第三十九話 想定外
今回は神器の一つが明らかになります!
では第三十九話です!
その人物の見た目は一見するととても頼りなさそうに見えた。細い体に紺色のスーツ。一応筋肉質ではあるようだが着痩せするタイプなのかその筋肉がまったく表に出て来ていなかった。
年齢は三十代の男性。前半とも後半とも言えない見た目。その表情には感情というものが浮かんでおらず、冷たい視線を私とガイアに向けてきている。その威圧感たるや、恐竜にでも睨まれたのかと錯覚してしまうほど、別次元の威力を持っていた。
肩には大きめの剣のような何かが乗っており、明らかに異常な力を放ってきている。おそらくあれが神器と呼ばれるものなのだろう。この世に存在するどんな武器、爆薬、平気であっても絶対に敵わない戦闘道具。見ただけで私にそれを悟らせてしまうほどの力がその武器には込められているようだった。
とはいえ。
所詮は人間。ガイアという女神にかかれば恐れるに足らない。なにせギリシャ神話に登場する原初神だ。帝人というのがどれだけ強いのかは知らないが、相手が本物の神である以上、どちらが有利なのかは明白。少なくとも身の危険はない、そう私は思っていた。
だが。
「………妃愛、よく聞いて。できるだけここから離れて坊やを呼び出す鈴を鳴らしなさい。それくらいの時間は稼げるはずだから………」
「え………?そ、それってどういうこと………?」
「いいから早く行きなさい。時間がないの!」
と、次の瞬間。
私とガイアを上から叩きつけるような殺気が降り注いだかと思うと、目の前に立っていた男性が静かにこう言い放ってきた。
「貴様らに口を開く権利を与えたつもりはないんだが?」
「ッ!?」
「………こ、これが一介の人間が放つ殺気なの?………い、いや、違うわね。どう考えてもあの神宝が原因………」
「喋るなと言ったはずだが?」
「ッ!」
消えた。
その男性が消えた。
そして気がついた時にはガイアに肉薄して手に持っていた神器を叩きつけていく。その攻撃を何やら見えない盾のような何かで防いだガイアはすぐさま私の服を掴むと、一緒に後ろへ飛びのいていった。
だがそこで気がついた。
ガイアの右腕。それは今しがた男性の攻撃を防いだ腕だ。その腕が何かに引き裂かれたようにズタズタになっている。ぼたぼたと血のような赤い液体が滴り、神経を食いちぎられたかのようにだらりとぶら下げてしまっている。
「が、ガイア!そ、その腕!?」
「………気にしなくていいわ。この程度だったらすぐに治るから。………でも、これは少しまずいわね。世界が違うからあんな神宝が出てくるとは思ってなかったっていうのが本音だけど、まさか本当にオリジナルが出てくるなんて………。人間が使いこなせる武器ではないにしろ、私を葬るには十分。………人間ごときが、イライラさせてくれるわ」
ガイアはそう吐き出すと、私をゆっくり地面に下ろし男性に向かって鋭い視線を放っていく。その視線を受けた男性は今は攻撃を放つべきではないと判断したのか、蹲っている月見里さんに近づくと、こんなことを呟いていった。
「もう一度聞くぞ、麗子。お前は一体何をしている?あの子娘は神器持っていない雑魚だからと一人で処理しに行っていたはずだろう?それがここまで無様なやられ方をするとは………。どういうつもりなのか、説明してもらうぞ」
「も、申し訳ありません、お父様!本来であればすぐにでも始末できたはずなのですが、あのよくわからない白髪の女が出て来てから、こちらの策が全て潰されてしまって………」
「ということはお前の魔眼も魔術も通用しなかったということか?」
「はい、残念ならが………。どうやら私が魔眼を持っていることにあちらは気がついているようで………」
「………そうか。まあ、お前に対する処罰はこれから考えるとして、今はあの者たちをどうにかしなければならないな。こうも派手にやらかしてしまった以上、口封じは必要だろう」
と、次の瞬間。
何かが切り変わった気がした。
そして遅れてやってくる死の香り。足元から流れてくる薄ら冷たい空気は私の体をどんどん包み込んで体温を奪っていった。次第に手足の感覚がなくなり、今自分がどこに立っているのかすらわからなくなってしまう。
そして、それがただの殺気だったということに気がついた瞬間。恐怖のあまり吐き気が胃の中から襲ってきた。
