表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
861/1020

第五話 忘れた再会

今回はようやくハクが登場します!

では第四話です!

「はあ、はあ、はあ………!」


 何も考えられない。

 逃げろ、逃げろ、逃げるんだ!

 逃げなければ殺される。あの、首から下を無残にも食い殺されていた女の人のような末路を辿ることになる。内臓を引きちぎられ、もはや死体なのか、ただの肉塊なのか、それすら判別できないような状態にされてしまうのだ。

 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 痛い、痛い、痛い!

 傷を負っているわけでも、実際に食われたわけでもないのに、痛い。いじめなんかとは比べものにならない命の危険。その恐怖が私の体と心に痛みを走らせてきている。

 なぜこんなことになったのか。どうして私がこんな目に合っているのか。それを考えている暇はない。なにせ、逃げなければ殺されるのだ。なぜ、どうしてという原因を考えていては、すぐに殺されてしまう。

 そんな予感の下、私はひたすら走り続けた。住宅街の道路を回り込むように蹴り続け、近くまで迫っていた自宅の勝手口からその中に進入する。足を使って思いっきり蹴りつけたドアはバキッ!という音を立てて私を家の中に向かい入れてくれた。

 そしてすぐに鍵をかける。

 ドアに向かって背中を当てて大きく息を吐き出しながら私はへなへなとその場に腰をおろしてしまった。


「はあ、はあ、はあ………。な、なん、なの、あれ………!?………ひ、人が、食われて、う、うぷっ!?」


 思い出してしまう。

 赤い血。

 それが辺りに充満して、ただの血液ポンプになてしまっている人の残骸を。あんなものが人間であるはずがないと必死に思考を否定するが喉の奥から駆け上がってくる吐き気は収まらない。それどころかどんどんそれはひどくなっていき、とうとう口の中から吐瀉物を吐き出してしまった。

 床に広がる嘔吐物。それは酸っぱい臭いを発しながら勝手口の外にまで流れ出ていってしまう。多少なりとも身だしなみに気を使う年頃のはずの女子中学生が、十四歳にもなって吐瀉物を家に撒き散らすなんてみっともない。おそらく学校のみんなが今の私を見れば全員がそう思うだろう。月見里さん辺りであれば、あらたないじめのネタにしてくるかもしれない。

 だが。

 こうなることは必然だった。

 ドラマやアニメでさえ目を背けてしまうようなグロテスクな光景。それをリアルで、五感すべてを使って感じ取ってしまった暁には、人間は人間で亡くなってしまう。

 心臓を握りつぶしてくるような恐怖は何をしても拭うことはできず、それどころか普段は何不自由なくできるはずのことを、何もできない状態に変えてしまうのだ。


「はあ、はあ、はあ………」


 荒い呼吸が空間に響く。

 家に入ったからといって安心できるわけがないのだが、この時の私は一瞬だけ気を抜いていた。あの獰猛な鳴き声は聞こえないし、一瞬しか目があっていない以上、私を追いかけることは不可能。

 そう思った私は、流れ出る汗を手で拭きながら迫り来る恐怖をなんとか振り払おうと深呼吸を始めていく。吸って、吐いて。吸って、吐いて。うるさかった心臓が次第に落ち着きを取り戻し始め、静かな空間が戻ってきた。


 と、思った瞬間。

 びちゃ。

 びちゃ、びちゃ。

 びちゃ、びちゃ、びちゃ。


「………ッ!?」


 目を見開く。

 でも動けない。

 新たな恐怖が私を縛り上げ、呼吸することすら忘れさせてしまう。

 あり得ない。あり得ない!

 あれほど原因は考えないと誓ったはずなのに、なぜ、どうしてという疑問が湧き上がってきてしまう。

 どうして追ってくるの!?どうして私が狙われてるの!?どうしてこの場所がわかったの!?

 だめだ。………だめだ、だめだ、だめだ!

 逃げなきゃ。逃げなきゃ今度こそ殺される。

 そう思った私はもう一度足に力を入れて立ち上がろうとする。萎縮して固まっていてもこれは私の足だ。であれば考え方次第でいくらでも動く。

 が、そう思った次の瞬間。


「グギャアアアアアガアアアアアアアアアアアアアア!!!」


「ぁ、っ、ッ!?」


 声すら出なかった。

 座り込んだ私の頭上。ほんの数センチ上。

 木造のドアをぶち破るようにして突き出された異形の顔。血なのか、それともこの化け物の唾液なのか、それすらよくわからない液体が私の顔に滴ってくる。

 だがそれがトリガーになった。

 まるで赤ちゃんのように四つん這いで動き出した私は、そのまま立ち上がってなんとか床を蹴って家の中に入っていく。できるだけ分かりにくい場所に、できるだけ複雑な部屋に、とにかくあの化け物をかき乱すように動き回っていく。

