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第四十六話 魔人

今回は魔人というものを掘り下げていきます!

では第四十六話です!

「魔人というのはその身に皇獣の遺伝子、力を有している存在のことを指します」


「な、なに!?」


「そして魔人には多く分けて先天的な魔人、後天的な魔人の二つが存在しています。では先に後天的な魔人についてお話ししますね」


 そう切り出した后咲は手に持っていた本に視線を落としながら淡々とした口調で会話を続けていく。その声に感情は乗っておらず、何かの機会音声を聞いているような感覚になってしまう。

 しかしだからこそ俺は今、后咲に明確な恐怖を覚えた。今后咲の口から飛び出た事実は決して鵜呑みにしていいものではない。普通の人間ならば何かしら反応を起こさなければおかしいはずの一言だった。

 だというのにこの女は………。


「後天的な魔人。それは文字通りこの世に生を受けた際はまだ人間だったということです。何かしらの原因があって人間という存在を捨てることになった存在。それが後天的な魔人なのです。その理由は様々ありますが、一番手っ取り早いのは自らの内臓をえぐり、その中に魔術を使って皇獣の遺伝子と力を無理矢理刻み込むという手法ですね。正直言ってもはやモラル的に人間業ではないと思いますが、実際にその手法で魔人となった方々を私は何人も目にしてきています」


「………な、何人も。そ、それはつまりそいつらにとって魔人になることは何かしらの利点があったってことだよな………?それは一体………」


「魔人になればその分、人間とは比べものにならないほどの身体能力を得ることができます。人間をいとも簡単に食い殺せてしまう皇獣の力をその身に宿すことができるのです。通常ではあり得ない能力や身体機能、驚異的な再生能力や長寿、そういった超常的な力を手に入れることができます。加えて捕食衝動が人間ベースなのでかなり抑えられていますし、今もその力に憧れる方々は少なくありません」


「………」


 言葉を失ってしまう。

 確かにその利点だけを聞いて入れば魔人という存在憧れるのもわからなくはない。だがそれと同時に魔人になるということは人間を完全にやめるという選択でもあるのだ。自分の体の中に得体の知れない遺伝子と力が入り込む、そう考えただけで俺は自分の背中に悪寒が走るのを感じた。

 さらにだ。

 魔人になるには「内臓を抉った後、魔術によってその力を刻み込む」必要があると、后咲は俺に語った。だがそれは魔術にある程度精通している俺からすれば、あまりにも現実離れしていると言わざるを得なかった。

 というのも基本的に魔術というのは魂から溢れ出る魔力を効率的に変換して事象を引き起こす力だ。この世界の魔術はアリエスたちの世界の魔術よりも俺やリアが使っている魔術に近いところがあるので、その原理はほぼ一緒と言える。

 であるならば、后咲が口にした理論は不可能ではないが破綻していると言わざるを得ないだろう。魔術を制御し、それを発動させるのはあくまで己の肉体だ。魔力の枯渇もそうだが、戦いの中で魔術が発動できなくなってしまうのはダメージが体に蓄積し、魔術をコントロールしている体がその機能を失ってしまうからである。

 だというのに体を傷つけて、なお体に力を刻みつけるという行為は半ば自殺行為に等しい。仮に無理矢理それを行なったとしても、ただ単に体を傷つける以上の痛みが当人には襲いかかってくる。それはもう気が狂うなんて話じゃない。それこそ廃人になってしまってもおかしくない激痛なはずなのだ。

 ゆえに。

 俺はその話を快く受け入れることができなかった。当然だろう。いくら力を求めるからといって、そんな苦行を聞かされれば誰だって気分を悪くしてしまう。

 だがそんな俺に后咲は容赦無くさらなる事実を突きつけてきた。


「魔人となれば帝人ほどとは言えませんが、皇獣と渡り合う力を手に入れることができます。魔人となった時点で人間の常識は超えていますし、その力で皇獣を倒せないことはありません。ですが魔人と言えどその力にはばらつきがあります。取り込む皇獣の力や遺伝子の質、元の人間の体とどれだけ適合するか。それらによって魔人の力は決定します。中には帝人すら及ばない力を持っている方々もいますし、逆に人間とほとんど変わらない力しか持っていない方もいます。魔人になったからといって必ずしも強くなれるわけではない、というのが魔人としてのデメリットになるかもしれませんね」


