第四十一話 退却
今回は前回の続きになります!
では第四十一話です!
「あ、あれは月見里さん………?」
「………どうやらあの子はだいぶ重要な役割を担っているようね」
「え?」
「魔力っていうのはそもそも他人に譲渡するのがかなり難しいエネルギーなのよ。それを人間の身で行おうとすれば体が壊れるなんてものじゃ済まないわ。でも、今の魔術や鍵の力を発動した速度は人間が出せるものじゃない。となると考えられるのは一つ」
ガイアはそう呟くと、目を細めながら月見里さんに視線を向けていく。その視線は何かを観察するような雰囲気が滲んでいた。
「感覚の共有。魔力は譲渡できなくとも、発動に至るまでのプロセスを肩代わりすることは不可能じゃない。だからあの子は、戦っている男の魔術や鍵の力の発動に必要なすべての過程を一人で行ってる。坊やの反応が遅れたのは、それに気がついてなかったから」
「か、感覚の共有?そ、それは凄いことなの?」
「凄いって言うよりは無謀な作戦ってところかしらね。神ならともかく人間が他人の意識に介入して、攻撃を効率化させようなんて無茶にもほどがあるわ。いくら魔眼を持っていても、あの子の体にかかっている負荷はとんでもないはずよ。それこそいくつか内臓が潰れていてもおかしくないわ」
「そ、そんな………!?」
確かによく見ると今の月見里さんは汗を書いているだけでなく、口元から赤い血のようなものを垂らしていた。加えて眉間には深いシワが寄っており、歯には唇を噛み切ってしまいそうなほど強い力が込められているように見える。
そんなにも食いしばるほどの痛みに耐えてまでしなければいけないことなのか、と疑問に思ってしまうがその問いの答えを知っているのは月見里さんだけだ。
だから私はただ見守っていることしかできない。月見里さんのお父さんとお兄ちゃんが戦うその姿を。
と、その時。
隣に立っていたガイアが何やら呆れたようなため息を吐き出してきた。その理由が気になった私は思わず声をかけてしまう。
「どうしたの?」
「………まったく、あの坊やは。いつまでこんなぬるい戦いを続けるつもりなのかしら。見てるこっちが飽き飽きしてくるわ………」
「え?で、でもお兄ちゃんはさっき本気で戦うって………」
「その本気っていうのはあくまで『あの姿』での本気ってことよ。まあ、気配殺しすら使ってないからそれも本気とは呼べないのだけれど」
「え、えっと、つまり?」
「つまりあの坊やは何一つ本気を出してないってことよ。坊やが本気になればあんな人間、一秒もかからず殺すことができるわ」
お兄ちゃんの本気。
私はずっと今戦っている状態こそがお兄ちゃんの本気なのだと思っていた。目の前で繰り広げられている戦いはすでに私の目では捉えられないレベルになっている。あまりにも速すぎて目で追うことなど不可能だ。
加えてお兄ちゃんも月見里さんのお父さんもそれなりに拮抗しているように感じられる。目で見ることはできないが、時折武器と武器がぶつかる音や何かを殴りつける音が響いているのでそのくらいは理解できていた。
それらのことを考えると言い方は変だがかなりいい勝負になっているのではないかと思っていたのだ。両者の本気がほぼ同じで、どちらが勝つかまったく予想できない、そんな状況が目の前にあるのだと思っていた。
しかし。
やはり私は素人だった。
ガイアに言わせればお兄ちゃんはまだまだ本気を出していないらしい。実力が拮抗しているように見えるのも、それはお兄ちゃんの余裕なのだとか。ダメージを受けているように見えて実際は何一つダメージを受けていない。そんな圧倒的実力差が二人の間にはあるらしい。
その驚くべき事実に目を丸くしていた私だったが、ここでまたしても私の頭に頭痛が走り始めた。その痛みはもはや目を開けていることすら辛くなってしまうほどのもので、思わず地面に膝をついてしまう。
「どうしたの?疲れたのかしら?」
「ちょっと、頭痛が………?」
「頭痛?………本当、人間って不便よね。あまりにも体が軟弱過ぎるから風邪や病気にだってかかりやすいし。………まあ、少しそこで休んでなさい。心配しなくても坊やは負けないわ」
「う、うん………」
