神と愛の祝福、四
今回はアリエスたちの視点でお送りします!
ではどうぞ!
「あはは………。そうだよね、そうだよね………。ハクにぃみたいな格好いい人が私なんかに振り向いてくれるはずないよね………。あははは………」
「アリエス様!お気を確かに!」
「あわわ!す、すみませええん!わ、私がハク様をくいとめておかなかったばかりにぃぃ………!すみませええええん!」
「ええい!どうなっている!?なぜマスターはこの村に来ておいて、この状況を目にしておきながらアリエスに会いに来ないのだ!?一体なのを考えいるのだ、あの神は!?」
ハクが持って来た茶葉がアリエスたちの下に届いた直後、その部屋には先ほどとはまったく違う空気が流れていた。アリエスは目から光を消して蹲っており、シルはそんなアリエスをなだめている。またハクと会ったというメイドに事情を聞いていたのだが、責任を感じてしまったのかその瞳から涙が溢れ出してしまうという始末。加えてキラはハクの考えがまったくわからず壁を殴っている状況。
はっきり言って嫌な空気が部屋の中に漂っていた。とはいえ、これを収められるものは存在しない。あのシルでさえアリエスをなだめることに精一杯な状況で、誰がこの空気を払拭できると聞かれれば誰もいないと答えるのが正解だろう。
だがここでいち早く冷静になったキラが泣いているメイドに向かってこんなことを呟いていった。
「おい、そこのメイド!」
「は、はいぃぃ!」
「一から状況を説明しろ!焦る必要はない、ゆっくり話すんだ!」
「え、えっとぉぉ、確かあの時、いきなり私の肩が誰かにつつかれまして、驚いて振り返ってのですが、そこにいたのがハク様で………。それで、大きな声でハク様の名前を私は叫んでしまったのですが………」
「ぐっ!な、なるほど、そ、それでか………。周りから注目されることを嫌っているマスターなら確かにこの量の人から一斉に視線を浴びれば確かに帰りたくなるだろう。とはいえ、自分の女になるであろうアリエスが縁談を開いているというのに、なのもせず帰る音がこの世にいるのか?そもそもルルンの茶葉を届けることよりも先にすることがあるあろうが、あのバカマスターあああああああああ!」
撤回しよう。
全然冷静になっていなかった。
キラはパーティーメンバーの中でも堪忍袋の尾が切れやすいことで有名だ。特段怒りっぽいというわけではないが、感情の起伏がかなり激しい。喜ぶときは喜ぶし、悲しむ時は悲しむ。そして怒る時は怒るのだ。それはまさに主人であるアリエスの性格を投影したかのように。
そのため、またしてもわめき散らし始めたキラだったが、そんなキラの前を一人の少女が通り過ぎた、その少女は真っ直ぐ部屋の出口まで向かうと、死にそうな顔を浮かべながらこう呟いてくる。
「………ごめん、みんな。わ、私、ちょっと、外に、出てくるね………」
「あ、アリエス!?」
「アリエス様!?」
「だ、大丈夫………。晩御飯までには戻るから………。そ、それに明日はシルヴィニクス王国でパーティーもあるし、絶対戻ってくるよ、多分………」
と、アリエスは言葉を漏らしたのだが、その直後、ふらついた足がアリエスの頭を近くの柱に直撃させ鈍い音を響かせていく。しかしそれでもアリエスは止まることなくこの部屋から出ていってしまった。
ハッと我に返ったキラたちはすぐにアリエスを追いかけようとするが、そこに今まで口を閉ざしていたとある人物が声を上げてくる。
「キラ、シル。行く必要はないよ」
「な、なに!?カラキ、貴様、正気か!?」
「だ、旦那様、さすがにあの状態のアリエス様を外に出しては………」
「いや、いいんだ。大丈夫。アリエスはもう自分を自分で守ることのできる力を持っている。君たちが気を遣う必要はない。それにこの問題はアリエスが一人で乗り越えるべき問題だ。しばらく一人にさせてあげよう」
「だ、だがな………!」
「それに、キラ。君なら万が一のことがあってもアリエスを助けに行くことができるだろう。君はアリエスの契約精霊だ。ハク君の話によれば精霊印というもので大体の場所がわかるらしいじゃないか。心配するひつようはないと僕は思っているんだけど」
「確かにそれはそうだが………。今はアリエスの無事よりも心の傷を考えるべきだと………」
