神と愛の祝福、七
今回はハクとアリエスがメインです!
ではどうぞ!
「………」
「な、なんだよ、エリア………。言いたいことがあるならさっさと言えって………。だ、だから無言で俺を睨むのはやめてくれ………」
「ええ、ええ!だったらきっぱり言わせてもらいます!どうして昨日、何もせずにルモス村から帰ってきたんですか!?」
「どうしてってそれは………」
「あの後すぐにキラから連絡がありました。どうしてアリエスが縁談を開いていることを知っていながら、会いもせずに帰ってしまったのか。その真意がまるでわからないと。つまりは苦情です。ハク様の気持ちもわかっていますが、であればなおさら顔は見せるべきだったと思います!」
「あ、あれは仕方がなかったんだって!まさか俺が話しかけただけであのメイドの子があんなに大きな声出すなんて思わなかったから………」
「それはハク様が悪いです!そもそもハク様はご自分の立場をまったく理解していません!ハク様はそんじょそこらの国王や領主なんかよりよっぽど影響力のあるお方なんですよ?そんな人がいきなり声をかけてきたら誰だって驚くのが当然です!」
エリアはそう言うと頬を膨らませて俺に顔を寄せてきた。それと同時にエリアの髪からバラの香りが強く漂ってくる。特段香水をつけているというわけではなさそうなので、よほど髪の毛の手入れをしているんだろうと、俺は勝手に結論づけていた。
のだが、そんなくだらない思考を回している間に、この場で行われる準備の全てが終了してしまう。
というのも、俺がルモス村を訪れてから一日花経過した今、俺はエリアの国、シルヴィにくる王国の王城にやってきていた。なんでも今日はこの城の中で立食パーティーが開かれるとのことで、どういうわけか平民である俺もその場にお呼ばれてしていたのだ。
そんなわけで今の俺は城の一室で白いタキシードを身にまとって、パーティーに参加するために着付けをしていた。といっても男の着付けなど高が知れている。服を採寸したのち、サイズにあったタキシードを着て髪をあげる。何やら軽くファンデーションのようなものを顔に塗られた気がするが、それはもはやあってないようなもの。
ゆえに俺の着付けは三十分もかからず終了した。んで、その最中に何やらご立腹のエリアが急に部屋の中に入ってきて、今の話を開陳していったというわけである。
エリアの着付けはこの後行われるようで、今のエリアは何度も目にしてる外出用のラフな服を身につけていた。
聞けばエリアはこの後、二時間ほどかけて着付けを行うらしく、なかなか俺と一対一で話す機会がないだろうからという理由でここにやってきたようだ。だが実際二時間という時間もエリアからすれば短い方のようで、本当に長い時は半日以上かかる時もあるらしい。
さすがは本当のお姫様。こういうことになると色々と話のスケールが違いすぎる。
なんか、忘れそうになるけど、エリアって正真正銘お姫様なんだよな………。普段とギャップがありすぎて、もはや他の違う誰かを見ているような気分だけど………。
などと俺は無駄な思考にまたしてもふけってしまったのだが、そんな俺をまたしても咎めるようにエリアはさらに言葉を重ねていく。
「………それに、それにですよ。本当なら参加する予定のなかったキラとシルがアリエスとハク様の様子を見るためにパーティーに参加したいと言い出してきました。もちろん私たちの仲ですし、立場上無理矢理ねじ込むこともできます。ですが、私の気苦労も考えてください!キラたちの立場から見ればこの動きは当然です。でもハク様のことを考えると『あれ』は絶対に言えません。………このもどかしさ。言葉には表せないくらい辛いんですよ!」
「そ、それは確かに俺に非がある気がするけど………。というかまさか昨日アリエスに会わなかっただけでこんなおおごとになるなんて思ってなかったというか………」
俺は単に、あの時、多くの人たちに見られるのが嫌だったから逃げたのだ。別にアリエスに会いたくなかったからルモス村を立ち去ったわけじゃない。
だから誤算だった。まさかたった一度会わなかっただけでここまで事態が発展してしまうとは思わなかったのだ。
するとエリアは俺に近づきながら人差し指を立てると、顔をさらに寄せてこう言い放ってきた。またしても周囲にバラの香りが漂っていく。
「いいですか、ハク様!今日はアリエスもこの場に来ています。ということはつまり絶好のチャンスなのです!」
「ちゃ、チャンス………?」
「今回のパーティーの趣旨は新オナミス帝国発足の祝賀がメインです。ですから王国関係者ではないハク様やアリエスは必然的に時間を持て余すでしょう。………ああ、いえ、とはいってもハク様もアリエスもとっくに有名人ですからそばに誰もいなくなることはないとは思いますが、それでも私よりは自由な時間があります。それを利用してください!」
「と、というと?」
「パーティーというからには、その最後にダンスがあります。それに席という概念がないので、どこにいても一緒に食事をとることができます。それを使ってアリエスと縁を戻してください!いい雰囲気になればきっと今よりも先のステージに進めるはずです!」
