第三十五話 真宮時雨
今回は新しいキャラクターが登場します!
では第三十五話です!
「これは何、お兄ちゃん?」
「前にもしものことがあったら俺をすぐに呼べる『鈴』をあげただろ?でもやっぱりそれだけじゃ不安だからもう一つ緊急用の予防線を張ろうと思って」
そう言って私に小さな小瓶に入った綺麗な星砂を渡してきたお兄ちゃんは、私を玄関先まで見送りながらその星砂について色々と説明してくれる。しかしそれでもお兄ちゃんの顔にはまだ不安そうな表情が残っており、お兄ちゃんの優しさが伝わってきた。
「その星砂は鈴すら鳴らせない状況がきたときに使って欲しい道具なんだ。まあ、大抵は前にあげた鈴を鳴らせばいいんだけど、さすがの俺もすぐに妃愛の下に駆けつけられるかわからないし、事が事だから防御策はいくらでも用意しておいた方がいい。身の危険を感じたらその星砂をどこでもいいから叩きつければ、妃愛を守ってくれる『やつ』が出てくる」
「わ、私を守ってくれる人………?」
「性格はまあ、置いておいて………。実力は俺が保証する。皇獣だろうが帝人だろうが、そう簡単に負けることはないはずだ。そいつが戦ってるときに俺を改めて呼び出してもらうって算段。本当はまだ学校は休んだほうがいいと思うんだけど、どうしてもいくっていうならこれぐらいはな」
お兄ちゃんはそう言うと私の背中を軽く押してドアの外まで見送ってくれる。そんなお兄ちゃんに手を振った私はそのまますぐに家を出て通学路に足を置いていった。今日も今日とて家の前に月見里さんたちの姿はなく、正直ホッとしたのは言うまでもない。
というのも。
お兄ちゃんと外出した日曜日から一夜明けた月曜日。
私は以前と同じように学校に復帰することにした。当然ながらお兄ちゃんは今行っても逆に危険なだけ、と必死に私を止めてきたが、だからといってこれ以上学校を休むと変な噂が飛び交いかねない。現に昨日の夜、松城君からクラスの皆がお前の噂をしてるぞ、というメールが入ってきた。なんでも私とお兄ちゃんが買い物をしている姿を誰かに目撃されたらしく、援助交際なのでは?というデマが駆け回っているらしいのだ。
女子中学生に援助交際を持ちかける大人など漫画かドラマの世界だし、そもそも犯罪じゃないか、と思ってしまうのだがそんなどうでもいい妄想を頭の中で広げてしまうのが中学生。妄想が噂となって具現化し、放っておいても面倒ごとを引き起こしてしまう。
そんなこともあって私は色々と誤解を解くためにも学校に行かなければならなかった。当然、月見里さんのことはまだ警戒してるし、怖いと思っているのは事実だ。白昼堂々何か仕掛けてくるということはないかもしれないが、それでもいつ命を狙われるかわかったものではない。
月見里さん本人ではなくその父親が帝人なのだとミストという女性は言っていたが、実際のところその情報もどれだけ信用していいのかわからない状況だ。
まあ、だからこそお兄ちゃんは私にお兄ちゃんを呼び出すための鈴と、このよくわからない星砂を託してきた。いまいち性能や使い方がわからないが、それでも私の身を守ってくれるものであることに変わりはない。ゆえに私その二つを胸ポケットに大切にしまってゆっくりと朝の通学路を歩いていった。
私が住んでいるこの街は都市の中心部に比較的近いことから朝もそれなりに人が歩いている。サラリーマンのようなスーツを着た人や学生、小さな子供を連れている親や、近所のおばさんたち。自然と活気のいい声が響いて着て朝の到来を私に伝えてくる。
朝の弱い私からすればこの上なく眩しい景色なのだが、今はそんな平和な光景が私を落ち着かせてくれていた。私やお兄ちゃんがどんなに危険な戦いに挑んでいようとも、この街はいつもと同じ姿でいてくれる。たったそれだけのことでも私の心をしっかりと支えてくれていたのだ。
と、そのとき。
「あっ!妃愛ちゃん、おはよー!」
「ああ、時雨ちゃんか。おはよう、元気いいね。何かいいことでもあった?」
「えへへー、わかる?昨日ね、お母さんに新しいシュシュ買ってもらったの。どうかな、どうかな?」
