神と愛の祝福、十八
今回は使徒を倒したその後を描きます!
ではどうぞ!
俺が使徒を斬った直後、喰われていたアリエスの存在はすぐに器へと戻った。存在と器は常にリンクしているもの。今回の使徒のようにそのつながりを無理矢理奪うことのできる力がない限り、その二つは常に隣り合っている。
とはいえ、それでもアリエスはすぐに目を覚ますことはなかった。無理矢理存在が引き抜かれていたこともあって、その体と魂にはかなりのダメージが蓄積されている。それら全てを回復するまでは意識を取り戻すことはなさそうだった。
だが命に別状はない。力も気配も、全てがアリエスの器に戻ってきている。使徒を倒した戦いから三日ほど経過しているが、その体調は健康そのものだった。
で、結局のところあの使徒は一体なんだったのか、それについて俺は考えていた。
あの使徒は俺たちが推測したように使徒や星神の死によって生まれた力が集まったイレギュラーだ。使徒である羽と天輪を持っていたことから、それは確定的と言える。
だがあの使徒は普通の使徒とは呼べない存在だった。使徒としての最低限の概念はあるものの、生まれた時にはすでに星神はおらず、目的もなかった。加えて自分の存在すらあやふやな状態で生まれてしまっており、自分の器というものを持っていなかったのだ。
ゆえに誰かを喰らうしかなかった。喰らうことで喰らった存在を自分と融合させて器を作り出す。そうすることでしかこの世界に存在を定着できなかったのだ。
というのが、事実の建前で。
あの使徒が己の心の中にためていた感情はもっと複雑なものだ。
普通の使徒ならば俺を殺すために作り出され、自分たちの主人である星神の命令を聞くことがいきている意味だった。だから自分の存在に疑問を持つことはない。星神の役に立っているならば、死ぬことすら厭わない。そんな振り切った思考をあの使徒たちは持っていた。
俺からすればその考え方だけでも十分に狂っていると思っているんだが、おそらく今回の使徒はその感情すら羨ましかったのだと思う。
やつには何もなかった。
体も心も感情も、そして己がこの世界に生み出された意味すらもなかったのだ。
ゆえにあいつは迷った。イレギュラーとして生み出された自分はこれからどうすればいいのか?存在を喰らわないと生きていけないことは理解しているが、星神なき今、人間を襲う意味はない。だが襲わなければ自分が消えてしまう。
そんな疑問を、抱いていたはずだ。もし自分も星神に作り出され、星神のために死ねればどんなに幸せだっただろうか、そう思っていていたとしてもなんらおかしくはない。
つまり、あの使徒は世界によって作られた時点ではまだ何もない空っぽな状態だったのだ。それこそ純粋無垢、何にも染められていない使徒の出来損ない。
それがあいつだった。
だがそんなあいつをあいつの中にある知識が歪めていった。知識は感情とはまったく別の領域に存在している情報だ。そこに悪意はない。だが、だからこそ残酷なものでもある。
そしてその知識は何も持っていなかった使徒に使徒とはなんなのか、これまで使徒はどのような運命を辿ってきたのか、どうして自分は生み出されたのか、という情報を与えてしまう。
人間であれ使徒であれ、何物にも染められていない状態で、異物がいきなり入ってくればそれに流される他ない。その情報が使徒を使徒として機能させようとは思っていなくても、それは使徒に目的と一定の感情を抱かせてしまったのだ。
ゆえに。
使徒は自分を使徒であると認識した。すでに他の使徒と星神は死に、それらを殺した俺がこの世界に生きている。であれば、使徒として作り出された自分はどうしなければいけないのか、それを理解してしまったのだ。
とはいえ、それはあくまで知識によって与えられた情報だ。使徒が自分で自分の存在を知覚できる情報はどこにもない。姿も声もない状況で、使徒の使命とその存在意義だけを伝えられた状態。
それは普通の使徒とはまったく別の感情をもった使徒を生み出してしまった。
この使徒の持つそれは一種の憧れに近い。俺を殺して復讐を遂げれば自分はこの世界で生きる意味を見いだせるかもしれない。死んだ星神にも真の使徒だと認めてもらえるかもしれない。
………そうなれば、自分の居場所を見つけられるかもしれない。
そう思っていたはずだ。
そしてその感情は時間が経つにつれ、「星神」という存在が自分になければならないものとして錯覚させてしまう。誰かを好き、誰かを求めるその感情をこの使徒は得てしまった。
それは「恋」と言っても差し支えないものだ。
