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第四十四話 夢と記憶

今回は妃愛の視点がメインとなります!

では第四十四話です!

『妃愛。今日は何が食べたい?お兄ちゃん、なんでも作っちゃうぞ!』


『お菓子がいい!』


『だーめーだ!お菓子はご飯じゃないだろう?ほら、もっとこう肉がいいとか魚がいいとか………』


『やだ!お菓子がいい!』


『………こ、これは話を聞いてくれないやつだな。そ、それじゃあ、お菓子みたいに甘い卵焼きを焼くから、それで我慢してくれ』


『えー。ぶー、お兄ちゃんのケチ!』


『なんとでも。でも、やっぱりご飯はしっかり食べないとだめだぞ?妃愛は育ち盛りなんだから、栄養取ってたっぷり寝て、よく遊ぶのが仕事だ。わかったな?』


『………お兄ちゃんは、私と遊んでくれる?』


『俺?う、うーん、妃愛がいいならいいけど、俺と遊んでも何も楽しくないと思うぞ?』


『そんなことない!だってお兄ちゃんは私のお兄ちゃんだから!』


 そう答えたのは私だ。

 今ではそんな顔を絶対に作ることはないと断言できるほど嬉しそうな笑顔を浮かべている。何度考えてもあり得ないと脳内で否定してしまいそうになるが、それでもこの少女は私だ。

 そしてそんな私に笑いかけてくれる青年。その顔はわからない。見たくても靄がかかったように視認することができなかった。

 でも、多分。

 この時の私は今まで生きてきた中で最も幸せだったのだと思う。そばにこの人がいてくれるだけで、それでいいと。そう思えるくらい毎日が充実していた気がする。

 しかし。

 私はその光景を遠くから見ているだけの存在だった。私が私を見ているという状況はかなりおかしいが、それでも「今の」私は彼女ではなかった。そこにいる彼女は私と同じ顔をして、同じ名前で。でも、私ではない。

 つまり、これは夢だ。

 そう理解した。

 ただ理解したところで何かが変わるというわけではない。むしろ変化はない。これが夢であるならばこの夢が覚めてしまえば、ここで見たことは全て忘れているだろう。

 夢というものは記憶に残りづらいものだ。それをずっと脳内に溜め込んで置けるほど人間の頭はうまくできていない。ゆえにここで見た景色、光景し事実は朝がやってきたと同時に消えてなくなる。

 そんな確信が私にはあった。

 だからだろうか。

 無性にこの空間が恋しくなってしまうのは。

 できるならば、目の前にいる私と今の私のポジションを交換したと思ってしまう。そこにいるのは私だ、そこを変われ。無理にでも感情を押し殺さなければこのまま彼女を突き飛ばしてしまいそうな勢いが心の中に渦巻いていく。

 黒く、黒く、どこまでも黒い汚れた感情が私の体を包んでいった。

 と、次の瞬間。

 何かが私の体に巻きつき、そのまま私を現実へ連れ戻そうとしてくる。必死に両手を前に出して助けを求めるが、誰一人として私に気づかず無視された。

 そして悟る。ああ、私はこの空間には不要な存在なのだと。ここにいていい存在ではないのだと。そう理解してしまった。

 そんな境地に至ると、ますます私の体を引っ張る力が強くなり、気がついたときにはもう私の体はその空間から投げ出されていた。


「………はっ!」


 目が覚めるとそこは見慣れている天井が視界に入ってきた。そして何かをつかもうとして伸びている両手。血がどんどん下に落ちていく感覚を直に感じながら、私は目覚めたばかりだというのに目を見開いていた。


「ゆ、夢………?で、でも私、何してたんだっけ………?」


 もう思い出せない。

 何かをじっと見つめていたような記憶はあるが、それ以上の情報は何をやっても思い出せるきがしなかった。だが代わりに、心の中にはなんとも言えない寂しさが渦巻いており、天井に掲げた両手はすぐに自分の胸に落ちてくる。

 心臓がバクバクと鳴り続け、耳の奥すら揺らしてくるほどの振動を放ってきている。だがそれも次第に落ち着くと、やっと私は体の自由を取り戻した。朝日が体に当たり、今一体どのような状況なのか、その情報が一気に頭の中に流れ込んでくる。

 確か昨日は月見里さん一家に襲われて、頭痛に襲われながらもすぐに寝たんだっけ………?一応お風呂とご飯は食べたからすぐに学校にいけるはずだけど………。

 と、考えた瞬間。

 一番初めに頭に浮かんだのは時雨ちゃんの顔だった。

 昨日の戦いで月見里さんがまだ生きていることは私も理解していた。別に死んで欲しいとか、そういうことを言いたいのではなく、月見里さんが生きているのであればまた昨日のようなことが起きてしまうのではないかと思ってしまったのである。

