第十七話 別の結末
今回はとうとうハクたちが図書館の中に潜入します!
では第十七話です!
「ご足労いただき感謝致します。鏡妃愛さん、そしてそのお兄さん。こんな夜更けにお呼びだてしてしまって申し訳ございません」
「………俺のこと知ってるってことは、昼間俺を見てたのはお前か?」
「いかにも。無粋だと思いましたが、あなた以外、あの場で皇獣たちを殺せる肩がいませんでしたので少々観察させていただきました。どうかお許しを、これも仕事ですので」
「ど、どういうこと、お兄ちゃん………?ひ、昼間は買い出しに行ってたって………」
俺はあえて妃愛の言葉を無視しながら目の前に立っている女性に視線を向け続けていた。黒い髪、黒い瞳。夢乃と名乗った少女にそっくりな顔立ちに抜群のスタイル。夢乃が来ていた服をそのまま大きくし、なおかつ装飾を付け加えたような服。
まあ、言ってしまえば日本人の顔に日本時ではない体をくっつけたような美人が俺の前に立っていたのだ。
遡ること数分。
俺と妃愛は夢乃に連れられてこの図書館の中に招き入れられた。かなり高台に設置されているこの図書館は、近づけば近づくほど人気が無くなっていき、到着する頃には俺たち三人だけという奇妙な状況が作り出されていた。
だがそんなことよりも気にすべきはこの図書館の外観および内装である。
まず十メートルはあろうかという縦に伸びたその建物は全面白塗りの窓がない作りになっており、もはや灯台か何かかと間違えてしまいそうな形をしていた。加えてその内部は壁一面に巨大な本棚とその中に入っている大量の本たちが顔を出しており、どうやって積み上げたのかもわからないような光景を俺たちに突きつけていたのである。
記憶をなくしているとはいえ、俺よりもはるかに長い時間をこの地域で生きている妃愛であってもこの場所は知らなかったらしく、終始目を回しているようだった。
だがそんなことよりも、今の妃愛に襲いかかってきている感情は恐怖が大半を占めている。化け物の話を持ち出された上に、俺がついて来ているとはいえ、来たこともない場所に案内されているのだ。それも図書館という性質上、光は極限まで絞られよるであることから日の光だってない。そんな薄暗く不気味な場所に通されれば嫌でも恐怖を覚えてしまうだろう。
そして今に至る。
そんな図書館の中心部。唯一人工的に作り出された電気の灯りが灯っている場所に俺たちは案内されていた。そしてそこに一人で佇んでいたのが、この女だったというわけである。
まあ、言わずもがなこの女は危険だ。気配や魔力の類はそれほど強大ではないが、確実に一般人ではないオーラを放っている。それも血の匂いのついた嫌なオーラを。
ゆえに俺はこの女の動き全てに警戒しながら口を開いていく。確かにこの女は危険だが、同時にかなり色々なことを知っていると俺は睨んでいた。夢乃がわざわざここに招いたこともあるが、それ以上に俺の本能がそう告げていたのである。
「………仕事、か。それは『真話大戦』ってやつに関係があるのか?」
「夢乃が言ったのですね、それを。あまりお喋りなのは感心しませんが、まあ、その程度の情報であれば問題ないでしょう。私たちとしましては知りうる全ての情報をお話しなければいけない立場にあるのですから」
「す、すみません………。以後気をつけます」
「そうしてください。………話が逸れましたね。あなたの質問に答えるとすれば当然イエスであると私は答えるでしょう。ですが、少々間違っているところもあります。私たちが管理しているのは『神話大戦』ではありません。『真話対戦』です」
「は?そ、その三つに何の違いがあるって………」
「神の戦争と呼ぶべき『大戦』ではなく、私たちが運営しているのは『真の対なる戦い』なのです。戦争を引き起こすわけではありません。あくまで『戦い』という小規模なものなのですよ」
いきなり核心をつくような台詞をこの女は俺たちにぶつけてきた。
真話対戦。
この女は自分たちが関わっているものが真話対戦だと、そう告げた。
その言葉は語呂だけ聞いていれば俺以上に馴染みの深い人物はいないだろう。神に選ばれ、世界に選ばれ、数多の戦いを潜り抜けてきた俺にとってその言葉はもはや切っても切り離せないものになっているのだ。
