第三十四話 裏の裏
今回は様々な人物たちの視点でお送りします!
では第三十四話です!
「ば、化け物め………」
「化け物、ですか。それを言うなら私は化け物ではなく『魔人』だと思いますよ?まあ、あなたごときに語られるほど安い存在ではありませんが」
「ど、どうして、あ、あのお方に敵対する………?私たちは極力お前には干渉してこなかったはずだ………!」
「だからですよ。変に私の機嫌を取ろうとしている浅ましい心がウザくてウザくて仕方がなかったんです。それにあなたたちは『あの二人』を攻撃しようとした。それは今の私にとって万死に値するのです」
「なぜだ!なぜお前は『あの二人』を庇う!?それこそ理由なんて………がっ!?」
「黙りなさい。それ以上口を開けば最上級の苦しみをもってあなたを殺しますよ?」
白色の髪が揺れる。しかしその髪にはべっとりと赤い血が付着しており、あたりは鉄臭い匂いでいっぱいになっていた。地面には大量の人間が倒れており、その内蔵は誰かに食べられたかのようにえぐられている。
その中心に立っている女性。髪だけでなく口元にもちをつけたその女性は、ボロボロになっている男の首を掴み、持ち上げるといびつな笑みを浮かべながらこんなことを呟いていった。
「私は人間が嫌いなんですよ。皇獣と同じくらいに。人間は自分のことしか考えない愚か者です。だから巻き込まれただけの彼女たちに平気で牙を向けることができる。己の目的を最終戦して、どんな酷い光景だって作ってしまえる。だから嫌いなんです。そんなどうしようもなく腐った思考しか回せないあなたたち人間が、心の底から」
「ぐ、がは………。な、なに、を、ば、かな………。『あの二人』と、て、人間、な、はず………!」
と、次の瞬間。
女性の目が一瞬だけ光るとその眼光とともに持ち上げられていた男の肉体は何かに切り刻まれるかのように消滅した。そこには血の一滴すら残っておらず、まさに存在ごと消しとばしたかのような現象が作られる。
だがそんなことはまるで気にしていないと言わんばかりにその女性は体にまとっていた大きめのマントを翻しながら死後にこう呟いていった。
「簡単な話ですよ。私は人間も皇獣も大っ嫌いです。でも『あの二人』は人間ではありません。下手をすると私のような魔人よりも高次元の存在。そんな予感がしてならないのです」
そしてさらに紡ぐ。
生き残っている全ての帝人たちに問いかけるように。口角を不自然なまでに上げながら、淡々と事実を口にしていったのだった。
「さあ、私は『先手』を打ちましたわ。どちらが出遅れているのか、それを今一度考えるべきです。そうでなければ、次に血を吐いて死ぬのは………」
その後の言葉を聞いたものは誰もいなかった。
しかし妙な気配と空気がこの場所に滞留し続けたのは確かだ。
白い髪を持ち、己を魔人と呼ぶ「ミスト」はその言葉を最後にこの場から去っていった。口から漏れ出る不気味な笑い声が夜の街に木霊する。
その笑みの理由はミスト以外に知る者はいない。しかしいずれわかるだろう。彼女がどうしてハクと妃愛に接触したのか、どうして二人を擁護するように動いているのか。
だがそれはまだ先の話だ。
ただ。
今はまだ、ミストは「ミスト」としてこの世に存在している。
これだけは言い切れるだろう。
そしてまた、対戦は進んでいくのだった。
「第一の柱が倒されたか………。此度の対戦はなかなか荒れると見える………」
「そうでしょうか?確かに今回帝人が呼び出した神器は確かに規格外ですが、あなた様の手にかかれば造作もないはずです。第二から第五の柱はそう簡単に倒せないでしょう。まだ『羽化』する前ですが、いずれ必ず帝人たちの首を持って帰ってくるはずです」
「どうしてそう言い切れる?召喚された神器の中には『あの剣』も入っているのだろう?であれば油断は絶対にできないはずだ。楽観視することは油断に繋がる。いつも慎重なお前らしくない発言だと思うが?」
「あの神器を人間が使いこなせると思いますか?あれは神妃にだけ使用が許された神宝。神器として人間が扱えるレベルに落としている時点で、本来の力は発揮できません。使い手の力が規格外なのは私も認めているところですが、その牙がこちらに剥く前にあなた様を復活させられれば問題ないでしょう」
