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第二百四十五話 最後の願い

今回はアリエスとハクがメインです!

では第二百四十五話です!

 お母さんの話を聞くなり家を飛び出した私は浮遊の力を使って空にきていた。

 私の家の丁度真上、雲ひとつないその空にハクにぃは立っている。

 いつのまに目覚めたのかはわからない。私とお母さんが話していた時間はほんの十数分。その間に起きたのか、はたまた元々この場所にいたのかは今の私では判断できないだろう。

 常識が通用しないのがハクにぃだ。その気配を感じ取った時にはもうこの場所にハクにぃがいることを私の頭は掴み取っていた。

 ゆえに。

 風が舞う、その音だけが響く大空に私はやってきた。

 燦々と輝く太陽は私の肌を焼くように突き刺さり、少しだけ体を火照らせてくる。空気が薄いせいか呼吸も上がっているようだ。

 私はそんな自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返すと、私に背を向けながら浮かんでいるハクにぃに向かって声をかけようとした。

 しかしそれは見事にハクにぃに先手を打たれ、声を発する前に口を閉ざされてしまう。


「残酷かもしれないけど、俺が前に言ったことは変わらない。アリエス、お前はもうあの世界に行くことはできない。世界で死んだ人間はその世界で生きることが許されない。それはどの世界でも共通だ」


「………」


 ハクにぃは言っていた。

 アナが十五歳の時、ハクにぃが五年おきに様子を見にくるその日、私は自分の体調がまったく回復していないことと、この先の未来が不安で『もしも』の話をハクにぃに切り出していた。

 そしてその答えこそが今語れた真実。

 あの世界で死んだ私はもう二度とあの場所に戻ることはできない。神が許そうと、世界が許さない。もしそれを許してしまえば、それこそレトダールと同じ道を私は歩いてしまうことになる。

 死者と生者の境目がなくなった世界はひどく歪んでいた。奇声にも悲鳴にも聞こえるような音が木霊し、空間自体がうねるような力の渦。それがいたることに発生して理というものが完全に消失してしまった世界。

 ああ、なってしまうともはや抑止力の手でも復元は不可能だろう。どうしてそんな力をペインアウェイクンに授けてしまったのかは不明だが、あれほど世界を混乱に陥れてしまう能力はない。

 ゆえに、私は戻ることはできない。仮にその手段を取らずとも、あらゆる世界を代償に無理矢理私を蘇生することは可能だ。だがそれも前者となんら変わらない。待っているのは破壊と苦しみの連鎖。

 今、私が願っているそれはそれらを引き起こしてしまう可能性を秘めている。というよりは確実に起きてしまう事柄なのだ。

 だが。

 だが、だ。

 であればどうしてハクにぃは昨日、私の問いに答えなかった?どうしてあの場ですぐにそう言ってくれなかった?

 そんな疑問が心の中に渦巻いていく。

 だからだろう。

 だから私はもう二度とアナと会えないと知っておきながら、わずかな可能性を持っているであろうハクにぃの下にやってきた。不可能を可能にする力を持っているその人に会いに。

 しかし、そんな私に追い打ちをかけるようにハクにぃは残酷な事実ばかりを告げてくる。


「………神は奇跡を願っちゃいけない。人にはない力を持っていて、それでもなお何かを望もうとするその貪欲さ。そんな身勝手は許されないんだ。神にもルールはある。世界にもルールはある。そのルールから外れるようなことは、誰も許してくれない。誰かが裁くわけじゃない、誰かが罪を与えてくれるわけじゃない。無理矢理自らの欲を推し進めた結果、得られるのは悲惨な未来だけだ。不可能を限りなく可能に変えてしまえるのが神だ。それを人は奇跡と呼ぶ。なら神とって奇跡と呼べるものはなんなのか。人の領域でさえ奇跡と呼べる代物は神でさえ恐れおののくものだった。それはアリエスが一番よく知っているはずだ」


「………うん、そうだね」


 奇跡。

 そう呼ばれている力を私は知っている。

 人が願い、命を捨ててでも叶えたいと思う願望、そんなものを叶えてしまう万象を束ねたような人智を超えた力。それは本来、誰にでも与えられるものではなく、人間にとってみれば幻のような不安定なものだ。奇跡とは誘発的に引き起こすものではない、あくまでそれは偶発でなければならない。

