第八十四話 神核の過去
今回は神核について掘り下げていきます!
大分シリアスな内容になっていますので苦手な方は飛ばしていただいて結構です。
では第八十四話です!
その地下への階段は人がやっと一人入れるほどの大きさだった。
見たところ何百年も人の出入りを許しておらず、中からはかなりの埃と土煙が巻き上がっている。階段はかなり古い岩を削りだして作られており、今俺たちが立っているエルヴィニアの地面は白い綺麗な岩なのに対しこの地下空間の岩は黄色く自ら発光しており、強度も遥かに強そうである。
「ね、ねえ、ハクにぃ……。ど、どうするの……?」
アリエスが不安そうな顔で聞いてくる。見れば皆同じような顔をしており、俺に判断を委ねているようだ。
とはいえこれが極普通の隠し通路であればできるだけ丁寧にその階段を埋めて立ち去るところだが、これは神核の宝玉が示した場所であるがゆえに簡単な判断を下せる状況ではない。
今までの経験則だが、神核が絡んでくるような場所では間違いなく身の危険度が跳ね上がる。ダンジョンはその代表格だが、第一神核、第二神核のように自ら出てきて被害を及ぼす可能性もある。この階段の奥に一体何が待っているのかは知らないが、まず安全ということはありえないだろう。
俺はそのアリエスの言葉を頭の中で反芻させると、蔵の中からリーザグラムを取り出して腰に提げた。
「とりあえず、入ってみることにするよ。入りたくない奴はハルカの屋敷に帰っていてくれ。ここでは何が起こるかわからないからな」
するとその言葉の何かが気に入らなかったような表情でパーティーメンバーの皆は顔をしかめると口々にこう呟いた。
「意地悪な言い方をなさいますねハク様。そんな言い方では皆引くに引けなくなってしまいますよ?」
「姉さんの言うとおりです………」
「私はハク様の行くところにはどこまでもついていきますわ!」
「妾はマスターと契約した身だ。その妾がマスターについていかなくてどうする?」
「お前ら………」
俺はその皆の言葉に自分の考えの甘さを突きつけられた。考えて見れば、ここにいる皆は俺の冒険が危険だと承知でついて来ている。こんな試すような言い方をしたのはかえって失礼というものだ。
「それに、何かあったらハクにぃが守ってくれるでしょ?」
ニーっとアリエスは俺に向かって歯を見せながら笑いかけてくる。俺はそのアリエスの顔を見た後、心の踏ん切りをつけ、目を見開く。
「………よし、それじゃあ全員でこの中に入るぞ。俺を先頭に、アリエス、シラ、シル、エリア、キラの順でついてきてくれ。キラは背後の警戒を頼む。クビロはアリエスの頭の上から全体を確認しておいてくれ。それとアリエスはいつでも絶離剣を抜ける用にしておくこと。いいな?」
『「「「「「うん!」はい!」はい……!」わかりました!」了解だ!」心得たのじゃ』
そうして俺たちはその地下空間に足を踏み入れるのだった。
そこは何百年も閉じられていた空間であるがゆえに湿気がとても多かった。階段を下りていく間にも何度も足を滑らしそうになったし、そもそもどこからか水の流れる音がするので、その水分が空中にも混じっているのだろう。
まったくと言っていいほど明かりが存在していないため、俺はリーザグラムを抜刀し魔力を通すことで発光させ灯り代わりにしている。後ろからついて来ているアリエスたちには一人一人光球を気配創造で作りだしておいたので、それが灯りの役割を担っている。
どうやらここは無秩序に掘られた空間というわけではなく、明らかに意思のあるものが何らかの目的をもって作られたものらしい。階段もそうだが、今俺たちが歩いている床も綺麗に削り取られており、間違いなく人の手が加わっていた。
その地下空間は大分広い造りをしており、見ると数多くの分かれ道が広がっているようだ。
「ハクにぃ、どの道に進むの?」
