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第二百三十二話 女王vs神姫、二

今回はアナの視点でお送りします1

では第二百三十二話です!

 なんで、どうして。

 何故こんなことになったの?

 その理由がわからない。

 私は姉さんを守るために裏切って、遠ざけるために姉さんから教わった魔術を姉さん自身に叩きつけた。胸が、心臓がはちきれるかと思った。どんな時でも私に笑いかけて大切に育ててくれた姉さんに鋭く尖った氷を落とすなんて、考えただけでも三度は死ねる。

 だがそれを私は実行に移した。

 迷いはあった。そうすることで二度と元の生活には戻れない確信があった。あの姉さんに魔術を打ち込むということは、これまで積み上げてきた信頼を全て失うということ。

 だから何度も考えて、考えて、それでも考えて、最後はテールにすら泣きついた。

 しかし何があっても私が歩くことになるであろう未来に姉さんを巻き込むことはできない。そんなことをしてしまえば姉さんは本当にこの世を去ってしまう。

 その事実を痛感した時ほど自分の生い立ちを恨んだ時はないだろう。いっそ自分が死ねればどんなに楽かと思ったぐらいだ。

 それはただの我儘で、私という存在には許されない願い。抑止力や記憶庫、そしてかつての第一剣主の死が嫌でも私を先に進めてしまう。

 だから進むことにした。これ以上姉さんを傷つけず守るために、一度だけその体に牙を突き立てたのだ。


 だというのに。


 どうしてこうなった?

 どうして私はまた姉さんと戦っている?

 おかしい、おかしい。こんなはずじゃなかった。

 もちろん、姉さんたちが私を取り戻しに来ることは予想できていた。だがこの場に姉さんがたどり着いてしまうという光景は何がどうあっても想像できなかったのだ。

 あの姉さんが、もう立っていることすら辛いはずの姉さんがたった一人で私に剣を振るっている。その目にあるのは殺気でも憎悪でもない。

 どこまでも純粋な愛だ。

 重い、だけど暖かな愛。

 私なんかには決して向けていいものではない透き通った愛が姉さんの瞳に浮かんでいた。

 だからだろう。私は反撃できなかった。できたことといえば姉さんが闇雲に振るってくる剣をただただ弾き返すことだけ。型も剣技も何一つ定まっていないその剣を受け流すことしかできなかった。

 もしかしたら、それも含めて私は戸惑っているのかもしれない。

 ペインアウェイクンを手にした私であればいかなる剣でも力でも相手ではないはずだ。現に私の目には姉さんの剣線が手に取るようにわかる。一歩、あと一歩踏み出せばそれは跡形もなく吹き飛び、反撃に繋げられるはずなのだ。

 なのに、そうはならなかった。

 何かが私の体を止めている。身がこわばる。心が寒い。手が震える。一瞬でも気を抜けば即座に斬られてしまうような気迫が私を縛り付ける。

 その全てが私に襲いかかってきていたのだ。

 これはある意味、死より怖いかもしれない。命剣の力によって死すら超越した私にとってこの得体の知れない感覚は恐怖以外の何ものでもなかった。

 だってそうだろう。

 私には操作も掌握も幻想も消失も命隷も命零も全てが備わっているのだ。その一つでも振るえば今の姉さんは軽く捻ることができる。

 だが発動できない。発動仕方すら忘れている。そんな感覚だ。

 わからない、わからない、わけがわからない。

 どうして第一剣主の私がこんな死に損ないみたいな姉さんに押されているのか、それがわからない。


 ………………。

 いや。

 ………………。

 いや。

 わかっているのだ、本当は。

 どうして私がこの場において姉さんを傷つけられないのか。

 いまや魔術すらろくに使えなくなった姉さんを振り払えないのか、そんなこと考えずとも心がわかっている。


 嫌なのだ。

 これ以上、自分の手で姉さんを傷つけることが。

 自分が死ぬより、ここで負けてしまうより嫌なのだ。

 矛盾している。

 姉さんを追い返すことが私の目的。そのはずなのに、私は自分の欲望を優先してそれをはねのけてしまっている。それはまるで子供のような心境。

 我儘に我儘を重ねた結果、何を取ればいいのかすら見失ったものの末路。

 それが今の私だ。

 ゆえになにをしたらいいのかわからなくなった。

 これからどうすればいいのか。フィアもテールもミュルもイリス先輩も倒された今、頼ることができるのは私自身しかいない。

 それなのに私自身が揺れている。姉さんを自分の手で傷つけられない。でも負けられない。ここで負ければそれはそれで姉さんが死んでしまう。私に近づこうとすればするほど姉さんは傷を負い、命をすり減らすのだ。


