食べようぜ?」
「………うん、ごめん。ちょ、ちょっと、今はきもちの整理がつかなくて………。また落ち着いたら話すね………」
「本当に無理しなくていいからな。大丈夫、時雨ちゃんのことも月見里家のことも俺がなんとかすらから」
と、言ったものの。
それからもこの空気は元に戻らなかった。俺がくだらない話をぶつけても、空返事しか返ってこず妃愛は終始上の空だった。そんな姿をみて自分の言動に後悔してしまった俺だったが、時すでに遅し。
気がついた時には妃愛は風呂も済ませて自室に閉じこもってしまった。俺はというと夕食の片付けと家事、ガイアとの打ち合わせというハードなスケジュールをこなし、ゼロ時には体を休めていく
だが結局。
俺の頭の中には時雨ちゃんや月見里家のことではなく、明日妃愛にどんな顔で会ったらいいのか、そればかり浮かんでいたのだった。
「はあ………」
お風呂を済ませた私は月明かりが差し込む自室のベッドに体を倒していった。それと同時にとてつもない倦怠感が襲いかかり睡魔を私に押し付けてくるが、それを無理矢理はねのけて体の向きを仰向けに変えていった。
そして右腕をおでこに当てながらぼーっと夕食の席での会話を思い出す。
あの時。
私は時雨ちゃんがどうして私を庇うのか、その理由を答えられなかった。もちろん、私はその理由を知っている。というか、知らないはずがない。時雨ちゃんが私に気を遣ってくれる理由、それはなのを隠そう私自身に問題があるのだから。
だがそれを思い出そうとすると、唯一私に残っている昔の記憶が鮮明に浮かんできてしまう。そしてそれは辛い痛みと鉄臭い匂いを私の体全体に走らせてしまうのだ。
その瞬間、私の喉の奥から吐き気が飛び出してくる。必死に押さえつけて吐瀉物を吐き出すことは防ぐが、ひどく呼吸が荒れてしまった。
「はあ、はあ、はあ………。何やってるんだろう、私………。あの時も、今も。悪いのは全部私なのに………。お兄ちゃんにまで迷惑かけて、本当馬鹿だなあ」
振り返れば振り返るほど。
後悔が心の中に渦巻いていく。もしあの時、こうしていれば今、こんなことにはならなかったのかもしれない。時雨ちゃんをこの対戦に巻き込むことも、そもそも「月見里さん」だって私に「粘着」する必要もなかったかもしれないのだ。
唯一覚えている昔の記憶が今になって私の胸を締め付ける。思い出したくないけど、思い出さなければ、今誰よりも大切なお兄ちゃんを困らせてしまう。そう考えると余計に心が痛かった。
私はそこで一度思考を切ると、ベッドから起き上がって勉強机ならぬただのテーブルの前に移動していく。そしてそのテーブルに備えづけられている引き出しを開け、古びた手帳を取り出していった。
引き出しに入れていたおかげでホコリは被ってない。紙も劣化しているわけではないが、数年間使ってなかったため、妙に古く感じてしまう。でも今はその手帳を開かなければならない。そうしなければ前に進めないと直感的に感じてしまったのだ。
手が震える。
手帳を持つ左手が震え、それを開けようとする右手はもっと震える。
その理由は簡単だ。そこに何が書かれているか、その全てを知っているからだ。ではなぜ手帳を見る必要があるのか。怖いからだ。何もなく、たった一人でその記憶を思い出すのが。
だから私はこの手帳を頼る。そこに記されている文字を読むことによってなんとか気持ちに整理をつけようと考えていたのだ。
色々なことがあった一日だったが、おそらく今この瞬間が最大の山場だろう。だけど薄々感じていた。いつかは絶対に向き合わなければいけないと。
月見里さんのいじめがずっと続き、半ばそれでいいと思っていた自分がいる。いじめられている間は、その過去を忘れることができるから。そしてそれはある意味贖罪なのだと自分を言いくるめることができたから。
でも、それももう終わりだ。
その壁を乗り越える時がやってきたのだ。もしかしたらそれすらもお兄ちゃんは解決してくれるかもしれない。
そんな一つの希望が、今の私を支えてくれている。
そして。
私は、ついに。
その手帳を開き、過去に何があったのか、その全てを思い出していくのだった。
次回は妃愛と麗子、そして時雨の関係が明らかになります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




