表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
912/1020

第四十八話 勧誘

今回は妃愛の視点でお送りします!

では第四十八話です!

 黒板からチョークが走る音が響いてくる。その音は私を思考の狭間へと誘い込み、意識を完全に現実から乖離させていった。隣にいる松城君の姿も、教卓の前に立っている先生の姿も、全てが視界から消える。

 そして私の頭の中に思い浮かんだのは二人の少女の姿だった。


「………」


 昨日のことがあったからか、月見里さんは学校に来ていなかった。取り巻きの二人も月見里さんがいないことに首を傾げており、終始不安そうな顔を浮かべている。まあ、あんなことがあった次の日にのうのうと顔を出せるほうがおかしいのだが、それにしても少しだけ不自然な現象ではあった。

 なにせ月見里さんはスクールカーストのトップに位置する生徒だ。いくら昨日私を殺そうとしていたとしても、そんなもの一瞬でもみ消してしまうほどの権力を彼女と彼女の家は持っている。むしろ私が悪者になってしまう可能性だって否定できないだろう。

 だが、きていない。

 今、この教室に月見里さんの姿はなかった。

 どうしてかはわからない。もしかしたらお兄ちゃんの言うように時雨ちゃんに手を出そうとしているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。いずれにしても学校という場所に縛り付けられている私では彼女が今、どこで何をしているのか何も知らなかった。

 そして。

 もう一つ、気になっていることがある。

 時雨ちゃんだ。

 時雨ちゃんも今日は学校にきていないらしい。通学路では会わなかったし、今朝時雨ちゃんの教室に行ってみても、その姿はなかった。一応時雨ちゃんの担任の先生に聞いてみたのだが、なんでも体調不良だとかで、電話による欠席連絡があったそうだ。

 しかし。

 昨日まであんなに元気だった時雨ちゃんが本当に体調不良なのか、そこに私は疑問を抱いた。いや、より正確に言うのなら山梨さんの一件に巻き込まれてしまっているのではないか、そう思えて仕方がなかったのだ。

 とはいえ、欠席の連絡が来た時点で一応無事なのは確かだろう。もし何か起きていたら、そんな連絡を送ってくる暇すらないはずだ。

 だが、心配なものは心配である。

 今日、私が学校に来た理由はその時雨ちゃんの様子を確認するため、という要素が大きい。昨日の時雨ちゃんは月見里さんの挑発に乗りかけていた。別にそれは時雨ちゃんが悪いわけじゃない。時雨ちゃんの立場とそれを焚きつけた月見里さんに原因がある。

 とはいえ、時雨ちゃんは思い至ったらすぐに行動するタイプだ。家柄もあるのかもしれないが、最悪の場合、月見里たちに自ら攻撃を仕掛けてしまう可能性もなくはない。私の妄想であればそれでいいのだが、いかんせん真宮組という力がどう動くか私には予想できなかった。

 ゆえに。

 ………心配だな。時雨ちゃん、大丈夫かな………?今、こうしてる間にも時雨ちゃんが危険な目にあってたら………。

 と、思ってしまう。

 しかし、考えても考えても結論が出ないのは言うまでもない。私はお兄ちゃんではない。お兄ちゃんのように戦う力もない、何かを解決できる力もない。私にできるのはただ見守ることだけ。

 それはわかっている。

 わかっているはずなのに………。心がどうも落ち着かない。


「………おい、鏡。………おい、聞いてるのか、鏡!」


「は、はいっ!?」


「ぼーっとするな。今は授業中だぞ。………この問題、解いてみろ」


「え、えっと、はい………。X=2、Y=9です」


「正解だ。話を聞かずに問題が解けてしまうんだから俺も文句は言えないが、それでも授業には集中しろ。いいな?」


「はい、気をつけます………」


 ………怒られてしまった。

 私の場合、問題を見ただけで答えがわかってしまうせいで、こういう事態に陥ってもわりと大丈夫だったりするのだが、それにしても今のは油断していた。まさかこのタイミングで私が指名されるなんて思っていなかったのだ。

 まあ、単純にぼーっとしていた私を見つけた数学教師が意地悪ついでに私を指名した可能性も否定できないけど。というか十中八九その線だろう。

 私は今起きた出来事をそう分析すると、小さく息を吐き出しながら指定されている教科書のページを開いていった。思考にふけっていた間に、十ページほど先に進んでいたらしく見たことのないページが目の前に広がっていく。

