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第三十三話 休息、二

今回は妃愛の視点でお送りします!

では第三十三話です!

 変わったな、と自分でも思ってしまう。

 お兄ちゃんと出会ってから一ヶ月。この月日の中でどうも私は前よりも明るくなってしまったようだ。というよりは感情の起伏が大きくなったと言えばいいだろうか。今まで欲しくても手に入れられなかった家屋のような人がそばにいて、感じたことのないような恐怖を浴びて、色々と壊れてしまっていうのかもしれないが、それでも以前よりはだいぶマシな顔をするようになったと思う。

 お兄ちゃんは知る由もないが、お兄ちゃんに会う前の私ははっきり言って死んでいるも同然な女だった。学校に行けばいじめられ、家に帰って来ても慰めてくれる人なんて一人もいない。家事も料理も全て自分がこなし、気づけば一日が終わっている。そんな日常。

 それを生きていると言っていいのか、それは各々の価値観次第だろうが、少なくとも花の女子中学生とは絶対に言えない生活だったことは間違いない。

 でも、そんな私が変わった。

 お兄ちゃんのそばにいるとどういうわけか心が落ち着く。お兄ちゃんがいてくれるというだけでどこか安心できる。だから自分をさらけ出せているのかもしれない。この人がいるから私は私で居られるんだと、頭ではなく心が訴えているのだろう。

 だからだろうか。

 確かに三日前の出来事は恐怖で動けなくなるほど怖かった。でも、初めて皇獣と会った時ほどの恐怖は伝わってこなかったのだ。もちろん失禁寸前まで追い込まれていたし、お兄ちゃんが戦っている間もお兄ちゃんが無事であるように祈っているだけで心が締め付けられるような痛みが走っていた。

 でもそれは、かつての私であれば抱くこともなかった感情だろう。誰がどうなっていても、自分に関係ないのなら感情のない目で一瞥して終了。心配することなんてもっての外。できることならなるべく関わらないでほしい。そんな非常な感想しか抱けなかった。

 となると、私はこの一ヶ月でお兄ちゃんに心の中を変えられてしまったと言っても過言ではないはずだ。今日も今日とて、せっかく外出するなら以前ネットで発見した超人気アイスクリーム屋さんに一緒に行きたいなんて、思ってしまったほどだ。

 女子中学生なら誰でも持っているはずの感情が芽生えつつある。そんな感覚は自然と私の顔を明るくし、いつの間にかお兄ちゃんの手を引いていたのだ。

 とはいえ。

 お兄ちゃんが困った顔をしているのも理解できないわけではない。

 三日前の戦いは私にとっても十分衝撃的な出来事だった。私は途中で気を失ってしまったため、終盤どうなったのかまではわからないが、それでもことの顛末はお兄ちゃんから聞かされていた。

 曰く、近々月見里さん一家が私たちを襲ってくるだろう。

 そんなことをあのミストという女性は言っていたそうだ。月見里さん本院お言葉から薄々気がついていたが、どうやら月見里さんもこの対戦に関わっているらしく、一番弱い帝人である私を潰そうとしているらしい。

 それを聞いて黙っているお兄ちゃんではないし、私だって恐怖を感じないわけではない。現に家に引きこもっていてはどうも体の震えが止まらないので、無理矢理外に出て来ているのだ。そんな私を知っているお兄ちゃんが、こんなおちゃらけた状況をそのまま飲み込めるはずがない。

 外に出ると言うことはいつどこで狙われてもおかしくないということ。つまり月見里さんたちが人目を気にせず襲って来たならば、人々が集まる都会のど真ん中で戦闘になることもあり得る。それどころか気がついた時には頭を狙撃されて死んでいたなんてことも可能性がないとは言い切れないのだ。そんな危険な場所に無理矢理ついて来てもらっているお兄ちゃんがいい顔するはずもないことは火を見るよりも明らかだった。

 とはいえ、そんな恐怖を押し殺してでも今はどういうわけかお兄ちゃんとお出かけがしたかった。別に理由なんてない。でも心地がいい。恋愛感情なんてものはないけれど、私に手を引かれながら時折困った顔をするお兄ちゃんがどうしようもなく愛おしかったのだ。


 そんなわけで現在。

 超人気アイスクリーム屋さんで超人気なアイスクリームを食べた私たちは次なる目的地に向けてそそくさと歩き始めていた。次に向かう場所はそれほどこのアイスクリーム屋さんほど人が集まる場所ではないないため、先ほどのように急いだりはしない。とはいえ目的地が近づけば近くほど、浮き足立ってしまうのは仕方のないことだ。

