第二百四十六話 繋がれた日常
今回はミルリアたちのその後が描かれます!
では第二百四十六話です!
目を開くとそこは大きなお足の中だった。
太陽の日差しが柱の隙間から差し込んで私の顔を照らしてくる。
いや、それは違う。今の私に光を受ける体はない。気配すら認めてもらえなくなった私がその光を顔に浴びることはできないのだ。
当然、私には私の体を意識できている。手を動かせば手が動くし、足を前に出せば足が地面を踏む。
しかしそこに影はないし、足跡もつかない。私がここにいるという情報は私だけが知っている。その証拠にお城の中を慌ただしそうに走り回るメイドさんたちには部外者であるはずの私がまったく見えてなさそうだった。
普通、私服でいきなりお城の中に現れた女を見れば警備兵が駆けつけてくるだろう。そうでなくとも、警戒の視線を浴びせられるはずだ。
だがそれは、この場にではまったく起きていなかった。ゆえに悟る。私の姿は本当に誰にも見えていないのだと。鏡ばりの廊下に足を踏み入れても、そこにある鏡に映し出されるものはなにもない。
私はこの世界においてもはや自らの顔すら見ることができなくなってしまったのだ。
しかし同時に気づいたことがある。
帰ってきた。
戻ってきた。
その実感がこのお城に足をつけていることで理解することができた。
おそらくだがこのお城は私が知っているサタリバース王城で間違い無いだろう。あの戦いでほとんど壊れていたはずのお城だが、その傷跡は何も残っておらず本当に何もなかったような豪華な建物が私を包み込んでいた。
と、そこにこんな話が私の耳に流れ込んできた。
「はあ………。それにしても色々と慌ただしい国よね、この国も」
「何よいきなり………。気色悪いわよ?」
「だって、そうじゃない。先代の陛下が自らの汚点を暴露されて王位を退いて一ヶ月。アナ様が新たな王座に就いて、さらにサタリバース王国とシュテリーラ王国を統合してしちゃったのよ?五百年もの間、争奪戦なんて戦いで停滞してた国家だとは思えないわ」
え………?
い、一ヶ月?
そ、そんなに時間経っちゃったの………?
その会話はお城の廊下を掃除するメイドさんたちのものだった。手には箒が握られており、せっせとその床に落ちている誇りたちを集めている。
しかし私が驚いたのは彼女たちの会話についてだ。そもそもどこから突っ込んでいいのかわからない情報が雪崩のように飛び込んできてしまったので、まず思考がまとまっていないのだが、その中でもあの戦いから一ヶ月が経過しているという事実に私は驚きを隠せなかった。
だがそこでなんとなく察する。
あ………。むしろ一ヶ月しか経ってなかったんだ。ということはまさかその調節はハクにぃが………?
元々、この世界と私たちの世界では時間の進むスピードが何千倍も違う。その事実がある以上、元の世界で一日以上休んでしまっている私とこの世界のずれは本来十数年の差を生み出しているはずなのだ。
しかし、今の話を聞く限りそのずれは精々一ヶ月。その情報は以前であれば考えられないことだ。しかしハクにぃが私をこの世界にもう一度だけ戻してくれるつもりでいたのなら、その時間のずれを調節していてもおかしくない。
ゆえにそれに関しては納得することができた。だが胸をなで下ろしている暇もなく、次から次へと新たな情報が耳に突き刺さってくる。
「まあ、あなたの言い分も一理あるわ。実際サタリバース王国はともかくシュテリーラ王国の国民たちは先代のレトダール王を敬愛してた。だからどこの馬の骨かもわからないアナ様がいきなり王政を敷いてもなかなか従ってくれなかったみたいよ?だから荒れるに荒れた。ガルディスト王と一緒に裁判にかけられているレトダール王を解放しろだとか、サタリバース王国の人間に会いたくないだとか、それはもう問題が起こったらしいわ」
「でもそのわりには今は随分と落ち着いてるじゃない。私たちの知らないところで何かあったのかしら」
「さあ、どうかしら。でもまあ、そんな無理難題でも何気なく解決してしまうのがアナ様だもの。何をしていても不思議じゃないわ」
「それは言えてるわね。そういえばシグフェトラー学園の単位も特別に飛び級扱いで卒業認定を受けたんでしょ?あのエリート学園を特例とはいえ飛び級だなんて、本当にすごいお方よね」
は、はいいぃ?
あ、アナがと、飛び級!?