「………デメリットはまだあったりするのか?」


「当然です。もし仮にこの程度のデメリットしかないのならば、それこそこの世界にいる人間全てが魔人となっていてもおかしくありません。さすがにそこまで虫のいい話はありませんよ」


 そう俺に返した后咲は自らが肘をおいていた机に置かれていた一つの麻袋を手に持つとそれを俺に見せてきた。その袋には何やらサラサラとした砂のようなものが入っているようで、耳を済ますとその粒子が擦れる音が聞こえてくる。

 だがそれを見た瞬間、俺は嫌な予感がした。この先に待ち受けている事実を聞いてはいけない、そんな直感めいた予感が頭の中を駆け巡ったのである。


「お、おい、その袋………」


「以前、この図書館に魔人になりたいと言って、やってきた方がいました。私たちとしましては危険なことなのでそのような魔術は自分で行なってくれと、何度もお願いしたのですが最終的に相手側が引き下がらなかったので、引き受けることになりました。………ですが、その結果がこれです」


「………こ、これは!?」


 そう言って后咲はその袋の中身を俺に見せてきた。その中には赤黒い砂と白い砂が混ざったような景色が広がっており、何かが腐ったような匂いが同時に放たれてきた。

 そして、妙な気配を感じる。

 な、なんだ、この気配………!?気配自体が悲鳴を上げているような………。気配が苦痛を訴えているかのようなこの気配は、一体何なんだ!?。

 ある意味、その気配は感じたことのない気配だった。今まで星神や暴走したリアナ、闇落ちした俺、他にもかなり禍々しい気配と対峙してきたが、そのどれよりもこの気配はひどく歪んでいた。うまく言葉にできないが、気配そのものが何かに苦しめられているようなそんな感覚が伝わってくる。

 そんな俺の表情に何かを察したのか、后咲はその砂に関する事実を小さな声で呟いてきた。


「………これは魔人の失敗例です。魔人は皇獣の遺伝子と力を無理矢理刻み込む関係で、最悪の場合魔人になる母帝で体の全てが崩壊してしまう可能性があります。その場合、血も骨も肉も全てが砂となってしまい、命はおろかその気配すら醜く崩壊してしまうのです。加えてこの砂は処分することができず、大地に撒き散らせばその大地を腐らせ、海に撒けばその水をヘドロに変えてしまいます。これが魔人になる際の最も大きなデメリットになります」


「つ、つまり、成功する可能性もあれば失敗する可能性もあるってことか………?」


「そういうことです。確率で言えば五分五分。五十パーセントの悪質で成功し、失敗します。もちろん途轍もない痛みが伴うことですし、魔術の施しを他人に頼む場合もあります。そうなってくると魔術を施す技量も少なからず結果にかかわってくる要因になりますが、それでも結果は一割変わるかどうか。結果のほぼ全てはその方がいかに魔人となれるポテンシャルを秘めているか、それが最も重要と言えます」


 だが。

 それでも魔人になりたいという人間は潰えないのだろう。

 人間は他の人間よりも強く、高くいたいと思う生き物だ。普通の人間であれば仕事や車内での地位、結婚や金銭的な余裕、それらによって知らずのうちにその欲望を晴らすのだが、それがこと暴力的な力に回ってしまう人間もいる。

 そしてその中でも半ば裏ルートに近い「魔人」という力と存在知ってしまった連中がこの穴に落ちてくる。そしてこのコイントスに自らの命を賭けるのだ。

 ………。

 ………腐ってやがる。

 率直に俺はそう思ってしまった。

 人間を捨てて神になった俺が言うのもおかしな話かもしれないが、「魔人」という存在の在り方や成り立ち、それは俺であっても到底認めることのできるものではなかった。

 皇獣がどうのこうのと言うわけではない。ただ、自ら人間の道を立つ魔人たちが愚かだと思っただけだ。そこまで力を求めて、何がしたいのか、何を求めているのか、それが俺には理解できなかった。

