表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
813/1020

第二百三十四話 女王vs神姫、四

今回はあの存在が久々に登場します!

では第二百三十四話です!

 耳鳴りが聞こえた。

 遠い、遠い、その場所で。

 誰かが手を伸ばしてきている。その人物の顔は笑顔で、誰よりも幸せそうだった。太陽の光を全て集めたように輝くその場所で白い髪の少女は微笑んでいた。

 その少女はかつて自分が唯一心を許した存在。全てを包んでしまうような暖かな瞳を持つ彼女がそこにいた。

 手を伸ばす。

 でも届かない。

 だが伸ばす。

 でも届かない。

 どうしてか。簡単だ。その少女が手を取らなかったからだ。まるでまだこちら側に来るべきではない、そう言っているかのように。

 その少女は手を拒むと、その代わりにこんなことを呟いてきた。


『辛い思いさせてごめんね、フィア。でもまだあなたは死んじゃダメ。あなたにはまだこの世界で、このとても綺麗な世界でやらなければいけないことがあるはずでしょ?』


 そうだ。

 そうだった。

 その言葉を聞いたその瞬間、「フィア」は思い出す。


 初めは少女が託した子供だから守らなければいけないと思った。空気に触れただけで泣きわめくその可愛い赤子をなんとしてもこの世界から守ってあげなければいけないと、そう思ったのだ。

 だからこそに個人的な感情はない。愛もなければ涙も無い。いわば使命だった。

 しかし。

 今は違う。

 触れてしまった。少女と同じ心を持つその人物の心に。親と同じ、育て親の少女と同じ、優しい心を持った彼女の気持ちに触れてしまった。

 そこでまた、フィアは感じてしまった。今、目の前にいる「アイナ」と過ごしていた日々の思い出と暖かさを。

 ゆえに、その瞬間から使命は願いへと変わった。アイナが託してきたその子を支えること、守ること。それはフィアにとって自分の人生全てを忘れることができるくらい幸せなことになっていたのだ。

 一緒に学園で生活し、笑って、泣いて。かつてアイナと過ごした日々をなぞるようなその時間はフィアの心の氷を完全に解かしてしまった。

 ゆえにもう一度、どこかわからないその場所でアイナの顔を見た時、ゆっくりとフィアは立ち上がる。アイナに背を向けてまた歩き出した。


 今度こそ、アイナの自分の、そして「アナ」の願いを叶えるために。

 フィアはそこで一言だけあいなに向かって言葉を返した。その声を発した顔は太陽の光を受けて美しく輝いていく。


「いってくるわね、アイナ。あなたの娘を守りに。もし、また会う機会があったらいっぱい、いっぱいお話ししましょ。………いつか、絶対」


 それを黙って聞いていたアイナは無言のまま涙を流して頷く。


 そして。

 そして。

 その世界は。


 今。


 崩れた。











「ッ………」


 感じるのは鈍い痛みだ。耳の隣から耳鳴りとともに感じるズキズキとした痛み。その痛みがフィアを現実に引き戻した。

 どれだけの時間意識を失っていたのか、それすら今のフィアにはわからない。だがこうして城門の前で放置されていたところを見ると、インフたちに敗北したことだけは理解できた。

 そしてその事実を悟った瞬間、色々な情報がフィアの頭の中に流れ込んでいく。フィアの能力は先ほどの戦闘ですでにフィアの中に回収されているが、索敵用の力だけは依然として残してあったのだ。

 ゆえに現状、この城の中で何が起きているのか、その全てを一瞬で把握していく。


「くっ………。こ、こっぴどくやられましたね………。で、ですが、これは………。惨敗と言うべきでしょうか。テール様もミュル様たちも全て無力化されているようですね。………ただそれよりも」


 それよりも、フィアには気になることがった。

 それは城の北側。その地下深くに設置された緊急脱出用の通路。そこは何十年も開かれていない、開かずの扉だったはずなのだが、その鍵が見るも無残な形で破壊されていたのだ。

 そんなことをこの場でする存在はおそらく一人。フィアはその一瞬でそう結論づける。もしその予想が当たっているとすると正直言って最悪の事態という他ないだろう。

 ゆえにフィアは立ち上がろうとした。アナにとって最大の脅威はミルリアでもインフでもアリエスでもない。また別の人物だ。

 そしてそれはフィアもアナもわかっている。だがこの状況が二人を追い詰めていた。


(だ、誰も、アナ様をお守りできる者がいない………。玉座の間でも戦闘が起きている今、いつ隙を突かれるか………)