「い、いや、ちょっと待て。縁を戻すも何も俺は別にアリエスと絶縁しているわけじゃないんだが………。というかむしろ俺は好いているし………」
「ええ、そうでしょうね。ハク様の心境は何一つ変化していないでしょう。ですが、アリエスは違います!聞けば昨日アリエスはハク様がルモス村から立ち去ったという情報を聞いた途端、縁談を中止し、一人でどこかへ姿を消したらしいです。もちろん何事もなく戻ってきたようですが、それだけ今のアリエスはダメージを負っているということです。であれば、その傷を癒すことがハク様の使命のはずです!」
ふんすっと鼻息を荒げてそう吐き出したエリアは、もう一度強く俺の顔を睨み付けるとそのまま背を向けて離れていった。そして最後に消えそうなくらい小さな声でこう呟いていく。
「………ハク様は私を振ったんです。だからせめてアリエスだけは幸せにしてあげてください」
「エリア………」
だがそんな空気が流れたのも一瞬で、すぐにエリアはいつものエリアを取り戻すと、念を押すように視線をこちらに向けてきた。そんなエリアの視線は強く、まっすぐで、俺の心を見透かしているような感じがしてしまう。
「それでは私はもう自分の部屋に戻ります。いいですか、ハク様。この機会を逃したら本当にアリエスはハク様の下から去ってしまうかもしれません。ハク様からすればこんなパーティー、とるに足らないものかもしれませんが、恋に傷ついた女の子にはとっても大きなイベントなんですよ。ハク様もそれはご理解ください。………では私はこれで」
そう言ってエリアは今後こそ俺がいる部屋から立ち去っていった。部屋には俺の着付けをしてくれている一人のメイドと俺だけが残されてしまう。だが一緒にいたメイドもその後すぐに部屋を退出してしまい、俺だけがその部屋に取り残されてしまった。
しかしそんな空間が俺の口から心の本音を溢れさせていく。
「………アリエスは一体、俺のことをどう思ってるんだろう?」
その言葉に返事が返ってくることはない。
ただこの夜は。
雲に隠れて月が見えなかった。
ハクの着付けから三時間ほど経過した今、王城内に設けられたパーティー会場には王族や貴族、著名人や名を馳せている冒険者たちが集められて食事会が行われていた。
食事会といっても所詮は立食パーティーなので、エリアを始めとする王族たちは挨拶回りで忙しそうにしている。その中には獣国の女王となったシラも混ざっており、きらびやかなドレスに身を包んで、会場の中を歩き回っていた。
唯一例外なのがカリデラ城下町代表のサシリで、国になりきれていない地域の代表としてきているため、一人気ままに料理をつついている。もきゅもきゅという音が聞こえてきそうなほどほっぺたを膨らませているその姿は、この場にいる男性たちの妙な欲を駆り立て、一定の視線を集めてしまっていた。
だがまあ、その視線に気がついたサシリが急に振り返ったりするので、男性たちは終始落ち着かない様子だ。
で、肝心の二人について。
こちらは正直いって目も当てられない。
というのも………。
『ええい、何をやっているのだ、あの二人は!いつもならべったりのくせに、どうして今日にかぎってくっつかないのだ!』
『仕方ありませんよ、今日の今日ですから。おそらくあの様子だとハク様自体は、アリエス様を避けているわけはないようですが、アリエス様がハク様に近づこうとしていないみたいですね。そんな空気を感じ取っているのか、ハク様の顔も硬いですし、これはかなり厳しいですね………』
『こうなったら強行突破だ。妾が直々にマスターに突撃してやる!あの頭に拳骨一つ落とせばこの状況もどうにかなるだろう!』
『さ、さすがにそれはやめたほうがいいかと………。キラ様の力でそんなことをしたらハク様はともかく、このお城が吹き飛んでしまうかもしれないので………。と、とにかくもう少し様子を見てみましょう。まだパーティーは始まったばかりですから』
などというキラとシルの会話が交わされてしまうほど、事態は緊迫していた。
このパーティーが始まった瞬間、すでに会場入りしていたハクはアリエスに声をかけようとした。しかしそれを拒むようにアリエスは他の参加者たちと話し始めてしまい、まったく進展していなかったのだ。
加えてハクもこの場において一人でいられるほど楽な身ではない。すぐに色々な人が取り囲んで挨拶を交わしてくる状況が作られてしまった。しかも中には自分の娘を嫁にどうかなんていう会話まで出てくる始末で、そんな声を聞いたアリエスが余計に嫉妬してしまうといった状況が出来上がっていたのだ。
こうなってはいくらキラやシルであっても助け舟を出すことはできない。それに今やその二人だって有名人だ。いくらアリエスの精霊、会場のウェイトレスとして入り込んでいたとしても、二人には世界を救った英雄の一人という称号が常に張り付いている。
その状況が余計に事態を悪化させてしまっていた。
で、実の当人たちはどうなのかというと………。
(く、くそ………。全然暇じゃねえじゃねえか………!これじゃあアリエスに話しかけるどころか、顔を見ることすらできない………。ど、どうすればいいんだあああああ!?)
