第二百二十四話 争奪・シスタークイーン、九
今回でフィア戦は終了します!
では第二百二十四話です!
それからの戦いは一方的だった。
二体一。これがもしフィアの相手が普通の命剣使いであれば数で劣っていても勝利をものにすることができただろう。だが今回は違う。相手はインフとルガリク、どちらもフィアと同じかそれ以上の強さを持っている剣主たちだ。
フィアは長らく戦いから離れてしまっている。五百年前の彼女ならばそれなりに戦うことができただろうが、その五百年を彼女はメイドとして使ってきた。となれば、いくら剣主の力を持っていても戦いの勘は鈍るというもの。
対するインフとルガリクは常にもしくは頻繁に剣を取ってきた。インフはグラミリ村の村長として村を守るために、ルガリクはただひたすらに強者を求めて戦闘を繰り返す。実際に剣を持っていなくともその心持ちだけで、それがないものと比べると大きな差を作ってしまうのが戦いというものだ。
ゆえに力量だけでなく、戦いの運び方、経験、センス、ありとあらゆる面でフィアはインフとルガリクに遅れを取っていた。今までフィアが相手にしてきたのはあくまで格下。つまり、それらが欠けていてもなんとかなる相手。しかし今はそんな甘い考えは許されない。
一騎当千、万夫不当。そんな剣士が目の前に二人もいる状況。こればかりはもはや気迫だけではどうにもならなかったのだ。
「くっ!?」
「く、くははははは!どうした、第三剣主?力を戻したってわりには随分とショボい攻撃じゃねえか。相手の行動を先読みして自分の動きにつなげるのがセオリーなこの状況で、お前の動きは俺たちより一歩遅えんだよ」
「だ、黙りなさい!!!」
ルガリクの言葉に目を見開いたフィアは空いていた左手を前に突き出してルガリクの周りにある空間を掌握しようとする。もし仮にこれが成功すればいくらルガリクといえど無事では済まないだろう。
だがそうは問屋が卸さない。
「………本当に、本当に鈍っているようじゃな、フィア。妾とルガリクを同時に相手しなければならん状況で、そんな大技を発動してしまえばどうなるかなどわかってるじゃろうに」
「い、インフ!?し、しまっ………」
「遅すぎるのじゃ」
「きゃああああ!?」
次の瞬間、いつの間にかフィアの背後に回り込んでいたインフの左手がフィアの顔横に向かって伸び、その指から乾いた音が発せられた。それはフィアの頭の横で空気の大爆発を引き起こし、フィアの体をほぼ真横に吹き飛ばしてしまう。
「へえ。空気を無理矢理圧縮して、それを一気に解き放つ。するといきなり逃げ場を与えられた空気は周りの空気を押しのけるように膨張し、爆発のような現象を引き起こすことができる。ってわけか、なかなか粋なことするじゃねえか、ロリババア?」
「妾の力は万物を操る力じゃ。フィアのように断定的なものを操る能力とは違い、その汎用性が売り。この程度のことは造作もないのじゃ。………じゃが、この程度でくたばるフィアではないじゃろう」
そう呟いたインフの視線の先。そこには地面を何度もバウンドしながらなんとか爆発の勢いを殺したフィアが剣を杖のようにして立っていた。インフの攻撃によって片耳が吹き飛び、額は切れているようで顔の半分が真っ赤に染まっている。さらに自分の体を守っているはずの力もその大半が消滅しているようで、先ほどまでのような気配はまったく感じられなくなっていた。
「はあ、はあ、はあ………」
「まだ立つのか………。お前が姫さんのことをどう思ってるのか知らねえが、そんなになってまで守りたいものなのかねえ。言っちゃなんだがお前にとって姫さんは親友の娘であると同時に、親友を殺した張本人の子供でもあるわけだぜ?そいつに忠誠を誓うなんざ、正気の沙汰じゃねえと俺は思うけどな」
「あ、あなたに、なにが、わかるんです、か………。あ、アナ様は、私にとって………大切、な、お方なん、です………」
「はあ、さっきからそればっかりだな。………まあ、他人の人生にとやかくいう気はねえよ。姫さんみたいな強者ならまだしも、お前みたいな雑魚に今後関わることはないだろうしな」
「くっ………。だ、誰が雑魚、ですか………!私は、第三剣主、なん、ですよ………」
「いい加減強がりはよすのじゃ。今のお主では妾たちには勝てん。妾の予想じゃともう少しお主は強いと、いや強かったはずじゃが、それにすら届いておらん以上、お主に勝ち目はない。先ほどルガリクの首を掴み取って浴びせた一撃以外まともな攻撃はなかった。つまりはその程度、その程度の実力しかないのじゃよ」