 そして、そんな感情が限界に到達した時。

 丁度、姉さんの剣が私の頬を掠めた。鋭い痛みと赤い血が宙を舞って私の視界に飛び込んでくる。

 その瞬間、私の体の中からドス黒い感情が一気に湧き上がった。それはすぐに私の体を支配しようと動き回り、瞳を充血させていく。

 内からこみ上げて来るのは明確な殺意だ。それはおそらく私の力に操られたミュルたちも味わった謎の感情。気持ちと気持ちが真正面からぶつかって、ただの憎悪に囚われてしまう危険な状態。

 それが今の私にも襲いかかってきていたのだ。


 だが。

 だが、だが、だが。

 それがどうした?今更そんな憎悪に飲まれるほど私は柔じゃない。こんな殺意、今まで私が姉さんのために費やしてきた感情に比べればゴミにもならない。

 だから私はその殺意を真っ向から振り払った。逆にその殺意のおかげで冷静になることができたかもしれない。

 一度姉さんから距離をとって大きく息を吐き出した私は姉さんを睨みつけながら剣を振り払ってこう呟いていく。


「………弱い、弱いよ、姉さん。私の知ってる姉さんはもっと強くて、誰にも負けない力を持ってた。でも今は普通の学生にすら勝てやしない。そう思えてしまうくらい弱くなった。………なのに、それなのに、姉さんは『強くなった』。私を前にしてもひるまない強さを手に入れた。対する私は姉さんを守るために強くなったはずなのに『弱くなった』。………どうしてなのかな?」


「アナ………」


 そこでようやく私は私に戻った。

 かつての口調、かつての雰囲気、その全てが誰かに取り憑かれたように急に戻ってきた。先ほどの殺意が偽っていた私を持ち去っていったのかもしれない。そう思えてしまうほど、今の私は「かつて」の私だった。

 だが、それは一種のトリガーだった。

 偽っていたから迷っていたのかもしれない。嘘をつき続けてきたから姉さんと向き合えなかったのかもしれない。女王として戦っていたからこそ無駄な思考が動いていたのかもしれない。

 しかし今は違う。戻った、そう戻ったのだ。

 姉さんが私の姉であることを捨てて戦っているように、私も女王という立場を捨てて姉さんの妹としてこの場にやってきたのだ。

 ゆえにここでやっと迷いが晴れた。口調も元に戻して、ひたすら姉を思う健気な妹に戻る。

 ここから先は第一剣主アナと、アナ=フィルファは別人だ。私はただ、姉さんを守るために戦う。

 それだけだ。


「………姉さん。もう一度だけ言うね。姉さんは第一剣主アナって人についていっちゃだめなの。そんなことしたら姉さんは本当に死んじゃう。だからここで引いて欲しいの。ミルリアさんたちを連れてこの城から出てって」


「………。もし、もしだよ。私が本当にここで帰ったら、アナはどうなるの?」


「私は………。そうだね、多分もう姉さんとは会えなくなる。辛いけど、これが運命だから」


 私はそう吐き出した。

 初めてだ。自分の口から姉さんと別れることが辛いと声に出したのは。

 でも決めたことだ、今から先私は誰よりも自分に正直になると。姉さんを守りたいのだ。でればなりふり考えている暇はない。一刻も早くこんな城から、こんなダメダメな女王から遠ざけてあげるべきだ。


 だが。

 まあ、そんなうまくいくはずもない。

 わかっていたことだ。

 姉さんは、そんなことを言われて引き下がるほど素直じゃない。

 むしろ、私より我儘だ。自分の体がボロボロなのに、妹のために命すら投げ売る覚悟でこんなところに来ているんだから、これを我儘じゃないとは絶対に言えない。

 でも姉さんらしいと思った。

 馬鹿な妹のために、何度も何度も立ち上がってくれたのだから。


 ゆえに終わらせなければいけない。

 この戦いはこれより幕引きだ。

 圧倒的な力で、絶対的な力で終わらせる。

 最低限の攻撃で姉さんを無力化する。そうすればもう姉さんは傷つかなくて済むのだから。

 そう考えた直後、やはりと言うべきか姉さんは私の言葉を否定してきた。


「………そんな運命、絶対に認めない。もしアナがその道を歩くっていうなら私がそれを斬り捨てる。苦しんでるアナをこれ以上見たくないから」


「………そう、なんだ。ううん、そうだよね。姉さんはいつだって強くて、芯が通ってて、それでいて誰よりも綺麗。身も心も透き通ってる。………でもね、私約束したんだよ?いつか絶対姉さんを守ってみせるって。その約束、今果たしちゃだめかな?」