 よくある話だと思うが、誕生日におもちゃを買ってもらう子供がおもちゃ屋さんに近づけば近づくほどそわそわしてしまう現象。それに近いものが私にも襲いかかって来ていたのだ。

 するとお兄ちゃんは意外そうな顔をこちらに向けながらこう呟いてきた。


「楽しそうだな、妃愛」


「え?」


「気がついてなかったのか?いやまあ、自分の顔なんて見る機会も少ないし当然って言えば当然なんだけど」


「そんなに顔に出てたかな、私………」


「出てた出てた。それはもう顔に花が咲いてるのかと思うくらい満面の笑顔だったさ。見てるこっちが嬉しくなってしまうくらい」


 その瞬間、ボッと音がなるくらい顔を赤くしてしまった私はお兄ちゃんを直視できなくなってしまう。中学生にもなって子供みたいにはしゃいでいたのだから穴があったら入りたいほど恥ずかしいというもの。

 でもそんな私をお兄ちゃんはポンポンと軽く頭を撫でると、心の底から嬉しそうな顔を浮かべてこう返してきた。


「でもよかったよ。俺が初めて会った妃愛はなんていうか、感情がないように見えたからさ。安心した。妃愛もちゃんと笑うんだなって」


「そ、それ、馬鹿にしてる?あの時は皇獣に襲われてたし笑う余裕なんて………」


「違う違う、そうじゃない。なんて言うんだろな。あの時の妃愛は確かに恐怖で立ち上がれないほど怖かったんだろうけど、その裏にあるべき感情がまったくなかった。それは喜怒哀楽なんて言葉で表せるほど単純なものじゃないし、俺もうまく言えないんだけど………」


「………死んでないのに、死んだような顔してた?」


「そう。それだ。ってあれ?なんで妃愛が俺の言葉を………?」


 自覚はあった。

 なにせあの頃の私は本当に色々な悩みを抱えすぎて人間にあるべきものが確実にかけていたのだから。そのどれもがいまだに解決していないものの、お兄ちゃんと入れば一時的に忘れることができる。

 だから私は「生きているように見えているだけ」。

 実際はまだ全てが死んでいる。こうやってお兄ちゃんの隣を歩きながらニコニコと笑っていられるのも、本当の自分を偽っているからだ。そんな私の本性を知ればお兄ちゃんだって私を軽蔑する。

 真実とは残酷だ。長い時間をかけて築き上げた友情も信頼も信用も、全て無に帰してしまう時がある。

 ………でも。

 でも、と私は思ってしまう。

 でもお兄ちゃんなら、そんな私すら受け止めてしまうのではないか。そう思えるからこそ、私は私を偽ってお兄ちゃんに接することができるのだ。

 まだ何も思い出せない。

 でも、私が「いじめられる」ようになったきっかけは間違いなく存在する。それが全てを物語っていると言い切れるわけではないが、確実にあれは一つの要因となって昨日しているはずだ。

 そして同時にそれは私の思い出せない記憶にも関係することなのだと直感でわかる。

 でもそれを考えることはやめた。考えてはいけないと思ってしまった。

 なぜかはわからない。けれど、どういうわけかそれは。




 「まったく知らない誰かの記憶を盗み見ている」ような感覚がしたのだ。




「妃愛?大丈夫か?」


「………へ?あ、ああ、うん!大丈夫だよ!そ、それより早く行こうよ、ゲームセンター。お気に入りのゲームがあるの。あのゲームだったら絶対にお兄ちゃんに負けないから!」


「げ、ゲームか………。い、いやまあ、それなりに嗜んで来たつもりだけどゲーセンにまで通うほどじゃなかったからな。ちょっとこれは本腰入れないと年長者としての立つ瀬がないかもな」


「ふふん。負けないんだから。放課後に一人でこっそり遊びにきて身につけた私のゲームテクニックをお兄ちゃんに見せつけてあげる!」


 とまあ、そんな会話が続き、私はたちは次なる目的地ゲームセンターに足を向けていった。ゲームセンターにはさすがに日曜日ということもあって子供連れやカップルの姿が多かったが、それでも先ほどのお店ほどではなかった。

