第三十七話 罠と星砂
今回は新キャラクターが登場します!
では第三十七話です!
学校の裏山といっても一応東京都内に位置している中学校のため、それほど大きな山ではない。学校の真後ろに位置しているわけでもなく、それなりに離れた場所に作られた人工的な山で、超常付近は眺めが良くて夜景などが綺麗なのだが、そこに至るまでの道は薄暗く、生徒からは不気味な山と恐れられていた。
加えて中学生が大好きな都市伝説なんかも多数存在しており、夜に山を訪れると神隠しに遭うだとか、女の人の下が地面を這いずり回っているだとか、そんな噂が出回ってるらしい。
そんな裏山に私はたった一人でやってきていた。その理由はいうまでもなく月見里さんに呼び出されたから。時雨ちゃんは保健室から戻った私に絶対に月見里さんの言うことは聞いたらダメだからと口を酸っぱくして言ってきたが、当然それを聞くことはできない。
今回狙われているのは私だが、そのせいで時雨ちゃんまで巻き込むことは許されない。月見里さんが時雨ちゃんに危害を加えようとしているのなら、さすがに虫を決め込むわけにはいかなかった。
足が震える。山道を登る足はガクガクと小刻みに振動しており、力を入れていなければ思わず転びそうになってしまう。放課後ということもあって、日が沈みかけている今、山道を一人で登るには色々と危険なことだらけだった。
でも、進む。
怖くて怖くて、それこそ死を予感してしまうほど怖くてしかたがなかったが、それでも私は山道を進み続けた。手にはしっかり鈴と星砂を握り、何がおきてもいいように備えておく。
お兄ちゃんには連絡をいれていないが、そもそもお兄ちゃんはスマホを持っていないので連絡を入れる手段がない。もし、お兄ちゃんが今の状況を聞けば飛んで駆けつけてくるだろうが、今の私はお兄ちゃんを頼る余裕すらなかった。
早く動かなければ時雨ちゃんが襲われかねない。そんな半ば強迫観念のような思考が頭の中に駆け巡ったからだ。
今の月見里さんはあまりにも危険すぎる。以前までの月見里さんとは大違いだ。
お兄ちゃんや皇獣といった異次元の存在の力を目の当たりにしたせいかもしれないが、本能的な直感が月見里さんが発する危険な空気を感じ取っていた。
ゆえに私は月見里さんの言葉通り学校の裏山にやってきた。特段、どこで待てだのどこで集合だの、そんな情報はメールに記載されてなかったので、とりあえず頂上を目指す。
「はあ、はあ、はあ………。も、もう少しで頂上かな………?で、でもそこに月見里さんがいるとは限らないよね………?」
こういう場合、呼び出された原因は間違いなく罠だ。それも人のいない場所で、誰にも見つからないまま葬ってしまうというケースが多い。ドラマやアニメの見過ぎでは?と思われるかもしれないが、私が月見里さんの立場ならターゲットを人気のない場所に呼び出せた時点で勝利を確信するだろう。
人の目がないということはそこで何をしようが、全て揉み消せてしまうということ。いかに月見里さんが一般人を巻き込むことに躊躇いがなくとも、大ごとになればそれだけ面倒になるのは事実だ。
ゆえにこの状況は圧倒的に月見里さんが有利ということになる。
と、そんな結論を頭の中ではじき出した瞬間。
目の前に開けていた道が急に姿を消した。視線を地面に落としていた瞬間だったので、何が起きたのか理解できなくなってしまう。
「み、道がない………!?でも、さっきまでは確かに………」
唯一光が差していたが消えたことによって、周囲は闇に包まれてしまった。辛うじて近くに生い茂っている草木の存在は確認できるが、五メートルも離れてしまうと途端に視認できなくなってしまう。
………まずい。完全に進路が断たれた。引き返せば元の場所に戻れるかもしれないけど、こんなあからさまに進路を妨害してくるってことは当然………。
『ようやく誘い込まれたことに気づきましたか?』
「ッ!そ、その声は月見里さん………?」
『ええ、そうですよ。それはそうと本当にあなたは馬鹿ですね。あんなメールごときでほいほいと自ら罠に突っ込んでくるなんて。ゴキブリを捕らえるより簡単でしたわ』
四方、いや八方と言うべきか。とにかく私の全周囲からいきなり月見里さんの声が聞こえてきた。拡声器や大きなスピーカーを使ってもこのような音にはならない。ということは何かしらの力が働いていることになる。
