第三十一話 vs第一の柱、三
ファーストシンボル戦はこれにて終了します!
では第三十一話です!
「ふうー………。威力的に足りないかと思ったが、十分だったな。まあ、技が技なだけにそれほど心配してなかったけど、これは上出来だろう」
ファーストシンボルが放ってきた炎球に黒の章を打ち込んだ俺は、かすかに舞ってきた火の粉をエルテナで斬りはらうと、その炎球を作り出し張本人を睨みつけながら息を吐いていた。
俺とファーストシンボルの一騎打ち。
剣技と炎球の衝突。
その勝負は言うまでもなく俺の勝利で終わった。いかに大きな炎球であろうが、無数の剣撃を繰り出す黒の章には敵わない。かつてあの第一神核を瀕死に追い込んだ剣技がたかだか異世界の化け物に破られるはずがないのだ
俺の剣技はその一撃が通常の一太刀とは比べ物にならないほど強力な威力を持っている。今のファーストシンボルの気配量を考えれば触れただけで肉が吹き飛んでいてもおかしくない。
現に。
「ギュ、ガ、ア、エェ………!?」
「これでお前も他の皇獣たちと同じような見た目になったわけだ。まあ俺の剣技を受けておいて体の半分が消し飛んだだけっていうんだから、それは褒められたものだと思うぞ?」
ファーストシンボルの体にはたくさんの穴が空いている。それは間違いなく俺の剣技が開けた穴で、炎球をことごとく破壊した剣撃がやつの体にも風穴を開けたのだ。
ゆえに今のファーストシンボルの体はあまりにも悲惨だった。血なのか先ほどの溶解液なのかわからないが、得体のしれない液体が体のいたるところから吹き出し、穴が空いた断面には肉と骨が砕かれたような光景が作られている。
とはいえさすがに五皇柱。一刻も早く傷を癒そうとしているのか、その傷口はぐねぐねと動き、徐々に形を変えていっているようだった。まあ、こいつは他の皇獣を食べることでその特性や堅田の形を真似できるのだから、傷口を塞ぐことぐらいわけないのだろう。
だが。
そんなこと俺がさせるはずがない。何を考えてるのか知らんが、そうやすやすと傷を癒されてはこちらの苦労が水の泡だ。まして剣技まで使った以上、この戦いを長引かせるつもりは毛頭ない。
俺はそこまで考えると、気配創造を使用してやつの体を粉砕できるような巨大な刃を作り出すと、それをやつの頭上から勢いよく振り下ろしていった。
「回復なんてさせねえよ。その脳天、かち割ってやる」
「グガッ!?グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
絶叫。
そう言い表さずにはいられない声がファーストシンボルの口から放たれていった。それは空気を振動させ、暴風のような風邪を巻き起こしていく。その風が俺の髪を揺らすが、だからといって俺は攻撃の手を緩めなかった。次々と同じ刃を作り出し、それをやつの四方から挟むように突き刺していく。
だがそれでもまだこいつは息があるようで、見苦しくも体を痙攣させながら俺の力から抜け出そうとしていた。
「………そこまでして人間を食いたいのか。俺には到底理解できないが、それがお前たち皇獣の生まれた意味だというんだったら、俺がそれにどうこう言える権利はない。人間だって動物を殺して、それを血肉に変えているからな。だがそれに抵抗するか否かはまた別問題だ。命が狙われているなら、その元凶を滅ぼそうとする思考はいたって自然。だからお前に恨まれる理由は何一つない」
その瞬間、俺の体の周りから水色の煙が漂い始めた。本当ならこの力は使うつもりはなかったのだが、どれだけ斬ろうが刺そうが再生してくるこいつは、二度と再生できないように消しとばさなければ根本的解決には至れない。
ゆえに俺は渋々だが、気配系最強の能力を発動することにした。
「悪く思うなよ?お前の気配にはたくさんの存在が感じられる。人間も皇獣も、動物や植物だって食らってきたんだろう。その悲鳴がお前の気配と体から漏れ出ている以上、俺も手を止めることはできない。魂ごとこの世から消し去ることで引導を渡してやる」
「ガ、アアァ………」
そんな言葉が響いた瞬間、ファーストシンボルは空中で死んだように体の力を抜き、白目をむいて倒れてしまう。どう言う理屈で空中に浮かんでいるのか知らないが、今のファーストシンボルから戦意はまったく感じられなかった。
