第八十九話 第三ダンジョン、二
今回も第三ダンジョンの攻略です!
では第八十九話です!
第三ダンジョン、第六階層。
そこは今までとは一風変わった景色が広がっていた。
踝あたりまで深々と澄み渡る透明な水。それがこのフロア全域に行き渡っていた。その水は地面の岩を反射し幻想的に輝いている。水というより浅い池のようなそれは、汚れや濁りはまったくなく、第五神核の遺跡で見た青色の池に少しだけ似ており、静かな空間を醸し出していた。
「これはまた、珍しい空間ですね………」
シラが徐にそう呟く。
確かに魔物が多数蔓延るダンジョンにしてはかなり特殊な階層だ。魔物は基本的に陸上を好むものが多い。水洋型の魔物もいることはいるのだが、それは以前ルモス村付近で戦った海中魔物のような海に生息しているものが大半を占める。
それなのにこの六階層はその常識などまったく関係ないと言うかのように、綺麗な水が溢れ出していた。
気配探知を使ってみればやはりそこには魔物の気配は存在しない。それどころか風が部屋の隙間を通り抜ける音さえも聞こえてくることはなかった。
当然俺たちの足にはどっぷりとその水が浸かっているのだが、俺がこの階層に入る前に全員にかけた気配創造の膜によって靴は水浸しになることはなく快適にその階層を進んでゆく。
「綺麗なんだけど不思議だね。なんていうか、こんな地下深くに水が溜まっているなんて」
アリエスが辺りを見渡しながらそう呟いた。
「まあ地下空間というのはそもそも水分が溜まりやすい。それゆえ地下水や鍾乳洞が出来上がるのだ。この湧き出ている水もその類なのかもしれない」
キラがアリエスの問いに丁寧に返答した。
地下というのは前提として空気に触れることがかなり少ない。それは目に見えない水分の蒸発を限りなく抑え、水を液体のまま保たせていることが多いのだ。このような木と岩で出来た空間であっても空気中の水分は比較的多く、その影響のせいでこのフロアは水が流れているのかもしれない。
光り輝く水路を進み俺たちはようやくその階層の終わりにたどり着いた。さすがにこの水は次の層までは流れていっておらず、このフロアより少しだけ床が高くなって水の浸食を防いでいる。
と、ここまではいいのだ。
いかにもRPGに出てきそうなダンジョンで実に異世界らしい冒険だろう。
だが。
次の層で俺たちはこの水の本当の存在意義を知ることになる。
第七層。
そこは目の前が見えないほど白い固形物が飛翔しており、俺たちの体に纏わりついた。
「くそ!さっきの水はこの状況を最大限に生かすためか!」
その空間は間違いなく氷点下を切る気温の空間で足元には三十センチくらいの新雪が降り積もっている。
まさに銀世界。先程とは打って変わって魔力の流れが強く、明らかにこれは作られた状況だということが見て取れた。第六層における水はおそらくこの階層で水分を一瞬で凍らせ足止めするための布石だったのだろう。
俺たちは先程も今も気配創造のおかげで体に対するダメージはまったくないが、それでも目の前は一面の吹雪なので視覚情報から嫌でもその寒さが伝わってきた。
「な、なんだか………。アリエスの魔術みたい………」
シルが右手にサタラリング・バキを構えながら寒そうに身を小さくしている。
「そ、それは同感かもな……」
俺もその意見に同調するように頷く。
「は、ハクにぃまでそういうこと言うの!?わ、私はもう少し加減するよ!」
アリエスが俺の腰をポコポコ叩きながら抗議の声をあげる。その姿は小動物らしくてなんだかとても可愛かった。
いやいや、こんなときに何を考えているのだ、俺は。
一刻も早くこの階層を抜け出さねば。
いくら吹雪が吹き荒れているとはいえ、ここは紛れもないダンジョンの中なのでよく目を凝らしてみると壁や扉の様なものが見て取れた。
俺はそれと自分の能力を頼りに先に進んでいく。
その道中には低温型の魔物が数多く出現したが、それは俺のエルテナによって全て切り捨てられ絶命する。
これ普通に進入したら間違いなく凍え死んでるな………。よくもまあ俺よりも先に入ったSSSランク冒険者はクリアできたものだ。
俺の用に体を纏える能力がなければこのダンジョンは攻略が出来ない。それに該当する魔術と言えば空魔術になるのだろうが常時それを展開しておくにはかなりの魔力を使ってしまう。
俺はここで改めてSSSランク冒険者の凄さを痛感してしまった。
いや、俺もその一人なんだけどね。まだあんまり自覚ないんだよ、恥ずかしいことに。
俺たちはその極寒の階層をただ只管突き進む。初めのうちはまだ話す気力もあったのだが、さすがに景色がずっと変わらないと気が滅入ってきてしまい、口数はどんどん減っていった。
そんなこんなで俺たちはその第七層も突破し第八層に突入する。
そこは先程とはまったく違い、今度は灼熱の大地が広がっていた。
「絶対にこのダンジョン作ったやつ性格悪いだろ………」
「それには妾も同感だな………」
目の前に広がっている空間は雪の欠片など、入った瞬間蒸発してしまいそうなほど日差しのようなものが照りつける砂漠のような部屋であった。
ダンジョンであるがゆえに本物の太陽でないことは確かなのだが、それはジリジリと俺たちの肌を焼き肌から水分を抜き取っていく。
というかさっきの極寒の部屋からいきなりこんな熱風吹き荒れる場所に放り出されたら、誰だって体調崩しますからね!?絶対それを狙って作っただろ、このダンジョン!
