第八十二話 夢、そしてハクの心
今回は真話大戦のお話がメインです!
では第八十二話です!
学校が終わり、遅刻してきた分の教室掃除も終わった。日は沈み始め赤い夕日が校内に差し込んで来ている。それは少しだけ汗ばんだ俺の顔を照らし、黄昏の空を呼び寄せる。
思えば今日は色々なことがあった。
朝起きて学校に行こうとすれば、妹から、今日は気をつけてね、とか意味不明な言葉が飛んできたり、いざ登校してみれば辺りの気配がまったくなく唯一感じられた気配の場所に行ってみれば金髪の美少女に会うことになったり、そのせいで遅刻したり。
普通の高校生にしては少々重過ぎる一日だった様な気がする。
にしてもあの女の子可愛かったな………。
なんというかそれこそアニメや漫画の世界から引っ張ってきたような容姿で、それはそれはとても美人だったのだ。
流れるような金色の髪に、空の輝きをそのまま反射したかのような青い瞳。それはまるで天使のような女の子だった。
でも何故かその子は俺と目を合わせると、私と関わらないほうがいいよ、危険だから、と一言呟いて消えていったのだ。
その意味はいまだにわかっていないが、近寄るなと言われた以上、俺はストーカーではないので必要に追いかけたりはしない。
というわけでその金髪の女の子を頭に浮かべながらも、掃除用具をロッカーの中に放り込むと俺はすぐさま自分の荷物を持って校門を出た。
外では運動系の部活がまだ活動しているらしく、活気のある声が聞こえてくる。
特段俺は部活には入っていないので、そのまま俺はポケットの中に入っているスマートフォンを取り出すとイヤホンジャックにイヤホンを取り付け音楽を聴こうとした。
だがそのスマートフォンを立ち上げた際に一通のメールが届いていることに気づく。
それはどうやら会員登録している本屋からのメールのようで、なにやら今日お気に入りの雑誌の新刊が発売したらしい。
まあ帰っても暇なので俺の足は自然とその方向に向いた。
帰れば丁度妹が夕飯を作っているころだろうし問題はない。
俺のそのまま駅前にある大型ブックストアに向かった。今日は金曜日というだけあって駅前は人が多く、歩くのも困難なほど人がいたのだが、幸いなことに俺には気配探知という理解不能な能力があるのでそれを使いできるだけ人が少ないところを進んでいく。
ようやくその本屋にたどり着こうとしたとき、俺の気配探知は少しだけおかしい反応を捕らえた。
この本屋のさらに奥。
どうやら袋小路になっている道路になにやら二つの反応を感じるのだ。
そんな行き止まりのところで感じる気配など怪しいの一言に尽きるので、本来ならば近寄ることもないのだが、何故か今日は俺の体は無意識のうちにその路地に進んでいた。何故か、と言われてもまったくもって説明できないのだが、強いて言えば体が勝手に動いたという感じだろうか。
そうして俺はその路地に辿り着く。
そこはやたら鉄くさい匂いが充満しており、何か金属のものが腐食しているのか?と思わせるほどであった。
俺は迷いもなくその路地を進む。
ようやくその反応があったポイントに到着してみると、そこには一人の男らしき奴が立っていた。右腕にはやたら長い杖のようなものを持っており、漂わせている雰囲気は濃密なまでの殺気。
しかしそれとは対照的に、もう一人地面に倒れている人間を発見した。それはいつぞかの金髪美少女に似ている容姿をしていて………。
「ッッッ!?」
その瞬間、俺の体は動き出していた。
なぜならその地面に蹲っている少女は朝方公園で会った金髪の女の子だったからだ。そう、先程まで頭に浮かべていたはずの、あの少女である。
俺はすぐさまその少女に駆け寄り声をかけた。
「お、おい!大丈夫か!」
しかし俺の目に飛び込んできたのはそれを遥かに凌駕する光景だった。
少女の下腹部。
そこは何か大きな刃物で切り裂かれたかのような切り傷がついておりその中からは人間の体に詳しくない俺でもわかるような臓器がゴロゴロと地面にぶちまけられていた。
大腸、小腸、胃に肝臓。
もはや現実を認めたくなくなるほどの映像が俺の目に飛び込んできた。
「うっぷ!?」
俺はこみ上げてくる吐き気を必死に抑えると、先程までに握っていたスマートフォンを手に取り直ぐに救急車を呼ぼうとする。そのスマートフォンは少女の血で塗れており電話番号を上手く打つことが出来ない。
