第九十話 第三ダンジョン、三
今回はキラ成分が多めです!
では第九十話です!
第十一層。
そこはかつて起きたであろう神話の洞窟冒険譚の再現のような造りになっていた。半人半牛をシンボルとするその構造は幾多の人間を悩ませ死に追い込んだとされる。
一度来た道をわかるようにしておかなければ脱出不可能を言われるそれは、今俺たちの目の前にも広がっていた。
迷路。
それはダンジョンにおいてテンプレの一つだが、これが実際に体験してみると意外に難しいものだったりする。
何せ道が只管に多い。
気配創造でそのルートを辿ろうにも情報量が多すぎて頭での処理が追いつかないのだ。当然神妃化をすれば体自体が人間のものとはかけ離れるので、楽に攻略できるのかもしれないが、やはり神妃化というのは少なからず疲れるので今いるような中層域では使う気になれなかった。
一般的に迷路というのは明確な攻略法が存在する。
一番有名なのは壁を伝いながら進む、という方法なのだがこれは何度も同じところを通らなければいけない上に迷路の形式によっては攻略できないパターンもある。
次に考えられるのは行き止まりになっている箇所を潰していく方法。実際この方法はかなり有効的だが、迷路の地図がない限りかなり難しいのだ。なにせ常に現在地と突き当たりの位置を把握しつつ進まなければいけない。
そんな狂気じみた計算をたかが高校三年生の頭脳で出来るはずがないのだ。
で、今の俺たちはというと、もっぱら精霊女王様頼りである。
なんでもキラは精霊という特性上やろうと思えば物とも対話が出来るようで、それを駆使しながら時折壁に手を当てて情報を集めていた。
「いや、まさかキラにこんな能力があったとは………」
「さすが精霊女王だね!」
俺とアリエスはそう素直に賞賛の言葉を述べる。実際俺の物との対話というのは試したことがない。まあ全てを生み出した神妃の力なのだからそれくらいは出来るのかもしれないが、それにしたって初めて見る光景というものは新鮮なのだ。
「ふふん、もっと褒めてもいいぞ」
キラは自信満々に胸を張りながら俺たちに返答した。
同時に俺は一応気配探知と気配創造を使いながら辺りを警戒する。迷路とはいえ魔物がでないとは限らない。
案の定キラがダンジョンの壁と会話しているときに魔物が出現した。それに関してはアリエスとエリアが出来るだけ速やかに排除してキラの邪魔をしないように心がける。
それを見ていた俺はようやくパーティーらしい動きが出来てきたように思えた。
当初は俺が全ての問題を一つ一つ潰していたが、本来パーティーというものは今のように自分の出来ないことを補い合うからこそパーティーを組んでいる意義があるのだ。
この調子で皆が己の力を高め合うようになってくれればいいなと俺は心の中で思った。
そしてキラのおかげで恙無く第十一層を突破し、第十二層に突入する。
そこはかつての第一ダンジョンでもあったような水晶部屋によく似ていた。
部屋全体が緑色の翡翠のような鉱石で覆われ部屋にある光をありとあらゆる方向に反射している。その鉱石たちは自ら光を出しており道を歩く俺たちを照らし出した。
「わあ、すごいところだね」
「これは………きれいです……」
アリエスとシルが並んでそう呟く。見たところシルの顔は血の気を取り戻しており、体調も大分回復してきているようだ。
しかしその隣でなにやら妙なことをやっている奴がいた。
ピンク色のケモ耳をピンと天に向かうかのように立てて片手にはサタラリング・バキを力強く握り締めている。
「おい何やってるんだ、シラ?」
シラはサタラリング・バキをもったまましゃがみ込んで近くにあった鉱石をガリガリと削りだしていた。
「え?これですか?これはあれですよ、この鉱石をですね、大量に持ち帰って宝石商に売るんです!そうすればお金には困ることはありませんよ!」
きゃは!という声が聞こえてきそうなほど嬉しそうな表情でシラはそう答えた。
…………なんか、腹黒いを通り越してけち臭くなってるぞ、シラ。お前は本当にそれでいいのか………。
「姉さんは昔からこうなんですよ………。お金になりそうなものがあったら目がないんです………。今まではハク様のおかげである程度お金に余裕があったのでひた隠しにしてきましたが、とうとう本性が出てしまいましたね………」
え!?そうだったのか……。
それにしてもそのような性格がシラにあったとは意外だな。金はほしければいくらでも渡すのに………。
いくら節約しているといってもシルヴィニクス王国で得た褒賞金は莫大な量の大金である。無駄遣いはしたくないが仲間が何かに使いたいと言うのなら遠慮なく渡すのだが、どうやらそれは伝わっていなかったようだ。
そのシラを見ていたキラがぼそりと口を開く。