 ゆえに奇跡に出会える人、そうでない人が現れる。

 そしてこれを人は幸運、不幸、そんな言葉で表現してしまうのだ。

 だが、私は体験している。

 そんな奇跡を自分の意思で誘発させられる人間を。

 かつて、この世界の人間の記憶の中からハクにぃは消去された。そしてその記憶を戻すために使用された力こそが「奇跡」と呼ばれている力だ。

 それは神にすら使用が許可されなかった反則技。二妃と呼ばれている人と神の両方の属性を持つアリス姉だからこそできた超常現象だ。人の願望を神の力を持ちながら人間であり続けている二妃だけがその力を発動できる。

 しかしそれはあくまで人の領域で願われた奇跡だ。

 それが仮に神の領域で語られたとしたら。

 それはもはや超常現象なんて言葉で片付けられる問題ではなくなる。


「だけど、それが俺たち神の中で使われてしまったら、それはもうただの事実だ。あらゆる過程も記憶も全てを排除した先に待つ結果。ただそれだけ。そんなものを奇跡と呼んでいいのか、その過程で破壊されたあらゆるものの死に様すら見ずに自分だけのうのうとその力に縋っていいのか。それをもう一度考えるべきだ」


「………うん、わかってる」


「だから改めて言っておく。多分、アリエスが俺に縋っている一番の理由、それは全てを塗り替える力、『事象の生成』だろう。だけどこれはある意味かなり危険なんだ。最悪死人すら世界のルールを食い破って生き返らせてしまう。星神の時はカラバリビアの鍵の抑止があった。だからアリスの奇跡に頼った。神ではなく人の領域でその力を超える必要があったから。だがもし、それを神の力である事象の生成で超えてしまえば。………そこにあるのは、気がついた時に誰も生きていないなんていう結末と、幸せを夢見たはずの未来が血にすら濡れず消滅してしまう光景だけだ」


「………それも、わかってる」


「………だったらどうしてまたあの世界に戻りたいなんて言うんだ?それを叶えてしまえば何もかも失うってわかってるのに」


 そう、わかっている。わかっているのだ。

 ハクにぃが言っていることも、その危険性も全てわかってる。仮にも神の領域に全身を浸からせてしまった身だ。その力の危うさはハクにぃの次にわかっている。

 でも、でも。

 でも、だ。

 でも………。

 気がついたのだ。お母さんと話して、私がアナに対して最後に何ができるのか。何をしなければいけないのか。

 それに気がついていて、それを捨てることなんてできない。

 無茶は承知だ。でも、もう私にはハクにぃ以外に頼れる人はいない。そんなご都合展開、ないに決まってる。そう心が告げていたとしても私はここで動き出した体を止めるわけにはいかないのだ。


「………私も正直言ってその問いの答えが全然わからなかったの。アナのことは好きだし、愛してる。ずっとそばにいたいって思えるくらい愛おしい。でも本当にそれが理由なのかな、本当にそれが理由であの世界に戻りたいのかな。だって初めからわかってた。こんなお別れじゃなくても、いつか絶対離れ離れになるときはくるって。だから不思議だった。こんなにもアナへの後悔が残っている自分が」


「………」


「でもわかったの。気付いたの。さっきお母さんと話して全部気がついちゃった」


「………何にを?」


 そして私はその言葉を口に出す。不思議と恐怖はなかった。むしろハクにぃはその結論にたどり着いた私を待っているかのようだった。




「私はアナの『家族』だった。たったそれだけ。家族は離れていても家族の絆で結ばれてる。だから姉である前に、母親である前に、私はアナのたった一人の家族なの。だから行かなきゃ。私の帰りをアナは待ってると思うから。そして、ただいまって言って、最後にこれから頑張ってって言ってあげるのが私の役目。私は多分、お母さんみたいにそのアナの背中を押して母親になってあげられることはできない。だからせめて応援くらいしてあげたいの」




