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第四十九話 初めての戦い

今回は妃愛が主役です!

では第四十九話です!

「お前がこの戦いに巻き込まれたのはお前が兄と慕っているあの男のせいではなかったか?あの男がいたからお前の下には災難が降り注いだ。皇獣に襲われ、今では同じ帝人にすら狙われている。それは全てあの男のせいだとは思わないのか?」


「な、なに、を言って………」


「だから俺の手を取れと言っている。あの男ではお前を守ることはできん。それどころか余計に傷つける。お前が傷つくことで悲しむ人間も少なからず存在しているということだ」


 そう言って私に手を差し伸べてきたその男性はじっと私の目を見つめて重たい空気を発していった。その空気は私の足を地面に貼り付けて動きを拘束してくる。だがそんなことよりも私はこの人が言っている言葉に驚きを隠せなかった。

 いきなり現れて一緒にこい?

 いきなり現れてお兄ちゃんを罵倒する?

 そんなこと、そんなこと。

 誰の許しを得て言葉にしているのだ?

 そう考えた瞬間、私の心の中にふつふつと黒い感情が湧き上がってくる。それは止まることはなく、徐々に体に熱を走らせながらどんどん大きくなっていった。

 しかしそんな私を上から押しつぶすようにその男性はさらに言葉を紡いでくる。


「先日の戦いは俺も知っている。ファーストシンボルが出現した件も、月見里貴教に襲われた件もな。だがそのどちらもあの男がお前のそばにいたはずだ。あの男はお前を守ると言っておきながら、結局はお前を戦いに巻き込んでいる。そんなことをしていたら、いずれお前は本当に死んでしまうかもしれない。お前だって薄々気がついているはずだ、この戦いがゲームやお遊びなんて言葉で片付けられるほど甘いものじゃないということに」


「だ、だからって、なんであなたが私に気をかけるの………?あなたも帝人なら、私の命を狙って………」


「確かにこの戦いの裏の趣旨は帝人同士の殺し合いだ。だがその条件は全ての帝人に当てはまるわけじゃない。むしろ戦いを穏便に終わらせたいと願う帝人がいてもなんらおかしなことじゃないはずだ」


「つ、つまり、あなたはその一人だってこと………?」


「別にそういうわけじゃない。俺とて目的を持って白包を求めている。障害になる帝人は容赦無く叩き潰すつもりだ。ただお前だけは特別だ。なにせ戦う力すら持っていない。形ばかりの帝人を殺すほど俺は落ちてないんだよ。それに今のお前はまだ被害者としての地位を持っている。これ以上戦いに関わらなければ保護してやるのもやぶさかじゃない、そう思ったんだよ」


 意味がわからなかった。

 現状、命を狙われている私を匿うことにメリットはない。むしろデメリットの方が多いだろ。ゆえにそんな私の手を引こうとしているこの人の言動は色々とおかしい。そもそも私がこの戦いに巻き込まれたのはお兄ちゃんのせいではなく単なる偶然だ。偶然が運命によって導かれた必然であったとしても、そこにお兄ちゃんは関係していない。

 ゆえに私はまず自分のことよりもお兄ちゃんを馬鹿にされたことに怒りを覚えた。この男性が何を言おうと私がお兄ちゃんに迷惑をかけられているなんて事実は存在しない。であればそれだけは私の口からはっきり言っておきたかった。


「………私はあなたの言っていることはわからない。どうして私の手を引こうとするのか、どうして私を守ろうとするのか。でも、そんなことより。私はあなたがお兄ちゃんを馬鹿にしたことが許せない。お兄ちゃんはいつだって私を助けてくれた。今だって助けてくれてる。何も知らないあなたがお兄ちゃんを語らないで」


「………強気だな。まあ、それだけあの男が今のお前の心を支えているということか。だがそれは結局詭弁だ。あのおことは確かにファーストシンボルを倒し、帝人からお前を守ってみせた。だが大人しくお前が図書館に保護されていればこうはならなかったのではないか?」


「………どういう意味?」


「俺たち帝人は白包という報酬をぶら下げられている以上、この戦いを管理している図書館には強く出られない。そんなことをして白包を壊されたり持ち逃げされたら話にならないからな。白包は戦いが進むにつれて完成する代物だ。それを完成させることができる存在があの司書たちしかいない以上、俺たちもやつらにては出せない。となればファーストシンボルの件も昨日の件も、あの図書館にいれば回避できたことだと思わないか?」