そんな私を守るように前に出て言ったガイアの気配を感じながら私は必死にその痛みに耐えていった。とはいえ月見里さんが抱えている痛みに比べれば些細なものなのだろう。内臓を潰される痛みなんて、考えただけで吐き気が止まらない。
それに比べれば私の頭痛なんて………。
と、思っているうちに目の前から聞こえていた戦闘音が急に静かになっていった。何かがぶつかる小友、大地が砕ける音も消えてしまう。その理由がわからなかった私だが、すぐに誰かがかけよってくる足音が響くと、その音に安堵して大きく息を吐き出していった。
その足音の主は優しく私を抱き上げると、頭を撫でながらこう呟いてくる。
「帰ろう、妃愛。心配かけて悪かった」
頭痛の痛みで声すら出すことのできなかった私はその声に軽く微笑みを返すと、その腕に全ての体重を預けていった。
だがその時。
辛うじて開けることのできた目の中に。
何かを恨むような瞳で私を睨んでいた月見里さんが一瞬だけ映ったのだった。
「………どうした?動きが甘いぞ?」
「ぐっ!?」
俺と貴教の戦いは俺が終始押す形で続いていた。時折俺の体に傷が走るも、それは致命傷というほどのダメージには繋がっていない。それどころか俺は常に傷を回復する力が働いているので、傷が走ったところで瞬時に回復してしまうという状況を貴教に突きつけていた。
いくら相手の持っている神宝がカラバリビアの鍵であるとはいえ、その使い手はただの人間。感覚を自分の娘と共有して俺の認識外から攻撃を仕掛けたとしても、それはあくまで娘の反応速度に依存してしまう。つまりその気配と行動すら読み切ってしまえばすぐに反応することができるのだ。
ゆえに今の俺は余裕だった。気配創造の力で体を加速させ、カラバリビアの力にだけ気をつけながら攻撃を叩き込んでいく。こちらの攻撃は当たれば間違いなく体力を削っていくほど強力なもので、すでに貴教の体には赤い血がべっとりとついていた。
「確かにお前の持ってるその武器は強力だ。もし俺がその武器を初めて見たんだったら、俺は倒されていたかもしれない。だが、生憎と俺はその武器を知っている。この世界にいる誰よりも詳しいんだよ」
「………なぜだ。どうして貴様はこの鍵の情報を保有している………?俺は自分の力を他人に漏らしたことはない。誰にもこの鍵の力は予測できないはずだ」
「だから見たことがあるって言っただろう?それ以上でも、以下でもねえよ」
俺はそう言うと、エルテナを思いっきり地面に叩きつけてこいつの娘が設置したであろう魔法陣に向かって斬撃を放つ。その斬撃は地面に張られていた三つの魔法陣を容赦なく破壊し無に帰していった。
「そ、そんな………!?」
娘の声が響く。その声には信じられないとでも言いたげな感情が滲んでいた。
「狼狽えるな。まだ負けてはいない」
「いつまでも冷静なのは称賛に値するな。だが俺がどうして魔法陣の位置を特定できたのかすらわかっていないようじゃ、俺に勝つのなんて夢のまた夢だぜ?」
今俺が破壊した魔法陣はかなり巧妙に隠されていた。魔術の流れをコントロールし、魔力が魔法陣から漏れ出さないように細工されていたのだ。
しかしこいつらは魔力のことはわかっていても「気配」という概念を理解していない。
背後に感じる気配。誰かが近づいてくる気配。人間の第六感が示す気配。それらはあくまで気配という「空気」を感じとっているだけにすぎない。
しかしここで言う気配とは、万物の根幹を支えているエネルギー体としての「気配」だ。その気配とは、存在を存在としてこの世に繋ぎ止めておく役割を担っており、これがなくなるとどんなものであれ消滅してしまう。
つまりこの場合、魔術には魔力と気配の二つのエネルギーが備わっていることになる。そのためいかに魔力を隠蔽したとしても、気配がだだ漏れではすぐに悟られてしまうのだ。
俺は貴教に向かってそう吐き出すと、気配創造の刃を大量に作り出してそれをやつの上空から振り下ろしていった。おそらくこの攻撃はカラバリビアの鍵によって封印されてしまう。
しかし攻撃とはその攻撃に込められた威力が全てを制する。
つまりやつが持つカラバリビアの鍵の出力を超える力を込めておけば………」
「ふん。この程度の攻撃、俺には………なっ!?があああああああっ!?」
「お父様!!!」
