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第二百四十七話 見えない視線

今回はアナに視点を移します!

では第二百四十七話です!

 きなりのままというべきか。

 いや、それにしては少々着飾っている。薄いピンク色に染まった薄いワンイースに水色のリボンを使って髪と服を縛った姿、それが今の私の服装だ。一見ラフそうな格好に見えるが一応外出用の服で、いつものようにフィアに頼ることなく自分でコーディーネートしてみた結果行き着いた服装がこれだった。

 というのも今日は無理矢理にでも白の外に出ないといけない用事があったのだ。いくら女王になったからといって、一人で勝手にお城を抜け出すことは許されない。いや、女王になってしまったからというべきか。まあ、ともかくその用事のために私は誰にも言わず、誰にも気づかれないようにしてお城を抜け出してきた。うせあとでフィアには怒られるだろうが、それはそれ。今はこの場にくることのほうが大切だ。

 そう考えながら何度も潜った大きな門に手を当てた私はそれを開いてその敷地の中に足を踏み入れていく。それと同時に私の体を柔らかな空気が包み込み、懐かしい匂いを運んできた。


「うーん!やっぱりここは落ち着くなあー。よし、さてと。みんな元気にしてるかな?」


 私はそう呟くと、目の前に広がっている大きな庭を駆けるように早足で歩きながら目的の場所に向かっていった。

 そこは草花に囲まれた大きなお屋敷。もはやお塩と呼んでもおかしくないその場所は「かつて私たち」の家だった場所だ。ミルリアさんから借りる形で住んでいたその場所は、今も変わらず豊かな自然とのどかな空気を私に伝えてきてくれる。

 すると、そんな私に向かって私の身長の何倍もあろうかという大きな体を持ったドラゴンたちが顔を覗かせてきた。


『クウゥ!』


「おはよう、ゼラリクス。久しぶりだね、元気にしてた?待っててね、今ご飯用意するから」


 ゼラリクス。

 幻想生物の頂点に君臨し、最強の力を持つ生き物。かれらもまた、この場所に戻り以前と変わらない生活を送っていた。

 とはいえ私は国の王になってしまったし、この家には誰もいない。となると彼らの世話をする人間がいなくなってしまうのだが、それはなんとミルリアさんが暇を見つけてやってくれているようなのだ。

 それをつい最近知った私は慌ててその役目を自分が引き受けようとしたのだが、「まあ、最近は私は随分懐かれてきたからな、気にするな」と言い返されてしまった。

 確かにゼラリクスの人間嫌いな性格はかつての人間たちが彼らに残酷な光景を見せすぎてしまったことに起因しているため、私やミルリアさんのように一定の絆さえ結べればコミュニケーションを取ることは難しくない。

 それでも、さすがにそんな彼らの世話を全て任せてしまうのは申し訳ない。そう考えた私は妥協案として一週間に一度はこの場所に足を運ぶように決めた。案の定フィアがむすっとした顔を浮かべたが、女王様にもこれくらいの我儘は許されてもいいはずだ、と言いたい。

 女王としての仕事をこなすのも悪くはないが、それだけにこだわっていたらそれこそ私は国という樽座に飼い殺されてしまう。それはお姉ちゃんが私に切り掛かってまで阻止したかったことだ。

 女王になる道を選んだ以上、誰も不幸にならないようする、それが私の目標だ。そして当然その中には私自身も含まれている。

 ゆえに私がこの家にやってくるときは唯一の気晴らし兼娯楽なのだ。

 そんなこともあって今日の私の足取りはとても軽い。家の中に備蓄してあったゼラリクスのご飯を用意して、それを大きなお皿に乗せていく。さすがにドラゴンが食べるご飯なのでとてもではないが一人では持つことはできない。しかしそれをどう工夫するかも私の楽しみの一つだ。


「うーん………。今日は大きな干し肉………。包丁で切り分けて持っていくのもいいけど、時間もあんまりないし、今日はこの剣に頼ろっか」


 と、言ったものの、今日ばかりはその楽しみを楽しんでいる余裕はない。後のスケジュールがつかえている関係上、この場にいられる時間は限られている。

 そのため私は大きなお皿に盛りに盛りまくったゼラリクスのご飯を腰にぶら下げているペインアウェイクンの力で運ぶことにした。右手でその鞘を軽く撫でると、その剣先から淡い水色の光が湧き上がり、それが勝手にお皿をゼラリクスたちのいる庭に運んでいく。

 つくづく人の身にあまる能力だ、そう思ってしまうが今となっては便利な力であるため、その文句を口にすることはない。

 この剣があったから一ヶ月前のあの戦いは起きてしまった。もっと遡ればこの剣があったからこの世界はそれを取り合う戦いを五百年も続けてきてしまった。

 その事実は変わらない。

 だが、今は違う。少なくともこの剣を持っている私がそんな未来は絶対に作らせない。そう心に決めている。

 ゆえに過去を見ずに流すことはできないが、それを踏み越えて前に進もうと私は考えているのだ。

 その一つとして結局女王になったり、少しでも前向きに物事を考えようと努力している。また、それ以外にもミュルやイリス先輩たちとの関係を元に戻し、毎日とは言えないが一緒にお茶したりご飯を食べたりなど、女王ではなく人として生きる道も模索していたりするのだ。