 ………となるとミストも他の魔人と同じように、自ら人間を捨てていたのか。確かにあの身体能力や糸を扱う能力、あれはどう考えても神宝の力じゃなかった。俺はミストの神宝を見たことがあるわけではないが、力の出どころが武器でなかったことぐらいはわかる。

 であればやはりミストも魔術によって………。

 と、考えていた瞬間。


「それは違いますよ」


「なに?」


「ミストさん、彼女だけは違います。言ったではありませんか、魔人には二種類いると。後天的に体を傷つけながら力を得る魔人と、先天的に生まれた瞬間から魔人としてその存在を命じられた者がいると」


「ま、まさか………!ミストは………」


「そうです。彼女は唯一の例外。他の魔人とは一線を画す魔人。無理矢理魔人として誕生したわけではなく、産まれたその瞬間から膨大な力を持って誕生した生命体」


 そして后咲は言い放つ。

 最も忌むべき人間の過ちを。

 何をどう考えればそんな手法に手を染めてしまうのかわからない絶対的な禁忌を。




「世界にたった一人だけ。魔人として生を受けた存在、それがミスト・シャリエリスです。彼女にとってただの魔人はただの格下。オリジナルとも言うべき彼女が『最強種・純然たる魔人(ホワイトデーモン)』なのです。そして彼女はかつてこの対戦に参加していた帝人が己の保身のために生ける兵器として作り出した、正真正銘の化け物なのですよ」




 空気が凍りついた。

 先天的な魔人。

 魔人は事象を歪めない限り自然に発生することはない。物理現象の中で皇獣と人間は混ざり合わないのだ。となれば先天的なんて言葉が出てくるのはおかしい。自然の摂理を無視する力が働かない限り、その事実は現実とならないのだ。

 だが、それを具現化した存在がミストだと后咲は言う。それもミストは人工的に作り出された魔人だと、そう言った。

 それは絶対に踏み込んで生けない禁忌の領域だ。人間が人間を作る。それも本来あるべき姿ではなく、兵器として皇獣という異物を混入させられる形で。

 ………拳が痛い。

 自分の握力で皮膚が悲鳴を上げている。もうしばらくすれば手から赤い血が滲み出すだろう。だがそんなことも気に留められないくらい、俺は怒りを覚えていた。

 何が魔人だ。

 何が兵器だ。

 何が真話対戦だ。

 そんなもの、皇獣たちに世界を滅ぼされる前に多くの人間の人生が狂わされているではないか。人間を救うための戦いも結局人間を傷つけていた。後天的に魔人になった者は己の意思が少なからず介入するが、ミストの場合は違う。

 彼女は、間違いなくこの真話対戦に運命を歪められた女性だった。魔人という力を押し付けられ、今もなおその力を抱えている。歪められた運命の中であいつはまたこの戦いに飛び込んでいたのだ。

 と、そこに后咲が俺を窺うような台詞を向けてきた。


「同情、しますか?」


「しない。だが怒りは湧いた。こんなくだらない戦いのために人の人生を歪めてしまうような人間がいたことに怒りが止まらない」


「なるほど、確かにそう考えることもできますね」


「………なに?」


「あなたの言うようにミストさんは側から見れば被害者なのでしょう。でも実際は違うのです。彼女はとっくの昔に彼女自身を確立しました。すでにその呪縛から解き放たれています。解き放たれた上で、今回この戦いに参加しているのです」


「ど、どういうことだ………?」


 意味がわからなかった。

 后咲が何を口にし、俺に何を伝えようとしているのか。その全てが理解できなかった。ゆえに失念していた。誰もが己の与えられた人生に絶望しているのではないと、誰もが被害者ではないのだと。

 むしろ。

 いや、必然的に。

 その立場が逆になることだって。




 否定できない。




「彼女は前回の真話対戦に参加していたという記録が残っています。それも帝人は彼女を作り出した主人。ですが、その結末は『魔人であるミストさんが主人だった帝人を喰らった』ことで決着しています」




 そして言い放つ。

 先天的魔人と後天的魔人。

 この二つの決定的な違いを。




「先天的な魔人。今はミストさん単体を指しますが、彼女には後天的な魔人にはなかった『人間を捕食する捕食衝動』が色濃く残っているのです」




次回はミストという人物をさらに詳しく見ていきます!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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