「………」


 その言葉にハクにぃは無言だった。じっと私の顔を見つめて視線を外さない。燃えるようなその赤い瞳はアナを彷彿とさせるように同じ色に輝いて私を吸い込もうとしてくる。

 だがそれもすぐに終わった。

 大きく息を吐き出したハクにぃは肩をゆっくりと落としながらこんなことを呟いてきた。


「………本当に強くなったな」


「え?」


「今のアリエスは俺が知ってるアリエスより何倍も強い。力じゃなくてその心が」


「そ、それは………」


「なあ、アリエス。お前がいた世界は楽しかったか?」


「へ?」


「その世界は温かかったか?みんなが笑顔で生活してたか?幸せに溢れてたか?」


 急に何を言い出すのだろう。

 私はそう思ってしまった。でもそんな問いに私の口は勝手に動き出す。


「わからない、わからないよ。でも、私はすごく落ち着く世界だった。ずっと、ずっと暮らしていたいってそう思っちゃうくらい」


「………そうか。ならやっぱり、最後くらいちゃんとお別れしないとな」


「そ、それってどういう………」


 ハクにぃはそう呟くと、小さな声で「俺も人のことは言えないし」なんて口にしてまた私に背を向けていった。すると次の瞬間、どこから取り出したのかわからないほどのスピードでカラバリビアの鍵のレプリカを取り出したハクにぃは、そのままその鍵を空に突き刺して力を発動させていった。それと同時に空間に漆黒の大きな穴が出現する。


「は、ハクにぃ、これって………」


「一日だ」


「へ?」


「一日が限界だ。それが俺が世界につける嘘の限界。何も失わずにアリエスの望みを叶える唯一の手段。二十四時間、その制限時間の間ならお前は一度だけあの世界に戻ることができる」


「ほ、本当っ!?」


「ああ。だが問題もある。これによってあっちの世界に行っているときはその世界の人や物、あらゆる事象にまったく干渉することができなくなる。つまり気配すらなくなった幽霊みたいなものだ。手紙を書いたり、誰かに言伝して意思を伝えることもできない。でも、これが限界なんだ、わかってくれ」


「………」


 それはつまり、私には全てが見えているけど、アナたちには私を捉えることができないという意味だろう。そしてあらゆる手段を使っても私とアナが交わることがないという事実も示している。

 本当ならアナと直にあって言葉の一つや二つかけてあげたい。でもそれは望みすぎだ。おそらくこの決断もハクにぃ的には相当負担がかかっているのだろう。神になったばかりの私にはわからないが、死人を擬似的とは言え生者として扱うというのはそれだけで気の遠くなるような西行なはずだ。しかもそれを一日ともなればそれこそハクにぃにしかできない御技なのだろう。

 だから私はそのままハクにぃにお礼を告げていく。


「ううん、十分だよ。本当にありがとう、ハクにぃ。それにごめん、いつになっても迷惑かけちゃうね、私」


「いや、俺の方こそごめん。本当はすぐにでもこの案を提示したかったんだ。でも俺は聞きたかった。アリエスがあの世界で学んできたその答えを」


「わかってるよ。だからまたここに帰ってきたらいっぱい話すね?私があの世界で何を見てきたのか」


「ああ、楽しみにしてる」


 ハクにぃはそういうと私の手をとって体を引き寄せると優しく頬に唇をつけてきた。そして私も同じように唇をハクにぃの頬に触れさせると、そのまま私はハクにぃから離れるように体を話して目の前に開いている黒い穴の前に立った。


「それじゃあ、行ってくるね」


「ああ、いってらっしゃい」


 そして私は手をふるハクにぃを目に焼き付けながら息を吸い込んでその穴の中に飛び込んでいく。その瞬間、見えない引力に引きずられるように私の体は世界の狭間へと吸い込まれていった。

 ぐるぐると回るような浮遊感とともに、闇が体を包み込んでいく。思わず酔いそうになってしまう感覚を無理矢理押し殺し、私は前を見た。

 するとそこには光の粒が集まったような空間があり、まるで私を歓迎しているような雰囲気を滲ませていた。

 そして悟る。

 その場所がアナと過ごしたあの世界なのだと。

 ゆえに私は。




 その世界に一日だけ戻るのだった。




次回はティカルティアに戻ったアリエスのお話になります!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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