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第二百三十八話 命零と最期

今回は………。

では第二百三十八話です!

「さて、では早速第一剣主の力を使わせてもらうとするか。『命零』といったかな、その力は。それをもって私は自らの望みを叶えるとしよう」


「ッ!?ま、待って!その力だけはダメ!!!絶対に使わないで、お願い!!!」


「それは不可能というものだ。私の望みは死んだシルフェーネを生き返らせること。そのためにこの命零と言う力は必須だ。私を止めたければ止めるといい。今の私を止められればの話だがな」


「やっぱり、やっぱりそうか………。レトダール、お前、シルフェーネを生き返らせようと………」


 レトダールの言葉にルガリクは奥歯を噛みながら苦しそうな表情を浮かべていった。おそらくそれだけのやりとりで全てを悟ったのだろう。いや、性格に言えばルガリクは薄々気がついていた。レトダールが腕輪を抑止力の遺跡から持ち出した時点で。

 ゆえにルガリクはこの戦に参加した。愚かな行動に出ようとしている幼馴染みを止めるために。

 だがそれも間に合わなかった。この部屋に置かれていた玉座は二メートルほど横に移動しており、その下には人一人が通れそうなサイズの通路が見えている。フィアが感じ取っていた隠し通路の出口がこの部屋につながっていたのだ。

 だからこそ気がつかなかった。隠し通路の管理をしていたフィアが気を失ってしまった以上、その接近に気がつけるものはいない。ミルリアたちとはまったく別の場所から侵入したレトダールの気配を感じ取ることができなかったのだ。

 そして。

 レトダールはアナの制止を振り払って手に入れたペインアウェイクンを空に掲げていった。それは漆黒の光を話しながらドス黒い気配を垂れ流していき、絶対に使ってはいけない力を発動させてしまう。




「命零権、発動。シルフェーネの『命』をこの場に呼び戻せ!!!」




 次の瞬間。

 世界が悲鳴をあげた。

 脳に直接届いてくるようなその音は空間を軋ませ、恐怖や殺意といったありとあらゆる負の感情を世界に撒き散らしていく。

 それを嫌がる悲鳴。まるで世界が泣いているようなその悲鳴はアナたちですら理解できない現象を呼び起こしていく。

 空が黒くなった。それは夜のような暗さではない。世界全体に炭を塗りたくったようなそんな色。それでいて空に浮かんでいた太陽はマグマのようにドロドロに溶け出し、そが地面に落下して大爆発を引き起こす。

 そしてその中心に。

 なぜか緑色に輝く月が出現していた。

 その月は中心から得体の知れない何かを吐き出しながらそれは蠢くように輝いている。だがその光はとてもではないが気持ちのいいものではなかった。言うなればそれはへどろ。それでいて全てを溶解させるような強酸性の異臭。

 この世全ての成れの果て。その全てをあの一点に叩き込んだような景色がそこには浮かんでいた。


 そしてその瞬間、この場にいる全員が悟ったことがある。

 あの月の中心。そこから溢れ出てきている何か。

 その正体。


「ま、まさか………あ、あれは命、そのものか………?あ、ありえねえ、こんなこと人間がしていいはず………」


「さすがだな、ルガリク。お前の言うようにあの無数に散らばる得体の知れない塊はこの世からすでに消えてしまった『命』だ。この命零という能力は命の価値を零にするというもの。世界と人の関係が等価交換の法則で成り立っている以上、この力は死者の命さえ呼び戻すことができる」


 世界と生き物の関係。

 それはどの世界でも共通の事項だ。

 世界は生き物を地に歩かせる際、命という生と死を判別する概念を与える。それを受け取った生物たちは魔力や気配、記憶を保管する魂を作り出し、肉体を用意するのだ。

 それが成されて初めて生物たちはこの世に生を下すことができる。世界はそうすることによって世界に歴史と文明を刻ませ、より世界を発展させてもらうように仕向けているのだ。

 本来であればそれは世界ではなく神が行う仕事。しかし知っての通り神の頂点に立つ神妃、つまりかつてのリアは怠け症だった。それゆえに神話大戦が起き、ハクたちを巻き込んでしまった。

 それがどいうことかというと、リアが自らの仕事を放棄した時点でこれらの仕事は全て世界が担っているということだ。世界をどのように豊かにし、何をもって繁栄させていくか。誰に命を与え、誰に死を与えるか。それを今は神ではなく世界が行っている。

 ゆえにこの関係は生物と世界の命のやりとり。等価交換の法則が成り立つ話なのだ。

 世界は世界を発展させるために生物に命を与える。生物は命を受け取る代わりに生を謳歌し、世界を発展、維持させていく。

 その過程で生物が見出す時間と記憶こそが「人生」と呼ばれているものなのだ。そしてその命が限界を迎える瞬間を「死」と呼び、死んだ命を回収して新たな命に作り変える。それを繰り返すことで輪廻転生を行なっているのだ。