………終わりだな。五皇柱は帝人を殺せるほどの力を持つって聞いてたけど、さすがに俺の相手じゃなかった。その奇妙な体躯と面倒な皮膚の弾力には驚いたけど、それでも俺のほうが何枚も上手だった。
ゆえにこの勝負は俺の勝ちだ。
戦う前から勝敗などわかっていたも同然なのだが、いざ目の前に勝利が見えてくるとどうしてもその余韻に浸りそうになってしまう。
だがそれは慢心と油断。
それが引き起こしてしまう悲劇を俺は知っている。かつて第一神核と戦った時も、最後の最後で油断してアリエスが殺されかけるなんて光景を作ってしまった。
そうならないよう俺は今まで自分の力を磨き、慢心を捨てるように努力してきたのだ。特に命をかける戦いの場合、その思考は常に俺を冷静にさせてくる。戦いによる高揚感も、その戦いが終わる頃には収まっており、最後の一撃を叩き込む準備を整えていくのだ。
そしてついにその時は訪れる。
水色の煙がファーストシンボルの体を包み込み、その気配を残すことなく消滅させていく。そんな異次元の破壊現象が終わった瞬間、俺は自分の使った能力の名前を小さく吐き出していった。
「………気配殺し」
気配殺し。
気配系の能力の中でも最も危険で凶悪な力だ。
破壊と消滅だけを考えて生み出されたこの能力は俺が持つ破壊攻撃の中でも屈指の威力を持つ。触れたものの気配を全て消しとばし、存在の魂ごと完全に消滅させるという最強の力だ。加えて気配殺しで消されたものは二度と再生することができず、文字通り完全な死を迎えることになる。
仮に次元境界を無視して死者蘇生を行おうとしても、この能力で消しとばしたものはどう頑張っても復元することはできない。ゆえに新たな体に宿る前のアリスや星神は生き返ることができないのだ。
そんな気配殺しに群れたファーストシンボルは跡形もなくこの世界から消え、その気配ごと氏を迎えた。異臭を放っていた血液と溶解液すらこの場には残っておらず、周囲にはミストが張り巡らせた糸と俺とファーストシンボルの戦いの余波で破壊されたアスファルトの地面や木々が散らばっている。
その中心に浮かんでいた俺は一つ息を吐き出すとゆっくりと地上に戻り、ミスト妃愛が待っているポイントに足を向けていった。
だが。
ここでおかしなことに気がついた。
ミストの周辺に沸いていた新たな皇獣の気配はすでに消えている。ミストの周囲に置いている皇獣たちのし死体がその亡骸だろう。
しかしそれとは別に。
ミストの背後からとてつもないスピードで迫ってくる「何か」がいた。
と、次の瞬間。
ガバッ!という音とともに地面が割れたかと思うと、その中から生き物の口だけを切り取ったような奇妙な存在がいきなり姿を現した。そしてそれは「ファーストシンボル」と同じ気配を携えながらミストを食らわんとして襲いかかっていく。
ま、まずい!
このままだとミストがあれに食われる!
気配探知は切ってなかった。でもあいつを捉えられなかった。も、もしかしてファーストシンボル本体が消えたことで、あらかじめ用意してあったこいつに気配が移動したのか!?
い、いや、違う!こ、こいつは、まさか………!
気配が同じ。
つまりこの口と先ほどの化け物は同一の個体ということだ。化け物の気配は俺が間違いなく消した。だというのに、この口にも同じ気配が宿っている。
はっきり言ってこれは絶対にあり得ない状況だ。気配殺しで消した気配はどんな理由があっても復活することはない。体が消えたからといってその気配がこの口に流れ込むことなど絶対にあり得ないのだ。
であれば、どうしてこの口は化け物と同じ気配を持っているのか。
理由は簡単だ。
それはつまり。
………こいつの能力は食らったやつの能力と姿を奪うことじゃない。それが可能な分身を作り出すことだったんだ!
つまりこの口こそがファーストシンボルの本体。
俺に油断も慢心も、そんなものはどこにもなかった。ゆえにこの展開は完全にファーストシンボルが上手。俺の思考を読みきった上での起死回生の一手。それを今この瞬間にぶつけてきたのだ。
ま、間に合うか!?い、いや、間に合わせる!この際転移でも神妃化でもなんでもいい!あの口を屠ることができるのなら、どんな手段を使っててでも………!
