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第二百四十話 裁きの時

今回はハクがメインです!

では第二百四十話です!

「くっ………!」


「………」


 突如現れた青年に剣を素手で掴まれたレトダールは一度距離を取るために後ろに飛び退いた。

 それもそのはず。

 この青年は何かが違う。今まで戦ってきた誰よりも異質なオーラを放っている。ゆえに普通の精神状態ではいられなかった。見ているだけで目がくらみそうなほど神々しく、それでいて何にも引け劣らない圧倒的な気配を携えている。

 そんな青年を前にしてどうして正気でいられるだろうか。

 おそらくレトダールは本能的にそれを感じ取ったのだろう。逃げなければ殺られる、そんな恐怖が体を支配下に違いない。

 するとその青年は無言のまま私とお姉ちゃんに向かって振り向くと、左手を掲げてその指を鳴らしていった。

 と、その瞬間。

 治癒不可能だと思っていたお姉ちゃんの傷がみるみる回復していった。潰された心臓も切り裂かれた左肩も何もなかったかのように下に戻っていく。


「あっ………」


「………傷は治しておいた。だがもうここにいるアリエスが息を吹き返すことはない。あと数分もすれば自然に消滅するだろう」


「えっ………!?」


 そう言われて私は慌ててお姉ちゃんの胸に耳を近づけていった。

 ………聞こえない。聞こえない聞こえない、聞こえない!

 鳴っているはずの音が、そこになければいけない音がまったく聞こえてこなかったのだ。

 人がその音を失う時、それをこの世界では「死」と呼ぶ。私なんかよりもずっとずっと強いお姉ちゃんが死んでしまった。

 お姉ちゃんの声が聞こえなく鳴った時点で薄々気がついていたことだが、それを自覚した瞬間、またしても瞳に涙が溜まっていく。

 だがそんな私を見ていたその青年はすぐさま私たちに背を向けてこう言い放っていった。


「ここから先は俺が引き受ける。だから君はアリエスと最後の時間を過ごしてほしい。アリエスもきっとそれを望んでいるから」


「え………………?」


 と、次の瞬間、この場に流れていたレトダールの力が全て消失した。ミルリアさんたちを縛り付けていた力も消え去り、体の中に力が戻ってくる。命剣こそ手元にないが、すでにその所有権は私に戻っている気がした。


「………どうやらあの腕輪が全ての原因みたいだな。まあ、その力も全て消しとばした。もうあの男にこの世界を操るだけの力はない。さあ、最後の別れを済ませるんだ、時間がないぞ」


 その声が空間に木霊したとき、その青年はレトダールに向かって歩き出していた。そしてそれに続くように遠くのほうからミルリアさんの声が響いてくる。


「アリエスっ!!!」


 見るとそこには今までレトダールの力に縛られていたみんながこちらに向かって走ってきていた。その姿とすでに冷たくなりかけているお姉ちゃんを交互に見た私は、ただただ涙を流し続けることしかできなかった。


 そして。

 その時は訪れる。


 神の裁き。

 そして神との別れ。

 その二つが同時に訪れる瞬間が今、やってきていたのだった。











「さて………」


 そこで俺は一度息を吐き出した。

 心の中に渦巻いているのは自分への怒りとこの男への憎悪だ。

 なぜもっと早くこの現状に気がつけなかった?アリエスなら大丈夫だとたかをくくっていた結果がこれだ。アリエスにより多くのことを経験して成長してもらいたいと願うばかり、本当に危機が迫っている時に駆けつけることができなかった。

 そんな自分を呪う。

 だがそればかり考えていても何も始まらない。

 今はせめてそんなアリエスの無念を俺が晴らさなければいけないのだ。

 そう考えた俺は目の前にいる男に向かってこう吐き出していった。首の筋をバキバキと鳴らしながら神の力を携えて全力で威圧を叩きつけていく。


「………お前は何もかもやり過ぎた。死者の蘇生、神の殺害、世界を崩壊へと導いたこと、そのどれもば万死に値する。自分が一体何をしでかしたのか、まさかこの後に及んでわかってないんあて言うつもりじゃねえだろうな?」


「ば、馬鹿な!?ど、どうして腕輪の力が働かないのだ!?どうしてペインアウェイクンは私に力をよこさないのだ!?」


「簡単だ。俺が消した。その腕輪の力の全てを消滅させたんだ」


「それこそ馬鹿な話だ!この腕輪は発動したら最後、あの第一剣主ですら抵抗できない力なのだぞ!お前のようなどこの馬の骨かもわからない男にこの力が消せるものか!!!」


「ちゃんと名乗ったはずだ。俺は神妃だと。第一剣主っていう存在がこの世界で最強なのは知っているが、その第一剣主を超える存在がどこにもいないとどうして断言できる?それをどうやって証明できる?何の確証もない根拠を振りかざしたって、墓穴を掘り続けるだけだぞ?」