 次の瞬間、私は命剣を姉さんに突きつけて能力を発動していった。大丈夫、今度はちゃんと発動できる。いや逆に以前より扱いやすくなっているのかもしれない。私が自分に正直になったことで命剣がさらに力を貸してくれている、そんな気がした。

 発動された力は私以外の剣主の力が凝縮されたものだ。空間の掌握、万物の操作、全てを飲み込む闇、絶対なる消滅。それらすべてがこの部屋に顕現していく。


「………これが私の全力だよ。姉さん、これで本当に終わりだから、ごめんね」


 それが合図となった。

 その合図が空間に響いた瞬間、私はフィアの力を使用し空間を完全に我がものにする。それにより姉さんの体は医師よりも硬く強張り、その動きを拘束した。次に地面に這わせていた闇を分散させ強力な重力場を作り上げていく。それと同時に周囲に落ちていた瓦礫を使って姉さんの司会を完全に塞いでしまう。

 その結果、姉さんは剣を持っているだけの人形と化してしまった。第一剣主の力をもってすればこの程度造作もない。そして最後は残されている「彼」の能力。


「じゃあね、姉さん。最後は意識だけ消してあげるから。これでお別れだよ」


「ッ!?」


 そう呟いた私の体は姉さんの背後に移動する。音よりも早く動いたその体はゆっくりと左腕を姉さんの頭に伸ばし、意識を刈り取るために能力を発動していった。

 これが決まれば姉さんは一時的に植物状態になる。つまり完全に気を失うのだ。第五剣主の能力は精神的なものにも有効。ゆえに一時的に意識だけを消失させようと私は考えたのだ。

 そして、その時は訪れる。

 私とまったく同じ色の髪を持った姉さんの頭に私の手が触れた。


 その直後、全てを終わらせる能力が発動する。


 終わった。

 これで終わったのだ。

 これで姉さんは救われる。私なんかのために命を落とさずに済むのだ。


 ………。

 ………………。

 ……………………………。

 え?


 ………………。

 な、なにが………?

 お、きて………?


 終わったはずだった。

 はずだったのだ。

 それはつまり終わらなかったということ。

 全てを終わらせるはずの消失の能力が機能しなかった。


 代わりに私の体は何かに投げられるように勢いよく吹き飛ばされてしまった。


「きゃあああっ!?」


 反応できなかった。

 終わるとわかっていても油断していたわけじゃない。

 能力も先ほどとは違い明確に発動させたはずだ。

 それに今の姉さんは動くことができない。私の能力によって雁字搦めになっており、息をすることすらできないはずだ。


 しかし現実は違った。

 そう違ったのだ。

 私は間違った。

 初めからそう言っていたではないか。

 姉さんはアリエス=フィルファではなく「アリエス=リアスリオン」として戦うと。

 その名前の意味を私は知らない。

 だが理解させられた。


 どうして気づかなかったのだろうか。

 なぜ姉さんにだけ魔術が使えるのか。

 どうして人間嫌いのゼラリクスに好かれているのか。


 私の場合、人間とはおおよそ呼べない第一剣主だったからゼラリクスに好かれていた。そう言えば説明はつく。今思えば命剣と選定する時、他の命剣が私を拒絶したのも私が第一剣主だったからなのだろう。

 だが姉さんは違う。

 そもそもの前提から違う。

 リーザグラム?

 あれは命剣と呼べる代物か?

 どうして抑止力や記憶庫しかしらないはずの気配を予め知っていた?

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。


 こんな力を扱える?





 そこに現れたのは私の知らない存在だった。


 髪は自ら光を発するような白。その髪はただでさえ長かったはずなのに、今では床についてもなお伸びているほど長い。瞳は水色ではなく海を溶かしたような群青色に変わっている。だがその中心には甘い動向が輝いており、かつての姉さんの面影はなかった。


 そう、目の前にいる女性は私の姉、アリエス=フィルファではなかったのだ。




 言うなればそれは神だ。

 第一剣主では到底及ばない人智を超えた存在。

 それですら生易しい全てを超越した存在が降臨した。




 その瞬間、悟った。

 これが姉さんの本気なのだと。

 いや、これが「真に至った」姉さんなのだと。




 全ての謎が解き明かされたこの瞬間、私と姉さんの戦いはどこまでも研ぎ澄まされていく。


次回はアリエスの視点に戻します!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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