つまりすでにこの裏山は月見里さんの手の中だということだ。
『さあ、お友達思いの鏡さんはこれからどうなると思います?こんな薄暗い裏山に閉じ込められて、神器もなく、頼れる人間もいない。力なき勇気とはなんとも無情ですね』
「な、何が言いたいの………?」
と、次の瞬間。
私の周りに複数の気配が出現した。よく見るとそれは目に光がなく、体のいたるところから血のような液体を垂らした奇妙な生き物だった。見た目だけ言えば皇獣に似ている。だがその気配はまた別物だ。皇獣には人間の血肉を求める欲のようなものがあった。
だがこの生き物にはそれがない。
あるのは私を殺そうという殺気のみ。
言うなればそれは捕食という概念を忘れた皇獣に似た化け物だった。
「ひぃっ………!」
『最期になると思うので簡単に説明しておきましょう。この生き物は「擬似皇獣」。私たち月見里家が皇獣たちを研究し、独自の技術で作り上げた第二の皇獣です。もちろん生産コストや規模の限界はありますが、あなたレベルの帝人を殺すのであれば特に問題はありません。なにせ、あなたは帝人の中でも「最弱」なんですから』
「ぐっ………」
逃げ場がない。
だが逃げなければ殺される。その確信があった。
お兄ちゃんのように戦うことのできない私ができるのは己の足を使って逃げることだけ。そうしなければただ殺されるだけ。その事実が無情にもやってきてしまう。
ゆえにこれは交渉ではない。
私が時雨ちゃんを巻き込ませないように意を決して裏山にやってきていたとしても、月見里さんからすれば一方的な人殺しゲームだ。何が起きようが自分が不利になることはなく、淡々と私を殺せばいい。そんなゲームとも言えない戦い。
それが月見里さんが持ちかけて来た交渉だったのだ。
『さあ、どうするのかしら?こんな絶望的な状況で、逃げ場もない状況で、あなたは一体何をしようと言うのかしら?』
「………ッ!」
その言葉が耳に届いた瞬間、私は走り出した。目的地など決めていない。周囲を囲まれた状況で逃げられるとおも思っていない。だが思考だけでなく体まで止めてしまっては、それこそ万事休す。動く体があるならば動かす。考える頭があるならば考える。
だが、それはあくまでも私の尺度で現実を見た結果の話だ。所詮は一般的な人間の域を出ない私がどんなに足掻こうが最終的にたどり着く結末は見えている。
つまりどうなったかというと。
「ッ!?きゃああ!?」
『あはははっ!もう捕まったの?腕を噛み付かれて足は押さえられて、噛み殺される寸前って感じかしら?もう少しは足掻くとは思ってたけど、案外あっけない幕切れね』
逃げようとした先に擬似皇獣が立ちふさがり進路を塞ぐ。その隙に他の擬似皇獣たちが私の四肢に噛みつき、動きを拘束してきた。
光景を視界に入れた瞬間。
今度こそ終わったと思った。こんな化け物に噛みつかれれば、人間の体など一瞬で砕かれてしまう。肉は噛みちぎられ、骨は粉砕される。そうなってはもう人間としての機能などなくなったも同然だ。静かに死を待つ以外にない。
だからその時点で私は諦めてしまった。
終わった、終わっちゃった………。痛い、痛いな………。痛くて痛くて、こんなにも死ぬのが怖いだなんて、ああ、本当に私は何を………。
自暴自棄になる。
今まで自分がして来た全てのことが頭の中に蘇り、走馬灯のように視界を揺らしてくる。そして最後に、その視界に金色の髪を持った青年が映り込んだ。
と、次の瞬間。
『ッ!?な、なあっ!?』
バチィッ!という音とともに擬似皇獣たちが吹き飛ばされた。噛みつかれたはずの体には血も痛みもなく、まったくの無傷。それどころか私の体には体を守るように展開された水色の光が張り付いていた。
その力は言うまでもなくお兄ちゃんの力だ。確か前に一人で学校に行かせるのは不安だから、私を守る力を付与するとかなんとか言っていた気がする。でもあれは一ヶ月も前のことだし、今はもうその力はなくなっているものだと思っていた。
だが違った。
お兄ちゃんは今もなおその力を私の体に残していたのだ。