「一応人払いはしておいたはずだがな。貴様どうやってここに来た?」
その光景を眺めていた長身の男が俺に問いかけてくる。
「あ、あ、あ、な、なんで、お前は平気なんだよ!いいからこの女の子を助けないと!て、手遅れになる!!!」
俺はそう言いながら必死に救急車を呼ぼうとする。だが肝心の俺の腕は震えてまったく言うことを聞かずろくにタップすらできない。
「助ける?なにを馬鹿な。ここまで二妃を追い詰めていて止めを刺さぬほうがおかしいだろ。あの女はここで死ぬのだ」
「お、おい。ま、まさか………。彼女をあんな状態にしたのはお、お前なのか!?」
「当たり前だ。この俺は大魔王サタンだ。この程度のこと造作もない」
その瞬間、俺の中で何かが切れ俺はそのサタンとか言う奴に殴りかかっていた。拳は間違いなくその顔面に直撃し、普通の人間ならば軽く吹き飛んでいてもおかしくないはずだったのだが、その男はビクともしていなかった。
「くだらんな。少しは骨のある奴かと思えば所詮はただの人間か」
男がそう呟いた瞬間、俺は物凄い勢いで壁に吹き飛ばされる。
「がはああああああ!?」
肺の中にある空気が全て吐き出され、口からは大量の血が吹き出た。おそらく内臓の何個かがイカれたのだろう。
霞む視界には、その男が金髪の少女に持っていた杖を突き刺そうとしていた。
だ、ダメだ………。
か、体が動かない。
正直言ってこのまま逃げ出したい。だけどそれと同時にあの女の子が死ぬのも容認できない。
だけど肝心の体がビクともしない。
くそ!くそ!どうすれば、どうすればいい!
しかし。
ドクン。
その瞬間、俺の中で何かが目覚める音がした。
それは俺の意思とは関係なく体を持ち上げ、口を動かす。
「くたばれ、下郎」
その瞬間、サタンと名乗った男はいきなり苦悶の表情を浮かべる。
「な!?き、貴様!?そ、その力は二妃!?い、いや、し、神妃のものか!?」
そして俺の言葉と同時に事情は上書きされる。
「ぐ、ぐああああああああああ!?ば、馬鹿な!?このサタンがこのような力に負けるなどおおおおおおお!?」
その悲鳴と共に何故かその男は消滅し、俺の意識も闇に飲まれた。
俺はその少女を守れたことに安堵しながらも、救急車を呼ぶことだけを考え手を動かすのだが、もはや指一本にも力が入らずそのまま気を失った。
これが真話大戦の始まり。
そして俺とアリスの戦いの序章である。
「……………チッ。よりによって一番見たくない夢を見てしまったな」
朝。
辺りを確認してみれば、そこは異世界の秘境エルヴィニア。
隣には穏やかな寝息を立てる精霊女王キラの姿がある。
俺はできるだけキラを起こさないようにベッドから立ち上がると、汗ばんだ体を出来るだけ乾かすために少しだけ部屋の中をうろうろとする。
あれは、なんとも情けない過去だな………。
俺が今見た夢はまだ真話大戦が始まる前のお話。
そこで俺がアリスを助けたことによって全ては始まるのだが、あのときの俺ときたら、力もないのによくもまあアリスを助ける気になったものだ。
十二階神序列第三位大魔王サタン。
あいつはどうやら二妃であるアリスを狙ってアリスを執着に追い回していたらしく、その際に不意をつかれアリスはあのような状態になってしまったのだ。
まああの時発動した良くわからない力は、後々リアに聞いてみると無意識のうちに妃の器に宿っていたリアの人格が発動したらしく正確にはリアの力だったらしい。
というわけでその悪夢から目を覚ました俺は一足早く朝食の席に向かうことにした。
昨日。
俺たちはアリエスたちのダンスの練習および足捌きの練習が終わるまでその光景を眺めていたわけだが、それは日が沈むまで続いた。
結果的に全員が及第点まで達したわけなのだが、それでもまだルルンを倒すことは出来ないようで、俺とキラがついている状態でならばダンジョンに入ることを許された形になった。
まあその選定が終わった後は四人ともクタクタになっておりハルカの屋敷に帰った途端、自分達の部屋に篭って眠ってしまったようである。
で、取り残された俺とリアとキラとクビロは、そのままハルカと共に夕食を食べ一日の予定を終了した。
その場でハルカの両親とも対面したのだがどちらも優しそうな人で俺たち歓迎してくれていた。しかし父親のほうは何かあるたびにルルンの話をしてきて少々困ったのだが。