「………」
「諦めるのじゃ。これ以上続けてしまえば、今度は片耳を失うだけでは済まんぞ?」
それはまぎれもない事実だった。
現在、フィアにこの状況を覆す力は残っていない。フィアがいかに強力な一撃を放とうが、それはルガリクの力によって消滅し、消し切れなかったものはインフの力で操られて反撃されてしまう。
そんな状況が今まで永遠と続いてきたのだ。いくらフィアとてその体力の底は見え始めている。このまま戦いを続けても勝てないことは彼女自身が一番よくわかっていた。
そしてそれは怒っても泣いても感情的になっても覆すことのできない事実だと理解していた。そんなご都合展開は許さない。そう誰かが言っているかのように。
すると、そんなフィアの口から聞いたこともないくらい冷えた声が漏れ出してきた。それはまぎれもなく彼女の本音、心のうちから漏れ出た声だ。その声はフィアの剣が突き刺さっている地面に向かって放たれていく。
「………なん、で、なんで、なんですか」
「………ん?何か言ったかのう?」
「なんで、なんでいつもあなたは、私とは違う世界に住んでるんですか!!!」
「………どういう意味じゃ?」
「いつもそうです、五百年前も、その間も、今も、あなたは私とは違う未来を歩いている。私が手にしたくても手に入れられなかった幸せを手にして生きている。五百年前は同じ遺跡にいて、同じ扱いを受けて、同じ剣主だったのに、どうしてこんな差が生まれるんですか!!!」
「………」
劣等感というべきか。
フィアはインフと違い、ある程度インフの所在、現状を把握していた。王城直属のメイドになった時点でサタリバース領にあるグラミリ村の情報は嫌でも耳に入ってくる。その村長にかつての知人であるインフが就いたことも当然知っていた。
そしてその中で着実に幸せを手にしていくインフの姿を聞かされ続けてのだ。その幸せは大層なものではない。今年の農作物は豊作だとか、今日は誰々の子供が生まれただとか、大凡インフ本人とは関係ない話が大半だ。
しかしその中でインフは一人の人間として充実した人生を歩みだしていた。それがフィアには羨ましかったのだ。自分と同じ場所で育ったはずのインフが自分が望んでも手に入れられなかった幸せを手にしているという事実が。
そして極めつけはいうまでもなく「アナ」という少女である。
フィアが己の人生を捧げると決めた少女、もとい赤ん坊があろうことかグラミリ村で幼少期を過ごしていたのだ。その事実はさらにフィアを焦らせた。
なぜ、どうして、インフばかりが恵まれているのか。
なぜ、自分は不幸なままなのか。
そんな考えばかりがぐるぐると頭に回り続けてしまう。
だからこそ、フィアはこうしてアナのために戦えているという事実が嬉しくて仕方がなかった。これはインフにはできないことだ。ようやく自分は自分のために生きている。そんな実感を見出すことができたから。
しかしそれは今、この瞬間。打ち砕かれた。
それもその相手は自分がずっと疎んできたインフ。これ以上最悪なことはない。気分で気にも事実的にも、本当に最悪だったのだ。
だから不覚にも漏らしてしまった、本音を。ずっと、ずっと心の中に閉じ込めてきたその感情をとうとう口に出してしまったのだ。
「………私は、私はあなたが羨ましかった!どこにいっても成功して、どこにいっても映画鬼囲まれているあなたが羨ましかったんです。なんで、どうして私じゃないのか。どうしてアナ様の隣に私はいられなかったのか。それが悔しくて悔しくて………」
「フィア………」
「だからもうこれは逃したくないんです。やっとアナ様のそばにいられることになったこの環境を、この状況を、他でもないあなたに壊されたくはないんです!!!」
その瞬間、フィアの体から青白い光とともに暴力的な気配が湧き上がった。それはあくまでフィアが残してきた力の断片。それを含めてもやはりフィアに勝利はない。だがわざわざ勝てない戦いにその力まで持ち出してくるフィアにインフとルガリクは驚きを隠せなかった。
「おいおい、まじかよ………。あんなボロボロの状態で天命解放を使ってくるのか。下手すりゃ体がぶっ壊れるぞ」
「………それだけ、今のフィアは本気なのじゃろう。本音を口に出したことで吹っ切れたというべきか。………じゃがそれは色々と間違っておる」