「それこそ必要ないよ。言っただろう?これはアリエスが一人で乗り越えるべき問題だって。ここを超えない限り、アリエスは前に進めない。仮にハク君がアリエスを選ばなかったとしても、その気持ちの整理はアリエス自身でつけるべきだ。そこに僕たちは必要ない」
アリエスの実の父親にこう言われてはさすがのキラもシルも言葉を返せなかった。アリエスを追いかけようと動かし始めた体を巻き戻すように椅子に落としていく。
おそらくキラもシルもこの状況に対して思うところがあるのだろう。だが言えない、動けない。カラキがこう言っている以上、二人は何をすることもできなかった。
ゆえにカラキはそんな二人の気持ちさえも汲み取ってこう切り出していく。
「さあ、僕たちの仕事は途中で中断せざるを得なくなったこの縁談の後始末だ。アリエスがいない以上、どうにかして彼らを帰さなければいけない。できればそれに協力してくれると助かるんだけど」
「………ああ、わかっている。それは任せておけ」
「………はい、お任せください、旦那様」
「うん。それじゃあ、早速行くとしよう。この仕事はさすがに僕だけじゃ骨が折れるからね」
そうカラキが呟いている間、キラとシルは転移によって姿を消したアリエスの気配を探していた。そして同時に念話をつないで精神的に会話していく。
『聞こえているな、シル。どうやらアリエスは「あの二人」の下へ向かったようだ』
『はい、そのようですね。ですが、であれば心配はいらないかと思います。あの場所は穏やかなところですし、余計なしがらみもありません。きっとあのお二人ならアリエス様を暖かく出迎えてくれると思います』
『そうだな。となると考えるべきはやはりマスターか。どうしてマスターがこの場所にこなかったのか、それを考える必要があるだろう』
『確か明日はハク様もご出席なされる立食パーティーがシルヴィニクス王国で開催されるはずです。そこには当然アリエス様もハク様もいらっしゃるはずですから、そこで直接聞いてみてはいかがでしょう』
『それはいいが、あの城の中に妾たちは入れるのか?あのパーティーに誘われているのはマスターとアリエス、そしてカリデラ代表のサシリと獣国代表のシラぐらいだろう?妾たちが侵入しようと思ってできることだとは思えないが』
『それはご心配なく。私の方からエリア様に話を通しておきます。私は会場のウェイトレスとして、キラ様はアリエス様の契約精霊として入場すればいいかと思います。他に何か問題が起きてもできるだけこちらで潰しておきましょう』
『さすがはシルだな。だが今回はその言葉に甘えさせてもらおう。マスターにその真意を聞くまではな』
そこで二人の念話は終わった。
そして大きく息をついた二人はカラキの後をつけて部屋から出ていく。そんな二人の頭の中には今、どこで何をしているのかまったくわからない、金髪の青年の姿が描かれているのだった。
そしてまた事態は前へ、前へ進んでいく。
「待ちなさい、アリエス」
「………」
私が屋敷の裏口から出ようとした時、そんな私を引き止めて来た人がいた。
その人は私と瓜二つと言っても過言ではない容姿を持っており、水色の瞳で私を見つめていた。
それは私のお母さん、フェーネ=フィルファ。
お母さんは自分でもわかるほど暗い顔をした私を呼び止めると、私の目をじっと見ながらこんなことを言い放ってきた。
「勝手に家を抜け出してどこに行くのかしら?まだ縁談は終わってないわよ?」
「………うん、ごめん。すごく迷惑かけてるのはわかってる。でも、今は外の空気が吸いたくて………」
「アリエス。よく聞きなさい。世の中にはその我儘が通用しないことが多々あるわ。貴族であっても王様であっても、決して全ての自由がまかり通ることなんてないの。だからここでこの縁談から逃げ出すということは、巻き込んだ人たちの責任を全てあなたが背負わないといけないことなのよ。それをあなたは理解しているのかしら?」
「………うん、わかってる。わかってて、私はそれをキラたちに押し付けた………。悪いのは全部私………」
私はそう呟くと、両手をぎゅっと握りながら顔を下に下げてしまう。
本当なら逃げることなんて許されない。自分から縁談を開くなんて言っておいて、集まってくれた人たちの君を弄んでしまった私に、都合のいい展開なんて待っているはずがないのだ。
