第七十六話 吸血鬼、そして罠
今回は伏線回です!
どこの伏線かはあらすじの各章一覧を見るとわかるかも?
では第七十六話でず!
血の匂い。
それは確かに感じられた。
俺は気配探知と草むらを掻き分ける音を頼りに、全力でその場を逃走している存在を追いかけていた。思った以上にその動きは早く、なかなか追いつけない。
このあたりはまったく来たことがないため転移もろくに使えず、俺はただ走って追いかけることしか出来ない。
その後ろからキラを先頭にアリエスたちも追いかけてくる。しかし俺が一番筋力的にも能力的にも優れているので、やはり皆を突き放して先行していた。
「意外と早いな………」
このままでは埒が明かないと思った俺は出来るだけ広範囲に能力を発動する。
「戦火の花!」
それは今までより遥かに広い空間を閉ざし、逃げている人物を捕まえる。そして同時に生気を吸い出していった。
それは樹界の中だというのに、極彩色に光り輝き大きな花々をその場に咲かせた。もちろんアリエスたちには作用させていないので無傷だ。
俺の気配探知がその気配の動きが変わったことを捕らえた。どうやら完全に動きを止め地面に突っ伏しているようだ。俺はそのまま腰のエルテナを抜き、右手に構えながらそいつに接近する。
「さあ、鬼ごっこは終わりだ。何故俺たちから逃げたのか洗いざらい吐いてもらうぜ?」
右手に握られているエルテナがそいつの眼前に突きつけられる。
「ぐっ、な、なぜだ………。ディスカノトスほどの魔物がなぜそんな簡単に倒されるんだ!?」
俺はなにやらブツブツと独り言を呟いている言葉をろくに聞かずにそのまま胸倉を掴み俺の目線と同じ高さにまで持ち上げさらに言葉をぶつけようとした。
だが。
「質問に答えろ。お前は何のために…………」
「は、離せ!人族の分際で俺に指図するんじゃねえ!!!」
俺の腕の中で暴れまわるそいつの容姿はいたって普通の人間と変わらなかったのだが、ただ一点異様な雰囲気を醸し出してる場所があった。
俺はそこに目線を集中させながら問いかけるように言葉を繋いだ。
「お前、まさか吸血鬼か?」
俺の両目が見つめていた先には長く尖った二つの犬歯がその男から生えていたのだった。
どうりで血の匂いがするわけである。
「は、ハクにぃ!!捕まえたの?」
アリエスたちが俺を追って到着する。
既にそこにはその男から放たれる血の匂いが辺りを充満し、異様な光景を醸し出していた。
「な!?そいつはまさか!?」
俺がその男を掴みあげている様子を見たキラが、何かに気づいたように声をあげる。さすがは精霊の長ということだろう。こいつが普通の人間でないことを瞬時に感じ取ったようだ。
吸血鬼。
その長い犬歯を携えた赤毛の男が俺の左腕に掴みあげられていた。
「で、なんで吸血鬼ともあろう存在がこんな樹界のど真ん中にいるんだ?」
俺は若干上から目線でそう呟いた。
するとその吸血鬼は俺の腕につかまれたまま。なんとか逃げ出そうとワシャワシャと動きながら俺の問いに反応した。
「うるさい!貴様ら如きの人間に話すことなんてねえ!いいからその腕を離しやがれえ!」
俺はその言葉に軽く息を吐くと、そのまま右手に持っていたエルテナを物凄いスピードで喉元に突きつけた。
「状況が分かてないみたいだな。殺されたくなければ知っていることを全て吐け。でないと三秒後にはお前の首はないぞ?」
エルテナの刀身は樹界の中でも輝きを失っておらず、白い光を携えたまま吸血鬼の首を狙う。
吸血鬼といえば驚異的な再生能力を持っていることが有名だが、こいつからはそこまでの力を感じない。おそらく再生できても軽いかすり傷程度なのだろう。
よってこのエルテナの刃はかりの威圧になるはずだ。そう思い俺はさらにエルテナをそいつの首に押し当てた。
「ぐ!?ま、待て!?…………わ、わかったから、お、その剣は納めてくれ!ま、まだ死にたくはないんだ!」
その吸血鬼は両手を挙げて降服のポーズをとると、全身の力を抜いてうな垂れた。
俺は左腕で持ち上げていたそいつを目の前の地面に放り投げ、依然エルテナを目の前に構えながら、質問を開始する。
「じゃあ聞くが、あのディスカノトスを操っていたのはお前か?」
「あ、ああ、そうだ」
「どうやって?」
「俺は精神感応魔術が得意なんだよ。その力で操ったんだ………」
精神感応魔術。
これは七属性魔術において意外にもメジャーな術式だ。なぜなら大抵どの属性においてもある程度までは使いこなせるからだ。
とはいえ極めようとすると空魔術や闇魔術を修練するしかない、どちらにしても難易度は決して低くはない。
だがその程度の魔術でディスカノトスが洗脳されるものなのか?