「なに?」
「ルガリク。ここから先は手出し無用じゃ。妾一人でケリをつける」
「正気か?いくらお前でも天命を解放した剣主を相手にするのは厳しいと思うんだが」
「言ったじゃろう、鍛え直してやると。フィアがあそこまで歪んでしまった原因が妾にあるのならば、その道をもう一度正してやるのも妾の仕事じゃ。なに、死にはせんじゃろう」
そう呟いたインフは自身も天命を解放し力を滲ませていくと、剣を構えながらゆっくりとフィアに向かって歩き出していった。そして同時にインフの口が動いていく。
「………差などなかったはずじゃ。確かに妾は過去とは比べ物にならないほどの幸せを手にしておる。普通な生活、普通な営み、普通な環境、その全てが今の妾の幸せじゃ。それは間違っておらん。そしてそれをお主が持っていないこともな。じゃがそこに大きな差はない。たとえお主の人生に自由がなかったとしても、それを手にいれる機会はいくらでもあったはずじゃ。違うか?」
「違いますよ!そんな、そんな生易しい時間じゃなかった。私が今まで経験してきた五百年という時間はあなたが想像している以上に苦しく、辛かったんです!」
「だから今度は妾に見せしめるために、今まで自分を不幸にしてきた連中を見返すために、そして今度こそアナを支える『家族』になるために、剣を握っているというのか?」
「そうです!だから負けられない、負けられないんです!あなただけには絶対に!」
「………そうか、そうなのか」
インフはそれだけ返すと、一度顔を下に下げた。そして数秒後、とてつもない速さでその顔が上がり、小さい体からは到底想像することもできない威圧を撒き散らしてこう呟いた。
「くだらんな」
「………は?」
「くだらんと言っている。お主のそれは単に甘えじゃ。一度きりの人生を棒に振ったものだけが述べる戯言に過ぎん。現実を見ることを諦めた亡者の暴言じゃ。それに付き合ってやれるほど妾は暇ではないわ」
「なっ………!」
「じゃがよく聞くのじゃ、フィア。旧友として最後の助言じゃ。今のお主は自分と誰かを比べることに固執し過ぎておる。そして視野が狭い、世界が狭い。見ている場所が狭すぎるのじゃ。考えてみるのじゃ。姉を、友人を、恩人を裏切ってまで自らの道を切り開いたアナはどんな世界を見ておる?どんな大きな世界を見通して玉座に立とうとしている?………正直言ってそれは妾にもわからん。じゃが少なくとも、過去に囚われたままメソメソ泣いているだけのお主とはまったく別の世界を見ておるはずじゃ!!!」
その瞬間、インフは勢いよく地面を蹴った。そして右手に持っていた剣を左肩の横に回し攻撃を放つ準備をしていく。
そこに余計なものはなかった。命剣の力は当然、気配も、魔力も、雑念も、感情も。
あるのは全てを賭けた一閃。その一撃だけ。
だがおれで十分だとインフは考えていた。その攻撃だけでフィアは自分を取り戻すことができると確信していたのだ。
対するフィアはその動きに最初は困惑しながらも同じように剣を敷き絞って迎え撃つ態勢を整えていく。だがその動きは今までの戦いの疲労のためか、少しだけ遅かった。
そしてついに。
両者の体が交差した。
目にも留まらぬ速さで振り抜かれた二本の命剣は赤と青の軌跡を描きながら風邪を切る音だけを響かせていく。
そして。
この戦いの勝者が。
二本の足で大地に立っているのだった。
「まだお主はやり直せる。妾はそう思っておるのじゃ。もしこれからアナを支えたいというならば誰も止めはせんじゃろう。じゃがそれにはアナと同じ世界が見られなければ話にならん。今一度頭を冷やしてくるのじゃ」
その言葉が言い終わった瞬間、目を開いたままフィアは地面に倒れていった。気を失っている。峰打ちだ。
この勝負、やはりフィアの敗北で決着がついた。
しかしインフは信じている。
それを見出せる戦いではあったと確信していた。
かつて、遺跡の中で孤独の中、劣悪な環境でも決して前に進むことを諦めなかった「かつてのフィア」が戻ってきてくれることを。
こうしてインフとルガリクはフィアを切り伏せた。そして彼らもアナとアリエスを探しながら王城に入っていく。
だがまだ時を同じくして剣を振るっているものたちがいることを忘れてはならない。
次回はメトナとラインに視点を移していきます!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