 では今レトダールが振りかざした能力はどのような力を持っていることになるのか。

 今説明したように世界と生物の関係は常に命の等価交換が行われている。レトダールが使った能力はその命の価値をゼロにしてしまうというものだ。

 つまり命は生き物にとってもはや世界から与えられる貴重なものではなくなり、望めば手に入れられる低価値なものに変わってしまったのだ。

 となると今までの常識は一気に崩れてしまう。世界の繁栄のために受け渡していた命が、回収していた命の価値が一気に暴落したのだ。

 それはつまり。




 生と死の境界を完全に焼却してしまうことに他ならない。




 命とは無限に与えられ、世界に払う代償は存在しない。

 世界を維持させる必要もなく、好き勝手に命という概念が暴れる世界。そんなどうしようもない現実をレトダールはその命剣で作り出してしまったのだ。


 だからこそアナはその力を今まで使わなかった。使ってしまえば全てが崩壊すると確信していたから。どうしてそんな力をペインアウェイクンが持っているのかは不明だが、抑止力が腕輪を用意した理由の大半はおそらくこの力が原因だろう。

 命零という能力が暴走した時に止めることのできる安全装置。それが略奪の腕輪だった。だというのに、その力を逆手に取られて命零という力が発動されてしまった。

 誰もが恐れていた展開。

 それが今ここに具現化してしまった。


「な、なんなんだ、これは………!?世界だけじゃない、死者の命が苦しみながら現界している。その叫び声が世界を壊し始めているだと………!?」


「ど、どうにかできないのですか、ミルリア!こんな状態が続けば世界が持ちません!早く動かないと本当に手遅れに………」


「そんなことはわかっている!だが無理だ………。今の私たちは完全に力を奪われた。いや、仮に力が残っていたとしてもあの男に勝つことなど不可能に等しい………」


 と、その光景を見ながらミルリアとアリフが言葉を交わしていた時、そのレトダールが返事を返してきた。


「心配するな。いくら私でもこの世界を壊そうとは思っていない。私が必要なのはシルフェーネの命だけだ。それがこの世界に呼び戻された今、それ以外の命は必要ない」


「な、何をする気だ、お前………」


「わからないか、ルガリク?この場においてあの太陽と月は邪魔者以外の何ものでもない。であればその吐き出している命ごと『消して』しまえばいいのだ」


「ま、まさか、お前………俺の力を………!?」


「そのまさかだ」


 その直後。

 空に浮かんでいたあらゆる命が消えた。

 月も太陽も消えた。

 バリバリと何かをたたき割るような音が世界に響いた瞬間、世界を滅ぼさんとしていたその力の渦が消滅したのだ。

 それはルガリクが持っていた消失の力。あらゆるものを消し去る最強の力だった。

 それが発動された結果、空の色は戻り世界の悲鳴はおさまっていく。

 しかしそれを見ていたミルリアたちは固まっていた。この男が一体何をしてしまったのか、その事実に気がついていたからだ。


「き、貴様………一体自分が何をしたのかわかっているのか………?」


「無論だ。あの月と太陽は死んだ命を現界させていたもの。それを命もろとも消しとばした。つまりそれはシルフェーネ以外の使者の命を永遠に消滅させたということだ。死者の国にもいけず、命零の力を発動しても二度と生き返ることはない、そんな状態にしただけだ」


「しただけ、だと………?死者の命を愚弄しただけでは飽き足らず、よもや罪の意識すらなくなったというのか、レトダール!!!」


 ミルリアは叫んだ。

 叫ぶことしかできなかった。力を失いただただ地面に倒れているだけの自分ではそうすることがせめてもの抵抗だと思ったのだ。

 しかしそんな言葉で揺らぐレトダールではない。

 ここにくるまでレトダールの中にはいくつもの葛藤があった。だが死んだシルフェーネを生き返らせるためと思ってその全てを闇に葬ってきたのだ。

 ゆえに今の行為もその一つだ。シルフェーネが生き返った時に生きていられる世界がなければ話にならない。だから世界を滅ぼす諸悪の根源を吹き飛ばした。

 シルフェーネの命だけその価値を暴落させて。


 と、その時。

 空から何かが降ってきた。

 それはゆっくりと部屋の床に降り立つと、青白い光を発しながら徐々に形を帯びていく。そしてそれは次第に人型に変わっていき、最終的に一人の女性を作り出していった。

 それを見た瞬間、レトダールは固まってしまう。

 なぜならその女性はシルフェーネその人だったのだ。


「おおっ………!おおっ!シルフェーネ、シルフェーネなのだな!成功だ、成功した!私はようやくシルフェーネを生き返らせたのだ!!!」


『………』


 だがその言葉にシルフェーネは答えない。ただ無表情でその場にとどまっている。命が呼び戻された以上、その中に収まっている記憶や魂は間違いなく存在している。ゆえに感情がないわけではない。蘇生が失敗したわけではない。新たな肉体を用意すればすぐにでも息を吹き返すだろう。