 簡単に言うと、私が原因で時雨ちゃんをはじめとした無関係な生徒に被害が出てしまうかもしれないということだ。そうなってはもはや私は何度頭を下げても足りないほどの罪を背負ってしまう。

 迷惑なんてレベルの話ではない。これは学校で起きるただのいじめではないのだ。文字通り人の命を取り合う殺し合い。そんな戦いに時雨ちゃんや学校のみんなを巻き込むわけにはいかない。

 もちろん私だって死にたくなるほど怖いが、それでも私のせいで誰かが傷つくことだけはもっと怖かった。

 ゆえに今もなお震えている体を自分の手で抱きながらそそくさと学校へ行く準備を始める。洗濯してあった制服に身を包み、顔を洗って髪を適当にセットする。適当といっても金髪の私は少々勝手が違い、軽いワックスのようなもので髪をなじませていった。

 んで、その作業が一通り終わるとようやく私はリビングへ降りていく。するとそこにはいつの間にかこしらえていた紺色のエプロンを身にまとったお兄ちゃんが立っていた。臭いから察するにお弁当の卵焼きを焼いているのだろう。バターの香りが部屋に満ちている。


「おはよう、お兄ちゃん」


「ん?ああ、おはよう、妃愛。朝食はもうできてるから、すぐに食べられるぞ。今日は思い切って和食も和食。焼き鮭に豆腐の味噌汁。白米にだし巻き卵だ」


「だ、だし巻き!?で、でもお兄ちゃん、今、普通の卵焼きも作ってるよね………?ざ、材料とか時間とか色々大丈夫なの?」


「大丈夫、大丈夫。卵はセールで結構大量に買っちゃったし、俺は五時ぐらいから支度してるから、時間もそこまで焦ってないよ。弁当ももう少しでできるから」


「ご、五時!?そ、それって絶対にお兄ちゃん寝てないよね!?」


「寝たよ。心配しなくてもぐっすり四時間ぐらい寝ましたとも。そもそも俺はそんなに睡眠を必要としないんだ。気にすることないよ。………っと、よし。これで弁当のおかずはとりあえず終了だな。よし、朝食にするか」


 お兄ちゃんはそう呟くとエプロンを外してすぐにテーブルの近くにやってくるとすでに置かれていたご飯の前に座り、私とお兄ちゃんの分のお茶を注いでいく。その間に私も椅子に座り、お兄ちゃんが差し出してくるお茶を受け取ると両手を合わせて口を開いていった。


「いただきます」


「いただきます」


 そんな私に続いてお兄ちゃんも声を上げて朝食スタート。一ヶ月前まではカレーやら焼きそばやら、簡単な料理しか作れなかったお兄ちゃんが今や焼き魚を作っていると考えると、少し感嘆してしまう。

 この家にお兄ちゃんがきてからと言うものの、家事全般はお兄ちゃんがこなしている。私の場合、思春期特有の家族との洗濯問題も特に気にしないのでそこらへんも全てお兄ちゃんに一任していた。

 まあ、お兄ちゃんはそれでも気を遣ってくれているようで、自分の着ている服と私の着ている服は分別しているらしく、さりげなく使う柔軟剤も変えてくれているようだ。

 ここまでくるともはや家政婦やらお手伝いさんクラスなのだが、私がやらなくてもいいよ、と言ってもお兄ちゃんは絶対に首を縦に振らない。それどころか、寝床を借りてるんだからこれくらいはして当然、と返されてしまう。

 そこまで言われるともはやこちらから強く言うこともできず、今日まで生活が続いてしまっているわけなのだが、今日のお兄ちゃんは少しだけ様子がおかしかった。何やらそわそわしているというか、心ここにあらずというか、とにかく落ち着きがなかった。視線をあらぬ方向に飛ばしてぼーっとしたり、反対に急に考え込むような仕草を見せてくる。

 その姿にいてもたってもいられなくなった私は思わず口を開いて何をしているのか聞いてしまった。


「お、お兄ちゃん、なんで今日はそんに落ち着きないの………?」


「へ?あ、ああ。そ、そんなに出ちゃってたか………。自分では一応隠してるつもりだったんだけど」


「それで隠してるつもりって………。色々と前途多難だね」


「な、なにおう!?………って、それはどうでもよくって。まあ、聞かれちゃったし言わないわけにもいかないよな」


「何のこと?」


 と、私がそう聞き返した瞬間、部屋の空気が変わった。より冷たくなったと言うべきか。独特の緊張感が走り、箸を持っている手がかすかに震えてしまう。しかしお兄ちゃんはそんな私に向かって淡々とこう問いかけてきた。


