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第二百四十三話 癖と思い出

今回もアリエスの視点でお送りします!

では第二百四十三話です!

「………それは、またああしたゆっくり話そう。今はとにかくしっかり休んでくれ」


「え………?それってどういうこと?」


 その答えは想定外だった。私はてっきり二度と戻ることはできないとすっぱり言われてしまうのではないか、そう思っていたのだ。

 なにせ、一年前のあの日、私はハクにぃの口からそう告げられていた。ゆえにそのつもりで生きてきたし、ここに帰ってくることはその事実を受け入れなければいけないことだと認識していた。

 だというのに、ハクにぃはまるで含みを持たせるかのような返事を返してくる。

 本当ならそんな期待を持たせるような言葉は淡い幻想抱かせる残酷な台詞に他ならない。私とハクにぃの関係だから許されるが、これが赤の他人ならこれ以上残酷なことはないだろう。

 ゆえに私はその言葉を掘り下げるように食い気味に問いを投げかけていった。しかしそれは私の手を握るハクにぃによって止められてしまう。


「詳しい話はまた後でしよう。病み上がりも同然な今のアリエスに無茶をさせるわけにはいかない」


「で、でも、体ならもう十分………」


「頼む。これだけは言うことを聞いて欲しい。時間はたくさんある。焦る必要なんかない。だから今は、落ち着いて体を休めてくれ」


 そう呟いたハクにぃの視線は私の目を覗き込むように向けられていた。世界を見渡すようなまっすぐなその瞳は、向けられただけで胸がドクリと跳ねてしまう。

 だがその視線の中に私を慮る気持ちが十分に含まれていることを私は理解した。あのハクにぃが何もただの意地悪で焦らすようなことはしない、何も考えなしにそんなことを呟いているのではない、そう感じ取ったのだ。

 ゆえに、焦れったい気持ちはあるものの、今日はハクにぃの言葉を素直に聞き入れることにした。なにせハクにぃにこんなことを言わせてしまっている責任は私にあるのだ。抑止力に蝕まれていると知りながら無茶な戦いを続け、挙げ句の果てに心臓を潰されて死んでしまったのだ。

 そんな光景を目の前で見せられてはいくら何でもできるハクにぃとはいえ心配するのは当然だ。逆の立場であれば縛り付けてでもベッドに寝かせているだろう。

 だから私はそんなハクにぃの目に視線を返しながらこう呟いていった。


「………うん、わかった。それじゃあ、また明日ね。今日はもう休むよ」


「ああ。それじゃあ、また明日。今日はずっとここにいるから何かあったらまた呼んでくれ」


「うん、ありがとう」


 私はそう言うとそのままハクにぃの手を握りながら眠りについた。数分前まで寝ていたにしては随分と寝つきがよく、落ちるように意識を闇に投げ入れていく。ということはやはりそれだけ私の体には疲労が溜まっていたのかもしれない。気配や魔力は充実していても、見えない疲れというのは知らないところで溜まっていってしまうのだろう。


 そして私はまたしてもそのまぶたの裏にアナの顔を浮かばせながら眠りについたのだった。











 朝。

 朝日が顔に当たる感覚によって私の意識は覚醒する。五感全てが蘇り、少しだけ冷えた空気を肺の中に流し込んできた。それはすっと寝起きの高揚感を落ち着けて体の外に排出されていく。

 それによって完全に目を覚ました私は部屋に置かれていた櫛をつかって髪をとくと、そのままヘアゴムで髪を結んで自室から出ていった。

 時刻はまだ午前六時。家中の気配を探った限り、この家にいる人たちはまだ誰も起きていない。いや、執事やメイドさんといった人たちはすでにせっせと動いているようだが、数雨年前からそういった家事全般も私たちがこなすことが多くなったので、それほど忙しそうには見えなかった。

 貴族でありながら執事やメイドさんに頼らないのはおかしな話かもしれないが、ハクにぃと結婚した今、私は貴族ではない。お父さんやお母さんは紛れもない貴族なのだが、今の私は少々不安定な立場にあるのでそういったお世話等は断っているのだ。

 それに乗っかってお母さんやお父さんも身の回りのことや家事などは率先して取り組むようになってしまい、今ではごく普通の家庭と何ら変わらない光景が出来上がってしまったというわけだ。

 ゆえに私はいつも通り起きて洗面に向かい顔を洗うと、そのままキッチンに向かって歩いていった。私がまだアナの世界に行く前は、いつも朝食を私が作っていたので今日もそうしようと思ったのだ。