な、なんなの、それ………。
私の口はその事実を聞いた瞬間から塞がらずピクピクと動きながら固まってしまっている。今は誰にも見られてないからいいものの、ハクにぃなんかに見られたら最後一時間はたっぷり笑われるような顔を私は作ってしまっていた。
だがまあ、そんな不細工な顔とともにわかったことがある。
どうやら、というかやはりアナは最後に選んだ自分の道を貫き通したらしい、ということだった。
今の話を聞く限りアナはサタリバース王国とシュテリーラ王国を統合して新たな国を作ったようだ。そもそもペインアウェイクンという件はこの世界にあるべき唯一の王を作り出すための道具だ。あの戦いが終わったとはいえその剣を手にしているアナからその使命が消えるわけではない。
もちろん、全てを投げ出すこともできたはずだが、今度こそアナは自分の意思でその未来を決めたのだろう。
だから今回はその選択に何も思わなかった。アナがそれでいいと思ったのなら、それが正解。その全てを受け入れることが私の役目だと思ったのだ。
なんて呑気に考えていた私はずっとこの場にいるのもなんだと思って思い切ってこの場から動こうと足を前に出していった。別に目的地があるわけではない。だが今の私には時間が限られている。このまま彼女たちの話を聞くのもいいが、それではこの世界にきた本当の意味を成せなくなってしまう。
それではだめだ。ゆえに私は動き出す。
………はずだったのだが。
まるでそんな私の後ろ髪を引くように、聞き覚えのある声が私の背後にいるメイドさんたちのさらに後ろから飛んできた。
「そうだ、本当にアナはすごいんだ。なにせこの私があのアリエスと一緒に育てたのだからな」
「「ッ!?み、ミルリア様!?」」
な、なにぃぃ………!?
その声に引きずられるように私は体をギュルリを百八十度回転させていく。そしてそんな体についている二つの目が捉えた先にいたのは、黒く透き通るような髪を携えた私の恩人兼親友だった。
「ミルリアさん………!」
「す、すみません、ミルリア様!決して仕事を放棄していたわけでも、アナ様の噂話を口にしていたわけでもなく、今のはただの雑談でして………」
「わかっている。というか、そんな怯えるな。別に取って食おうなどとは思っていない。私が声をかけたのはたまたまアナの名前がお前たちの口から聞こえてきたからだ。他意はないさ」
「「は、はあ………」」
「まあ、なんだ。アナという少女は私やアリエスの想像をはるかに上回る成長を見せ続けてきた。そしてそれは今も変わらない。アナはまだ大きくなり続けている。というか、今ではもう私などでは全てにおいて足元にも及ばないだろうな。ははははははっ!」
そういうとミルリアさんは幸せそうに笑顔を浮かべて笑い出した。その姿になんと反応していいのかわからないメイドさんたちはただただ愛想笑いを作って空気を誤魔化していた。
ただまあ、その気持ちはわからなくない。というか、その経験は何度もある。親友と呼べる中になってしまった私たちにとってその微妙な空気感は日常茶飯事だ。私であれば適当に話を切り替えたり、じゃれあってどうにでもできるのだが、今の彼女たちにそれは酷だろう。
ゆえに私はどうしようもできない私を許すように祈りながらその光景に視線を流していった。
そこにいるのは間違いなくミルリアさんだ。他の誰でもない。でも、話しかけることも、触ることもできない。喉から出てくる声は誰にも聞かれることなく空へ消えていく。どれだけ名前を呼んでも、ミルリアさんは私の声に振り返ってくれることはないのだ。
と、その時。笑っているミルリアさんの頭を小さな何かが思いっきりはたき落した。
「何一人で笑ってるのよっ!」
「いたっ!?な、何をする、ミーゼっ!人が気持ちよく笑っている時に………」
「あなたのそれは目の前の二人をとても困らせるのよ!あなたは戦闘時になれば冷静で誰よりも切れるのに、平和ボケした瞬間ただのバカに成り下がるんだから、少しは自重しなさい!」
「な、なにおう!?ミーゼ、忘れたわけじゃないだろうな?お前が表に出てこられているんも全て私がいるおかげだということを」
「ふんっ。そんな脅しもう効かないわよ。それともなに?私がいなくなったらアリフやハルスたちから送られてくる大量の仕事と書類は一体誰がかたするのかしら?」
「う、うぐっ!………い、いいだろう。今のことは水にながしてやる。だが次はないぞ、わかったな?」
「あなたこそ次の私に無礼な態度を取ってみなさい?絶対に後悔させてあげるわ!」
あ、あはは………。
な、なんなだろう、この会話………。ミーゼちゃんがミルリアさんを止めたと思ったら、むしろさらに悪化しているよね………。
というか。この二人ってこんなに仲よかったっけ?
