第二百三十話 争奪・シスタークイーン、十五
今回で争奪・シスタークイーンシリーズは終了となります!
では第二百三十話です!
アリエスが一人アナの下に向かった後。
ミュルとイリスの相手をしたミルリアたちは自らが持つ圧倒的な力でその場を蹂躙していた。いくら争奪戦に出場したミュルとイリスであってもさすがにギルド団長が相手だと部が悪い。それも四人全ての団長をたった二人で相手しなければいけないのだ。ミュルがダイヤモンドクラスに目覚め、イリスが大悪魔を従えていてもこの戦力差をひっくり返すことは不可能に等しい。
現に戦況はミルリアたちが圧倒的に優勢だった。閃く剣撃が城の壁や柱を破壊しながらミュルたちに襲いかかっていく。それは一切の抵抗を許さない絶対的な攻撃で砂ぼこりと煙を巻き上げながら大爆発を引き起こしていった。
「………風の巫女に大悪魔、そして第二剣主のレプリカときたか。なかなかそそる戦いじゃが、相手が悪かったのう」
「………」
「ん?どうしたのじゃ、ミルリア?急に黙りこくって。何か思うところでもあるのかのう?」
「………もう十分だ」
「なんじゃと?」
ミルリアはペイのその言葉にそう返すと、剣を構えて一人ミュルたちの下に歩き出していった。現在、ミュルとイリスははっきりいって無事とは言えない状態だった。イリスは左腕に大きな傷走っており、大量の血を流している。ミュルは右足を引きずってしまっており、まともに戦えるとはとても言えなかった。
ゆえにミルリアは一人で歩く。一人でこの戦いに幕を下ろしにいったのだ。
「ここからは私が引き受ける。お前たちは手を出すな」
「………ほう?ここまできておいて手柄を全て譲れと、そうお前はわしらに言っておるのか?」
「手柄などどうでもいい。ただ私は自分の責任を果たすだけだ」
「まったく頑固よのう。先の失態は別にお前だけのせいではないというのに………」
「その辺にしてあげてください、ペイ。今亜だけは彼女のいう通りにしてあげましょう。それに元を正せばあの二人は彼女の学園に通う生徒です。団長として筋を通したいのでしょう」
「まったくお前も随分と甘くなったものじゃのう、アリフ?昔のお前ならこの状況をミルリア一人に背負わせるようなことはせんかったじゃろうに」
「そうですね。でも僕はもう昔の僕じゃないんです。そしてそれはおそらく彼女もそうなのでしょう」
アリフはそう呟くと自分たちの前に立っているミルリアに向かって視線を流していった。するとそれと同時にミルリアの体にとある変化が起きる。それはアリフとて数回しか見たことがないミルリアの本気の姿だった。
「………天命解放」
「なるほど、ここでミス、ミルリアは本気を出すのですか。先ほどから一向にあの力を使う気配がないと思っていましたが、全ては今のために力を温存していたのですね」
「馬鹿者。あの小娘にそんな器用な真似ができと思うか?あやつは単に今の今まで己の全力をあの二人にぶつけるか迷っておったのじゃ。自分の責任をどのような形で清算するか、それをこの戦いの中で考えていたのじゃろう。そしてとうとうそれを見つけた」
「それがこの光景ということですか。実にミルリアらしいですね」
「まあのう。だがまああの様子であれば慢心はなさそうじゃ。心配はいらんじゃろう。………おい、ハザルメイア。もうよいぞ、宴は終わりじゃ」
ペイは全力を解放したミルリアを見ながらそう呟くと、自らの背後に待機させていた大魔王ハザルメイアの姿を消していった。悪魔や魔王という幻想生物は実態というものがかなり薄く、召喚者の医師によってその姿を消すことができる。だがその分、実体化させているだけで力を消費してしまうので、ペイとしては無駄な力の消費を抑えたかったのだろう。
と、その直後。
この空間全体に脳に直接話しかけてくるような澄んだ女性の声が響き渡った。
「ミュル、そしてイリス。すまなかった。私が不甲斐ないばかりに、こんな辛い思いまでさせてしまった。お前たちがアナのことを大切に思っているのは私も知っている。その心にアナの力が入り込んで心を破壊されてしまったという状況も理解している。だがお前たちはそこにいるのだろう?どれだけ私たちに剣を向けようがその顔の裏にはいつものお前たちがいるはずだ。私はそんなお前たちを取り戻すためにここにいる」
「「………」」
返事はない。