 あの頃はまだ色々と不慣れで朝食一つ作るのに一時間ほど要してしまっていたが、今はそんな手間取らない。その半分の時間で全ての工程を終えることができる。

 まあ、こればかりは場数の問題なので慣れてしまったというのが正しいのだが。

 そういうわけで、私は誰もいないキッチンの中に入ると懐かしい光景に目を馳せながら机の上に置かれていたエプロンを手にとってそれを体に巻きつけていった。


「ふう………。なんだかここで料理するのも久しぶりだけど、とりあえず作ってみよっかな。食材とかは問題なさそうだし、なんとかなるよね」


 そう言って私はすぐに冷蔵庫に向かって歩き出していく。この世界の冷蔵庫はハクにぃの世界と違って電気で動いている代物ではない。半永久的に持続する氷魔術と無魔術の複合魔具によって作られている。まあ、効果的にはハクにぃの世界にあるものとほとんど同じなのだが、一度購入してしまえば追加でお金がかかることはないというのがメリットだろう。

 そんなことを考えながら私はその冷蔵庫の扉に手をかけて中を確認していった。それと同時にひんやりとした空気が顔に当たってくるが、それに負けじと目を凝らしていく。


「えーと、ハムがあって、トマトがあって、卵もある。うーん、この感じだと普通に目玉焼きを作るのがセオリーかな………?庭から果物とかとってきてジュースにしたりするのもありかも」


 私はそう呟くと、そのまま今言った食材を手にとってコンロの前まで移動していく。そしてすぐさまボールや包丁、生板などを取り出すと、慣れた手つきで料理を作り出していった。

 だが。

 そこで気づく。

 取り出した食材が「二人分」しかないことに。


「………あっ。ま、またやっちゃった………。何でだろうな、頭ではわかってるつもりなのに、体が言うこと聞かないや………」


 手慣れている。ということはその動きが何十年も繰り返されてきたということだ。そしてそれはその動作だけではなく、数値的感覚も染み付いてしまう。

 ゆえに私は間違った。頭ではハクにぃやお父さんたちの分まで作らないといけないとわかっていながら、手に握られていたのはニ人分お食材だけ。間違いなく体がアナと私分だけでいいと判断した証拠だ。

 私はそんな自分にため息を吐き出しながら、再び冷蔵庫の前まで体を戻していく。そして今度はしっかり人数分の食材を取り出していった。

 ………未練、なのかな?

 こうして何気ない生活が戻ってくると、不意にアナの顔を思い出しちゃうのは。だから体が勝手に動いちゃうし、あの頃に戻ろうと頭まで動き出しちゃう。

 もうアナに会えないってわかってるのに、あの日常に戻りたいってどうしても考えちゃうのは。

 やっぱり、心のどこかで後悔してるのかな………?

 そう、思ってしまった。

 後悔なんてどこにもない、そう思いたいのはやまやまだ。しかしそう簡単に気持ちの整理はつかない。昨日ハクにぃには整理をつけたと言ったものの一周回ってみるとやはり心のざわつきが止まらなかった。

 ただまあ、こればかりはどうしようもない、それもわかっている。時間の経過によって摩耗させるしかないとわかっている。

 ゆえに私は悶々とした気持ちを携えながらも今は朝食を作ることに集中していった。

 はずだったのだが。


「朝早いのね、アリエス。もう体は大丈夫なのかしら?」


「ッ!?お、お母さん………っ!?ど、どうしてここに………」


「どうしてって、あなたがいない間、朝食は私が作ってたのよ?だから今日もいつも通り起きてきたんだけど………。まあ、アリエスがいない間っていってもほんの数日だし、それはただの口実なんだけどね」


 そう呟いたアナ以上に私にそっくりな女性、フェーネ=フィルファは私の隣に立ってお湯を沸かし始めると、紅茶の茶葉が入ったティーパックを手にとってこう話しかけてきた。


「少しお茶しましょ?みんなが起きてくるまで、ね?」


 その言葉に逆らえなかった私は、その意図がまったくわからないまま椅子に座らされてしまう。

 そして誰もいない朝のキッチン兼リビングで唐突に私とお母さんのお茶会が始まってしまうのだった。












「はい、どうぞ」


「うん、ありがとう………」


 そう言ってお母さんはいれたての紅茶を私の前に差し出してくる。そして続けてこんなことを口にしてきた。


「うん、それにしても数日見ないうちに何だか変わったわねー。随分たくましくなったっていうか、雰囲気が変わったていうか………。見た目は変わってないのに、大人になった感じがするわ」