そう言いながら水色の高そうシュシュを大きくまとめられた毛束ごと見せてくるその少女は、嬉しそうに顔をほころばせながら私に話しかけてきた。その笑顔は私にはとても眩しく見え、少しだけ羨ましく思えてしまう。
お兄ちゃん相手ならわりと素直になれるのに、学校のみんなにはわりと覚めた態度しか取れない私はそんな私を呪いたくなってしまうのだが、今はその感情をぐっと抑えてその少女の言葉に返事を返していった。
「うん、すごく可愛いと思うよ。それにいつ見ても時雨ちゃんの髪は綺麗だね。羨ましいよ」
「えー!それは妃愛ちゃんにだけは言われたくないなー!だって妃愛ちゃんの髪は外人さんみたいに綺麗な金髪だし、そっちの方が羨ましいよ!」
「………金髪ってあんまりいいことないんだよ?色素が薄いからバサついたときに結構目立つし、何といっても日本じゃかなり目立つ。先生に何度注意されたかわからないよ」
「でもその髪は地毛なんでしょ?」
「うん。生え際見せてなんとか納得してもらってる。まあ、それでも引き下がらない人はいるんだけどね」
そう言って私は綺麗な黒髪を携えた少女、時雨ちゃんの隣を歩いていく。
ちなみに、時雨ちゃんとはどんな人物か。
時雨ちゃんは私のクラスとは別のクラスに在籍している同級生だ。私がいじめられている時もなぜか彼女だけは積極的に話しかけてきており、月見里さんたちの視線や嫌みものらりくらりとかいくぐってきていた。
普通の生徒なら月見里さんにいじめられている私に声をかけようなんて思いもしないはずなのだが、彼女だけは違うようで何かあるたびに「大丈夫?」、「気にしなくていいからね」など気を遣ってくれている。
まあ、その裏には深い深い理由があったりするのだが、それはまた後日説明するとしよう。とにかく今はせっかく話しかけてきてくれた時雨ちゃんの気を悪くしないように努めなければならない。
ちなみに四日前に昼食を一緒にとる約束をしていたのはこの時雨ちゃんだったりする。ゆえに私はまずその謝罪から切り出していった。
「あの………。前はごめんね。せっかくお昼誘ってもらったのに………」
「え?ああ、そのことね。大丈夫、大丈夫!気にしてないよ。それより妃愛ちゃんの方こそ大丈夫なの?体調崩して帰ったって聞いたから心配で………」
「それは大丈夫。もう治ったから」
「そ、それにだよ、妃愛ちゃん!」
「な、何かな………?」
そう言って時雨ちゃんはいきなり体の向きを変えて私の肩を掴んでくる。しかもどういうわけかその瞳は若干潤んでおり、あわあわとした雰囲気が体から流れ出していた。
しかしその口から放たれた一言は私の思考をたっぷり五秒ほど停止させてしまうものだった。
「妃愛ちゃん、高校生に無理矢理付き合わされてるって聞いたよ!?金髪の白いローブを羽織った男の人と妃愛ちゃんが一緒にいるのを見たって子がいて昨日から大騒ぎだよ!も、もしかして何か弱みでも握られてるの!?」
「ブッッフォアアアッ!?」
ま、まさかそんなに大ごとになっているとは思わなかった………。い、いや松城君からメールがきた時点で察せよ、私………。男子からメールがくるということの重大さをなぜ見逃していたんだろう。
そんなことを一瞬のうちに脳内で考えた私は口の中から唾とともに声にならない声を吐き出してむせてしまう。そんな私を見ていた時雨ちゃんは余計に慌てており、私の背中をさすりながら必死に声をかけてきた。
「あわわわわ!だ、大丈夫、妃愛ちゃん!?で、でもそういう反応するってことはやっぱりこの噂って本当に………」
「違う!違うの、時雨ちゃん!お兄ちゃんとはそういう関係じゃなくて、ただの同居人というか………。ああ、もう!そういうわけじゃなくて………。と、とにかくその噂は嘘だから!デマだからっ!!!」
「お、お兄ちゃん………?も、もしかして、そう呼ばせるプレイを強要されて………」
「だから違う!むしろお兄ちゃんをお兄ちゃんって呼んでるのは私の方で………。ええと、初めから説明するとね………」