俺は出来るだけこの感情を顔に出さないように歩きを進める。
「気分が悪くなったらいってくれよ。いくらでも休憩は挟むからな」
見るとパーティーメンバーは体力的には問題なさそうだが、精神的にはかなり厳しそうな顔つきをしていた。
特にシルは一番幼いこともあって顔色が白から青に近づいている。そのほかのメンバーも能力のおかげで熱くはないはずなのに全員が冷や汗をかきながら俺についてきていた。
唯一平気そうなのはキラぐらいだろうか。
さすがっすわ、精霊女王………。
おそらく精霊は体の構造自体が人間のものとは違うようで、キラはまったくと言っていいほどダメージは受けておらず涼しい顔をしている。
俺は一度立ち止まりシルの近くに行くとそのままシルをお姫様抱っこする形で持ち上げた。
「え!?は、ハク様………!?な、何を……」
「何を、じゃないだろ。辛そうにしているのが顔に出てる。そんな状態を見逃せるわけないだろう?シルはしっかりしているが、自分のことになるとまったく気を使えなくなるのが欠点だな。もっと自分を大切にしろよ?」
俺はそうシルに笑いながら問いかけると、パーティーメンバー全体に完治の言霊をかけた。特段傷やダメージは受けていないはずだが、体の疲労感は少しだけ取れるはずだ。
「…………は、はい。あ、ありがとうございます……」
シルは俺の言葉を聞き終わると、そのピンク色のケモ耳をゆっくりと倒し眠ってしまった。その頭を少しだけ撫でて、俺はまた歩き出す。
「それじゃあ、先に進むぞ?本当に体調が悪い奴は直ぐに言えよ?」
するとなにやらパーティーメンバーは俺の声に反応するようにこそこそとなにやら話し始めた。
「体調が悪くなれば私もハク様に抱いてもらえるのかしら……」
「あ、シラ姉!それナイスアイディアだよ!よーし、そうと決まればハクにぃに気分悪いアピールだね!」
「ハク様―。私も頭が胸がずきずきと痛いですわ。どうかその腕で抱いてください!」
全然気にする必要はなさそうだな………。
俺の気持ちを返してほしい。
「はいはい、いいから進むぞ。時間がないんだ」
「えー。ハク様冷たいですー!」
俺は頭がお花畑の仲間を引き連れてダンジョンの攻略を再開した。
魔物は相変わらず大量に出てきたが、シルを出来るだけ起こさないように今は剣を使わず言霊や威圧だけで全て蹴散らした。
体感的にだがやはり階層が進むにつれ魔物のレベルも上がってきているようで、並みの冒険者では相手に出来ない強さまで上がってきているようだった。
そしてついに俺たちは大八層を突破する。
次の層である第九層は今までの階層の休憩ポイントとでも言うかのように罠も魔物も殆ど出てくることはなく、ただ只管に広大な敷地の通路を歩き回るだけの階層となった。
俺は気配探知と気配創造によって常に最短のルートをはじき出しているが、それでもこの第九層に至るまで約三時間が経過していた。
これは少し急いだほうがいいかもしれない。
確かにここから各階層の面積は萎んでいくものの、その分強敵が多くなっていくわけで時間はやはりかかってしまう。もちろんプチ神妃化して完全無双状態で進み階層の地面を叩き割るとか、通常ではありえない方法で攻略するということも出来なくはないのだが、それは最終手段として置いておきたい。
しかも神核がいなくなったところでこのダンジョンというものは人々に恩恵を与え続けるのだ。その世界の財産とも呼べるものに簡単に壊してしまうのはまずいだろう。
というわけで俺たちはなんとか中ボス二体目が待つ第十層に到着した。
やはりここからも死の空気というものはしっかりと流れており、明らかに危険であることが感じられた。