 と、その時。

 隣に座っていた松城くんが呆れたような表情をしながらいきなり話しかけてきた。


「お前………。本当、頭いいんだな………。普通いきなり名指しされたら答えられないぞ………」


「たまたまだよ、たまたま。私の場合、それなりに予習してるから問題ごと覚えてるの」


 もちろんハッタリである。

 予習なんてしていない。というか前に勉強しなくても全然余裕とか松城くんに言った記憶があるが、今はそれすら思考の中から消えていた。いくら問題に答えられたからといって、気が動転していないわけじゃない。というか心臓がうるさいくらい鳴り響いている。教師に名指しされて驚かない生徒なんてこの世にいないはずだ。その精神状態で予想もしていなかった一言が飛んでくれば、しれっと嘘がこぼれてしまうのも仕方がないだろう。

 と、思う………。

 と、思ってるんだけど………。


「へー、鏡も予習とかするんだな。前はそんなに勉強してないとか言ってたからてっきり生まれながらの天才なのかと思ってたぜ」


「あはは………。そ、そんなわけないじゃん………。私だって普通の中学生だよ」


 はあ、よかった松城君が素直で。

 なんだか騙しているようで悪い気がしてしまうが、何一つ悪いことはしてない。むしろどうして問題が解けてしまうのか、私が聞きたいくらいだ。中学校以前の記憶が私にあればその謎も解けるのかもしれないが、ないものをねだっても仕方がない。

 私はとりあえずそう考えると、松城君との会話をそこで切って頭の中で月見里さんと時雨ちゃんのことを考えながら授業を受けていった。

 中学生の授業は基本的に五十分が基本だ。それが午前中に四本入っており、昼食タイムに入る。中学校によっては給食なるものが支給される学校もあるそうだが、うちは基本的にお弁当を持参するように決められている。一応購買やコンビニも近くにあるので、お弁当を持ってきていなければ、そこで買うことも許されている。

 まあ最近の私はお兄ちゃんが毎日お弁当を作ってくれるので、そういった販売店のお世話にはならなくなったのだが、やはり親が忙しいのか一定数それらを利用する生徒もいるようだ。

 そんなこんなであっという間に過ぎ去ってしまった授業を頭の隅に押し込んで私はお弁当を手に昨日と同じ屋上に足を運ばせていった。月見里さんがいないからといって私は居場所はクラスの中にない。一応話しかけてくれる子もいるにはいるのだが、やはり敬遠されている感は否めない。ましてお弁当を一緒に食べようなんて言ってくる生徒は時雨ちゃん以外いないだろう。

 ああ、でも待って。

 確かに前に松城君にも誘われてたっけ?うーん、随分と前のことだからあんまり覚えてないけど、その時も迷惑かけそうだったから断ったような………。

 そんなことを思い出しながらいざ屋上へ。屋上というスペースはいざ登ってみると実に不便な場所だったりする。風は吹くし、ゴミは飛ぶし、寒いしで、とてもではないがお弁当を食べると言う気になれない場所なのだ。

 ゆえにアニメや漫画のように人が集まることはない。他の学校はもう少し環境がましなのかもしれないが、うちの学校は皇帝の砂がかなり軽いこともあって砂まみれのお弁当を自ら食べようとする輩はいないのだ。

 だからこそ私はここにやってくる。人もいないし誰かに話しかけられることもない。この学校の中で唯一一人になれる空間。そう思って毎日ここにやってきている。

 でも、今日は違った。

 私は私も知らないうちに時雨ちゃんの姿を探してしまっていた。


「やっぱり、いないか………」


 もしかしたら昨日のように笑顔を振りまきながら屋上にいるのではないかと思ったのだが、やはり今日は学校に来ていないようだ。

 となると、いつも通り私は一人で昼食を食べるしかない。砂がお弁当の中に入らないように建物の陰に隠れながらフェンスの壁に体を押しつけて腰を下ろしていく。今朝も確認したが今日のお弁当には卵焼きが入っており、見ただけで私の食欲を誘ってきた。