でも、結局、私は逃げ出してしまった。現実から目を背けて外に出てきてしまった。それを責められても私は言い返すことはできない。
だから私はお母さんの言葉に何一つ反論できなかったのだが、そんな私にお母さんはゆっくりと近づくと優しく抱きしめてきた。その行動の意味がまったくわからなかった私は自然と声を漏らしてしまう。
「お母さん………?」
「それがわかっているのならお母さんは何も言わないわ。親がいるうちは子供は我儘をいうものだから。それを聞いてあげるのも私たち親の仕事なの。だから何も気にせず行ってきなさい」
「………っ」
「あなたは昔のあなたじゃないわ。あなたは強くなった、心も力も。バリマ公爵との婚約を受けることしかできなかったあなたはもういない。大切な人ができたなら、今は何も考えずその人のことだけ考えなさい。それに女の子は恋に悩む生き物なの。だから何があっても今という時間を大切にすること、いいわね?」
「うん………。ありがとう、お母さん」
私はお母さんに対してそう返すと、自分の手をお母さんの背中に回して強く抱擁を交わす。そしてたっぷりお母さんの体温を感じた後、私は久しく会っていない「とある二人」の下へ転移していった。
だけど、今ここで思ってしまった。
やはりこんな縁談開かなければよかったと。
こんなことをしたってハクにぃの信頼を失うだけだと改めて思ってしまったのだ。
ゆえに。
お母さんから離れた私の目には一筋の涙が浮かんでいたのだった。
「レントー。そこにあるタオルとってー」
「ああ。………そら、これ」
「うん、ありがとう。それにしてもすっかりレントもお父さんって感じだよねー。体つきも前よりたくましくなったし、これはどんどん惚れちゃうかもなー」
「はいはい、変なこと言ってないでさっさとユノとレトの体拭くぞ?赤子はデリケートだからな、俺たちの与太話なんて待っちゃくれねえ」
「そうでした、そうでした。はいはーい、ユノもレトも今体拭きますからねー。すこしくすぐったいですよー」
そう呟いた私、ユノアはレント共に我が子であるユノとレトの体をタオルで優しく吹いていった。まあ、拭くというよりは包むと言ったほうが正しいが、そこは言葉のあやということで。
私とレントの冒険が決着してからすでに二年が経過した現在、私たちはめでたく結婚し、子宝にも恵まれていた。加えて新居もハクさんたちが一緒に探してくれたのでこれ以上ない場所で生活することができている。
私は子育て、レントは冒険者として近隣の街で働いている。決して楽な生活ではないが、それでもなんとか毎日生活することができている現状だ。今まで戦いの中に身を置いていたせいか、急な平穏はとても幸せに感じられる。やはり愛する人と愛する子供に囲まれている生活というのはこれ以上ない幸福なのだ。
そんなこんなで珍しく休暇が取れたレントと私はユノとレトの世話をしていたのだが、ここで急に家の外からとても大きな気配が感じられた。その気配にレントも思わず顔を上げてしまう。
「………何か来たな」
「う、うん………。すごく大きな気配………。で、でもこんな大きな気配を持ってる存在って一体………」
心当たりなんてあるはずがなかった。
今感じられるこの気配はどんな魔物よりも大きく、それでいて清々しいほど透き通っていた。こんな気配を持っている人、もしくは魔物はこの地域に誰一人として存在しない。
ゆえに私はユノとレト守るように、レントは持ち前の黒い剣を手に持ってゆっくりと立ち上がっていく。
と、その時。
家のドアを誰かがノックする音が響いてきた。そしてそれと同時に小さな声で私たちの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ユノア、レント、いる?え、えっと、私、アリエス。いたら返事してほしいんだけど………」
思いがけない訪問者に私とレントは思わず目を見合わせてしまう。だがそれも数秒でほっと胸をなでおろした私たちは顔を笑顔に変えてそのお客さんを出迎えていくのだった。
だがドアを開けた先に待っていたのは私の知っているアリエスではなく、どこか憔悴したように疲れているアリエスという名の一人の女の子だった。
次回はユノアたちとアリエスの会話がメインです!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