俺はアリエスの問いに答えるように気配探知を発動させこの空間内の気配を探る。どうやらさすがに魔物の気配はないらしく気配探知を使ってもこの空間の広さや、道の数はわからなかった。まあ何百年も閉ざされている中でそもそも生き物が生きていられるわけがないので当然なのだが。
仕方ないので俺は気配創造を出来るだけ広範囲に使用した。気配創造はありとあらゆるものから気配を吸い取る。であればその感覚を手繰り寄せることでこの空間の道ぐらいはわかるのだ。しかしあまりに吸いすぎてしまうと倒壊のおそれがあるため慎重に作業を進める。
「よし、多分こっちだ」
俺は目の前にある五本の通路の中から一番右の通路を選び進みだす。この分かれ道はどうやら選んだ一本以外は全て同じ道に繋がっているようで、その先を調べた結果行き止まりになっていた。
ということで俺たちはさらにその道を突き進む。魔物はいなくても小さな虫や微生物は生息しているらしく、時折カサカサとか、キッキッ!とか、よくわからない音が木霊していた。そのたびにアリエスは俺の腰にしがみついてくるので、なかなか前に進めなかったりしたのだが、ここで俺たちは少しだけ開けた空間に出た。
「き、きれい……」
「これは凄いわね」
「うん………」
「目の癒しになりそうです……」
「妾の知らないこのような場所があったとは、なかなかによいところだ」
俺たちの前に広がっていたのは、青く光を発して流動している一つの池であった。それは汚れや濁りといったものは何一つなく、池底にある青い輝石の光をこの空間の天上に反射させている。そこには魔力の流れも生物の気配も何一つなく、完成された空間だった。
その池はリーザグラムの光と見事に調和するような青色で、少しだけこの剣が嬉しそうにしているような気がした。
俺たちはその景色を目に焼き付けると、さらに奥に進む。
そこからはどうやら只管に長い一本道のようで、気配創造も使用することなく歩くことが出来た。
しばらくすると再び開けた場所に出た。
見るとその先にあるはずの扉は閉じられており、部屋の中央には一つの柱が俺の腰くらいの高さまで立っている。
周りを見渡せばそこにはよくわからない文字と抽象的に彫り描かれた謎の絵が数点存在した。
「キラ、あの壁に書いてあるの読めるか?」
「いや、あれはおそらく現存する言語ではない。世界創成期の直前から生きている妾であるが、あのような文字は見かけたことはない。であればなにかの暗号か、はたまた適当に書かれたものなのか。そういったものだろう」
なるほど。どうりで俺にも読み取れないわけだ。俺は神妃の力でこの世界の言語を習得しているが、そもそも言語でないものはこの能力の対象外であるがゆえ、この文字らしきものも解読することができない。
「うーん、私もこんな絵、見たことないなあ……」
「姉さん、なにかわからない………?」
「私もわからないわね……。強いて言えばここに描かれているのは女の人と言うぐらいかしら」
アリエス、シラ、シルも俺と同時に頭を悩ませているようだ。
「ハク様、あの真ん中の柱にはおそらく宝玉が入りそうじゃありませんか?」
エリアが俺の隣に来てそう問いかける。
言われてみればその柱の一番上には一つだけ野球ボールサイズの窪みが作られており、俺の持つ神核の宝玉がすっぽりと入りそうな大きさになっていた。
「よし、入れてみるか」
俺はローブの中から赤い第一神核の宝玉を取り出すと、その台座らしき場所に宝玉をはめた。
瞬間、宝玉は先程と同じように輝きだし部屋全体を赤く照らし出した。
それと同時に俺たちが想像もできなかった現象が起きる。
『神核を携えし、強きものよ。これから伝えるのはわが記憶に残る、最後の世界である』
それは俺たちの頭の中に直接語りかけてきているような声だった。
「こ、これは………」
「おそらく、この仕掛けはこの現象を引き起こす起点だったようだな」