「二度も同じ手は使わねえよ。一度失敗したんなら、今度は確実に落とせる策を立てる。それが戦いだ。俺の動きについてくるだけで精一杯のお前じゃ、俺には一生追いつけない。わかったか?」
その刃は貴教の肉を穿ち、骨を砕いた。あたりに鉄臭い匂いが充満し俺の脳に貴教が戦闘不能になったことを伝えてくる。
だが。
それは間違いだった。
俺は気がついた瞬間、転移で距離をとって剣を構え直していく。そんな俺の目の前に立っていたのは倒したはずの貴教だった。
「………今のは確実に避けられないタイミングだったはずだ。娘のアシストだって計算にいれて攻撃を放って………」
そこで気がついた。
やつが持っている武器は腐ってもカラバリビアの鍵。カラバリビアの鍵の万能性は事象に干渉できるほど大きなものではないものの、自分が倒されたという状況を演出することくらい簡単にできてしまう。
つまり、だ。
「………なるほどな。匂いも感覚も、全てお前が捏造してたってわけか。まんまとその策に俺は嵌ったわけだ。とはいえ、さすがに初撃だけは防げなかったみたいだな。痛々しい腹の傷がその証拠だ」
「………」
確かに貴教は俺の攻撃をカラバリビアの万能性を使ってなんとか回避してみせた。おそらく自分の身代わりになるような何かを作り出して、身代わりに俺の攻撃を受けてもらい、自分は一度距離をとったのだろう。
しかし。それでも俺の攻撃は避けきれなかったらしく、やつの腹には深々と俺の刃が突き刺さった痕が残されていた。
だがその傷はみるみるうちに回復していき、数秒後には跡形もなく消えてしまう。万能性持っているカラバリビアにとって多少の傷はすぐに再生できてしまうのだろう。
と、そんな自分の体を見ていた貴教は急にカラバリビアの鍵を地面に下ろすとこんなことを呟いてきた。
「やめだ」
「なに?」
「お前は強い。それがわかった。どれだけの戦闘経験を積めばその領域に達することができるのかさえわからない。そんな相手とこれ以上戦ったところで勝機が見えないのは明白だ。ゆえにここは引く。退却だ」
「………妃愛を襲ったお前たちを俺がそう容易く逃すと思うか?」
「逃さないだろうな。だがもう遅い」
「ッ!」
その瞬間、貴教の体が途端に霞み始める。そして今まで目の前にあった気配も急に薄くなり始めた。
それを感じ取った俺は一気に距離を詰めてエルテナを振るうが、それは何にも当たることなく宙を切ってしまう。
するとそんな俺に向かってやつはこんなことを言ってきた。
『これは戦力的撤退だ。逃げと捉えてもらっても構わない。何を言おうと俺の敗北は変わらないからな。だがここで無駄に命を散らすほど俺は馬鹿じゃない。俺にはやるべきことがあるからな』
「………こうなることを見越して鍵の力を使って離脱ルートを確保していたのか。面倒なことしやがる」
『ゆえに一度お別れだ。貴様は確かに強いが付け入る隙はないわけではない。それがわかっただけで今日は上々だ。今度相見えるときは、その余裕を断ち切って見せるとしよう』
「言ってろ。お前は何があっても俺には勝てない。絶対な」
その言葉を最後に貴教の気配と体はこの場から完全に消滅した。あっけない幕切れだが、俺がやつの立場なら同じことをしていたかもしれない。どう戦っても勝てない相手と戦い続けてもそれは命を無駄に投げ捨てているのと同じだ。であれば一度引いて作戦を立て直すのも一つの策だろう。
ゆえに俺は貴教が消えた後、すぐに妃愛の下に駆け寄っていった。妃愛はまたしても苦しそうに頭を抑えていたが、意識はあるようでガイアも特に問題なさそうな顔をしている。俺はそんな妃愛の体を抱き上げると、できるだけ優しく笑顔でこう呟いていった。
「帰ろう、妃愛。心配かけて悪かった」
その声に妃愛が笑みを返したことを確認すると、俺は立ち上がってこの山から抜け出していく。
しかし。
その背後で。
俺たちを憎らしげに見つめていた貴教の娘、麗子の存在に俺は気がついていなかったのだった。
こうして月見里家との顔合わせと言う名の戦闘は幕を閉じた。
だがこの家族との血濡れた関係はまだまだ続いていく。
次回は状況の整理を行います!
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