 結局、何が正解で何が間違いなのか、それはまだわかっていない。だが、それでも「あの人」を斬り伏せて作ろうとしていた世界や光景とはまったく違うものが今の私の目には映っている。


 それだけで、私はとても幸せだった。

 久しぶりに生きる意味を見出せた。


 そんな一ヶ月。

 どん底に落とされて、でもまた前に歩き出した私の新しい時間。それがこの一ヶ月の出来事全てだった。

 私はそんなことを考えながらゼラリクスたちにご飯をあげ、綺麗に食べ終えた彼らを見届けるとお皿を洗ってこの屋敷を後にした。先ほども言ったように今日の私は時間がない。本当ならばこのままこの場所に留まっていたいところだが、それはできなかった。

 とはいえ。


「まあ、もうこの家は私のものになっちゃったから、いつでもこれるんだけどね」


 そう、それが真実だった。

 この家の一切の権利はミルリアさんが保有していた。だが結局、それをミルリアさんは全て私に譲渡した。この家はお前たちのものだ、これからも、この先もずっとお前たちの思い出として持っておけ、なんて言いながら個人的な資産だったはずのこの家を私にくれたのだ。


 だが。

 もうここには「私」しかいない。

 「かつての私たち」はもういないのだ。


 本当はずっと、ずっと隣にいるはずだった「あの人」がいない。だからあの光景は二度と戻ってこないのだ。思い出に、記憶の中にだけその人は生き続けている。

 ゆえにこの家をもらったところで、余計にむなしくなるだけだ。初めはそう思っていた。

 だが考えれば考えるほどそれは真逆の感情に変わっていった。その思い出を全部残しておきたい、全部欲しい、そう思うようになったのだ。

 そんなこんなで、私が女王になって唯一口にした我儘。それが今回のお忍び外出の目的だ。もちろんこの家を自分のものにするというのもその一つ。


 しかし。

 あともう一つ。

 それは残されている。


「よし、それじゃそろそろ行こっかな。何年ぶりかな、あの場所に戻るのって。一応掃除はしてるって言ってたけど大丈夫かな?」


 そう言って私は能力を発動して空に飛び上がっていく。爆風が吹き荒れ雲を吹き飛ばしたかと思うと、その力は私の体をその目的地に向かって勢いよく運んでいった。


「うん、準備オッケー。さあ、帰ろう」


 そして私はこう呟く。

 私と「あの人」、お姉ちゃんが一緒に生活した原点とも呼べる場所。


 それは………。




「グラミリ村へ」




 と、そのとき。

 ふと、誰かの視線を感じた気がした。気配もなにもないのに、確かに誰かに見られている気がする。

 そしてそれは同時にグラミリ村にあるその扉を開けたら、その人がいるのではないかという錯覚を抱かせてくるのだった。











「ふうー、到着っと。さて、いきなり村の中に入っちゃうのは色々と不自然だよね………。でも私の顔は変に目立っちゃうし、どうしたら………」


 グラミリ村に到着した私は村の入り口付近にある木の陰に隠れてその場所の様子を窺っていた。以前お姉ちゃんがお手伝いしていたという門番の仕事には、しっかりと人がいるようで部外者が入らないように命剣を持って見張っている。

 当然力でそれをねじ伏せることはできるが、一国の女王がそんなことをしてしまっては色々と問題になりかねない。それにこれ以上戦いが起きないようにと女王になったはずなのに、言ったそばから流血沙汰になっていては前途多難にもほどがある。

 そのため私はもんもんとしながらただただその光景を見つめているしかなかったのだが、そんな私の背後に急に誰かが現れたかと思うと、脳天に向かって重たい何かをゆっくりと振り下ろしてきた。


「いたっ!?い、一体誰が………………って、なっ!?」


「だれと聞かれれば妾じゃよ。久しぶりにその姿を見たと思ったら何をこそこそと隠れておるのじゃ、お主は?」


「あ、あはは、お久しぶりです、インフさん………。え、えーと、さっきまで王都にいましたよね?それなのにどうして今私の隣にいるんです………?」


「本当はわざわざお主を王都まで呼びに行こうと白にまで出向いたのじゃが、その時にはもうお主はこの村に向かい始めておった。あれだけ豪快に力を使っておればいくらなんでもその動きはわかってしまうものじゃ。ゆえにそんなお主に追いつくべく急いで戻ってきたというわけじゃ」


「と、とてつもないスピードですね………」


「お主にだけは言われたくないのう、第一剣主?」


「う、うぐっ………」


「まあ、それはともかく、お主のことじゃどうせどうやって村に入っていいのかわからなかったんじゃろう?相変わらずといえばそれまでじゃが、今回ばかりは仕方がないわい。ほれ、ついてくるのじゃ」