だがそれをミルリアは肯定と受け取った。ゆえにミルリアはその瞬間、思いっきり床を蹴った。天命解放によって上昇した身体能力がミルリアの体を猛スピードで動かしていく。そのスピードはそれを見守っていたアイフやペイですら驚いてしまうほどのもので、剣主としての力をその見で体現していた。
だがそれと同時にボロボロになっているミュルたちも反射的に体を動かしていく。ミルリアの行動を予測するように左右から挟み込んだ二人は、剣を横に構えて薙ぐような剣撃を撃ち放っていく。
「………甘い」
しかしその攻撃はミルリアには一切届かない。ミュルの命剣を自身の命剣で軽く弾いたミルリアはその剣の軌跡を操って左側から攻めてきているイリスの下へ誘導する。その結果、ミュルとイリスの剣が真正面から衝突し二人はお互いの力によって吹き飛ばされていった。
だがまだミルリアの攻撃は終わっていない。今のただミュルとイリスの攻撃を利用したカウンターに過ぎない。彼女の攻撃は今ようやく始まる。
ミルリアは吹き飛ばされたイリスの下に移動すると左手を地面に向けてこう呟いていく。
「………闇よ、こいつを縛り上げろ」
その瞬間、どこからともなく現れた漆黒の闇が触手のように揺らめいてイリスの体を縛り上げていった。それによって身動きがとれなくなったイリスは口の中からうめき声のようなものをあげるが、そんな口にすらその闇は絡みついていった。
と、そこに、いつの間にか復帰していたミュルがミルリアの背後を狙うように切り込んでくる。見るとどうやらミュルは自身の能力を使用しているようで、城の瓦礫を操作してそれもミルリアにぶつけようとしていた。
………。
がっかりだ。
ミルリアは近づいてくるミュルの気配を感じながら心の中でそう呟いていた。もし仮にこの場で剣を向けてきている二人が意識を持ってそうしているのなら、もっともまともな戦いが繰り広げられていたはずだ。
間違っても相手の背後を取りながら突撃してくる馬鹿な行動にでるわけがない。自我を持った二人ならば簡単に遇らうことはできないだろう。
だというのに、今の二人はその力の本質をまるで出せていなかった。読みが甘い、ただ力を振るえばいいと思っている。そんな戦い方だ。
ミルリアが彼女たちに学園で学んで惜しかったのはこんなどうしようもない戦い方ではない。殺気に取り憑かれたような醜い戦い方ではないのだ。
ゆえに腹が立った。
あのミュルとイリスをここまで歪めてしまう、その力に。
アナが持つ第一剣主の力に。
「何が絶対なる王だ、何が第一剣主だ。そんな力、他人を不幸にするただの暴力をなんら変わらない。アナよ、お前の親友がこうなってしまっているという現状がその証拠だ!」
ミルリアはそこで一つ大きな声を上げると、闇で掴み上げていたイリスを思いっきりミュルに向かって投げつけていった。そんな動きすら予測できなかったミュルは大きく目を見開いて振るおうとしていた剣を止めてしまう。
だがそんなことをしている間にイリスの体がミュルに叩きつけられていった。それによって二人は地面を何度もバウンドしながら床を転がっていく。
赤い血がべっとりと床を濡らし、鉄くさい匂いを辺りに充満させていった。
だがミルリアが本気を出して行ったのは相手の行動を誘導しただけ。まともに剣すら振るっていない。
つまり今のミュルとイリスはミルリアに剣を振るわせることすらできなかったのだ。それに見合う実力を示すことができなかったとでもいうべきか。
四対二という状況から一対二という状況に変わっても、操られている二人ではギルド団長兼第四剣主のミルリアを討ち取ることはできなかった。
と、そこで、ミルリアはここであることに気がついた。倒れているミュルとイリスの顔。その中に収まっている二つの瞳、その奥から。
滴るように流れ出てくる透明な液体がミルリアの視界に飛び込んできた。そしてそれは次第に色を変え、赤く染まってしまう。
血涙。
一体何がどうなって彼女たちの瞳からそれがこぼれ出ているのかはわからない。
ただ一つ言えるのは、その涙こそが今の彼女たちに残された唯一感情を表現できるものだということだ。
「………お前たちに罪はない。悪いのは全て私だ。私があの時、自分だけおずおずと逃げ帰ってしまったせいで、お前たちはそんな涙を流す羽目になってしまった。好きなだけ私を罵るといい。馬鹿にするといい。痛めつけるといい。蔑むといい。犯せばいい。………この戦いが終われば私の全てをお前たちにやろう。私はそれだけのことをお前たちに強いてしまった」