「あー、言いにくいのだがな、シラ?その鉱石は全てただの石が長い年月をかけて磨かれただけにすぎん。つまりその石を売ったところで金にはならないと思うだが……」
そのキラの発現にシラの動きがピシリと止まる。
あ、あれは再起不能のやつだ。
俺は直感でそれを感じ取ると、もうかける言葉はないなと思いそのままダンジョンの中を進みだした。後ろを見ればガーンという効果音が聞こえてきそうなほど落ち込んでいるシラがついてきている。
無事にダンジョンを出たら何か買ってやるからそれで我慢しておいてくれ……。
俺はそう心の中でシラに問いかけると、緑色の鉱石の床を歩き続けたのだった。
で、その後何の問題もなく十二、十三層を通過し十四層に到達していた。
その空間は見た目だけは第一層と変わらずいかにもダンジョンという造りになっていたのだが、この層では一番恐れていた事態が発生した。
というのも恐れているのは俺でなくアリエスたちなのだが………。
そう、それはダンジョン恒例の大量の罠である。
それは上層域で出てきたような軽いものではなく、完全に侵入者を仕留めにかかってきている類のものである。
それはやっぱりアリエスたちの心に深くトラウマになっているらしく樹界でのこともさらに拍車をかけ、恐怖を増長させていた。
というわけで今どうなっているかというと。
「きゃあーーーーーーーーーーー!?な、なにこれ!?何匹いるのこの虫達!」
「気持ち悪いです、うっぷ………」
「……………」
「ご、ごめんなさいーーーーーー!私が変なボタンを押しちゃったからこんなことに……」
『またこのパターンかのう……』
「まったくだな」
「いいからお前らもこの虫倒すの手伝えよ!」
俺たちが今、エリアが偶然踏んでしまった仕掛けによって出現した二百体以上の巨大な蜘蛛の魔物と戦っていた。こういうトラップははっきり言って定番と言えば定番なのだが、そのテンプレを受けつけないアリエスたちからすれば地獄の様な光景でしかないだろう。
まあ普通に考えて、蜘蛛が好きな女子というほうが珍しいのだが……。
というわけでこの魔物は俺一人で討伐することになっていた。量が多いのでリーザグラムも抜き応戦する。
虫とはいえ魔物なので血液というか体液が存在しており俺が切り払うたびにそれが飛翔した。もちろんそれは俺の気配創造によって服につくことも肌にかかることもないのだが、その体液が空中に舞うたびアリエスたちは悲鳴を轟かせる。
「ぎゃあーーーーーー!?は、ハクにぃその気持ち悪い液体かけないで!!!というか近寄らないで!」
「うおわあ!?ちょ、ちょっと待て!絶離剣を振り回すな!壊れる!ダンジョンが壊れるから!」
『ふふ、苦労しておるのう主様?』
「うるせえ!黙ってみてないで少しは助けろ!」
なにやら楽しそうな表情を俺の脳内で浮かべているリアに俺は思いっきり怒鳴り散らしながら、その虫を切り払い続けた。
結局その間平気そうな顔をしているキラもクビロも助太刀には入ってくれず、最後まで俺一人で倒すこととなった。
そして俺はここで一つ学習する。
俺たちのパーティーは罠を前にするとチームワークどころではなくなる、という確定的事実を脳内にしっかりと刻み込んだのだ。
次来るときはもう少し対策してこよう……。
そうしてその後も数多くの罠を発動させながら俺たちは後ろを振り返ることなく突き進んだ。
まあでも帰りたいと泣き出すことがないだけ、アリエスたちは強いのかもしれない、と無理やり自分を納得させその階層を突破する。
こうして十四層の攻略も終了したのだった。
第十五層。
神核前最後の中ボスがいる部屋である。
今回の戦闘はキラに一任することになっているので俺たちは武器は抜くが基本的に前には出ない予定だ。
しかし明らかに五層、十層よりも濃密な死の空気が充満しており、若干寒気すら感じられる。やはり十五層ともなると部屋に入らずとも強力な気配が漏れ出しているようで、俺の顔は自然と引き締まっていた。
「一応戦いは全てキラに任せるが、危ないと判断したら直ぐに加勢するからな。それだけは覚えておいてくれ」
俺は安全確認のためにキラにそう呟いた。しかし当のキラはその様な言葉は直ぐに流してしまい、楽しそうな笑顔で嫌な空気を吹き飛ばした。
「大丈夫だ。妾に勝てるものはマスターか星神しかいない。そもそも神格すら持たぬものに妾がやられるはずがないだろう?ハハハ!」
実に楽しそうですねキラさん………。
俺を含むキラ以外のメンバーは全員、呆れた目をキラに向けており、それでも心ではキラを信用していた。
キラは何一つ間違ったことは言っていないのだ。実際にキラを真正面から戦える存在はほぼいないだろうし、口調は軽くてもその身に纏わせている気配は一瞬の油断もなかった。