「だ、黙れっ!こうなったらまだ私にこの件が使えるうちにお前を殺す!そうすればまた私に力が………」


「いや、もう遅い」


 そう俺が口にしたときだった。

 それと同時に世界が歪む。

 次元境界の壁が一瞬で吹き飛び、外界の景色をこの世界に映し出してしまった。だがそれと同時に、その崩壊を俺の力が無理矢理ねじ伏せる。

 人間ではなく神だからこそできる荒技。いや神の御技と言うべきか。とにかくこの場にいる誰も再現できない超常的な現象を俺は引き起こしたのだ。


「な、な、なんの、だ、この力は………!?」


「完全神妃化、俺はそう呼んでいる。まあ、簡単に言えばお前を倒すためだけの力だ。抵抗したければいくらでもすればいい。その全てをねじ伏せて俺はお前を淘汰する。神がお前を不要と判断した以上、この場にいる意味はない」


「く、くそ、くそががあああああああああああああああああああああっ!!!」


 レトダールと呼ばれたその男はそこで怒りをあらわにすると、手に持っていた黒い光を放つ剣を掲げて俺に突っ込んできた。その剣は確かにかなりの業物で並みの剣では打ち合うことも叶わない代物だったが、所詮は人の武器。今の俺に通用するはずがない。

 ゆえに何もしなかった。

 俺がしたことといえばただレトダールに向かって歩くことだけ。

 頭上から降ってくるあの剣の刀身が頭に勢いよく頭に直撃するが、俺の足はまったく止まらなかった。


「あ、あり得ない………。な、なぜペインアウェクンの一撃を受けて無傷なのだ!?」


「さあ、どんどんこいよ。お前の全力を見せてみろ。そうじゃないと俺の腹の虫が収まらない。お前の全力ってやつを真正面から叩き折ってやるよ」


「ふざけるな!わ、私の力はまだこんなものではない。まだ戦える、戦えるのだ!!!」


「………見苦しい限りだが、やってみろよ。期待してるぜ?」


 そう俺が呟くと、眉間にビキビキとしわを寄せたレトダールはその剣を高らかに振りかざし、多種多様な能力を発動させてきた。その力は万物を操作するもの、空間を掌握するもの、幻を生み出すもの、万象を消滅させるもの、と本当に千差万別な能力で少しだけ驚かされてしまう。

 大方これらの力があの剣の所有者を最強の座へと導いているのだろう。人間にあれほどの力が使えたらそれこそ人の理を超えることが可能なはずだ。

 しかしだからといって俺は止まらない。

 だからどうしたと跳ね除ける。

 人であってもその努力次第で神に届く力を得ることは可能だ。文字通り神殺しだって理論上行うことができるだろう。そのレベルの実力をつけてきたやつらを俺は何人も知っている。

 だからこそ、剣に頼って何もしないこの男に俺は腹がった。人を生き返らせたい。それは至極当然の願いだ。手が届かない願いだからこそそこへ至る道を探求する。その考え自体は否定しない。

 だがそこに他人の不幸を呼び寄せるなら話は別だ。そんな計画、成功か失敗かを判断する前に破綻している。破綻した計画を無理に推し進めて待っているのはただの崩壊だ。ゆえにこの世界は崩壊した。死者の国すら消えたこの世界はいずれ自ら死んでいくだろう。

 その引き金を引いたのがこの男ならば、俺は世界を管理するものとして許すことはできない。


 そして何よりも。

 妻を傷付けられて黙っているほど俺は優しくないのだ。


「はははははははっ!どうだ、この力はっ!この世の全てを凝縮したような輝き!全ての破壊が詰まった力!これこそ最強にふさわしい力だ。この全てをお前に受ける覚悟があるか!!!」


「ああ、あるとも。だからさっさと撃ってこい。御託は聞き飽きた」


 俺はそう呟くと、レトダールが構えている攻撃に神経を集中させる。そこにあるのは色がまったく宿っていないエネルギー玉だった。おそらく己の持ちうる全ての力をその一点に集中させたのだろう。混沌とした力の渦がそこに出来上がっている。

 ………確かに強力な力だ。疲弊したアリエスたちが苦戦させられるだけの力はあるかもしれない。

 まさかこんな世界にこれだけの力が生み出されるとは思っていなかった。さすがにそれだけは誤算だ。別にあの力を打ち消すのに完全神妃化まで持ち出す必要はない。だが俺にそうさせてしまうだけの気配は秘められていた。

