第三話 腐った日常
今回は若干胸糞が展開入ります。ご注意ください。
では第二話です!
「お、おい!ど、どうしたんだ、鏡!?全身びしょ濡れじゃないか!」
「………道で足を滑らせただけ。気にしないで」
私は隣の席に座っている松城光輝君にそう呟くと、自分の椅子に腰掛けていった。そして「いつも通り」机の中を確認する。
するとその中にはとてつもなく臭い何かが奥の方に入っており、思わず声をあげそうになってしまった。とはいえこれを取り除かないことには今日一日が最悪なものになってしまうので、勇気を振り絞ってそれを取り出していく。
「………くっ」
まあ、あくまでここは中学校の校舎内だ。そんな空間で用意できる代物は橙決まっている。それも異臭を放つことのできる組み合わせなど一つだけだろう。
………牛乳が染み込んだ濡れ雑巾。古典的だけど、確かにこれは面倒臭い。はあ………。ティッシュ持ってきてたかな?
「ま、待てよ!またお前机の中、イタズラされてたのか?」
「そいうみたい………。まあ、もう慣れてるからいいけど」
「な、なんでそんな平気そうな顔………」
と、その時。
部屋の空気が一気に変わった。ガラガラと教室の扉が開く音と同時にとある女子生徒三人組が姿を現してくる。彼女たちは雨の日だと言うのに笑顔を浮かべながら声を上げて教室の中に入ってきた。
「ねえ、ねえ。昨日のテレビ見た?あれ、すっごく面白かったよねー」
「うんうん!すっごく面白かった!………あ!そう言えばさ。昨日お母さんがこんな雑誌買ってきてて………」
「えー!なにそれ!私も見たい見たい!後で見せて!」
一見どこにでもあるガールズトーク。だが、彼女たちの発する空気は異質だった。その姿がみんなの目に入った瞬間、誰も声を上げられなくなる。誰も彼女たちに文句を言うことはできなくなる。
朝っぱらから全身ずぶ濡れで投稿して着ている私がいたところで無視することしかできなくなってしまう。
そんな見えない力を持っているのが彼女たちだった。
別にライトノベルや少年漫画のキャラクターのように特殊な力が彼女たちに宿っているわけではない。そんなものがこの世界に存在しているとは絶対に思えないが、仮にあったとしても彼女たちはどこにでもいる女子中学生だ。
ただ。
以前、こんなことがあった。
とある女の子がいた。
その子は誰にでも明るく振る舞い、誰にでも好かれる女の子だった。可愛く、優しく、明るい。そんな女子の理想を詰め込んだような少女。
ゆえに当然のごとく男子にモテる。ホワイトデーの時にはあげてもいない男子から大量のお返しが帰ってきていたりしたりしていたほどだ。
だが彼女には意中の男子がいた。その男子はこの学校の中でもとても人気がある生徒で、この二人がくっつけばまさにお似合いカップルが成立すると誰もが思っていたほどである。
しかし。
そんな男子にもう一人思いを寄せいている女子がいた。
それが今登場した三人衆の中でも最も危険な月見里麗子である。彼女の家は超大手企業を運営しているらしく、聞けば誰だって頷いてしまうほどの権力を持っているらしい。
そして三拍子のごとく彼女の容姿もかなり整っていた。そのため当然ながら彼女もこの学校で人気が高い。ゆえに思いを寄せる男の子も彼女は落とせると考えていたのだ。
だが、そう上手くはいかない。月見里さんがアタックをかけるまえにその女の子と男の子はくっついてしまったのである。
その情報を聞きつけた月見里さんは当然怒りを露わにした。どうして自分じゃないのか。どうして自分は選ばれなかったのか。そもそもあの女のどがいいのだ。
そんなことを考えていたらしい。
そして。
ここから事件が始まる。
といってもこれは風の噂だ。信憑性はない。だが、信じざるを得ない状況が起きてしまった。
この学校に理想のカップルが誕生して数日後、どういうわけかその女の子は学校に姿を見せなくなった。当然お相手の男子は心配し何度も家に行ったらしいが、それでも会えなかったという。
そしてそんなことがあってから一ヶ月後。その女の子が転校したという知らせが入った。加えて同時期にその男の子と月見里さんが付き合い始めたという情報まで入ってきたのだ。