「は、はい」


 そう言われて私は物心ついたころから一切変わっていない頼り甲斐のある小さな女性、インフさんの背中を追いかけていった。そしてそのまま顔パスのように村の入り口を突破し、できるだけ人目につかないルートを通りながらその場所に向かっていく。

 するとその道中、インフさんは突然こんなことを呟いてきた。


「それにしても以外じゃったわ。まさかお主がこの村の敷地ごと買い取ってしまうとは。別に一言言ってくれればいくらでも融通は効かせられたというのに、強情にもほどがあるわい」


「す、すみません………。私、思い至ったら止まれない性質で………」


「知っておる。何年お主の世話をアリエスと一緒にしてきたと思っておる?お主の考えることなどもうお見通しじゃよ」


 結局、私がここにきた理由はこの先にあるお姉ちゃんと過ごした家とその家が建っている敷地にあった。そこは数日前まで当然このグラミリ村の所有物で、いくら私といえどそう簡単に手を出せる場所ではなかったのだ。

 なのだが、私はその敷地と家を丸ごと女王の権限で買い取ってしまった。別にグラミリ村が嫌いというわけでもないし、グラミリ村があったからこそ今の私がいると思っているのも事実なのだがそれでも私はその場所を私だけの場所にしたかった。また、お姉ちゃんがこの場所に戻ってきてもいいように、いつ帰ってきてもまた笑顔で迎えられるように。そんな環境を私の手で作りたかったのだ。

 そしてそんな家と土地の引渡しが今日という日に設定されていたということなのである。


「まあ、わからんでもないのじゃ。結局、あの場所はお主とアリエスだけの場所じゃった。妾やラサ、ミルリアたちであっても踏み込めん領域じゃ。であればいっそのこと私有地に変えてしまったほうが手っ取り早い」


「本当にすみません、またご迷惑をおかけしてしまいました」


「気にする必要はないのじゃ。それがお主の望みで、唯一の我儘だというのなら、それを聞き受けるのが妾の役目。無茶でもなんでもドンとこいという感じじゃ!」


 インフさんはそう言い放つと背後にいた私に向かってとあるものを投げつけてきた。それはもうボロボロになってしまっている金属製の鍵で、そこにはペンで大きく「ア」という文字が書かれている。

 この文字は私とお姉ちゃんの名前の頭文字を取ったものだ。二人の家なんだから二人に共通している目印があったほうがいいなんて話をして一緒に書き込んだ気がする。


「さて、その鍵を渡したということはこれで全ての手続きは終了じゃ。これからあの家とあの敷地はお主だけのものになる、よいな?」


「はい、ありがとうございました」


 私はその鍵を受け取るとインフさんに深く頭を下げていく。そしてたっぷりお辞儀をした後、一人でその奥に進んでいった。

 草木が生い茂り、水が流れるような音が聞こえてくる。そしてその果てに、それは現れた。


「………ついた、ついたよ、お姉ちゃん」


 しっかりと組み立てられたその家は六年の歳月が経っても朽ちることなくそこに建っていた。ところどころ劣化している箇所があるものの、インフさんが掃除していたというだけあってとても綺麗な状態で残されている。

 その光景に胸をなでおろした私は、大きく深呼吸を繰り返してその家の扉の前に立つ。

 なんでかな、すごく緊張する。

 数年前まではなんのためらいもなく開けていた扉が今はこんなにも大きく、重く感じてしまう。きっと気のせいだだろう、そう思いたくても、この扉の前に立った瞬間、今までの記憶が洪水のように頭に流れ込んできて体を動かすことができなくなった。


「うっ、くっ、うぁあ………」


 だめだ。

 泣くな。

 泣いちゃだめだ。

 そう言い聞かせて私はなんとか顔を上げる。

 前に進むって決めた、だから泣いている暇なんてない。それに泣き顔をお姉ちゃんに見せるなんてそんなみっともないことできるわけがない。

 だから。

 だから。

 だから。

 私はゆっくりとその扉のドアあの部に手を当てて、その鍵穴に鍵を差し込んでいった。鍵が錆びている鍵穴に当たりガリガリと音を立てる。手に伝わる確かな感触が鍵が穴の奥に当たったことを伝えてくると、手首を右に回すように命令を出していった。


 だがこの瞬間。

 何かを感じた。

 それはまるで愛しい人に抱きしめられているかのような感覚。

 それでいて消えてしまいそうなほど細く薄い視線を。


 確かに感じた。




 そして。

 手に握られていた鍵がその鍵穴をカチリと回していく。

 しかし私の顔は扉ではなく、自らの背後にある光景に向けられていた。




 だって。

 だって。

 わかってしまった。


 いないとわかっていた。戻ってこないとわかっていた。

 なのに。

 なのに。


 きっと見ていてくれているとそう気づいてしまったから。




 そして桜が舞う。

 咲くはずのない桜が咲き乱れ、私と「その人」を包み込んだ。




「お、お姉ちゃん………?」




 これが本当の最後。

 私とお姉ちゃんに許された最後の時間だ。


 私はそのあり得ない再会に目を見開く事しかできなかったのだった。


次回はアリエスとアナが再会します!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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