「ま、まあね。あっちの世界で十六年も過ごしてたから………あっ!ご、ごめん、お母さんはその話知らないよね………」


「知ってるわ。昨日ハクくんから聞いたもの。だからアリエスがその世界で何をして、何を見てきたのかも大体知ってる」


「そ、そうなんだ………」


「だからとりあげず一つだけ。………大変だったわね、色々と」


「ッ………。うん、そう、だね。大変だったよ………」


 その言葉に思わず泣きそうになってしまう。

 だが堪えた。今ここで私に涙を流す資格はない。アナとの約束も守れず、一人で死んで帰ってきてしまった私には涙を流す資格などない。

 ゆえにその涙は瞳の奥に閉じ込めた。その代わりに肺の中から思いっきり息を吐き出していく。

 するとそんな私を見ていたお母さんは、まるでハクにぃの話を思い返すようにこう呟いてきた。


「………子供、育てたんでしょ?どうだった?」


「え………?」


「赤ちゃんを拾って、自分の子供のように育てて、鍛えて、愛して。その生活はアリエスにとってどうだったの?」


「ど、どうって………、それは………」


「………」


「ッ………」


 待っている。お母さんは待っている。

 私が自分の意思で口を開くのを。逃げるように帰ってきてしまった私に対して、私の気持ちを私が口にするのを待っているのだ。

 そして悟る。

 これが本当の「お母さん」なのだと。

 ゆえに私は今の自分が感じている気持ちを素直にぶつけてみることにした。


「………すごく、温かかった。アナを拾った時、煤に汚れて熱だってあったけど、すごく柔らかくて温かくて、これが一生懸命生きようとしてる命なんだって気づいた。それからそんなアナを育てるってなった時はそれなりに覚悟もしたし、頑張ろうって思ったけど、やっぱりうまくいかなくて、何度もアナを泣かせたし、赤ちゃんって何考えてるかわからなくて、どうしたらいいか全然わからなかった………」


「うん………」


「でも、でもね。そんなアナがどうしようもなく好きで可愛いなって思っちゃったの。何があってもこの子だけは幸せにしなきゃって、そんな気持ちばかり膨れていって。一緒に寝て、一緒に起きて、一緒に生活していくうちに、アナが『本当に自分の子供のように』思えてきちゃって。ずっと、ずっと抱きしめてたくなった」


「うん………。それで?」


「それからかな、自分のことが後回しになったのは。自分なんてどうでもいい、アナが幸せになってくれればそれでいい。そう思うようになった。だから私は自分をアナのお姉ちゃんって偽って生活した。ずっと歳を取らないお母さんっていうのも変だから。それからアナはどんどん成長して、大きくなって、一人で歩いて私のこと『まま』って呼ぶようになって、でも私はお姉ちゃんだよって言ったり、そんな生活が続いていていった。………でも、ある日、アナが私のこと守りたいって、そう言い出すようになった」


「………」


「すっごく嬉しかった。でも同時に辛かった。何かと戦うってことは自分が傷つくってことだから。それを一番知ってるのが私だったから。………だからかな、それがわかってて止められなかった。何を言ってもその夢を捨てさせられないって思っちゃった。多分、私が間違ったのはそこ。私じゃなくて自分を守るためにって思って色々教えたけど、結局アナの目には私しか映ってなかった。でもそれが、あの悲劇を生んじゃった」


 悲劇。

 それ言うまでもなく、つい先日まで行われていた世界を巻き込んだアナの争奪戦である。あの戦いが起きてしまった根本的理由はアナに自由な人生を導いてあげられなかった私にある。私という存在に固執してしまったからこそ、アナは苦しんで傷ついた。

 もし私がいなければ、私を守りたいなんて夢を抱かなければああはならなかったはずなのだ。

 ゆえに私はその出来事を悲劇と呼んだ。自らの行動を戒めるように。

 と、そこでお母さんは手に持っていた紅茶のカップを机に置くと、まっすぐ私の目を見ながらこう呟いてきた。その視線は一人の母親として私に向けられてきている。


「悲劇、ね………。本当にそれは悲劇だったのかしら?私はそうは思えない。ううん、私だってそう思った時もあった。だからそう考えるのは自然。でも、それは悲劇でも間違いでもない。一つの正解だと思うわ」


「せ、正解………?」


「そう。………いい機会だから少し話すわね。まさか娘にこんなこと話す時がくるなんて思わなかったけど、今のアリエスならしっかり受け止められると思うわ」


「え、な、何を………?」


 そう切り出したお母さんは一度目を閉じて息を吐き出すと、言い直すようにこう呟いてきた。




「私があなたの母親になったときの話よ」




次回はアリエスとフェーネの会話がメインです!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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