「………余裕だな」
「そう見えますか?私は誰よりも『腹黒い』だけです。そんな私が余裕を振りまいているように見えているなら、うまく心の内を隠せている証拠だと思いますよ?」
「………まあいい。お前が帝人たちを『焚きつけて』からというもの、非常に対戦を進めやすくなったことは事実だ。いくら今回の神器が規格外であっても、いや、規格外であればあるほど、封印は早く解ける。つまり、今はお前の言葉を信用しておこう。お前の働きは今のところ称賛に値するからな」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
「………第二、第三の柱の羽化を進めておく。とはいえ奴らはファーストシンボルほど扱いやすいわけではない。前回とはまた違った形、意思を持って生まれてくるだろう。第四、第五ほどではないが、命令をすんなり受け入れるとは思えない。そこはお前がうまくコントロールしておけ」
「かしこまりました。では本日はこの辺で」
そう行って頭を下げたその女性は地面にブーツのかかとを教えてながらゆっくりと歩いていった。背後にある暴力的なまでのエネルギー体を置き去りにして。
するとそんな女性に向かって背後から声が飛んできた。その声には暖かさも、冷たさも、温度という温度がどこにも感じられなかった。しかしその妙な声は人間の心に恐怖を走らせるには十分なものだった。
「一つ聞いておこう。お前はいつまで、『ここにいる』?」
「………いつまででも。私の心は常にあなたのそばにありますよ」
「狂言だな。………まあ、いずれお前の企みも明らかになるのだろう。ボロがでないように精々頑張ることだな」
「………失礼いたします」
女性は内心汗をかいていた。背後から飛んできている声が真実を言い当てていたから。だがだからといって女性にこの状況を打破することなどできない。彼女にできるのはただただこの状況を守り続けることだけ。
守って、守って、守った最後に、彼女は選ぶ。
白か、黒か。
その選択を迫られる。
真話対戦において、戦っているのはハクや帝人たちだけではない。この戦いに関わる全ての人間が己の命をかけて戦っている。一歩間違えればその命が吹き飛ばされると理解しながら、それでも前に進んでいるのだ。
全ては己の目的のために。
ただ断言しておこう。
戦っている者全ての望みが白包というわけではない。
白包は不可能を可能にする神妃の力だ。しかしそれを使ってもどうにもできないことが、この世の中には転がっている。
ゆえに戦う。ただただ戦う。
力だけではない、頭も心もぶつけて、信じた道を歩み続けるのだ。
そしてこの女性もその一人。
己の運命に疑問を持ち、ある目的のために戦っている。
そんな彼女の目が、この空間から出る瞬間、「赤く」光った。
その眼光の意味。
それが明かされる時、全ての運命が動き出す。
だがそんな彼女を。
隣から心配そうに見つめる「少女」がいたことを忘れてはならない。
「またもや偵察部隊が殺されたらしい。見るも無残な姿で死体が地面に転がっていたそうだ。図書館からそう報告があった」
「となるとやはりその犯人は『純然たる魔人』一択ということになるのでしょうか?」
「だろうな。あいつは自分と同じ領域に踏み込んだものには一切容赦しない。こちらを敵視していても何らおかしくないだろう。加えて、だ」
「三日前のことですね?」
「ああ。ファーストシンボルが殺された。偵察部隊から聞いた限りでは金髪の青年が戦っていたらしい。まあ、その偵察部隊も命かながら逃げてきたらしく、魔人にこっぴどくやられたようだ」
「となると、こちらも当然動き出しますわよね?これで大方相手の戦力が測れたのですから『彼女』と戦うのも問題はないはずです」
「まあ、そうなるが………」
そこで男は言葉を切った。
眉間にしわを寄せながら手に持っていたワイングラスをくるくると回して目を細めていく。しかしそんな男に近くに立っていた少女は体を預けるように枝垂れかかっていった。二人の年齢と関係を考えれば異様な光景であることは間違いないが、どういうわけかそのやりとりはごく自然に見える。