 ではなぜシルフェーネは黙っているのか。

 その理由は彼女の口から明らかになる。


『………やってしまいましたね、お兄様』


「む?どういうことだ、それは?」


『お兄様は世界の理を完全に歪めてしまいました。死者の国を第五剣主の力で消してしまったということは、この世界で死んだ生物はどこに行くこともできず消えてしまうことになるのです。そうなってはいずれこの世界は崩壊します。死者の力がずっとこの世界に留まり続け、その負のエネルギーが世界を壊してしまうのです。ですからお兄様は間違ってしまった。私を生き返らせるというくだらない理由で、全てを失うことになってしまったのです』


 しかし、それを聞いたレトダールはシルフェーネの言葉を鼻で笑い飛ばした。彼にとってもはや世界などどうでもよくなっていたのだ。


「何を言い出すかと思えばそんなことか。その程度のこと気にする必要もない。結局のところ私にはこの命剣がある。最強を冠するこのペインアウェイクンがな。これがあればこの世界でどんなことが起きようとも生きながらえることができる。私とお前さえ生きて入ればそれでいいのだ」


『………それも不可能です。そもそもその腕輪は一時的なセーフティーとして機能します。今はお兄様がその命剣を扱えていますが、あと一日もすればその命剣は彼女の下に戻ります。所詮は紛い物の器。いくらお兄様と言えど、その剣は扱うことができないのです』


「………」


 その瞬間。

 空気が変わった。

 いや、シルフェーネの突きつけた事実がレトダールに最後のトリガーを引かせてしまったのだ。

 レトダールにはわかる。シルフェーネが嘘をついていないことが。

 であればあと二十四時間経過してしまえば本当にその手からペインアウェイクンは離れてしまうのだろう。

 それがわかった以上、何をすればいいかなど簡単だ。

 レトダールが望む未来にこのペインアウェイクンは必須となる。これがなければここから先、生きて行くことができない。




 ならば。




 話は簡単だ。




 殺せばいい。




 正規の所有者を。




 殺して。




 真にその所有権を奪えばいい。




 その結論にレトダールはたどり着いてしまった。

 そしてその事実にシルフェーネも気がついてしまう。


『いけません、お兄様!ここで彼女まで殺してしまっては本当に後戻りが効かなくなります!彼女こそがこの世界の希望なのです!ですから、どうか………』


「黙っていろ、シルフェーネ。もう決めたことだ。本来ならば生かしておくのも吝かではないと思っていたが、そういう事情ならば仕方がない。真にこの剣を手に入れるために私は元第一剣主を殺す」


 そう呟いたレトダールは歯を食いしばりながら倒れているアナの下に歩き出した。その瞬間、全てを悟った者たちが一斉に声を上げていく。


「逃げるのじゃ、アナ!!!何がなんでも逃げるのじゃ!殺されてしまうぞ!!!」


「逃げてください、アナ様!!!あなただけは絶対に生きていないといけないのです!」


「やめろ、レトダール!!!これ以上無駄な殺しはやるんじゃねえ!どれだけ人の道を踏み外せば気がすむんだ!」


「おやめください、陛下!!!その方はこの世界にいなければいけないお方なのです!どうかもう一度お考え直しください!!!」


 インフ、フィア、ルガリク、戦士王。彼らの口から出たのはアナを逃がすようにする言葉とそんなアナを殺そうとしているレトダールを止める声。

 だがそんなものレトーダルは聞き入れない。

 無慈悲にアナに近づいてその首に剣を当てていく。


「ではこれでお別れだ、第一剣主。お前がいたおかげでこの剣を手にいれることができた。それだけは感謝しよう。」


「くっ………!ま、まだ私は………!」


 死ねない。

 そう口にしようとした。

 しかしそんなアナよりも早く、レトダールは手に持っていた命剣を振り下ろしていく。







 その瞬間。

 時が止まった。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ミルリアの絶叫が響く。

 しかし誰も動けない。

 先に待っているのはアナの死。

 声も出さず剣を振り下ろしたレトダールの姿だけが映し出されていく。








 だが。




 忘れていた。




 誰もが「彼女」の存在を忘れていた。




 いつだってそうだった。




 アナを、たった一人の妹を。




 彼女は守ってきた。




 ゆえに今回も。




 彼女は。









 アナを守るのだ。








 瞬間。

 鳴ってはいけない音と、生暖かい液体がアナの顔に降り注いだ。

 それは最後に、こんな声を響かせてくる。







「ご、め、ん、ね………」







「姉さん………………?」


 アナをかばったのは言うまでもない。

 レトダールの剣によって左肩から心臓を切り裂かれる形で倒れている。




 アリエスだった。




次回はアリエスの視点に移動します!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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