 だがそんな私を威嚇するように、またあの化け物は雄叫びをあげた。


「ガアアアアアァァアァキャアアアアアアアアアアアアアァアァァアアアァ!!!」


「ッ!?」


 その雄叫びはどういうわけか空気をあり得ないレベルで振動させ、私の行く手を阻むように大きな衝撃波を放ってくる。衝撃波は私の隣をかすめるように通過し、目の前にあった大きな鏡を一瞬で砕いてしまった。

 まさに異次元。

 まさに規格外。

 こんな生き物見たことも聞いたこともない。

 たかだか雄叫びだけで物を壊せる生物など、どんな有名大学の教授でも知らないだろう。

 でも。

 今。

 私は。

 その化け物と対峙している。

 それがどんなにおかしな現象だろうと、これが現実だ。

 であれば必然的に体は勝手に動く。


 逃げなきゃ、逃げなきゃ!

 どこに隠れればいいの!?どこに逃げればいいの!?わからない、わからない!で、でも動き続けなきゃ!そうじゃないと………。


 殺される。


 何度も心の中で呟かれた言葉が、今一番重たく私にのしかかってきた。

 そしてついにその化け物の足が動き出す。だが気がついた時には、すでに私の足から赤い血が滴り落ちていた。


「え………?」


 もがれたわけではない。

 なくなっているわけではない。

 薄皮の一枚が切り裂かれただけ。

 でも、あと数センチ横にずれていたら。もしその間合いに私が入ってしまっていたら。

 間違いなく私の足は今頃あの化け物の胃の中だ。

 そんな化け物の様子を確認するために私は思わず振り返ってしまう。化け物と私がいるのは大きな渡り廊下だ。その化け物が私の視界から一瞬にして消えた。鋭い爪を私に向けながら私の隣を通過したのだ。

 その際に私の足は切り裂かれた。今起きた現象はたったそれだけ。ゆえに私の背後にその化け物はいる。

 だが私の目に飛び込んできたそれは私の恐怖をさらに駆り立ててしまうものだった。


「………な、なに、を、た、べて………ひぃっ!?」


「グルルルゥゥゥゥ………」


 目があった。

 化け物の目ではない。

 化け物の口からはみ出ている誰かの顔。人間であったはずの顔。その中にはまっている地に濡れた眼球。瞳孔が開かれ、涙に濡れているその目と、私の視線は激突した。

 ………違う。違う、違う、違う、違う、違う!これは何かの間違い。あんなに簡単に人が死ぬはずが………。

 この後に及んで現実逃避。命の危険が迫っているこの瞬間にすべきことではない。そもそもこれが現実だということは私が一番わかっているそのはずなのに。

 そんな理性を恐怖の波が押しつぶした。

 でも、体はまだ動く。


「くっ………!」


 私はそのまま渡り廊下の横に伸びている少し大きめの部屋に入り込む。そこはいわゆるリビングでそれなりに身を隠せる家具が揃っている場所だった。そのリビングの床に体を打ちつけながら姿勢を低くして身を隠す。ソファーの後ろに体を隠しながら気配を殺していった。

 だが、どういうわけかあの化け物は私の居場所がわかっているかのように真っ直ぐリビングへ侵入してくる。びちゃびちゃと血を床に撒き散らしながら妙に落ち着いた足取りで部屋の中に入ってきた。

 こういう場合、どこかに隠れ続けるのが一番得策だ。見つからなければそのまま逃げ切ることができる。

 だが今は無理だ。

 この化け物はどういうわけか鼻が効く。一箇所に止まっていればすぐに食い殺されるだろう。だから相手にバレないように隠れながら動き続けるしかない。

 それが今の私に取れる最良の手段だった。

 しかし。

 そんな私の考えは一瞬にして打ち破られてしまうことになる。


「グググ、グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


「ひあぁっ!?」


 声が出てしまった。

 違う。

 誘導された。声を出してしまうように。

 女であれ男であれ、極度の緊張状態におかれると恐怖のあまり声が出なくなる。しかし突発的な恐怖は人間お体を反射的に動かしてしまう力があるだ。それは思考ではなく脊髄反射。それを誘発させられた。体が動けば、自然と声も出る。心臓から送られる血液の量が一瞬だけ増加し、しゃっくりのような声が喉の奥から発せられてしまう。

 ゆえに見つかった。

 私の声に反応した化け物はソファーの上に飛び乗って私の頭上から鋭い牙を覗かせてくる。

 だがここで私は近くにあったコップをその化け物に投げつけることに成功した。どうやら先ほどの雄叫びのせいで、テーブルに乗っていたコップが地面に落ちたらしい。

 とはいえそんな攻撃がこの化け物に効くはずがない。コップは化け物の顔に当たって砕け散ると、周囲に破片を撒き散らしていく。

 だがそれがその化け物に一瞬の隙を作っていく。いくら常識を逸脱した化け物とはいえ、私の位置を的確に探り当ててくるような知能がある以上、予想外の出来事が起きれば反応してしまうのが道理だろう。

