第八十五話 血塗られた遺跡の中で
今回は第五神核のお話です!
では第八十五話です!
地下空間にある遺跡。
それは俺たちを招きつつも神核の過去を語った上で絶望を突きつける。開かれた扉の奥からは血生臭い匂いが立ち込め、壁の至る所には血痕のようなものがべっとりとこびりついている。それは確実に太古の昔につけられたものなのだが、それは今もなお酸化しておらず、煮え切るような赤色のままだった。
俺とキラはその通路をただ只管に突き進む。靴の裏には赤い血が付着し足を滑らせ、血の匂いは俺たちの頭をくらくらさせる。
壁には先程の壁と同じように第五神核と思われる壁画とよくわからない文字が並んでおり、その隙間からは溢れ出るように赤い液体が零れ落ちている。
「不気味な空間だな………」
俺は誰に問いかけるわけでもなく、徐に呟く。
「よほど憎悪が籠っているようだ。部屋自体が悲鳴を上げている。これはとてつもないものを隠していたな」
キラは顔をいぶかしげな表情に変えながらそう口を開いた。
確かにこの空間は先程の部屋とは別の空気感になっており、殺気よりもどす黒い感情がにじみだしていた。悲鳴や怒号、罵倒や愚弄、様々な負の感情がこみ上げ俺たちの肌をずきずきと叩きつけてくる。
それは第五神核の感情なのか、はたまたあのメッセージを残したものの感情なのか。それは俺たちでは計り知れないが、一つ言えることは確実にこの部屋は人間の存在を歓迎していない。
それがひしひしと伝わってきて少しだけ心が痛んだ。
この部屋を作った奴は一体どのような思いでここを作ったのか。そして第五神核は一体どれだけの悲しみを背負ったのか。
それを考えたら俺は何とも言えない気持ちになり、知らずのうちに使い慣れた愛剣、エルテナの柄をそっと撫でていた。
そしてようやくその血塗られた道は終わりを見せる。
たどり着いた空間は壁画が一面に張り巡らされており、その全てに赤い液体を使った大きな文字が、まるでバケツ一杯に入ったペンキをぶちまけたように書かれていた。
「こ、これは………」
キラがその光景を見て珍しく口ごもる。そのあとキラは自分の体を軽く抱き寄せ言葉を紡いだ。
「…………どこまで荒めばこのようなことになるのだ」
俺はそのキラの言葉に頷きも答えもせず、その壁に書かれていた文字をできるだけゆっくりと呼んでいった。
『なぜこんなことになったの?私がなにかした?なんで人類は私を攻撃するの?そもそもなんで私がこんな人類を守らないといけないの?誰か教えて教えてよ!もう腕も髪も足も体もない。世界はなんで私を生み出したの?なんで、なんで、なんでなの!私はこんな生き物と呼べない姿になっても死ねない。お願いだから誰か私を殺してよ!もう頭もろくな思考が働かない。どうすればいいかわからない。私は悪くない、そう、悪くないの。すべて悪いのは人類なの。だから私は悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない………。悪いのは人間、そうでしょう?だったら復讐くらいしてもいいわよね?ねえ、いいわよね?アハハハハハハハ!そう思ったらなんだか楽しくなってきちゃった!少しだけ人類に復讐するわ。そうねえ、血液だけは残して体は食べちゃいましょう。そうすれば人間も許してくれるわよねえ?いい、いいわ!こんな胸の高鳴り初めて!アハハハハハハハハハハハ!少しだけ、少しだけ、私を楽しませて?それで生きていられるかはわからないけど。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』
それは一言で言えば狂っていた。狂って狂って、狂いまくって頭のネジが完全に飛んでいた。
しかしそれも頷ける気がしている自分がいる。
おそらく、この第五神核は俺たちが想像もできないような苦悩を抱え、ひどい仕打ちを受けたのだろう。それが神核を狂わせた原因であり、この遺跡が作られた理由のようだ。
しかしなぜ、この場所なのだろうか?