つまるところ。
学校のみんなはこう想像した。
月見里さんが何かしたのだと。
それが可能な家柄であることは誰もが知っていたし、独占欲と我が強い月見里さんならそれくらいしていてもおかしくないとみんな納得してしまったのだ。
それからだ。
誰も月見里さんの言葉に反論できなくなったのは。
下手に気分を損ねることを言えば首が飛ぶ。それどころか命すら危ないかもしれない。そんなドロドロした空気が学校内に流れ始めたのである。
そしてその影響はついに教師たちの間にも流れ始めた。あくまでもこの中学校は公立だ。つまり都営である。だというのに、もはやこの学校の管理は月見里さんの会社が牛耳っているという噂があった。そんなこと絶対にあってはならないと皆思っているはずだが、こんな世の中でも権力という力は絶大らしい。
というわけで。
そんな月見里さんとその取り巻き二人に誰も手出しができないという状況がこの場に出来上がっていたのである。
そして、そんな彼女たちに絶賛いじめられているのが、この私だ。
朝玄関を出るとすでに彼女たちが待ち構えており、そのまま連行されるように学校まで歩く。今日はその最中、「あ!足がもつれちゃった!」とかいうセリフを吐き出されながら思いっきり体を水たまりの中に投げ込まれた。幸い怪我はなかったものの、制服はずぶ濡れ。絞っても絞っても出てくる水を滴らせながら教室に入ってきたというわけである。
本当ならば体操服にでも着替えるか、保健室に行くなりして風邪を引かないように対策すべきなのだろうが、そんなことをしてしまえば、また彼女たちに目をつけられてしまう。
ゆえに私は黙って自分の席に座っていた。何かあるとすぐに声をかけてくれる松城くんにも、非常に悪い気はしているのだが、それでも私に関わると松城くんにまで被害が及びそうなので、会話は最低限で止めるようにしている。
と、その時。
またしてもガラガラと扉の開く音が聞こえて誰かが教室に入ってきた。
「よーし、そろそろホームルーム始めるぞ。席につけー」
担任教師である。
年齢は二十代後半。まだまだ働き盛りな一般的な男性教師。中学三年の担任を任されているからにはそれなりに実力があるのだろうが、いかんせんこの人は読めない。
今の台詞を聞いてもらったらわかるように、この人はこの思い空気を前にしてもごく普通に入ってこられる稀な存在なのだ。ただの馬鹿なのか、阿呆なのか。
でもそれがある一定の人気を生徒たちの中で広めていたのである。
だが。
ここでまたしても私に悪魔の手が振り下ろされてしまった。
「あ!先生―。聞いてくださーい」
「ん?月見里か、どうした?」
「今日、実はお財布盗まれちゃったんですよ。それもひったくりみたいな感じで。そこで先生に相談に乗ってもらいたいなーって」
「な、なに!?そ、それは一大事じゃないか!で、その窃盗犯の顔は見たのか?」
「顔はあんまり覚えてないんですけど、うちの女子制服に金色の髪を揺らしていた気がします」
「き、金色の髪………?」
その瞬間、クラスの中にいた全生徒の視線が私に集まってしまう。
当然だ。この学校に、この日本人しかいないこの場所に、金色の髪なんて特徴的な容姿を持っている生徒は一人しかない。
すなわち、私だ。
私は生まれながらの金髪。それも外国人よりも色味の強い金色。
これはいわゆる地毛というやつなので、高速の厳しい中学校の中でも特に問題にならなかったのだが、それが今日利用されてしまったらしい。
一応言っておくが、今日私は月見里さんたちと一緒に登校している。ゆえに彼女が財布なんて盗まれていないことは十分理解しているのだ。
だが、私にはそれを覆す証拠がない。財布をひったくりのように奪って逃げたのなら、私の制服が濡れていることにも理由はつくし、そもそも私はあまり教師陣の中でも人気がないので、すぐに標的にされる。
ゆえにどうなるかというと。
「………鏡。お前がやったのか?」
「………」
「どうなんだ。お前が、やったのか?」
「………」
答えられるわけがない。ここで一言でも「いいえ」と言ってしまえば、あとがどうなるかは見えている。だが「そうです」とは絶対に言えない。ここで頷いてしまえば自分のありもしない非を認めてしまうことになるのだから。