 ゆえにその隙をついて私は逃げ出した。

 今思えばこんなことになるなら家に逃げ込まなければよかったと思ってしまう。こんな閉鎖された空間に逃げ込めば袋の鼠も同然。捕まるのは時間の問題で、逃げ場を失いことは明白だ。

 とはいえ、逃げ込んでしまった以上、もうどうしようもない。私はそんなことを考えながらドタバタと二階への階段を駆け上がると、その中でも一番奥に設置されていた私の部屋の中に飛び込んでいった。

 この部屋は唯一、二階の窓から脱出可能な場所なのだ。隣の家の屋根が近くにあり、頑張れば飛び移ることができる。

 ゆえに私はその窓に近づくとそのまま窓枠に手をかけて逃げ出す準備を始めていった。いくらあの化け物でもさすがに部屋の中から忽然と消えてしまえば追ってくることはできないだろう。

 そう私は考えたのだ。


 でも。


 でも。


 忘れていた。


 私が窓から逃げようとしているのと同じで、侵入する側にとってもその場所は非常に便利なのだと。


 それに。


 一体。


 いつ。


 あの化け物が一体しか存在しないと証明したのだ?


 次の瞬間。


「ッ!?きゃああっ!?」


 私は得体の知れない衝撃波によって部屋の壁まで吹き飛ばされてしまう。背中を思いっきりぶつけたことによって肺の中の空気が全て抜け出てしまった。それにより体の自由がか効かない。

 と、その時。

 悪夢が私の降りかかった。

 目の前にいたのは今は一階にいるはずの化け物。

 それが三体。

 そのどれもが体を血に濡らしていて、私の肉を求めるように唸り声をあげている。

 そしてさらに。


「ギュエエエガアアアアアアアアアアアアアア!!!」


「なっ!?」


 追いつかれた。

 一階にいたはずの化け物もこの部屋にやってきてしまったのだ。

 つまり。


 万事休す。


 逃げ場すら失い、立つこともできず、ただ殺されるのを待つだけの状況。そんな絶望的な光景が出来上がってしまったのである。

 それを理解した瞬間、私は自分の下腹部が濡れていることに気がついた。だがそれは自分の意思ではない。あまりにも濃密な恐怖に襲われたせいで、体が勝手にそうさせてしまったのだ。

 だがそれにより私の目から光が消えた。

 目の前に迫っている死を半ば受け入れてしまったのだ。

 悲鳴をあげたところで誰も助けに来てくれない。私に家族はいないし、友達だっていない。だから諦めるしかない。死にたくないけど、死なないといけない。

 だって。

 何をしても。

 私は殺されるんだから。

 それが私が最後に下した結論だった。

 



 しかし。


「ッ!?い、痛い………!あ、頭が、ううぅ、な、なに、これ………!?」


 急な頭痛に襲われた。

 そして流れ込んでくる誰かの「記憶」。

 金色の髪に赤い瞳。そんな誰かに私は頭を撫でられている。暖かな、それこそ家族だけが持っているようなその笑顔は最後まで私を大切にしてくれていた。

 と、同時に流れてくる別の「記憶」。

 両手が真っ赤に染まっていた。血の臭いも覚えている。そして目の前に倒れている二人の人間。


 そして。

 そして。

 そして。


 その瞬間。

 私に生への欲望が戻った。


「いや………。いや、いや、いや!だ、誰か、誰か、誰か助けて!」


 しかし。

 もう遅い。

 その化け物たちは一斉に私に飛びかかってきた。鋭い牙が私の肌に突き刺さり、赤い血を滲ませていく。それによって私はただの肉塊に代わり、惨めな死を迎えるのだ。

 そんな最期を私は予感した。

 でも、私の喉は叫び続ける。


「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」





 と、その時。

 空間が割れた。

 私の頭上に大きな白い穴が現れ全てを吹き飛ばすような風が吹き荒れる。

 でも、どういうわけか私は無傷だった。


 そして「その人」は。

 この世界に降り立った。




「があっ!?い、痛ってえええ!?こ、腰!腰打った!?お、おぉぉ………。こ、腰が、痛い………」




 その人は私の目の前に降ってきた。床に腰を強打させながら。

 そして目が合う。

 綺麗な赤い瞳に金色の髪をなびかせた青年と目があった。


 だがその瞬間。

 私は私にも意味のわからない言葉を呟いていた。




「お、お兄ちゃん………?」




 この出会いが私の人生を、過去を、今を、未来を変える。

 でもまだこの時はその事実にまったく気がついていなかったのだった。


次回はハクの視点でお送りします!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