「うっ………!?」
「………気持ちはわかるけど、今はしっかりしなさい。とにかくあなたは逃げるの。逃げて逃げて、あの坊やを呼び出しなさい。この状況を打破できるのは坊やだけよ」
もはやこの男性が月見里さんのお父さんであることなんて気にしている余裕はなかった。誰であっても私を殺そうとしている存在であれば敵以外の何物でもない。そう思えば思うほどガイアの台詞すら頭から抜けるようになり、足がガクガクと震えだしていく。
だがその時。
ガイアが目を見開いて怒鳴るような声をぶつけてきた。
「早く行きなさい!ここにいても邪魔よ!」
「ッ!」
その直後、私の体は何かに押されるように吹き飛んでいった。草木を通り抜け広く開けた道まで飛ばされると、そんな私を追ってくるようにガイアとその男性が近づいてくる。だがそのガイアの体にはすでに赤い血のような何かが薄く滲み始めていた。
「ッ!?………所有者が人間であってもなおその威力。最強の神宝っていうのは伊達じゃないみたいね………」
「貴様、何者だ?この神器の攻撃を何度も防ぐことができる存在がいるなど、にわかに信じられん。麗子の魔眼を見破ったこともそうだが、ここら一帯に仕掛けられていた魔術を解除したのも貴様だと言うのなら、その力には興味がある」
「私に向かってその無礼な発言………。本当にイライラさせてくれるわね。まあ、いいわ。坊やがくるまでだもの。少しだけ本気で相手をしてあげるわ!」
私はそんなガイアを尻目に逃げることだけを考えて走り続けた。そして胸ポケットから真っ白に輝く鈴を取り出すと、それを高らかに鳴らしていく。
すると、その鈴から聞いたこともない美しい音色が鳴り響き一瞬だけ時間がとまったような感覚を走らせてきた。
しかし。
「………ッ!?ま、まさかあなたこの山に認識阻害術式を張っていたの!?い、いつの間に!?」
「この神器の力を使えばその程度のことは造作もない。なにせこれは『万能』を司っている神器だからな」
お兄ちゃんはやってこなかった。
ガイアの言葉を聞く限り、何かによってこの鈴の力が阻まれているらしいが、こうなった以上私とガイアのピンチはまだまだ続いていく。
ガイアはその事実を忌々しそうに受け止めると、私に背を向けながら空中に浮かび、男性を私に近づけさせないようにしながら攻撃を続けていく。ガイアの右手にはいつの間にか白銀色の長剣が握られており、その件と男性の人気が勢いよく衝突していた。
「はぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
「むっ!?」
「ちぃい!あ、相変わらずその神宝は規格外すぎるのよ!私の『開造剣』がこうもたやすく弾かれるなんて………」
「………その剣。神器に迫る力を持っているようだな。だが所詮はただの神器止まりだ。この最強の神器には到底敵わん」
「わ、わかってるわよ、そんなこと!!!」
そう怒鳴り散らしたガイアは自らの剣を天に掲げて何やら小声で呟いていった。そんな声に反応するように辺りには突風のような風が巻き起こり、ガイアの剣に青白い光が集まっていく。
「………世界を創りし我が力。今ここにそれを再現せよ。開造せし神の力よ、我が声に応えよ!」
「………詠唱。魔術ではないな。となるとその力は一体………」
「さあ、何かしらね?多分あなたの知らない力よ?あなたはその神宝で防ぐことができるかもしれないけど、私の狙いはまた別にあるわ」
「ッ!ま、まさか麗子を狙っているのか?」
「ご明察。この出力ならこんな山を焼き払うのなんて造作もない。その攻撃にあなたの子供は耐えられるかしら?」
「………」
「まあ、その隙に私と妃愛はお暇させてもらうわ。最強の神宝を相手取るほど私は戦いが得意じゃないもの」
私は走りながらそう呟いたガイアを見つめていた。ガイアの剣には言葉では表現できないほどの光が集まっており、あれが地面に振り下ろされれば間違いなくこの山は吹き飛ぶだろうと想像ができるほどの威力が込められていた。
もし仮にあれをこの場に叩きつければ確かに月見里さんはただでは済まないだろう。すでに月見里さんがいたポイントからだいぶ離れてしまっている以上、あの場所に戻って保護することは不可能に近い。