「そ、それは………」


 確かあの時。

 お兄ちゃんはあの后咲という人の誘いを断った。こんな場所に私をおいていては逆に危険だと言って、それを拒否したのだ。

 だがよく考えてみると、この男性の言う通りあの図書館にいればいまの私はもう少し違ったものになっていただろう。昨日のように裏山で襲われることもなければ時雨ちゃんに迷惑をかけることもなかったはずだ。

 だから確かにこの男性が言っていることは当たっている。恐怖に震える必要もなく、他人に心配をかけることもない。そんな完璧な安寧があの図書館にはあったのかもしれない。

 でも。

 でも、でも、でも。

 でも、だ。

 私はお兄ちゃんを信じている。この一ヶ月一緒に生活してわかった。お兄ちゃんは誰かに嘘をつけるほど器用な人間じゃない。誰かのために動こうすればそれだけしか考えられなくなってしまうタイプなのだ。

 ゆえにお兄ちゃんが何かの打算を持って司書の誘いを断り、私を貶めようとしている可能性はないに等しい。それくらいは理解できる程度の信頼関係は築けている。それが仮に厄介ごとを引き寄せてしまう疫病神のような性質を持っていたとしても、何度もお兄ちゃんに命を救われている私が今更お兄ちゃんから離れることなど絶対にできないのだ。


「………確かにあなたの言うことは当たってるかもしれない。でも、結局それ止まりなのよ。私は今、お兄ちゃんと一緒に生活してること自体に幸せを感じてる。血なまぐさいこともあるけど、それはお兄ちゃんがなんとかしてくれる。そう思えるくらいに私はお兄ちゃんを信頼してるの。だからあなたにその関係に口を出す権利はないわ」


「………。なるほど、これはなかなか骨が折れそうだな。ただの震える子鹿だと思っていたが、案外そうではないらしい」


「………」


 その男性はそう言うと軽く息を吐き出して呼吸を整えると、右手に持っていた剣を肩の上に掲げて顔を下に下げていった。その姿勢はまるで何かに襲いかかろうとしているかのようなポーズで、私もつられて一歩後ろに下がってしまう。

 だがその直後。


「ッ!?」


 背筋が凍るような殺気が私に突きつけられた。そして青く輝く男性の瞳が鋭く私に向けられる。その瞳には明確な殺意が宿っており、それを見た私は直感的に命の危険を悟る。すぐにポケットの中に入っているお兄ちゃんを呼び出すための鈴を手に取ると、屋上のフェンスギリギリに体を押し当ててその人の様子を窺っていった。


「………俺が何を言ってもお前は俺の手を取ることはないってことか?」


「………ええ」


「ってことは仮にここで俺に殺されても文句は言えないぞ?」


「………」


 この男性は帝人だ。帝人同士が争うのがこの対戦の趣旨だとすると、ここで私が殺されるのはある意味自然なのかもしれない。それに対して文句など言える立場ではないのだろう。

 そう自覚した瞬間、再び足が震えだしてしまう。気を抜けば斬られる。あの赤黒い長剣で私の体は真っ二つだ。そんな具体的な妄想が勝手に頭の中に広がり、心と体を同時に硬直させていく。


「恐怖。その感情もお前があの男と一緒にいるから抱くものだ。ここで俺の手を取り、全てを投げ捨てて自分のことだけ考えれば、すぐにお前は解放される。血なまぐさいこの戦いから逃げることができる。それを理解してなお、ここで俺に斬られたいのか?」


「………斬られたい人間なんているわけない。でも、私はまだやることがあるの。対戦がどうとか、白包がどうとかそんなこと私にはどうでもいい。今は私のせいでこの戦いに巻き込んでしまったかもしれない人のことが心配なの。それをどうにかするまでは、どんなに怖くても逃げられない」


「だからそれはお前があの男と関わったから………」


「だったらどうなの?だからってやり直せるの?違うでしょ?………私はあなたじゃなくてお兄ちゃんの手を取った。あなたがどうして私を助けようとしてるのか、それはまだわからないけど、それすら話せないあなたに付いて行く気はない。まして私の責任を自分のことだけ考えて投げ出せなんて言ってくる人について行く気はないわ」