だがその時点でこいつは普通の使徒とは違う選択をしてしまっていた。普通の使徒は恋ではなく、忠誠や服従といった意思が強い。そこに恋愛感情は介在しないのだ。
しかしこの使徒はそこを履き違えた。星神を愛し、星神を求めることによって自らの存在を維持させようとしたのだ。
そしてそれが、無意識のうちにアリエスとの繋がりを生んでしまった。
二人とも誰かを必死に求め、でもどうしてもそれを手に入れることのできないもどかしさ、その気持ちがこの二人の間にパスを繋げてしまったのだ。
加えて、この使徒は星神と使徒たちの死から生み出された存在だ。その死にはアリエスが持っているカラバリビアの鍵が深く関係している。
それはより、この二人の繋がりを強固なものに変えてしまい、アリエスにだけ使徒の姿や動きを感じ取れるような光景を作ってしまった。
そして使徒はその繋がりを持っているアリエスを無意識のうちに求めてしまう。その欲望と存在を欲する食欲が合致し、アリエスはこの使徒に狙われたのだ。
というのが、今回俺たちの前に現れた使徒の全てだ。まあ、大分俺の推測が入ってるから断言することはできないけど、それでも大方は当たっていると思う。
で、そんな使徒に喰われたアリエスもその使徒に半ば同調させられてしまい、俺を憎む心を暴走させたというのが三日前の戦いだ。その意思は最初のほうこそ使徒とリンクしていたものの、最後は使徒が自分の存在に疑問を持ってしまったのと、アリエスの意思が前に出すぎて自我の崩壊を招いてしまった。
その隙を俺が突いたことによって、アリエスも無事に救い出すことができ、今に至っている。
使徒は俺の攻撃を受けてアリエスを失い、そのまま自壊。元々存在の定義が薄かったこともあり、あの瞬間誰かを喰らっていなければ自分を保つことができなかったようだ。
まあ、今回の場合、結局あの使徒も一種の被害者だ。星神や使徒の力が滞留し、あいつを作り出さなければこうはならなかった。おそらくこの世界自体もあの使徒を作り出したかったわけではないだろうが、星神たちの力をどうすることもできなかったがゆえにこのような状況を作り出してしまったのだろう。
これはある意味、星神たちの力を完全に消しきっていなかった俺のミスでもあるし、誰が悪いわけでもない。強いて言うならやはり全ての根源である星神に責任があるだろう。
だから俺は自然に消えゆく使徒に剣を向けることはなかった。もし次に生を受けるときはもっと幸せな運命を歩けるように祈ることしかできなかった。
で、現在。
俺はアリエスの屋敷の一室で椅子に座りながらその話を相棒であるリアに話していた。リアには「とあること」を頼んでいたため、あの戦いの場にいなかったのだが、どうやらこちらの動きはずっと見ていたようで詳しい事情の説明を俺に求めてきたのだ。
「………ふむ。まさかこの世界にまた新たな使徒が生み出されてしまうとはのう………。酔狂な話ではあるが、これはまたなんと言うか………。もどかしい結末じゃのう………」
「まあな。でもアリエスを襲ったあいつを俺は許すわけじゃないし、何がどう転がっても俺はあいつと戦っていたと思う。まあ、今回の件はこれ以上考えない方がいい。どれだけ考えたって正解が見えないことだってある。今回多分あのパターンだ」
「そうじゃろうな。まあ私もアリエスが無事ならそれでよいのじゃ。これでアリエスが死んでおったら、駆けつけられんかった私自身を恨んでおる。それに主様から頼まれていたあの仕事も無駄になるしのう」
「おおっ!それだ、それ!結局、それはどうなったんだ?」
その言葉がリアの口から漏れてきた瞬間、俺は顔を一気に持ち上げてリアに迫っていく。急に空気が変化したことによってリアは目をパチクリさせるが、次第に呆れたような顔を浮かべながら人差し指で空間の壁を突いてこう返してきた。
「まったく、主様もすっかりアリエスにほだされてしまったのう。まあ、幸せなのはいいことじゃから口は挟まんがのう。で、じゃ。頼まれていた品はすでに蔵の中に入れてあるのじゃ。一応希望通りに仕上げたつもりじゃから問題はないと思うが、確認はしてほしいのじゃ」
「ああ。ありがとう、リア。助かったよ」
「ほう?ほうほう?これはまた珍しいこともあるものじゃのう。あの、どこまでも私に厳しい主様が、あの陰険主様が、私に頭を下げるとは!これは気分がいいのじゃ!」
「お、お前の中にいる俺は一体どんな性格なんだよ………」
「ふふふ、それは秘密じゃ。あまりアリエス以外の乙女の心に踏み込むでないのじゃ。アリエスに嫉妬されても知らんぞ?」
「………その議題に移る前にお前のどこが乙女なのか教えてくれ」