俺はそう考えながら思いっきり地面を蹴る。俺とミストたちとの距離は百メートルほど。この距離なら本気を出せば光よりも速い速度で近づくことができるはずだ。
このままいけばミストはあの口に食われてしまう。そして瞬く間に、近くに倒れている妃愛も胃の中に入れられてしまうだろう。それだけは絶対に避けなければいけない。
ゆえに俺は今、この瞬間だけ神妃化を発動して二人との距離を一気に詰めようとした。
だが。
そんな必要は。
どこにも。
なかった。
「ッ!?」
湧き上がる気配。
凍ってしまうような冷たすぎる殺気。
それがミストの体から立ち上った。
そして、告げられる。
「………たかが『五皇柱』の分際で『魔人』の私を食らおうだなんて、随分と偉くなりましたね?」
刹那。
ファーストシンボルが消えた。
俺の目でさえ視認することが難しい速度でやつは切り刻まれた。ミンチなんてものじゃない。塵も残さず体を解体されてしまったのだ。
見ると、ミストの体には先ほどまではなかった透明な糸が複雑に絡みついており、それが息をするように蠢いている。その糸はファーストシンボルが完全に消滅したことを確認すると、跡形もなく消えてしまった。
「え、あ、お、お前………そ、その力………」
「あなたもですよ、ハク。あなたも私の力を過信しすぎです。確かにあんな本体を残していたのは意外でしたが、だからといって不意を突かれるほど私は弱くありません。たかだか五皇柱程度の存在に殺されるわけがないんですよ」
「あ、ああ、そう………」
なんというか呆気にとられてしまった。
い、いやまあ、ミストも戦える力があることは理解していたが、それでもまさかここまでとは思わなかった。下手をすると素の状態だとそれなりに本気を出さないと勝てないかもしれない。神妃化という恩恵を使わなければあの糸にいつ首を落とされてもおかしくない、と俺は思ってしまったのだ。
実際は首を切られただけじゃ俺は死なないし、気配殺しや瞬滅の生成、その他神宝もあるのでこのままでも負けることはないだろうが、ほんの一瞬だけ本当に命の危険を感じさせる攻撃をミストは俺に見せつけたのだ。
するとミストは気だるそうに白髪の前髪をかきあげてあくびを吐き出すと、俺を睨みつけながらこんなことを呟いてくる。
「さあ、久しぶりの戦闘も終わりましたし、もう一度食事の再開といきましょうか。あんな中途半端なディナーは世界中の人間が許しても私が許しませんわ」
「え、ちょっと………。い、いやまあ、それは別にいいけど、それだけ?この戦いに関して掘り下げるとか、そういうのしないのか?」
「そんな必要ありませんよ。そもそもこの戦いは単純に五皇柱と戦っただけです。誰の差し金でもありません。強いて言えば黒包が原因というところですかね。まあ、とはいえこのまま解散というわけにもいかないでしょう、それを含めてもう一度ディナーの続きをしようと言っているのです、そのくらい悟ってください」
「あ、その、すまん………」
な、なんで俺はこんなに弱気になってるんだろう………。なんていうかファーストシンボルを一瞬で消滅させたミストを見てから、なんか別人を見てるかのような感覚が頭に走ってる………。
「鏡さんは別室を用意しますので、そこで寝かせておきましょう。まあ、もしそれでも心配だというのなら、鏡さんが寝ている部屋で食事をしても構いません。………まあ、何はともあれ場所を変えましょう。いくらファーストシンボルが自分の姿を隠して戦っていたとはいえ、これだけの騒ぎを惹き起こせば少なからず噂程度の情報は広がってしまうもの。一般人へのケアはもちろん、情報の整理も行わなければいけません。それ全てをひっくるめたディナーです。いいですね?」
「………あ、ああ。も、もちろん………」
とまあ、なんだか釈然としないまま話が進んでしまったのだが、この時を持って俺とファーストシンボルの戦いは幕を下ろした。こんなにも煮え切らない結末は初めてだったので、なんを言っていいのかわからないのだが、とにかく全員無事でよかったと言っておこう。
だがこの後。
ミストから語られる真実に俺はまた驚かされることになる。
次回はミストとの会話を明らかにします!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