「大丈夫ですわ、お父様。お父様が引き当てた神器は最強。その力をもってして勝てない相手などいないのです。それにあちらは神器を召喚していないようですし、得体の知れない青年などたやすく殺せますわ」
「………それは否定しない。だからそちらはすぐに動く。だが問題は………」
そこで少女は気がついた。男が何を言おうとしているのか、その全てに。
「………他の帝人についてですか?」
「ああ。特に『五人目』。唯一図書館にも姿を表さず、何の情報を手に入れられていない本当に不気味な帝人。そいつがどのような神器を引き当て、何を目的として動いているのか。それがわからない今、下手に動くのはあまり得策じゃない。お前の『クラスメイト』を殺すにしても、能力を見せびらかすような真似は強力避けたいというのが本音だ」
「………であれば、どうするのですか?まさかと思いますが、ここで手を引くなんてことは………」
「絶対にない。………ただ、回りくどいことはできないということだ。時間をかければかけるほど、こちらの手の内が露見していく。だからこそ早ければ明日にでも行動を起こす。最後の帝人、『鏡妃愛』の殺害。それをいかに手短に終わらせるか、それが鍵となっていくだろう」
そんな言葉が部屋に響く。
それは奇しくもミストが予言した言葉通りの未来を描いてしまった。ゆえにここから先、戦いは絶対に避けられなくなる。皇獣と帝人。歪にも曲がりに曲がってしまった両者の関係はどこまでも泥沼化し、行き着く先に待つ黒包へと流れていく。
だが忘れてはならない。
この真話対戦はイレギュラーなのだ。
神妃。
始中世界における最強の存在、神妃ハク=リアスリオンという存在が権限している時点で、人間の思う通りには回らなくなってしまっている。
ゆえにこの戦いが向かう先に何があるのか、それは誰にもわからない。
ただこの戦いは。
今までハクが経験してきたどんな戦いよりも。
血が流れる戦いとなるだろう。
「………」
その者は歩いていた。
とある「剣」を持って。
夜の街を歩きながら公園の中に入っていく。
その公園に誰もいないことを確認したその者は、もう片方の手にぶら下げていた袋の中からホカホカと湯気が上がっている白く丸い物体を取り出すと、少しだけ頬を綻ばせてそれを口に突っ込んでいった。
「はむ………。もぐもぐもぐ………。うん、肉まん、おいしい………」
それはどこにでもいる人間の姿。
学校帰りに、仕事帰りに、コンビニに寄って肉まんを買い食いしている、そんなありふれた景色。
そんな空気にその者もしっかりと浸っていた。
手から離れベンチに立てかけられている剣がなければ、普通の人間と言ってもなんらおかしくない雰囲気を携えていただろう。
でも、現実は違う。
この戦いは一体どんな人物が、どんな存在が敵に回るかわからない。
どれだけ普通に見えていてもその者がいきなり手のひらを返すことだってあり得てしまう。知らないうちに首から上が飛んでいたなんてこともザラだ。
ゆえに「剣」という武器がそこに立てかけられている以上、この者も何かしらの理由と目的を持って戦っている。それだけは断言できるのだ。
しかし普通ならばそう考えるだけで十分なのだが、この者に限って言えばそれは当てはまらない。なにせ、此の期におよんでもこの者は自分が戦いに参加している自覚がなかったのである。
妃愛のように参加する気がなく、今も参加することを拒み続けているのではなく、参加しているのに、参加しているという自覚がまったくないという変わり者。
それが「彼女」という存在。
だからだろう。
誰も彼女を見つけられない。
帝人の中で最も強く、最も影の薄い存在。戦う意思など最初から持ち合わせていない。目的なんてものも存在しない。戦う理由はないし、もはやそんなことなどどうでもいい。彼女にとって大切なのは、自分が自分らしく生きることだけ。
ゆえに彼女は。
誰にも見つからないまま帝人になったのだ。
次回は妃愛の視点に戻ります!
では誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