(ああ、もう!私のバカバカバカ!なんでハクにぃを避けちゃったの!?本当なら今すぐにでも気持ちを伝えたいのに………!で、でも今更なんて話しかけたらいいかわかんないし………。そ、それにあからさまに避けちゃった私をハクにぃが求めてくれるはずないよね………)
とまあ、二人とも見事にどつぼにはまっていたのである。
正直いって、この時点で二人は両思いであるため、どちらかが思い切って踏み出せば一瞬で解決する事案ではある。しかし恋というのはその一歩が重たい。踏み出せば全てを失うのではないかという恐怖が常に付きまとってくる。
ゆえに恋から愛に変わる階段はとてつもなく高いのだ。ましてそれを言葉にして伝える告白という行為は難易度的には最上位と言える。
だから二人とも動けない。
周りにいる人たちを無理に振り払おうともせず、ただただ時間が流れるのを待つことしかできない。
なのだが。
どういうわけか、そこでハクたちの会話の流れが変わっていった。そしてそれは不意に二人の物理的な距離をちぢめることに繋がってしまう。
「あ、そういえばハク様はアリエス様とどのようなご関係なのですか?やはりもう一線超えてらっしゃるんでしょうか?」
「へっ!?い、いやいや、そんなことはないですよ………。お、俺とアリエスはただの仲間だってだけなので………」
「あら、そうなのですか?でしたらこうこういった場でお話することもあまりないのですね。でしたら私たちは暫く離れていますので、お二人だけでお話なさってはいかがですか?」
「え、えっと、その………」
「せっかくのパーティーなんですもの。お仲間の皆さんと会話を弾ませるのも、きっと悪くないはずですわ」
そう言われたハクは立ち去っていく貴族たちの背中を見ながら、ふと視線をアリエスがいる方向に移した。するとそこにはちょうど一人になっているアリエスが立っており、なぜか目が合ってしまった。
(なっ!?な、なんでこっちを見てるんだ!?………え、ええい!今しかない、今しかないよな?よし、ここは腹をくくってやる!)
(め、目が合っちゃった!ど、どうしよう!い、今さら目を外すわけにはいかないし………。で、でも体が震えて動けないよぉ………!)
と、各々噛み合っていない思考を動かしていたわけだが、どんどん二人の距離は縮まっていき、ついにハクがアリエスの前に立った。そしてまっすぐアリエスの目を見つめて口を開いていく。
「え、えっと、その、あ、アリエス?き、昨日のことなんだけど………その………」
「あ、う、あぁ、え、えっと………」
だが結局二人とも言葉が出てこない。本人を前にするとどうやら頭が真っ白になって言葉が飛んでしまうようだ。パーティーが始まる前までは平気だったハクも、この豪華な雰囲気に飲まれているのかうまく口を動かせないでいた。
しかし、問題はハクではなくアリエスの方だ。なにせパーティーが始まる前からユノアに泣きついたり、一人で変な妄想を走らせたりと、暴走しがちだった。
ゆえにそれはハク本人を前にしたこの場ではより顕著になってしまい………。
「ご、ごめん、ハクにぃ!私、お手洗い行ってくるから、また後でね!」
「あ、ちょ、ちょっと………!」
(あああああ!なんで逃げたの、私っ!もうバカバカ、バカああああああ!!!死んじゃえ、私っぃぃぃぃいいいい!!!)
案の定というべきか、このような状況に陥ってしまった。
それを見ていたキラからはブチッ!という音が響き、シルはさすがにため息を漏らした。ちなみにエリアは眉毛をピクつかせており、挨拶している相手を怖がらせてしまっている。
そんな殺伐とした立食パーティー。
もはやパーティーとは呼べない空気がこの場に流れ始めていた。
だが。
そんなパーティーを。
まったく異なる、憎むような視線で見つめてい者が、窓の外に迫っているのをまだ誰も気がついていなかったのだった。
次回はついに事件が発生します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