朝の情報誌によれば第五ダンジョンはオナミス帝国のさらに奥に存在している。そのダンジョンの神核がなぜこのエルヴィニアにこのようなものを残したのか、それは俺の頭の中で大きな疑問になっていた。
すると先程、アリエスたちが待っている部屋にて聞こえてきた、あの声がもう一度俺とキラの頭の中に鳴り響いた。
『われわれは恩恵を頼りすぎた。その結果、なんの罪もない神核を傷つけ、絶望へと追いやったのだ。われわれはそのことを一生悔いているし、忘れもしない。その後は神核の復讐が始まった。神核はダンジョンに入ってくる人間を一人残らず虐殺した。それはいつの間にかダンジョンの床を血で濡らし、巨大な池を作り上げるまでになった。われわれはこの惨劇を二度と繰り返さぬよう、この遺跡を作り出した。この場所は世界の中心に一番近い。恩恵も多く、その当時住んでいたエルフに無理を言って作らせてもらったのだ。しかしそれすらも神核は気づき完成目前のところで神核の侵入を許してしまった。これがこの遺跡の全てだ。これを見たものはできるだけ多くのものに広めてほしい。願わくばあの第五し……か……かく……を…』
その声の最後のほうは掠れてしまいよく聞き取れなかったが、言いたいことは理解した。
やはりあの情報誌に載っていたように第五神核はかなり危険なようだ。それは人類自ら引き起こしたことではあるが、それでも今を生きる人間に罪はない。
いずれ戦うことにはなるが、そのときまで誰も殺さずにいてくれるのを願うしかない。
「妾はこのような事実知らなかった。無知というのは時に辛辣なものだ………」
キラはその音声を聞き終わると、感情の籠っていない声でそう呟いた。
俺はその落ち込んでいるキラの体を抱き寄せると、そのまま頭をなでながらこう話しかけた。
「別に誰もお前を責めはしないよ。いくら世界創成期直後から生きていていても、お前もお前なりに必死だったんだ。むしろ精霊の長としてよく頑張っていたと俺は思うぞ。だからお前も自分を責めるな。この現実はほかでもない人類すべてが背負うものだ。いずれ戦うことになるかもしれないが、そのときはしっかりと向き合って戦おう。俺たちにできることはそれしかない」
キラはそのまま俺のローブに顔をうずめると小さくコクリと頷いて俺に体重を預けてきた。
キラとしては自分の力があれば第五神核を救えたかもしれないと思っているのだろう。しかしそれは傲慢というものだ。過去の現実を知らなかった俺たちにはそんな考えは許されない。
そんな俺たちはしばらくその部屋を見渡して記憶の貯蔵庫に書き留めると、アリエスたちが待つ神核の宝玉をはめた部屋まで戻ることにした。
正直いってこの部屋を壊してしまおうかと考えなくもなかったのだが、一応この遺跡はエルヴィニアの敷地内に存在している。それを悲惨な過去を映した部屋だ、という理由で勝手に壊していいものではないだろう。
幸い第五神核がダンジョンの外に出て人間を襲っているという情報は今のところ耳には入ってきていない。とはいえダンジョンに入ったものは問答無用で殺しているようだが、とりあえずはこのエルヴィニアの神核を倒すのを優先するのが先決だ。なにせこちらの神核は明らかに俺たちに対して敵意を向けてきているのだから。
それにしても第五神核が急に力をつけたというのは、かなり妙な話である。
そもそも神核は世界に作られた世界の五大要素だ。それが成長という不確定な属性を持ち合わせているはずがない。であれば何かによって力を与えられたか、何か強力な武器や宝具を手に入れたか、という選択に絞られるが、それに関しては今のところわからないのが現状だ。
ということで今見た内容は衝撃的ではあったが、頭の片隅に置いておいて、アリエスたちのもとに帰還する。
俺たちはその後五分ほど歩いて例の部屋まで戻った。
すると顔に、心配、という文字がわかりやすく浮かんでいるアリエスと目が合った。
「あ、ハクにぃ!どうだった、中の様子は?」
アリエスはそのまま俺の腰に飛びつきそう問いかけてくる。俺とキラはその顔を見て後にお互い目を合わせ、一度だけ息を吐くとできるだけ笑いながら返答した。