 ゆえに俺は自分の意識を研ぎ澄ませていく。目に見えているのはレトダールとやつが持っているエネルギー玉だけ。他の感覚は全て削ぎ落とした。

 そしてついに、その一撃が放たれてくる。


「これで終わりだ!精々後悔しながら死ぬがいい、小僧!!!」


「………」


 まっすぐ向かってくるエネルギー玉。それは空気を斬るように空間を突き進み、俺の眼前までやってくる。その光景はこの世界の終わりを意味するような崩壊の音をかき鳴らしていった。

 それもそのはず、ここで俺が敗北すれば文字通りこの世界はこの男の手に落ち崩壊するだろう。その事実だけは確定的だ。


 だが。


 だが。


 だが俺は。


 負ける気など微塵もなかった。


「はっ!!!」


 次の瞬間。俺の目の前に迫ったエネルギー玉が突如何かに握りつぶされるように消滅した。それにより衝撃派が周囲に飛び散って氷湯いた床の破片を巻き上がらせていく。

 それは攻撃を放ったレトダールに衝撃を走らせた。顔が凍りつき、脂汗が滴り落ちる。


「ば、馬鹿なあああああああああああああああああ!?」


「………弱かったな、偽りの王。所詮お前ではそれが限界だ」


 そう言い放った直後、俺はレトダールの前に転移し、その体に思いっきり拳を叩きつけていった。おそらく内臓がいくつかやられているはずだが、死んではいない。ここで殺しては何の意味もないのだ。

 ここから紡がれていくお前では作れなかった世界の姿を見せつけるまで死なれては困る。

 レトダールはその一撃をくらった瞬間、目を白くさせて気を失ってしまった。それに続いて玉座の下にある通路からわらわらと残党のような剣士たちが出てくるが、そのまま威圧で押し返して玉座を元の位置に戻す。


「ふう………」


 終わった。

 終わってしまった。

 アリエスたちを苦しめた諸悪の根源を俺は一瞬で葬り去った。

 その事実を突きつけられるとやはりどうしてもっと早くこの現状に気づけなかったのか、自分を恨んでしまう。もう少しだけ、もう少しだけ早ければアリエスはこの世界で命を落とすことはなかった。


 この世界に二度と戻ってこられないなんて現実を突きつけなくて済んだはずなのだ。


 だがそうすることはできなかった。俺にも俺なりの事情があったが、やはりこれは俺の責任でもある。俺の到着が遅れたせいで、この世界は問題を抱えてしまった。

 ゆえに俺はアリエスとそんな世界のために今できることを実行していく。

 と、そこに戦いを見ていた一人の女性が話しかけてきた。その女性の体は青白く輝いており、俺にそれが死者の命だということを悟らせてくる。


『ありがとうございました、神妃様。お兄様を止めていただいて。本当に感謝の言葉しかありません』


「なに、気にする必要はない。君だってあの男に巻き込まれただけだろう?だったら気に病んでも仕方ないさ」


『はい。それはわかっているのですがやはり身内の罪は私も無視できません。私にはただ謝ることしかできませんが、本当に申し訳なく思っています』


「………そうか。だったら俺はもう何も言わないよ。君もあと少しだけならこの世界に留まっていられるだろう?その間にやるべきことをやるといいさ」


 俺は彼女にそう呟くと、完全神妃化した状態で両手を空に向けて掲げていった。そして一気に自分の力を流し込んでいく。

 ここまで壊れてしまった世界だ。あの剣の力で死者の国が消え去ってしまった以上、この世界での命の価値はもはやないに等しい。であれば神として一度きりの奇跡を見せることもやぶさかではない。

 俺たちの世界では絶対に行えない事象。

 それを今、俺はこの場を持って発動させる。


「………はあああっ!」


 それはすべての再生。

 世界を元あった状態に戻すために事象の生成を使用する。消えた死者の命を、それらが住まう国を完全に復活させた。

 次元境界など正直あったものではないが、もうズタズタに引き裂かれている以上気にする必要はない。厳密に言えばこれは死者蘇生ではないし、他の世界を巻き込むほどの改変事象ではない。

 ゆえになんとかなった。

 死者を生き返らせることはできないものの、元あった状態に戻す程度ならばなんとか可能だったのだ。


『………本当に感謝の言葉しか出てきません。これで私にも帰る場所ができました』


「ああ。あっちの国でのことは君に任せるよ。こっちは俺が何とかしておくから」


『はい、では………』


 そう頷いた彼女はゆっくりとその足を動かしてアリエスたちを囲んでいるアナたちの下に向かっていった。

 そしてそれから一分も経たないうちにアリエスの体は完全に消滅してしまう。体が光の粒に変わり、空へと飛んでいってしまう。


 それを見ていた俺は最後にアリエスに向かってこう呟いていくのだった。




「アリエス、本当に本当によく頑張った。アリエスの気持ちはこの世界に届いたよ」




 こうしてアリエス=フィルファ、もといアリエス=リアスリオンはこの世界での一生を安らかに終えるのだった。


次回はアナの視点でお送りします!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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