無論、ミュルたちから洗脳が解けて戦いが終わったとしても二人がそんなことを望んでいないことはわかっている。だがそうでも言わなければミルリアは自分の気持ちを抑えられなかったのだ。
だが逆にそれはこういう捉え方もできる。
「だからもうしばらく待ってくれ。この戦いが終わるまでは私の体と力はアリエスに預けてある。ここで全てをお前たちに譲ってしまうわけにはいかないのだ」
その言葉に一瞬だけ二人が頷きを返したように見えた。血で赤く染まった顔が少しだけ微笑んでくる。
だが次の瞬間。
そんなミルリアの背後から得体の知れない力が巻き上がった。それは床に流れていた血と瓦礫、空気や煙を収束させ、一つの円球を作り上げていく。
「ッ!?こ、ここで第二剣主のレプリカの力が発動したじゃと!?使用者の力はもうそこを尽きておるはず………。な、何がおきておるのじゃ!?」
「お、おそらく、彼女たちの敗北を第一剣主の力が許さなかったのでしょう。当人の意思を無視して力を使わせている。最悪の場合、彼女たちは廃人になってしまうおそれも………」
「な、なんじゃと!?それは本当なのか、ハルス!こ、これはさすがに悠長に構えておれんわい。小娘には悪いがここは加勢を………」
「必要ありませんよ。ミルリアに任せておけば問題ありません」
「な、何を言っておる、アリフ!このままではあの二人どころかミルリアすら危ういのじゃぞ!?仮にミルリアがあの攻撃を防いでもミュルたちがどうなておるかわかったものではない!」
「ですから、それを含めて問題ないと言ったのです。………ミルリアには全て見えています」
と、アリフがペイをなだめた直後、城全体を振動させるような力がミルリアを中心に湧き上がった。それはミルリアの命剣に大量の闇を集めていき、自然と彼女の腕を持ち上げていく。
そしてその力が十分に集まった時、ミルリアはその円球を自らの力で叩き斬っていった。
「………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああだりゃあああああああああああああああああああ!!!」
その一撃は放たれた瞬間、あたりを闇で染めてしまう。だがそれは普通の闇ではなかった。広がっているそれには小さな光が無数に散らばっている。それらは集まり群れをなし、そして輝いていた。
その光景は誰もが見たことがある一つの景色。
言うなればそれは無限の広がりを持つ、世界最大級の闇だった。
「う、宇宙!?み、ミルリアのやつ、この空間に宇宙を作ったというのか!?」
「あ、あはは………。こ、これはさすがに想定外ですね。剣主というのは皆、こんなことができるのですか………」
「そういうわけではないと思いますよ。ただミルリアは他のどの剣主より愚直に己を鍛え続けた。その努力に剣が答えたということなのでしょう。いやはや、これではもうサタリバース王国最強の座は譲らなければいけませんね」
ミルリアが自分の剣の一撃で作り出したのは宇宙だった。全てを飲み込む、いや包み込んでしまう最強の闇。破壊するのではなく内包することで無力化するそんな力だった。
ゆえにミュルたちが作り出した力はその闇に飲み込まれるように消滅した。後に残ったのは宇宙が残して言った無数の光たちで二人の心に渦巻いていた殺気ごと吸い込んで消えていった。
それを確認したミルリアは柔らかな笑顔で眠っているミュルとイリスに近づくと、その体を抱き寄せてこう言葉をかけていく。
「すまない、本当にすまなかった。そしてお前たちは本当によく頑張った。あとはアリエスに全てを託そう。私たちでは成し得なかったこと絶対にやってくれるはずだ」
こうしてこのアナを除く全ての敵対勢力が鎮圧された。
残るはアナ一人。
そんなアナに立ち向うのは当然あの少女だ。
その少女は自らの意思で最後の戦いに挑んでいく。
戦いの幕は上がろうとしていた。
本当のことを言えばもう少しミュルたちとの戦いを書いていたかったというのが本音です。ですが何度もいうように想定より長くこの物語が続いてしまっているため、このような形にさせていただきました。ご了承ください。
次回はついにアリエスとアナの戦いです!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