その状況整理ができた私はすぐに起き上がると、擬似皇獣がいない場所に体を向けて脚を動かしていった。月見里さんも何が起きたのかまったく理解できていないようで、数秒の間声が聞こえてこなかったのだが、すぐに調子を取り戻すとまたしてもなじるような声が木霊していく。
『ふーん、なるほど。さすがにそれなりの守りは用意していたってことかしら?でも逃げられると思わないことです。この先に進んだとしても擬似皇獣たちはどこまでも追いかけていきます。それに最後には………』
そこから先は聞き取れなかった。
こうなった以上、お兄ちゃんの力がなくなる前にこの裏山から脱出しなければならない。いつまでこの力が私を守ってくれるのかわからないが、とにかく月見里さんの意表を突けたのは大きいだろう。
であればあとは逃げるのみ。
「はあ、はあ、はあ!」
「グギュアアアアアアアアアアア!!!」
「お、追いかけてきてる………!」
背後から聞こえてきた声の主は疑うまでもなく擬似皇獣だ。今見たところ、それらは全部で八体いるようで、その全てがこちらに向かって迫ってきていた。
いくら成績優秀で学年トップだとはいえ、体育の成績はいたって普通だ。ゆえに私の走る速さなどたかが知れている。このまま走っていてもすぐに追いつかれて先ほどと同じ状況になってしまうことは目に見えていた。
だからこそ。
私はここで手に持っていたその品を思いっきり地面に叩きつけた。
それは青白い光を放つ星砂だ。鈴と星砂どちらを使うか迷ったものの、慌てている私の手が最初に掴んだのは星砂だったため、それを使用することにした。
と、その直後。
私を中心に感じたことのない異様な気配が巻き上がっていった。それは近づいてきていた擬似皇獣たちを風圧だけで吹き飛ばし、圧倒的な威圧を放ちながら降臨していく。
そして気がついた時には、星砂が放つ光とともに見たことのない存在が私の前に立っていた。
見た目は見目麗しき女性。白銀の髪を揺らしながら真っ白なドレスを着て現れたその人は光に包まれながらゆっくりと目を開けていく。真っ青な双眸が輝き、その瞳が私を捉えた瞬間、人のものとは思えない容姿を携えたその人はこう語り出した。
「………あなたが、妃愛、という女の子?」
「え、え、あ、は?」
「………いきなりのことで動転しているのね。まあ、わからなくもないわ。でも今はそれじゃ困るのよ。私の仕事はあなたを守ること。神妃の坊やに言われた以上、私たち神々は従わないといけない。言ってる意味、わかる?」
「え、えっと、その………」
「………うーん、イマイチはっきりしない子ね。まあ、別にそれはいいんだけど。それはともかく、今見たところあなたそれなりにピンチって感じよね?だったら話は早いわ」
その女性はそう呟くと、自らが発した風によって吹き飛ばされた擬似皇獣を一瞥し、彼らに向かって手を伸ばしていく。そしてその指をこちらに招くように動かすと、不敵に微笑んで見せた。
「さあ、子供たち?私の命令に従いなさい?」
と、その瞬間。
今まで私に殺気しか放ってこなかった擬似皇獣たちが急におとなしくなってその女性の下に歩き始めた。そして気がついた時には女性に傅くように頭を下げており………。
「いい子ね。でも、あなたたちは私の保護対象を傷つけたの。ってことはあとはわかるわね?」
「クワアアアァァ!?」
その言葉は甘くとろけるような音で私たちの耳に入っていった。だがその余韻は決して心地いいものではなく、むしろ心臓を恐怖という感情で握りつぶされるような感覚を走らせてきた。
そして彼女は告げた。
それは命令ではない。ただの事実。本来そうあるべきだと現実を塗り替えるような宣告だった。
「さあ、死になさい?」
その瞬間。
擬似皇獣たちは意図が切れたかのように地面に倒れてしまった。そして動かなくなる。その光景にただただ動けなくなっていた私は、口をあけて固まることしかできなかった。
だがそんな私にその女性はこう言い放ってくる。その言葉によって私は彼女が一体何者なのか知ることになるのだった。
「地母神、ガイア。神妃の命令で参上したわ。この世全ての生き物は私の子供。あなたもその一人だというのなら、私を敬う心は忘れないこと、いいわね?」
次回はガイアが無双します!
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