そしてそんな無言を貫く時間が数分流れ、そろそろみんなじれったくなってきたころ。輪を掛けるようにして、その光景を見ていた女子生徒たちが揃って口を開き始めた。
「わ、私………。鏡さんが月見里さんのお財布盗んでるところ、み、見ました………」
「わ、私も、です………」
「あ、あれは確かに、鏡さんだったと思います………」
………なるほど、ここまで想定してたんだ、月見里さん。私がずぶ濡れになった直後、私にバレないようにスマホでクラスの女子たちに脅しのようなメールを送る。そしてこの状況で証言者として候補させることで、徹底的に私を追い詰める。つまりそういうことだろう。
こうなってしまってはもうどうすることもできない。仲間おらず、周りは敵だらけだ。となれば当然………。
「………わかった。鏡、ホームルームが終わった後、職員室にこい。話がある」
「………はい」
というのが私、鏡妃愛の日常である。
正直言って今日はかなりひどいほうだ。とはいえ、このレベルのいじめがかれこれ一年半は続いている。ありもしない噂が広がり、友達は消えて、一人ぼっちになってしまった中学生活。
三年一組に進級した今でもそのいじめは続き、日々私の精神を削っている。
とはいえ、これには私にも非があるのだ。目をつけられるようになってしまった原因、それが明確に存在している。
理不尽とも思えるこうけいも、何かしら原因があるというもの。そしてこのいじめの場合、その原因は私にあったのだ。
だから半ば受け入れている、この生活を。
家に帰るまでの時間は全て自分の心を凍らせて、精神的ダメージを最小限に抑えるように心がけるこの生活を。
受け入れている。
その後。
私はすぐに職員室に呼び出された。そして濡れた制服を携えたまま、カバンやポケットに月見里さんの財布がないことを証明していく。とはいえ、登校する途中に捨てたのでは、と疑われればもはや弁解の余地はない。
無実を証明する手段も、この場をやり過ごす力もない。
だから私は、持っているお金の全てをその場において職員室から立ち去ることにした。普通このようなことが学校で起きた場合、親か親戚の人間が呼び出されて説教というのがテンプレートだが、私にそんな人たちはいない。
家族もいなければ親戚もいない。
あるのはあの大きすぎる家だけだ。
だからある意味、月見里さんの脅しが一番聞きにくいポジションとも言える。これは家周辺の地主さんから聞いた話だが、私の家の敷地はとてつもないほど高価な値段設定になっているらしく、どんな大企業でもあの土地を買収することは絶対にできないそうだ。
誰がそんなことをしたのかはわからないが、そのおかげでこんな濡れ衣を着せられても、あの家だけは守ることができている。あの月見里さんなら財布を同級生に盗まれたからそいつの家を飛ばしてほしい、なんて無茶な願いを自分の親に言っていてもおかしくはない。
とはいえ、今の今までなんとか無事に生活できているところをみると、やはり彼女であってもあの家には手出しできないようだ。
ゆえに私はこの場を凌ぐだけでいい。あとは教師たちの仕事だ。ことがどんなに大きくなろうと、知ったことではない。
だから私は職員室を後にすると、大きなため息を吐き出した。
誰にも聞かれていないことを確認し、自分の心にかけていた偽りの膜をはがすように言葉を漏らしていく。
「はあ………。もう帰りたい」
でも、まだ今日という一日は始まったばかりだ。
地獄の学校生活がこれから待っている。
そんな憂鬱な思考を頭のどこかで回しながら私は教室に向かって歩き出していった。
だが。
知らなかった。
これから先に。
このまま進む先に。
今よりももっと血生臭く、ドロドロとした地獄が待っていることを。偽った心では到底耐えることのできない、吐き気を催すような地獄が待っていることを。
私は知らなかったのだ。
次回から一気に物語が動き始めます!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