「よし、今回は俺一人で戦うことにするよ。さっきはみんなに戦わせてしまったからな」
「んな!?妾はまだ戦っていないぞ!!!」
キラが物ほしそうな目で俺に問いかけてくる。
まあ確かにキラは戦っていないけど、キラには今回任せたい仕事があるのだ。
「わかってるよ。キラは十五層の奴を担当してくれ。それと今はシルを頼む」
俺はそう言うと俺の腕の中で静かに寝息を立てているシルをキラに優しく渡した。
「むう………。そういうことなら仕方がない。しかし十五層は妾の担当だからな!二言はないぞ!」
「ああ。………それじゃあ全員一応武器を構えておいてくれ何が起きるかわからないからな。それとクビロはもし何かあったら元の姿に戻ってもいいから全力でアリエスたちを守ってくれ」
クビロは心外だとでも言わんばかりの表情をすると、そのまま俺の言葉に返答した。
『任せておくのじゃ。アリエスたちには指一本触れさせん』
俺はその力強い言葉をしっかりと聞き届けると、目の前にある巨大な扉を開けた。
そこには痛いほどの殺気を放ってくる一匹の魔物が鎮座していた。
それは赤い甲殻を持ち、巨大な二つの鎌を携えているサソリだった。
「ギュエエエエエエエエエエ!」
恒例のごとくそのサソリは大きな爆音をその口とも呼べない器官から捻り出し俺たちに突撃してきた。
俺は口元にニヤリと小さな笑みを浮かべると、ゆっくりとエルテナを抜きそのまま中断に構える。
そして俺とサソリの距離は一気に縮まり、サソリの大きな鎌が俺の首を刈り取ろうと襲い掛かってきた。俺はその鎌に狙いを定めるとそのまま腰を落としエルテナを振り抜く。
ザシュッという音とともにサソリの鎌は宙を舞い地面に落下した。
「ギュアアアアアアアアァァァァァ!?」
その赤いサソリは苦悶の声を部屋中に轟かせるが、俺はすぐさま次の行動を開始した。それはそのサソリの顔面、その中央に移動し、右足を勢いよくその硬そうな甲殻にたたきつけた。
「ふん!」
それバキバキバキ!という音をたててサソリの体に陥没し、更なるダメージを与える。
「グギョエエエエ!」
もはや声にすらなっていない悲鳴をあげそのサソリは一度後退する。
それもそのはずだ。いきなり現れた人間にこうも一方的に攻撃されれば誰だって恐怖で怯んでしまうだろう。それが例え魔物であったとしてもだ。
とはいえ俺たちはこのサソリを倒さなければ先に進めないので、見逃してやるつもりはない。
俺は右腰にかかっているリーザグラムを抜き放つと転移でサソリの前に移動した。
「お前には悪いが俺はお前を倒す。でなければ俺たちは前に進めないんだからな」
その言葉と同時にサソリが最後の力を振り絞り残っている鎌で俺を切りつけてくる。
しかしその攻撃は俺に当たることはない。
「黒の章」
俺の二本の剣は時空を叩ききるかのようなスピードでサソリの肉を粉砕する。その時間は一秒もなかっただろうが、無限に繰り出される剣戟はその体を粉々にし跡形もなくかき消した。
「ふう………」
俺はサソリを倒し終わると、二本の剣を鞘に収めアリエスたちのところに駆け寄る。どうやら先程まで眠っていたシルも眠りから目覚めているようだ。
するとその光景を見ていたアリエスたちは口を揃えてこう言ったのだった。
「「「「「おつかれさま!」です!」です……」です!!!」」
俺はそんなアリエスたちを見ながら少しだけ照れを隠すように頭に手を当てるのだった。
第三ダンジョン現在攻略位置、第十層。
次層は第十一層になる。
次回も第三ダンジョンを攻略していきます!キラ単身の戦闘も出てきます!
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