 実を言うとこの卵焼きはかなり甘く味がついており、私好みに調整されていたりする。というのもお兄ちゃんが最初に作った卵焼きはかなりだし巻き卵に近いもので、甘党である私がもっと甘くしてほしいと言ったことでこの卵焼きが出来上がったのだ。

 ではなぜ今朝はだし巻きが食卓に並んだのか、と突っ込まれるかもしれないが、あれはあくまで朝食だ。私がお兄ちゃんにお願いしたのは昼食での卵焼きについて。そこは私の中で明確に判断がわかれているポイントなのである。

 というわけでいざ実食。橋を手に取ってその黄色い卵焼きを摘もうとする。

 だが。

 次の瞬間。


「ッ!?」


 風が吹いた。

 その風が私の前髪を揺らし、何かが目の前にやってきたことを示してくる。だが、体が動かない。痛いほどの殺気が突きつけられているせいだ。その殺気が私の恐怖を煽り、自由を拘束している。

 だが、そんな状況だからこそ体だけは動かさないといけないことを私は学んできた。昨日の今日だ、その程度のことは学習する。

 ゆえに私は懸命に顔を前に向けていった。


「ほう?震えているだけの小娘かと思えば、意外と肝は座っているらしいな」


「あ、あなたは………」


 まず一番初めに目の中に飛び込んできたのは右手に握られている一本の長剣だった。見た目的におそらく西洋剣。刀身もつかも赤黒い色に染まっており、血が滴っているのではないかと錯覚してしまうくらい鋭利な輝きを放っていた。

 そしてその持ち主。つまりこの声の主。その人は茶色の髪に真っ青な瞳を携えた男性で、みるからにこの学校の関係者ではなさそうだった。というか普通に大人だ。学生ではない。二十代前半くらいの見た目。

 そしてそんな人物を私が知っているはずもない。だから動転した、驚いた、声が出なかった。

 だが唯一わかること、それは………。


「俺が帝人だということは、今のお前ならわかっているだろう?」


「くっ………」


 そう、この男性が握っている一本の剣。それはおそらく神器と呼ばれる代物だ。この現代に西洋剣なんてものをぶら下げている時点で、あれが神器以外の何物でもないことは確定的だろう。

 それに………。

 あ、あの剣………。み、見てるだけで心臓が痛い………。まるで首のあの刀身を当てられてるかのような、そんな感じがする………。


「お前の考えている通り、この剣は神器だ。神器を持っているやつを帝人と言うのなら、俺は間違いなく帝人なんだろう。その解釈は実際間違っていない」


「………」


「黙り、か………。恐怖に怯えているのか、それとも何か考えあっての沈黙か。まあ、どちらにせよ、今のお前は圧倒的に不利な状況だということは理解しろ。わかっていると思うが、俺はいつでもお前を殺せる。その間合いにお前は立ってるんだ」


 それは私もわかっていた。

 もし仮にこの人がお兄ちゃんや月見里さんのお父さんのような力を持っているのだとすれば、たとえ十メートル、二十メートル離れていてもそれは問題にすらならない。そんな距離、ものの一瞬で詰められてしまうだろう。

 ゆえにこの封鎖された屋上という空間は完全に私を追い込んでいた。だが、だからこそ気になることがある。もしこの人が昨日の月見里さんのように私を殺すつもりなら、今すぐにでもその剣を振るえばいいのだ。

 でもそうしない。

 剣を握っていながらその剣先を下にさげている。

 となると、その行動に何らかの意味があるはずだ。そう考えた私は意を決して心の声を口に出してみることにした。


「だ、だったら、ど、どうして私を殺さないの………?」


「………。恐怖に怯えているように見えて、実は意外と考えているらしいな。確かにその疑問は当然だ。俺がお前の立場なら同じことを聞いていただろう。ゆえに俺はお前の質問に答えよう。俺がお前に接触した目的、それは………」


 そして告げられる。

 誰も予想していなかった、衝撃の一言を。




「俺と一緒に来い。そうすれば少なくとも今よりは安全な環境を提供してやれる。本当にこの戦いから逃げたいと考えているなら、俺の手を取れ」




 その瞬間。

 時間が止まったような気がした。

 言っている意味がわからず、その言葉を理解するのに時間がかかってしまう。だがその言葉の意味を理解した時、私の頭の中にはやはりお兄ちゃんの姿が思い浮かんでしまうのだった。


次回はこのお話の続きになります!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