 まあ、ゲームセンターという場所は不思議なもので来たら来ただけお金を使ってしまうので、そういう意味もあって避けている人は少なからずいるのかもしれない。だが使ったお金と同等かそれ以上楽しめることもあって私はそれなりに出入りしていたりする。

 結局、私がいつもやっているゲームは私が圧勝し、クレーンゲームなんかは逆にお兄ちゃんが見たこともない技術を駆使して乱獲していた。

 どうやってそれを身につけたのか聞いたところ、昔色々あって鍛えたことがあったらしい。本当に多彩な人だなと改めて思ってしまった一幕だった。

 そんなこんなでいつの間にか日も暮れ始め、気がつけば夕日が空を照らし始める時間になっていた。すっかり楽しんだ私たちは近くの商店街に入り、夕食の食材を買い込むとそのまま真っ直ぐ自宅まで戻っていった。

 と、そこに。

 小さな男の子と女の子が私たちの目の前を横切っていく。その二人は横手にあった公園に入っていくと仲よさそうにブランコで遊び始めた。その光景は誰が見ても微笑ましいもので、思わず私も笑みがこぼれてしまう。


「仲良さそうだね、あの二人」


「そうだな。俺も昔は妹を公園で遊ばせたことがあったっけ」


「お兄ちゃんって兄妹いたの?」


「あれ、言ってなかったっけ?上に姉がいてしたいに妹がいる。姉とは血が繋がってるけど妹とは血が繋がってない。でも妹とのほうが過ごした時間は長いっていう奇妙な関係なんだけど」


「な、なんか闇が深そうだね………。今は聞かないようにするよ」


「まあ、別に話してもいいんだけどあんまり気分がよくなる話じゃないからな。気が向いた時に話すよ。さあ、もう帰ろう。日が暮れる前には帰れると思うから」


「うん、そうだね。それじゃあ………って、あれ?こ、これって………………ッ!?」


「どうした?」


 その瞬間。

 何かが頭の中によぎった。

 そして走り出す頭痛。思わず頭を押さえて疼くまってしまった私は、頭の中に突如現れた光景をゆっくりと思い出していく。

 それは今のような時間帯。隣に誰かがいて、夕日を眺めている。そしてその人は「また」笑って私の頭を撫でてくれた。


「お、おい、妃愛!大丈夫か、しっかりしろ!」


「う、うぅぅ………!あ、あれ………?」


 そして気づく。

 頬をつたう生暖かい水滴に。

 それは止めたくても止まらず、どんどん溢れ出てくる。頭の中によぎったその景色のことを考えようとすればするほど私の瞳には涙が溜まっていった。


「な、なんで、私、泣いて………」


「どこか痛むのか?気分が悪いのか?俺にできることがあればなんでも………」


「だ、大丈夫………。す、少し頭痛がしただけだから………」


 私はそう呟くと、その場から逃げるように涙をぬぐいながら駆け出していった。呆気に取られていたお兄ちゃんもすぐに後を追いかけてくるが、そんないにいちゃんすら引き話してしまうぐらい私は焦っていた。

 あの場にいては駄目だ。具体的に何が駄目なのかはわからない。でも何か決定的なものに気づいてしまう。そんな予感がした。

 ゆえに私は家に帰るなり、洗面台に水を貯めてその中に顔を突っ込んでいった。またもやお兄ちゃんが何事か!と言いたげな表情を向けているが、とにかく気にしないように伝えると、軽く仮眠をとると告げて自分の部屋に戻っていく。

 もはや私すら何がどうなってるのかわからないのだが、今はとにかく現実から目を背けたかった。部屋の扉をあけてベッドに倒れこんだ私は結局止めることのできなかった涙をベッドに押し付けながら目を閉じていった。


 確かに、私はお兄ちゃんと出会って変わったのだろう。

 でもそれとは違う意味で変わっていっている部分もある。変わることが決していいことだとは限らない。開けてはならない禁断の箱を開けてしまう可能性だってあるのだ。

 そして今の私に起きているこの現象はどちらかといえばその部類。変わってはいけない変化なのだ。

 でもなぜだろう。

 そう思えば思うほど、涙は溢れ出てくる。


 まるで私を振り向かせようとしているかのような、そんな………。


「………もうわけわかんない」


 吐き捨てるようにそう呟いた私は黙って意識を沈めていく。

 目覚めた時に涙が止まっていることを祈って。




 こうして私とお兄ちゃんの休息は過ぎ去っていくのだった。


次回は色々な人間のお話になります!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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