キラがそう冷静に答える。
『世界の意思は慈悲深きものだった。それは人類だけでなく、魔物、精霊、全ての生き物達に作用し、星を暖めた。それは世界に魔力を生み出し、さらに生活を豊かにする。自然と生き物は調和し永遠の時を育むかに思えた。だが世界はここで神核という人類の守護機関をダンジョンと言われる住処と共に作り出したのだ』
ここまでは俺たちもなんとなく知っていることだ。神核の存在意義は人類の守護。それは世界が定めた掟であり、今も変わっていない。
『第一、第二、第三、第四、第五神核はそれぞれ強大な力を保有し、人類の守護に勤めた。だがそこで問題が発生する』
「問題だと?」
キラが驚きの声をあげる。神核と同時期に生きていたキラからすればここで問題など起きているはずがないと思っているのだろう。
『人類たちがダンジョンに攻め入ったのだ。人類はさらなる恩恵をさずかろうと神核を狙い、世界の恩恵そのものであるはずの神核を攻撃し、傷つけた。当然その様な攻撃に神核が怯むはずがなく、ほぼ全て返り討ちにあったのだが、例外があった』
「例外……」
シラが徐に相槌を打つ。
『それは第五神核。そのときはまだ序列最下位だった神核だ。その神核はほぼ力を持たず世界の秩序を保たせるだけの存在だった。それゆえダンジョンに侵入してきた人類たちに対抗することが出来なかったのだ』
「ま、まさか……。この絵が……」
アリエスが周囲の壁画を見て声を震わせている。
その壁画に描かれていたものは複数の人に髪や腕を引きちぎられ、貼り付けにされたり燃やされたりしている一人の女性の姿だった。
『第五神核はなされるままに人類からの攻撃を受け続けた。初めはこれも秩序を保つためだと思っていたようだが、次第に心は壊れ荒んでいく。そして』
脳内に響く声が一度停止した。
『神核の序列が逆転する』
その言葉には今までよりも遥かに重い雰囲気が込められていた。
『第五神核はその後如何なる方法かわからないが強大な力を手に入れた。そこから何が起きたかは………』
するとその声はいきなり音量が落ち掠れ始めた。
『この後の惨劇を受け止める覚悟があればこの先に進むといい。しかしそこに待つのは絶望しかない』
その瞬間、俺たちの行く手を阻んでいた扉が勢いよく開け放たれる。
そこからはとてつもない鉄の匂いと、生臭い匂いがあふれ出していた。
「ぐっ!?」
その匂いはかなり強烈で、俺は咄嗟に能力で皆の体を覆うように薄い膜を張った。
その扉が開くと共に脳内に響き渡る声はなくなってしまい二度と聞こえてくることはなくなった。
俺たちはとりあえずその場に留まると、状況整理を始めた。
「ど、どう思うキラ?」
「む、むう。このような話は聞いたことがない。確かに人間がダンジョンに攻め込むようになったというのは記憶しているが、その裏にこのようなことがあったことは妾も知らなかった」
「で、こ、これからどうするの?この奥進む?」
アリエスが俺に対して不安そうな顔を浮かべながらこちらに聞いてくる。
この奥から漏れ出てくるのは圧倒的な死の気配。
気配探知によれば生物はいないようだし、安全といえば安全なのかも知れないが、非常に嫌な予感がする。。
「アリエスたちはここで待っていてくれ。キラと俺だけで入る。おそらくこの奥はかなり危険だ」
俺がそう言うと、アリエスたちは直ぐに納得したようで、そのまま引き下がった。
「クビロ、アリエスたちを頼んだ」
『うむ、任せておくのじゃ』
そうして俺とキラはその奥に足を進める。
しかしそこに待っていたのは、もはや言葉に出来ないほどの赤い空間と一人の神核の末路だった。
次回は今回の話の補足説明と部屋の奥、またなぜこの地下空間がこの場所にあるかを説明します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!