まず、神話大戦。
俺の知る限りこれはリアが神々とぶつかった戦いだ。リアがあまりに怠け、神々の怒りをかったことで巻き起こった神話上の戦い。十二階神たちが中心となってリアの力を半分位引き裂くことで終結した戦争だ。
そして真話大戦。
これは俺とアリスが神妃、二妃抹殺をはかる生き残った十二階神たちと繰り広げた戦争だ。結果的にアリスは消え、俺が完全なる神妃として誕生することで終わりを迎えた今となっては俺の人生のターニングポイントになったであろう出来事と言える。
そして新話大戦。
この戦いは俺がアリエスたちがいた異世界に飛ばされて星神を倒すまでの戦いだ。別に俺たちがこの戦いをそう名づけたわけではないが、俺たちを英雄ともてはやす異世界人が勝手にそう命名したらしい。
だが、だ。
この女が言っている「しんわたいせん」は前述した三つのどれでもない。そもそも漢字が違う。この女が言っているのは「大戦」ではなく「対戦」。つまり戦争にまで発展しないバトルということになる。
そんな名前がつけられた戦いは俺も聞いたことがない。そもそもこの女が「しんわたいせん」という語呂を知っていること自体驚きなのだ。この言葉は俺やリアの事情を知らない者には絶対にわからない言葉。それが異世界で知れ渡っているということ自体奇妙な話なのだ。
ゆえに俺は気になっていた。警戒しなければいけない人物だということはわかっている。だがそれよりもどうしてこの女がその言葉を知っているのか、それが気になってしょうがなかったのだ。
すると、その女は不意に視線を外して体の向きを変えると、近くにあった本棚から一冊の本を取り出してそれをゆっくりと開いていった。そして同時にこんなことを語ってくる。
「………お二人は『神妃』というものをご存知ですか?」
「………いや」
「知りません………」
「神妃というものは、かつての神々がまだこの世界に生きていた時代に、その中で最も力を持っていた存在です。神々の中の王とでもいうべき存在ですね。そんな神妃とその他の神々が引き起こした戦争こそが『神話大戦』です」
「………」
まさかだった。
ここでこの女の口から神話大戦について語られるとはさすがの俺も思っていなかった。だがこれにより、この世界にも神妃という概念は存在していたことが明らかになった。
俺たちが住んでいるのは始中世界という究極神妃が用意した特別な世界だ。最近では俺たちが住んでいた現実世界とアリエスたちが住んでいた異世界の二つを合わせて始中世界と呼ぶようになってきている。理由は簡単で、リアが異世界の記憶庫をあさっている時にそのような記述が出て来たからだ。
そのため、俺たちの世界は他の世界と違って色々と特殊かつ特別であることがうかがえる。そしてさらに言えば、始中世界以外の世界は全て俺たちが知っているリアが作り出したという事実が確立されているのだ。つまり、この世界もアリエスが向かった世界も、別の俺が存在していた世界も、そのどれもがあのリアが作り出した世界ということになるのだ。
とはいえ、リアがやったことは世界がどんどん作られるようなシステムを作っただけ。ゆえに他の世界に神妃という存在が生まれないなんて定義はどこにもない。だからこそ別世界の俺や別世界の神妃、似たような事件や戦いが引き起こる可能性があるのである。
そしてどうやらこの世界も、限りなく俺たちが住んでいた現実世界に似た世界線をたどっているようだった。そもそも神話大戦を神妃が引き起こしたという時点で、世界の根源が類似しすぎている。世界創生の根源であるその事象が俺たちとほぼ同じであった以上、この世界が俺の知っている世界に似ているのはもはや必然と言えるのだ。
だからと言って。
ここで「はい、神妃について俺はめちゃくちゃ詳しいです。というか俺が神妃です」なんて言えるわけがない。それは余計に自体を混乱させるだけだし、そんなことを言ってしまえば妃愛にも迷惑がかかってしまう恐れがある。始中世界での俺の立場であればどんなことになってもどうにでもなるとは思うが、この世界における俺の立場と人権はないに等しい。であれば大人しくしているのが最良だろう。