 だが。

 体に力を入れようとした瞬間、その全てを持っていかれるような脱力感が襲いかかってきた。それはフィアの体を地面に貼り付け、身動きを拘束してしまう。


「ぐっ!?こ、こんなときに………!体力切れで動けないなんて………」


 いくら意識を取り戻したとはいえ、フィアの体はインフたちの攻撃で限界寸前だ。それを意思の力だけで動かそうなど不可能にもほどがある。

 そう頭の中でわかっていても、それを認める余裕はフィアにはなかった。

 なぜなら約束したのだ。他ならぬアイナと、アナを守る約束を。

 フィアはそのまま地面を這いつくばりながら重たい手を地面の割れ目に食い込ませて前へ進もうとする。だがその程度ではまったく動くことができずただただ時間だけが過ぎていった。


「う、動いて………。動きなさい!くっ………。お願い、動いて!!!」


 だがそれは無駄な努力に終わった。叫べば叫ぶほど逆に体力が減っていく。終いには意識を保つ力すらなくなってしまうだろう。

 ゆえに今のフィアにはただ目を閉じてアナの無事を祈ることしかできなかった。歯がゆく、情けなく、悔しい。何もできずにこんなところで倒れている自分が心底憎かった。


 だが。

 そうフィアが全てを諦めかけたその時。

 思いがけない存在がフィアに近づいてきた。


「………ッ!?あ、あなた、は………まさかっ!?」


「………」


 気配すら感じられなかった。

 いつ近づいてきたのかもわからない。

 だがそれは確かにそこにいた。


 白い毛並み。

 鋭く尖った牙。

 人間を載せてもビクともしない大きな体躯。

 この世界では伝説ともなっている生き物。


 もしこの場にアリエスがいればその存在が誰なのか理解することができただろう。

 だがそのアリエスはいない。

 ゆえにフィアはまったく別の知識からその存在を解析することしかできなかった。


「さ、最幻種………ルアナーク………?」


「ガウゥ」


 それは白狼だ。

 アリエスの世界において白狼という存在は決して珍しくない。

 だがこの世界においては幻想生物の中で頂点に立つゼラリクスよりも珍しい存在なのだ。

 白狼、その名をルアナーク。

 幻想生物のランクは別枠として設けられている最幻種だ。

 そのランクにはそもそもルアナークしか分類されておらず、いかにルアナークが特別なのかが窺えるだろう。

 つまりそれだけこのルアナークは特殊なのだ。

 物理的な力こそゼラリクスや他の幻想生物たちに劣るものの、ルアナークは他の幻想生物たちにはない力を持っている。

 それはどんな物理現象、どんな命剣でも再現不可能な摩訶不思議な力だ。神の力をその身に宿したようなその力は正直いって人間では何が起きているか理解することができないと言われている。

 枯渇してた水源が一瞬で元に戻っただとか、不死の病にかかった人間が一晩で回復しただとか、逸話はたくさん残されている。

 そんな逸話、ひいては伝説を数多く残してきた存在がルアナークなのだ。

 ではどうしてそんなルアナークの登場にフィアが驚いたのか。その理由は一つだ。

 それは単にルアナークがこの世界でにほとんど残っていないからである。唯一確認された情報によると十六年前に駆け出しの冒険者がたまたま出先で見つけたというものが残されているが、その真偽も怪しかったため誰も取り上げなかった。

 ゆえにこうして白昼堂々太陽の下に姿を現したルアナークの姿にフィアは驚かざるを得なかったのだ。


(ど、どうして、ルアナークがこんなところに………?偶然にしては色々とおかしな気が………)


 と、次の瞬間。

 ルアナークはその口でフィアの体を摘み上げるとそのままもう一頭の背中に優しく乗せていった。

 そう、信じられないことにただでさえ珍しいルアナークはこの場に二頭いたのだ。ぼんやりとした意識のフィアではそれに気がつくのに時間がかかってしまったが、背中に乗せられたことでその意実を悟ってしまう。