「………」


 売り言葉に買い言葉。怖くて怖くてたまらないけど、それでもこれだけは言っておかなければと思ってそう告げた。その結果逆に男性を挑発するような言葉が出てしまったが後悔はしていない。

 でも斬られると思った。神経を逆なでする台詞をぶつけた以上、あの剣の錆に私はなってしまうと直感的に思ってしまったのだ。ゆえに握っていた鈴をすぐに鳴らそうとする。

 だが。


「………」


 斬りかかってこない。

 こちらを見つめながら腰を落として剣を構えているだけ。地面を蹴って私にとびかかってくるわけでも、斬撃を打ち出してくるわけでもない。

 ただそれだけだった。

 だがやがてそんな空気もその男性のため息で終わりを迎えてしまう。


「はあ………。まさかこんな展開になるとはな………。少し強めに押せば簡単に折れると思っていたんだが、逆にふっきれさせてしまうとは。誤算だった」


「………何を言ってるの?」


「これじゃ、『弟』に申し訳が立たない。この少女を連れて帰ることが俺の目的兼依頼だったんだがな。………失敗だ」


 そう意味のわからない言葉を呟いたあの人は手に持っていた剣をくるくると回して腰の鞘に差し込むとくるっと背中を向けて屋上のフェンスに飛び乗ると、そのままこんなことを呟いてきた。


「お前があの男を取るというのなら、俺はもう何も言わない。だが覚悟しておけ。今の俺はお前を斬らないが、『その他』は違う。帝人や皇獣だけが敵だと思うな。本当にこの戦いから逃げたいと思うなら、全てをかなぐり捨てる覚悟で進むことだ」


「………」


「というわけで俺はここでお暇する。今日は最後の帝人、鏡妃愛の顔を拝めただけで満足だ。その自我が割と固いものだという事実も理解できたしな。まあ、その場凌ぎの決意にだが、まあ悪くはない。それなりの殺気をぶつけても動じなくなったところを見ると肝も座っているようだ」


「え………?」


 その人はそう言うとそのままフェンスから身を投げ出していた。一応この学校は四階建て。その高さは二十メートル弱。そんな高さの場所から飛び降りるなど自殺行為も同然。ゆえに私は慌ててそのフェンスの近くにかけよっていったのだが、地面には何もなくすでにこの場からあの男性の気配は全て消え去っていた。

 だがそれを知覚したと同時にどこからともなくこんな声が降り注いでくる。


『一つだけ忠告だ。お友達を大切にするのもいいが、最後はしっかり自分のことだけ考えろ。それができない人間はどこか壊れている。自分を犠牲にして誰かを助けるなど愚の骨頂。………少なからずお前にはその気概が見えたからな、注意しておけ』


 そして今度こそ、あの男性はこの場から姿を消した。

 取り残された私は安堵感によって足の力が抜けてへたりこむように膝をついてしまう。校庭の砂を巻き上げた風が体にあたり髪をなびかせてくるが、それすら誓うできないほどの脱力感が私に襲ってきていた。

 なんとか切り抜けたが相手はあの帝人。神器すら表に出していつ殺されるかわからない状況で正気を保ち続けたのだ。極度の緊張は精神を摩耗させる。肉体的な体力ではなく、精神的な体力を消耗してしまうのだ。

 だから私はこのお昼休み。何一つお弁当に手をつけることができなかった。教室に帰ってからも上の空で目の焦点が常に合わない症状に悩まされた。

 だがわかったことがある。

 これが戦う、ということなのだ。

 これがお兄ちゃんが私を守るために立ちむかっていった場所なのだと、私は理解した。決して剣を持って何かを倒すことだけが戦いじゃない。言葉のやりとりそれも戦いなのだと理解させられた。

 ゆえに脱力感と、変な充実感が私に降り注いでいた。

 そんな妙な感情を味わいながら今日という一日を過ごしていく。




 だがこの時。

 この裏でとんでもないことが起きていたことを私は知らなかったのだった。


次回はハクとガイアの視点に戻します!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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