私はその光景を見て率直にそう思ってしまった。確かこの二人の関係はあくまでギブアンドテイク的なものだったはずだが、あの戦いが終わっても一緒にいるということはそれなりの関係が築けているのだろうか。
………うーん、わかんない。もう私がいない一ヶ月の間で何がどうなって………。
私はとにかく現状を理解することに精一杯になっていたのだが、するとここで不意に真面目そうな顔に戻ったミルリアさんが固まっているメイドさんたちにこんな問いを投げかけていった。
「ああ、そうだそうだ。一つ、いや三つか、お前たちに聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「は、はい!何なりとお申し付けください!」
「いや、別に命令するわけではないんだが………。まあ、いいか。えーと、戦士王とラサ、そしてインフの場所を知りたいんだが、心当たりはないか?」
「そ、それでしたら………」
「ま、まず戦士王様に関してですが、今日は兼ねてからいっておられた『あの腕輪』を変換しにいっておられるのだと思います。今朝精霊の皆さんを連れて外出されましたので」
「なるほど、ということはアイテールもこの城にはいないということか。まあ、そのアイテールの協力で転移術式の魔法陣を修復できたのだから動向するのは当たり前か」
「それと次にラサ様に関してなのですが、おそらく今はメトナ様のお稽古に付き合ってらっしゃるはずです。メトナ様がどうしてもと言っておられましたから」
「そして最後にインフ様に関してなのですが、インフ様は先ほど五分ほどこの場に立ち寄ったあと、すぐにお帰りになられました。なんでも『この城はあまり好きじゃない』とのことで………」
「はあ………。なるほど、わかった。ということは本格的に私は自分の仕事に戻るしかないわけだな。気晴らしに誰かいないものかと聞いてみたが、誰一人として予定が空いていないとは………。特にインフだ、インフ。あいつは今日アナに会いにくるとかいっていたはずじゃなかったか?それなのにアナにすら合わずに帰るとはどういう了見だ、まったく………。剣主というのはどいつもこいつも自分勝手な奴しかいないのか………」
「そ、それはやはり………」
「ルガリク様のことを………」
「他に誰がいるというのだ。あいつときたらアナに負けて以来、もう一度自分を鍛え直すとか言って、あれから一度も戻ってきてないじゃないか。せっかくそれなりの地位を与えてやったというのに、あれでは大臣たちへ言い訳すらできん」
「まあ、強者っていうのは総じてそういうものなのよ。力が人間に余裕を与える。あの第五剣主はその最たるものじゃないかしら。好きさせておくのが得策だと思うわよ」
と、ミーゼちゃんは呟くと、その小さな顔をすっと上にあげて何かに気がついたような顔を浮かべていった。そして自然とその体は自らの背後に向けられていく。
「………なんて話をしてたら、今度はもっと珍しいものがやってきたわね。今度はなにが起きたのかしら?」
「なんだと?」
その言葉に眉をひそめてしまったミルリアさんだったが、ミーゼちゃんの視線が向けられている方向に目を向けた瞬間、全てを悟ってしまう。
そこには普段の服装とはまったく違う、美しい騎士服に身を包んだフィアちゃんがこちらに走ってきていた。
「み、ミルリア様!お、おはようござます!」
「あ、ああ、おはよう………。それにしても珍しいな、お前がそんなに慌てているなんて。それにその服………。どこか出かけるつもりなのか?」
「い、いえ、これは単純にメイド服では動きづらかったから着替えただけです。そ、それはいいとしてミルリア様、アナ様を見ませんでしたか?」
「い、いや、見ていないが………。まさか、いないのか?」
「はい………。私が目を離した隙にどこかへ行ってしまったようで………。お心当たりがあれば教えて欲しいのですが………」
その言葉にミルリアさんはうんうんと記憶から何かを絞り出すように思考を巡らせて言ったのだが、そこで不意にはっと顔をあげていく。
そして少しだけ悲しそうな、それでいて嬉しそうな顔を浮かべてこう呟いていった。
「………なんだ、そういうことか。ならアナの行動も頷ける。いや、頷かざるを得ないな。仮に私がアナであってもそうしている」
「は、はい?え、えっとそれはどういう………」
「なに、簡単なことだ。今日は『正式にあの家をアナに引き渡す』日だ」
その瞬間、全てを悟ったようにこの場にいる全員が目を見開いた。いや、正確に言うならば私を除いた全員というところか。
なんの話をしているのかまったくついていけていない私はそれでも耳をすませて食い入るようにその会話を聞こうとしたのだが、その話はそこで打ち切られてしまう。
そんなクァイの最後は柔らかな笑みを浮かべたフィアちゃんとミルリアさんの言葉で締めくくられるのだった。
「………それなら仕方ありませんね」
「ああ、仕方がない。今日くらいは『二人っきり』にさせてやろう」
その言葉が空気に伝わると同時にどこからともなく桜の花びらが舞い込んできた。季節外れにもほどがある光景だが、その花びらは私をとある場所へ導いていく。
そして私はそんなミルリアさんたちの言葉の意味を確かめるために「あの場所」へ向かっていくのだった。
空に桜が咲くのはもう直ぐだ。
次回は………。
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