だからこそ、俺はあえて無言を貫いていたのだが、そんな状況にまったくついていけていない人物が一人だけ存在した。それは言うまでもなく………。
「し、神話大戦?神妃?な、なんの話をしてるんですか………?」
「………その様子ですと、鏡さんは本当に何も知らない状態で皇獣と遭遇してしまったのですね。皇獣は基本的になりふり構わず人間を襲う生き物ですが、無関係な方々を巻き込んでしまった責任は私たちにあります。どうかお許しください」
「え、えっと、そ、それもどういうことですか………?」
「妃愛。詳しい話は後で俺が説明する。今は少し黙っててくれ。怖かったら聞かなくてもいいから」
「え、で、でもお兄ちゃん………」
「で、なんでここでその『神話大戦』って単語が出てくるんだ?そもそもこの時代に神を語る奴なんて頭がおかしいとしか思えないぜ?オカルトにもほどがある」
「………本当にそう思ってらっしゃいますか?」
「………どういう意味だ?」
「簡単な話です。今、この場にいる鏡さんが嘘をつけるほど器用な人物だとは到底思えません。であれば、昨晩皇獣たちを一瞬で葬り去ったのはあなた以外にいないということになります。そんな皇獣を倒せるあなたが今更神の存在やオカルト的思考に疑問を持つとは考えられません」
「………見よう見まねでその皇獣とやらを倒したかもしれないぞ?」
「見よう見まねで私の監視魔を殺されていては私の立つ瀬がありません」
「………」
「………」
………ちっ。面倒な言い回しをしやがる。
つまるところ、こいつは俺が一般人ではないないことに確信を持って話してきている。それも俺の先手を常に取るような言葉遣いで。
だがこうなってしまっては嘘をつき続けている理由はない。ある程度あちらの言葉を認めながら会話を進めていくしかないだろう。
「………だったらどうしてその俺にお前たちは『神話大戦』なんてものの話を振る?俺が皇獣を倒そうが倒さまいが、お前たちには関係ないだろう?」
「関係ない話を私たちがすると思いますか?」
「思わない。だが逆に勝手に巻き込むなと俺は言いたい。俺はともかく妃愛は一般人だ。一般人を血なまぐさい場所に引き摺り込む権利はいくらお前たちでも持っていない。違うか?」
「その通りです。ですから私たちがお二人をここにお招きしたのはあくまでもお二人をお守りするためです。決して巻き込むようなことはいたしません。昨晩の騒ぎはこちらの不手際でしたが、あれを見せてしまった以上、一定の事情説明とこれからの方針についてお話しなければいけないと思ったまでです。夢乃はそれでも先走りすぎていたようですが」
「………」
その言葉に夢乃はもはや口を開くことさえしなかった。申し訳なさそうに顔をうつ向け、暗い表情で口を閉じている。この二人の間にどんな関係があるのかわからないが、部外者である俺が口を挟める問題ではない。
ゆえに俺はそれを無視して会話を続けていく。
「そのための『神話大戦』ってことなのか?話が飛躍しすぎてまったくついていけないが、それも俺たちを守るためだと受け取っていいのか?」
「はい。ただこの話を話すときは皆さんあなたと同じような顔をなされます。自分でも突拍子のない話だとは理解していますが、これはこの先のことを語る上でどうしても外せないのです」
「なら、さっさと話せ。あまりこの場所に妃愛を置いておきたくない」
「では、続きを。『神話大戦』は神妃と神妃が作り出した神々が巻き起こした戦争です。その戦いは長く、長く続き、一つの結末を描き出しました」
「一つの結末?」
俺が知る限り神話大戦の結末は神々も大半が生き残り、リアも力を二つに切り裂かれるという中途半端なもので終わったはずだ。その結末を一つの、とはとてもではないが言えるものではない。
だがこの女は。
そんな俺の想像をはるかに超える言葉を口にしていったのだった。
「『神話大戦』は神妃と全ての神々が死ぬことによって終幕を迎えました」
次回はさらにこのお話を掘り下げていきます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