「後で話すよ。今は早くこの空間からでよう。あまり空気がいいところじゃないしな」
先程まではこの奥の扉が閉じられていたためそうでもなかったのだが、今は内部の血生臭い匂いがあふれ出し、遺跡内部に充満している。
「そうですね。これは帰ったら服を洗濯しないといけません。ならばできるだけ早く帰りましょう」
シラが俺の意見に賛同して踵を返す。
「むう、確かにここはあまり長居はしたくないな」
と俺の隣にいるキラもその意見に同意する。おそらくキラの場合は、この匂いが嫌なのもあるだろうが、単純にこの遺跡には居たくないのだろう。まあ、あの光景を目に焼き付けてしまっているのなら無理もない。
俺たちはその二人に続くように、この遺跡を後にした。
外に出ればそこは完全に日が沈んでおり、気温も大分落ちており肌寒くなってきている。その頭上には今日も絶え間なく光り続けている星々が輝いており、暗闇の中にいる俺たちを照らしていた。
するとそこにドタバタと足音を立てて一人の女性がこちらに近づいてきた。
「あー!!!あなたたち一体どこに行ってたの!?ハルカちゃんが心配してたよ!」
漆黒の髪を揺らしながら近づいてきたのは、第三ダンジョンの門番であり、シーナの師匠でもあるルルンであった。
「あ、しまった」
俺の口は知らずのうちにそう呟いていた。
そういえば朝、俺はハルカになるべく遅くならないように帰ると告げて外出したのだ。それを考えれば、今の時間はあまりにも遅すぎる。であればハルカが俺たちを心配するのも当然だろう。
「すみません。ちょっと色々とあったもので………」
「もう、今度からは気を付けてね!」
ルルンは俺の目の前に顔をグイっと寄せると、俺の目をジッと見つめてそう口にした。
「ハクにぃが怒られてるのって珍しいよね」
「ええ、そうですね。なかなかに新鮮です!」
「確かに………」
アリエスたちが口をそろえて俺の今の状態を珍しんでいる。
いや、俺だって普通なら高校生だし、年上の人に諭されることもありますよ!
今までが異常だったんです!
『真話大戦を切り抜けておきながら、普通の高校生と言える主様にある意味感服するのじゃ………』
それ絶対に褒めてないよね?
俺はルルンの言葉にできるだけ大きくうなずくと、そのまま遺跡の扉を能力で無理矢理動かし施錠した。
「うん?今なにやったの?」
ルルンは俺の行動を不思議に思ったのか、そう尋ねてきた。
「知りたければ教えますが、お勧めしません。この下の空間にはかなりひどい光景が広がっていますので」
俺はできるだけ注意を促すように答えた。
「うーん、一応教えてほしいかな。私もそんな階段見たことなかったし、明らかに近づいたらまずいと思って近寄らなかったんだけど、やっぱり私このダンジョンの門番だから、危険なところがあったら知っておきたいんだよね」
確かにエルヴィニアにこのような場所があることはできるだけ知られないようにしたほうがいいし、そのためには協力してくれる人が必要なのも事実だ。
そう思った俺は、一瞬だけキラに目配せをすると、そのまま口を開いた。
「でしたら、ここではなくてハルカの屋敷で説明します。そちらのほうが落ち着いて話ができますから」
俺はその言葉とともにメンバーを連れて歩き出す。
ルルンは俺の返答に頷くと、そのまま俺たちついてきた。
俺は歩きながら、ハルカに対する長時間外出の言い訳を只管に考えていたのだが、それは余談である。
とある空間。
床は血にまみれ一切の光が入らない場所。
中央に置かれている、輝石だけが輝く特殊な狭間。
そこに佇む一人の女性は五体満足の体を動かしながら、艶やかにこう口にした。
「あの遺跡に入ったのね、異世界の神様は。さあ、それを見てあなたはどう思うかしら?ますます楽しみになってきたわ。早く来なさい、私はいつまでも待ってるから」
その声はその空間中に響き渡り、静かに消えていったのだった。
次回は少しだけ箸休め回になります!
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