「………一応、いつもの調子で弁当を作ちゃったけど、本当に学校にいくのか?」


「そ、それってやっぱり月見里さんがいるから………?」


「ああ。あの子は正直言って危険すぎる。普通の生徒がいる中で妃愛を挑発して、無関係な人間だって巻き込もうとしているんだ。あの子が今日も学校に来るんだとしたら、昨日と同じようなことが起きる可能性は十分ある」


「………」


「多分妃愛は友達の時雨ちゃんっていう子のことが心配なんだろうけど、他人の心配をする前に妃愛は自分の心配をするべきだ。今、誰よりも危険な状態にあるのは妃愛自身なんだから」


「そ、それは………!………お兄ちゃんは、私に時雨ちゃんを見捨てろって言いたいの?」


「違う。そうは言ってない。だけど妃愛がそれを考える必要はないって言いたいんだ。そういう問題は俺がなんとかする。今の妃愛じゃ時雨ちゃんって子を守るどころか、自分が殺されてしまうかもしれない。そんな妃愛が無理して学校にいってできることなんて、何もないんだ」


「で、でも………!」


 と、言い返そうとしたが、結局喉の奥から何も出てこなかった。

 なにせお兄ちゃんの言っていることは全て当たっている。私が時雨ちゃんを心配して学校に行っても、時雨ちゃんは守れない。守ろうとしても守れる力がない。せいぜいできたとして昨日のように物理的に引き離すことしかできないのだ。

 そうなっては無駄に昨日と同じ状況を繰り返すことになる。それはまたお兄ちゃんに負担をかけることになるし、それは私も避けたいと思っている。

 であるならば。

 どう考えても私は学校に行くべきではないのだろう。

 しかし。

 しかし、だ。

 なぜだかわからないが、昨日の時雨ちゃんをこのまま一人にしてはいけないような気がした。時雨ちゃんの目を見たときに思ってしまったのだ。この子は何かしてしまう、どれだけ言っても行動に移してしまう。そんな危うさを抱えている、と。

 だから私はお兄ちゃんになんと言われようと、ここで引くわけにはいかなかった。


「………ごめん、お兄ちゃん。お兄ちゃんの言ってることはすごくわかるし、理解もできる。でも多分今の時雨ちゃんを一人にしちゃうとそれこそ本当に取り返しのつかないことになると思うの。だから、私は学校に行くよ」


「………俺が絶対に行くな、殺されるぞ、って言ってもか?」


「………その時は、ほら。お兄ちゃんが守ってくれるでしょ?」


 ずるい。

 今のお兄ちゃんにこの台詞は本当に反則だ。その台詞が出てきて首を横に触れるお兄ちゃんではない。お兄ちゃんにも迷惑はかけられないと散々思っていたのに都合のいい時だけ、利用する。

 最低だ。

 最低な女だ。

 そんな自責の念が心の渦巻いていく。だから私は直接お兄ちゃんの顔を見ることができなかった。自分の太ももに視線を落として箸すら動かせなくなる。

 と、その時。

 十秒ほどの沈黙があった後。

 お兄ちゃんは少しだけ照れたような笑いを浮かべながらこう返してきた。


「あはは………。そう言われると返す言葉がないなー。まあ、俺の目標は妃愛が普通の生活に戻れることだし、学校に行きたいって言ってる妃愛を止めることなんて初めからできないんだけどな。………よし、わかった。なら俺は何も言わないよ。でも何かあったらすぐに鈴を使ってくれ。昨日のうちにその鈴を改造しておいた。鳴らせば強制的に俺を呼び寄せられるようにしてある。頼むからそれを鳴らす躊躇だけはしないでくれ」


「うん、ありがとう、お兄ちゃん」


「それと時雨ちゃんって子と、その家族に関しても俺とガイアは動くつもりだ。おそらく妃愛の考えているように月見里家はその子を利用して妃愛の命を狙って来るだろう。だけどそこは俺たちのほうでどうにかしておく」


 お兄ちゃんはそう呟くと、「ささ、早く食べないと遅刻するぞ」と言って自分も焼き鮭を口の中に放り込んでいく。そんなお兄ちゃんにつられて私もご飯を食べていったのだが、お兄ちゃんと話しているうちに心が少しだけ軽くなったような気がした。

 何が原因なのかはわからないが、やはり今まで家族がいなかった私にとって何事も相談できる相手がいるというのは、今の私を支えてくれている一つの柱なのだろう。

 そう考えた私はご飯を食べ終えてお弁当を受け取ると、お兄ちゃんに手を振って家を後にした。今日もいつも通りの学校生活が待っていると信じて。


 だが私は知らなかった。

 この時すでに。

 裏でとんでもないことが起きていたということを。


次回はハクとガイアが調査に乗り出します!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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