ということがあったため、おそらくアリエスたちはまだ寝ているようだ。気配探知を使っても全員まだ部屋の中に篭っている。
俺は軽く髪を整えいつものローブを羽織り、腕まくりをすると一階にある食事の部屋に足を向かわせる。
階段を下りながらも回りにある装飾や壁はとても美しく、シルヴィニクスの王城とも遜色ないレベルで綺麗だった。
階段をおり朝食が置かれているであろう部屋のドアノブを回す。
するとそこには緑色の髪を靡かせているハルカが一人で紅茶を飲んでいた。
「あら、ハクさん。お早いお目覚めですね」
「まあ、少しだけ目が冴えていただけだけどな」
「アリエスたちはまだ寝ているのですか?」
「ああ、それはもうぐっすりと」
「ふふ、そうですか。ではハクさん。皆さんが起きてくるまで私とお話しませんか?」
とハルカは口に手を当てて笑いながらそう呟く。
俺としても今の時間は暇だったので、その提案に乗ることにした。
「ああ、いいよ。で、何を話すんだ?」
「そうですね………。例えばハクさんの昔話とかはどうですか?」
「えー。なんでそこでそういうチョイスなの………」
俺はまさかの質問に嫌そうに顔をしかめる。
「いやだって、その若さでSSSランク冒険者になって朱の神でしたっけ?二つ名まで持っていらっしゃるのですから。そんな凄い人の過去を知りたくなってもおかしくはありませんよ。ですから、話せる範囲だけでいいので少しだけ」
ハルカはそう言うと人差し指と親指で、ほんの少しと言いながら少量を表す手の形を作り、俺に問いかけてきた。
「うーん。といってもそんな大層なことはしてないんだけどな。………まあ、強いて言えばあいつと一緒に戦ったことぐらいかな?」
それはいまだにアリエスたちにも話していない真話大戦のことだった。
「あいつというのは?」
「そいつは俺の目から見ても凄く美人で、それに俺なんかよりももっと強かった。力的にも心的にも。でも、それでもあいつは普通の女の子だったんだと思う。回りが特別扱いしていただけで」
「は、はあ……。話が読めませんが、ハクさんより強かったというのは驚きです……」
当時は俺は普通の人間で、アリスは二妃だったのだから力の差なんて誰が見てもアリスに軍配が上がっていただろう。
とはいえ今の俺はそれよりも遥かに強いのだから、人生何が起こるかわからない。
「でも、そいつとは今はもう絶対に会えないんだ。誰でもない俺がそうしたんだ」
「そ、それは………。どういう意味でしょうか……?」
ハルカが恐る恐る聞いてくる。
俺の言葉をそのまま汲み取るならば誰もが、そう想像するだろうが、俺はハルカに出来るだけ心配させないように笑いながら呟く。
「まあ、今となっては諦めがついているから特に気にしてはいないよ。そこでずっと止まっているわけにもいかなしな」
するとハルカは少しだけ暗い顔をして俯きながら俺に話しかける。
「すみません……。わ、私聞いちゃいけないこと聞いちゃいましたね……」
「別にいいんだ。俺が話そうと思って話したんだから。気を使わせたならこっちが謝るべきだ」
「い、いえ、そんな。…………あ、あの、ハクさんはその女性が好きだったのでしょうか?話をしているハクさんの目がいつもよりもっと優しそうでしたので……」
おお、いきなり聞いてくるな。
まあ、そう思われても仕方ないか。
なにせ自分の口から美人とか言っちゃってるわけだし。
「どうだろう。特にそういった気持ちにはなったことはないけど、大切にしていたのは事実かもしれない。まあ今となってはどうでもいいことだけどな」
「そ、そんな!?どうでもいいだなんて………!?」
すると頭上からドタバタと階段を下りてくる音が聞こえてきた。
「ほら、アリエスたちも起きてきたみたいだ。朝食の準備をしよう」
「は、はい……」
ハルカは煮え切らない表情のまま俺の言葉に頷いた。
俺たちはアリエスたちが下りてくるまでに軽く机の上を整理する。
『あれでよかったのか主様?』
いつの間にか起きていたリアが俺に話しかける。
『ああ、あれでいい』
俺は声のトーンを出来るだけ落としてリアに返答した。
なぜなら、俺とアリスの物語、つまり真話大戦は上辺の感情だけでは語れないのだから。
次回こそはエルヴィニアを回ります!
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