というわけでかくかくしかじか、一通り私はお兄ちゃんとの仲を説明することになった。他の学校のみんななら別にどう思われても諦めがつくが時雨ちゃんにだけは誤解を解いておいた方がいい。そんな本能的直感が私の中に働いたのだ。
まあとはいえ皇獣や帝人がらみのことは全て伏せて説明した。というか偽った。生き別れたお兄ちゃんとたまたま再開して今は一緒に住んでいる、学校に言っていないお兄ちゃんは家の家事や料理をしてくれていて、昨日はたまたま一緒に買い物をしていた。
そんな半分嘘の情報を私は一生懸命時雨ちゃんに話していく。すると時雨ちゃんは途端に安心したような顔を浮かべて、またしても泣きそうな表情を作りながらこう呟いてきた。
「ううー、よかった、よかったよー。妃愛ちゃんが汚れてなくてよかったよおおおおお!」
「待って、待って待って………。一体時雨ちゃんがどんな想像してたのか、そっちのほうが私、気になるんだけど………」
「え?それはもう色々と激しい………」
「ああ、ごめん。聞いた私が馬鹿だった。今のは忘れて」
とまあ、そんな会話を繰り広げながら通学路を歩く私と時雨ちゃん。こんなにも気兼ねなくおしゃべりができるのはどこを探しても時雨ちゃんだけなのだが、まあそんな時雨ちゃんと私の中がいいのは、またこれも色々と訳があったりする。
その一例として………。
私たちの背後。おおよそ十メートルほど離れた場所から私と時雨ちゃんをじっと見つめている着物をきた複数人の集団が立っている。そんな彼らは私たちの会話が一段楽すると、そそくさと近づき時雨ちゃんのすぐ隣まで移動してきた。
と、次の瞬間。
凍えるような冷たい声で時雨ちゃんがその集団に声をかける。
「妃愛ちゃんを襲った男がいたって情報は嘘。あれは妃愛ちゃんのお兄さんだったらしいわ。その誤解をなんとしてでも解くように努めなさい、いいわね?」
「承知いたしました、お嬢」
「………………」
「うん、それじゃあ、急ごう、妃愛ちゃん!今日はガイダンスがあるんだよね?急がないと聞きそびれちゃう!」
「………なんというか、すごい温度差だよね、ホント」
このやりとりだけで気づいた人もいるだろう。
何を隠そうこの時雨ちゃん、本名を真宮時雨は世の中の裏を生きる「真宮組」と呼ばれる組織の一人娘なのだ。
とはいえ表立ってその顔を出すことはなく、今のように組員の人たちと話すときだけ、とてつもない威圧感とともに空気ごと変えるような口調になるらしい。本人としては自分の身分は正直邪魔だと思っているようで、どこにでもいる女の子として扱ってほしいと言っていた。
そんなこんなで、どうして時雨ちゃんが私に声をかけても何もなかったのか、という理由がここに帰着する。簡単に言えばいくら月見里さんとはいえ、裏の社会に生きる真宮組を敵に回せなかったということなのだ。
となると、どうしてそんな時雨ちゃんと私の中がいいのか、という問題に突き当たってしまうのだが、それは割愛する。
話していて気持ちのいいものではないし、過去の記憶を引っ張り出すのはあまり好きじゃない。ましてこれに関して言えば、あまり覚えていないというのも事実なのだ。
と、そこまで考えた私だったのだが、ふと時雨ちゃんの言葉に疑問符が浮かんでしまう。それはまったく聞き覚えのない単語が時雨ちゃんの口から出た気がするのだが………。
「え、えっと、時雨ちゃん?が、ガイダンスっていうのは一体何のこと………?」
「え?もしかして妃愛ちゃん聞いてないの!?………あ、そっか、妃愛ちゃんは学校休んでたもんね。………うん?でも随分前からこの話は出てたし………」
「つ、つまり………?」
そして語られる真実。
それは私もお兄ちゃんも完全に見落としていた事実だった。
「今日は修学旅行のガイダンスがあるんだよー。確か場所は京都だったかな?」
修学旅行。
それは中学生活において一番とも言えるビッグイベント。
それが気がついたときにはもう、目の前まで迫っていたのだった。
だがその前に。
私はまた。
血に濡れた戦いに巻き込まれることになる。
次回はこのお話の続きになります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