ゆえにガイアは月見里さんを人質にとるような策を使ったのだ。
しかし。
見てしまった。
その光を前にしてもまだ、余裕の表情を崩さないその男性の顔を。
ゆえに声を上げる。喉の奥から、出せる全力の声を。
「逃げて、ガイア!」
「ッ!?」
「遅すぎだ」
そう、遅かった。
私が声をあげた時にはもう全てが決着していた。
男性が口を開いた瞬間、ガイアの体に大きな錠がついた鎖が出現し、その体を縛り上げていく。その鎖はガイアの集めていた光さえも霧散させて無に帰していった。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「この神器の力は万物を『封じ込める』というものだ。貴様がいかに強大な力を持っていようが関係ない。無条件で鎮圧できる。あと一歩のところだったが、惜しかったな」
「そ、そん、な………。そ、その力、まで、使いこなして………」
「どうやら貴様はある程度この神器について知っているようだが、だからといって実力差が埋められるわけではない。油断と慢心は死に直結する」
違う。
違う、違う。
ガイアは決して油断も慢心もしてなかった。
たからこそ私を先に逃がしてお兄ちゃんを呼ぶように指示してきたのだ。でも、助けを呼ぶことすら先読みされていた私たちはその段階で詰んでしまった。ゆえにこれはこちらの完全敗北。ガイアがどうあがいても、私がどうあがいても、何も変えられなかったのだ。
するとその男性は自らの神器を掲げてガイアにとどめを刺そうとする。今のガイアは鎖に縛られて動けない。あんな状態で神器が振り下ろされればどうなるかなど考えるまでもない。
「では、貴様は殺すとしよう。私は躊躇いがないからな。油断も慢心も感じる暇なく殺してやる」
「や、やめて、やめてえええええええええ!!!」
そんな私の声が響いた。ガイアは半ば諦めたような表情で力なく倒れている。そんなガイアよりも弱い私がガイアを助けられるはずがない。
でも私は声をあげながらガイアの下へ走った。届かない手を伸ばして、それでも必死に走り続けた。
だが現実とは無情なものだ。
私の望みはただの一振りで潰えてしまう。
血が舞って、胴体と切り離された頭が転がる。そんな景色。そんな光景。そんな、そんな、そんな、そんな残酷な事実が目の前に………。
………。
…………………。
………………………。
こなかった。
「ッ!?な、なに!?」
「………なるほど、認識阻害か。確かにその神宝ならその程度のことは簡単にできるだろう。まさか一介の人間がその神宝まで持っているとは、さすがに想定外だ」
そこに現れたのはずっと、ずっと待っていた存在。男性の武器を素手で受け止め、赤色の瞳を細めながら威圧を放っている青年。
そえは言うまでもなく………。
「お兄ちゃん!」
「ぼ、坊や………。ふ、ふふ、やっと、来たのね………」
「悪かったな、ガイア。まさかこんなことになってるとは思わなかった。お前が無理矢理気配を上げてくれなかったら気がつかなかった。ありがとう」
「だ、ダメもとだった、わよ………。で、でも気配探知の使えるあなたなら、絶対に気がつくと、思って………」
「ああ。だからもう大丈夫だ。ここからは俺に任せてくれ」
お兄ちゃんはそう呟くと、ガイアの体に巻き付いていた鎖を睨んだだけで破壊し、ガイアに振り下ろされていた武器と男性を大きく弾き飛ばすと、真っ白な剣を取り出しながらこう口にしていった。
「………本当に、本当に誤算だった。この世界にその神宝まで存在してるとは俺も思ってなかった。だがリアと他の神々が死んで、始中世界もない世界線なんだとすると、それも頷ける。まあ、だからといって『嫁』が使ってる神宝を無闇矢鱈に使われるのは癪だけどな」
「な、何を言っている、貴様………?」
「わからないか?」
そして告げる。
あの優しいお兄ちゃんが、怒りを爆発させようとしていると悟ってしまう一言を。
「俺は怒ってるんだよ。俺が知ってる鍵とはまた違う鍵だが、見た目と大半の能力は同じ『カラバリビアの鍵』を使って人を殺そうとしているお前が許せないんだ」
次回はハクの戦闘回です!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