俺はそれを確認すると、一度みんなのほうに振り返り笑顔を作ると、そのまま十五階層の扉を開け放った。
その部屋は五層や十層の部屋とは違いガラス窓の様なものが部屋中に散りばめられており、一見すれば変わった教会の様なものにも見えなくはない。
そしてその中央にいる存在は今までの魔物とは違い、魔物とは形容し難いものであった。
全体的な容姿は人型。それは身長十メートル以上あろうかという神官のような姿をしており白色のローブに長く尖った杖を持っている。肌はシワシワに萎んでおり、目と思われる場所は何もない空虚な空洞が出来ていた。
「ギュアアアアアアアキャアアアアアアア!!!」
その声はもはや人間の耳に聞き取れるものではなく脳を直接揺さぶってきた。
「ぐっ」
俺は思わず顔をしかめてしまう。見ればアリエスたちも頭を抑えながら辛そうにしている。
しかしキラはいまだに顔を笑わせながら俺に一言呟いて飛んで行った。
「では適当に消してくる」
「ああ、頼んだぜ」
その力強い言葉に俺のできるだけ覇気を込めながら返答した。
「それでは始めようか、階層主。死ぬ覚悟はいいか?」
「ギュアアアアアアアギュエエエエ!!」
その瞬間、神官風の魔物は莫大な魔力と共に魔術を打ち出した。それは光魔術と闇魔術の複合技で、魔武道祭でハルカが見せた術式に似ていた。
キラはその魔術にそっと右手を差し伸べると静かに口を開く。
「全ては我が根源へ」
それは音も立てずに階層主の魔術を吹き飛ばし、霧散させた。
「ギャアア!?」
神官風の魔物は驚きながらも次の魔術を発動する。それはキラの足元に巨大な魔方陣を描き出し、現象を具象化する。
「ぬるいぞ?」
キラはその魔方陣を妙両目で睨むだけで破壊し、次の攻撃に続ける。
「お前にこの攻撃が受けられるか?」
その言葉はそのままキラの両手に根源の灯火と作り出し、階層主に放たれる。
「根源の明かり」
その攻撃は目視することはおろか魔力の気配すらない精霊女王独自の技で、まともにくらえばタダではすまない。
「グギャアアアアアア!!!!」
その神官風の魔物は咄嗟にシールドの様なものを空中に展開する。それは三枚の赤と青、緑の三原色の色をしており何かの属性が宿っているようだった。
しかしそんなことは関係ないと言っている様な火力でキラの攻撃はその盾を飲み込むような形で粉砕する。
それは階層主の悲鳴もかき消し、破砕音だけを部屋に響かせた。
「なんていうか、無茶苦茶だね。さすがはキラって感じ………」
「え、ええ………。精霊の長というのはここまで強力なものなのかしら……」
「いまさらです。キラが常識を遥かに超えている存在だと言うことはハク様との戦いで実証済みですからね」
「それにしてもあれは………強すぎ」
他のメンバーが口々にそう呟く。
まあそれに関してはまったくもって同感だ。精霊女王という存在は色々とぶっ飛びすぎている。強さはもちろん漂うわせている風格やオーラ、そして圧倒的な気配。
こいつが仲間になってくれて本当によかった、と俺は胸を撫で下ろすのだった。
一方その戦場ではキラが爆心地を眺めていた。
土煙が次第に晴れ、階層主の姿が現れる。
それは体のいたるところが解け崩れ、左腕はなく持っていた杖は焼け爛れていた。
「手加減はしたが、それでも生き残っているとはな。案外しぶといらしい」
「ギュギュアアアアアアアアアアアアエエエエエエエエエエエ」
神官風の魔物は今日一番の雄たけびを上げるとそのままキラに向かって渾身の魔術を発動した。それはキラを取り囲むように十個の魔方陣を展開し、魔力が注がれる。
瞬間その魔法陣は術式を発動し、キラに全力の攻撃を叩き込んだ。
しかし対するキラは終始笑みを絶やさず、歯を見せ笑いながらこう叫んだ。
「いいだろう。そこまで死に急ぎたいなら見せてやる。これが格の違いだ」
キラは左手を真っ直ぐ階層主に向け最後の文言を吐き出す。
「根源の停滞」
キラの左手から放たれたそれは展開されている十個の魔法陣を跡形もなく消し飛ばし、空間を突き破るかという威力で神官風の魔物を飲み込んだ。
漆黒の闇はそのままキラの腕に巻きつくように収束し、空間を元に戻す。
そこにはもはや生きていた痕跡ひとつ残っていない、空虚な空間だけが残っていた。
「お前に罪はないが、妾に攻撃を仕掛けたのだ。これくらいは当然だろう?」
こうして第十五層の戦いは膜を降ろした。キラはそのまま俺たちのほうへ戻ってくると、俺に対しこう告げた。
「これでいいか、マスター?」
「ああ、上出来だ」
俺はそう呟くと右手を上げてキラとハイタッチした。その音は部屋中に鳴り響き勝利の鐘となったのだった。
第三ダンジョン現在攻略位置、第十五層。
次層は第十六層になる。
次回はいよいよ神核と邂逅します!
誤字、脱字がありましたら教えください!