 だが今のフィアには自分がどうして背中に乗せられたのかのほうが気になって仕方がなかった。


「な、なぜ私を背中に………?あなたたちは何がしたいんですか………?」


「………」


 その言葉にルアナークは返事を返さなかった。その代わりに、二頭とも黙って城の中に駆け出してしまう。振り落とされそうになったフィアは必死にその柔らかな毛並みを両手で掴んでいくが、頭ではいまだに何が起きているのかまったくわからなかった。

 だがなんとなく、この二頭がどこに向かっているのか、それだけは理解できた。

 おそらくそれは玉座の間。

 アナとアリエスが戦っているであろう、その場所。感じたこともない巨大な気配が渦巻いているその空間だ。

 だからフィアは黙っていることにした。動けない自分ではもうルアナークについていく以外の手段は残されていない。それが自分の目的地と合致しているなら口挟むことは無粋だと思ってしまったのだ。


 だからこそフィアは最後までわからなかった。

 どうしてルアナークがこの場に現れたのか。


 だが理由は簡単だ。


 アリエス。

 彼女はかつてこの二頭のルアナークを助けている。

 この世界にやってきた直後、冒険者の手で瀕死状態だったこの「親子」を治癒していたのだ。


 ゆえにこの二頭はやってきた。

 今まさに恩人であるアリエスが最もピンチだと悟って。

 十六年越しの恩返しをするために人里に降りてきたのだ。


 その後、二頭のルアナークは倒れているテール、ミーゼ、ラサを回収して玉座の間に向かっていく。それは時を同じくして走っていたミルリアたちと合流することになっていくのだった。










「ったく、ようやく追いついたぜ。これで全員合流ってところか?」


「いやラサ殿がきていません。ラサ殿は記憶庫と一対一で戦っていましたし、無事とはいえないのかもしれませんね」


「だがもはや記憶庫の下に引き返している時間はないだろう?こちらも万全とはいえないが、時間が惜しいのは言うまでもない。そうだろう、ミルリア?」


「ああ。ラサには悪いが今はこのまま突き進ませてもらう。それにさっきからとてつもなく大きな気配がこの先に出現した。私の知らない気配だ。何が起きているのかわからないが急いだ方がいいだろう」


 ルガリク、アリフ、戦士王、ミルリアの順で状況を報告し合った彼女たちはミルリアの言葉に頷くと早々と足を動かして奥にある玉座の前に走っていった。

 集まっているのはギルド団長と五英雄、四体の精霊、そしてルガリクとインフだ。しかしいくら戦いを勝ち抜いてきた彼女たちとはいえ手負いの状態で走るのは少々無理がある。誰もの足が重く、動きが鈍ってしまう。

 だが目に映っている光はまだ輝きを失っていない。確かな闘志と意志を燃やして剣に手を当てていく。


 それから数百メートル走ったその時。

 ミルリアたちの背後から何者かが走ってくる音が響いてきた。それは靴裏を叩きつけるような人間の足音ではなく、獣が大地を駆けるような比較的静かなものだった。

 と、知覚した矢先。

 ミルリアたちの隣を真っ白い何かが横切っていく。かすかに見えたのはその背中にフィアやアイテールたちが乗せられていたことだった。


「な、なに!?い、今のはなんだ!?」


「わ、わかりません!白い何かだということは認識できましたが………」


「いや、知っておる、知っておるのじゃ!あれはルアナーク、幻想生物の中で最も目面qしい最幻種に分類される珍獣じゃ!」


「ルアナークだと!?どういうことだ、ロリババア!なんでそんなものがいるのか説明しろ!」


「わ、妾にもわからんのじゃ!た、ただ、やつらはこの先のごく座の間に走っていった。それしか言えん!」


 ミルリアの言葉にアリフとルガリク、インフが続いたが結局のところ誰にも今の現象を説明することはできなかった。

 ただ一つ言えることはインフが言ったようにこの先に進めば全てがわかるということ。


 ゆえに走る。

 ただただ走る。


 その先に望むものがあると確信しているからこそ、走るのだ。







 そして。

 この戦は佳境に入っていく。

 だがまだ戦いは終わらない。




 最後の敵が残されている。




 また。


 忘れてはいけないあの青年もじきに姿を表す。




 この戦いの全ての役者がようやく揃おうとしていたのだった。


次回はアナとアリエスの戦いを描きます!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後ク時になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