「むきーっ!いくら主様でもその言葉は聞き捨てならんのじゃ!………ううう、コホン。いやいや、今はこんなことしている場合じゃない。それよりも主様に聞かねばならんことがあるのじゃ。それを聞く前に乱れておっては話にならん」
「うん?なんだ、それ?」
リアは立てていた目くじらを元あった位置に戻すと、爽やかな風が流れてくる窓の外を見ながらこんなことを呟いてきた。
「結局、今回の事件があったシルヴィニクスの城からアリエスをこの屋敷に連れ帰ってきたことは見ればわかるのじゃが、聞けばアリエスは主様という人がありながら縁談を開いたのじゃろう?その件はどうなったのかと思ってのう」
「ああ、そのことか。確かにお前には説明してなかったな」
俺はリアにそう返すと、この三日間で起きた出来事を頭の中に思い出していく。そしてそれを軽く整理すると自分の言葉に重ねるように声をあげていった。
「今回の縁談は使徒にアリエスが襲われたこともあって、あの使徒にアリエスが洗脳されていたってことで帳消しになったんだ。まあ、そんな事実はどこにもないんだけどな。エリアとキラがそこら辺はうまくやってくれたらしい。当然候補者たちの中には怒りをあらわにするやつらもいたらしいけど、エリアが俺の名前を出して黙らせたそうだ」
「な、なんというか、はた迷惑な話じゃのう………。巻き込まれた方としてはたまったものではないというか………」
「ああ。だから俺もアリエスが目覚め次第エリアに力を貸すつもりだ。俺自身が出向いて頭を下げればそれなりに効果はあるだろうしな」
この世界における俺の地位はかなり高い。その気になれば世界を壊してしまえるだけの力を持っている以上、王国であれ帝国であれ冒険者ギルドであれ俺に強く出ることはできない。
まあ、俺も厄介なことに巻き込まれたくないので何も口出しはしないという条約を結んで傍観しているのだが、それでもそれなりに影響力はある。まして今回はパーティーメンバーであるアリエスが引き起こした縁談だ。そのパーティーのリーダーである俺が出向くことで解決できることもいくつかあるだろう。
と、俺が考えていたとき、ドタバタと廊下を誰かが書ける音が響いてきた、そして次の瞬間、俺たちのいた部屋のドアが勢いよく開け放たれると、息を荒くしたシルが血相を変えて声を上げてきた。
「ハク様!」
「お、おおっ………!ど、どうした、シル?そんなに慌てて」
「お取り込み中のところすみません!で、ですが、ど、どうしてもお伝えしたいことが………」
「まあまあ、そう慌てる必要はないのじゃ。主様はどこにも逃げんぞ?」
「い、いえ、それが一大事なのです!そんな悠長に構えている暇はありません!」
「わ、わかったから、一体何が起きたんだ?それを教えてくれ」
するとシルは一度大きく息を吐き出すと、目を見開いてこう告げてきた。その言葉を聞いた俺たちは一瞬だけ固まってしまう。神である俺たちを凍らせるほど、その言葉の威力は大きかった。
「アリエス様が脱走しましたっ!」
「「………は、はい?」」
「で、ですからアリエス様がお部屋から姿を消したんです!部屋には『少し外に出てきます』という書き置きが残されていて………」
「って本当に一大事ではないか!?ど、どうするのじゃ主様!?今すぐアリエスを追いかけんと………………主様?」
「………」
俺はリアの言葉に答えるより先に気配探知でアリエスの気配を探っていった。そしてその結果から出た答えを整理すると、リアとシルを軽くなだめて立ち上がっていく。
「多分、大丈夫だ。アリエスがどこにいるのか、わかったから」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。だから今から追いかけるよ。あとは任せてくれ」
それだけで全てが伝わった。俺の言おうとしている全てを汲み取った二人は、一瞬だけ惚けたような表情を浮かべたがすぐに柔らかな笑みを浮かべると、息を合わせたようにこう呟いてくる。
「では、任せたのじゃ、主様。それと、頑張るじゃぞ。男として胸を張って行ってくるのじゃ!」
「はい、私も応援してます!行ってらっしゃいませ」
「うん。それじゃあ、また」
俺はそう告げてこの屋敷を後にした。
俺が向かう先はこの世界で唯一気配が感じ取れなくなってしまう草原。
そこはかつて。
俺とアリエスが再開した大切な場所。
そこで俺はアリエスに思いを告げる。
その結果がどうなろうとも。
勇気を持って気持ちを伝えるのだ。
次回でハクとアリエスの恋は決着します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