「う、嘘です!仮にもディスカノトスほどの魔物がたかだか精神感応魔術で操られるはずがありません!ハク様、こいつは嘘をついています!!!」
と、シラが俺に必死に訴えかけてきた。まあそれは俺も同感だったので問い詰めてみる。
「聞いていたな。そもそも精神感応魔術はそこまで強力なものではないし、それよりもディスカノトスを洗脳なんてできないはずだ。隠してることがあったら今のうちに言ったほうがいいぜ?」
しかし吸血鬼の反応は俺たちを対照的で、両手をブンブンと振ってこちらも猛抗議し始めた。
「ほ、本当だ!吸血鬼はそもそも生まれつきそういう魔術に適正があるんだよ!そのせいで普通の人間より大きな威力になるんだ!」
うーん、別に嘘を言っているわけではなさそうだな。
「キラ、こいつの言っていることは本当か?」
俺は困ったときの女王様に質問を投げかける。
「むう、妾もはっきりとした確証はないが、昔に精霊たちが吸血鬼がなにやら強力な幻術を使うと聞いたことがある。まあ、だからといって証拠にはなりはしないが、少なくとも奴の言っていることは嘘ではないだろう」
というわけでキラからのお墨付きを頂いたところで次の質問に移る。
「それじゃあ、ディスカノトスを操っていた目的はなんだ?」
「そ、それは………。お、俺は吸血鬼の中でも非力なほうなんだよ。そ、それで少しだけでも強くなろうと………」
「逆に強い魔物をテイムしようって考えたのか?」
「…………そうだ」
はあ…………。
強気なのか、臆病なのか、わからないやつだなこいつは………。
当然ながら吸血鬼である以上、普通の人間よりは遥かに強いのだが、それでも同族の吸血鬼には劣るらしい。
まあそれならば自分よりも強く名前が通っている魔物を味方に付けたくはなるかもしれないが、それでも今回は俺たちというイレギュラーに止められてしまった。
つくづく運のない奴だな、こいつは。
「で、お前はどうしたい?俺たちは別にお前が抵抗しなければ戦う理由はない。特段これ以上悪さをしなければ見逃してやってもいいぞ」
「ほ、本当か!も、もちろん俺はお前たちを攻撃するつもりはない。ディスカノトスのときだって、少しだけ洗脳の魔術を弱めた瞬間、暴走しただけなんだ」
…………。
そのどうしようもなく情けない台詞に、俺たちパーティーは全員物凄く微妙な顔をしながら、同時に同じことを考えていた。
吸血鬼ってこんなどうしようもない存在だったっけ?
俺はその考えをとりあえず、脳内のクリップボードに貼り付けるとエルテナを納め
左手でヒラヒラとその吸血鬼を追い返した。
「はいはい、わかったわかった。それじゃあそうそうにこの森を抜けて自分の居場所に帰れよ。また悪さをしたら次は本気で切るからな?」
「ああ、わかった。あ、それと俺の名前はサスタ=マギナだ。ディスカノトスを倒すほどの人族には初めて会ったからな。一応自己紹介だ。まあ姉ちゃんには敵わないけどな」
「ん?ああ、自己紹介ね。俺の名前はハク=リアスリオンだ」
するとその赤髪の吸血鬼は俺の名前をなにやら口でブツブツと呟き、俺に背を向けると軽く笑いながら去って行った。
「よし、ハクだな。覚えたぜ。それじゃあな、今回のことは恩に切るぜ」
一体何の恩だよ………。
と俺は今の一瞬の出来事に苦笑しながらその背中を見つめていた。
するとエリアがなにやら頭を抑えながら何かを考え込んでいた。
「マギナ、マギナ………。どこかで聞いたことがある気がすんですけど………。あー思い出せません!」
さらにアリエスが俺のローブの裾をちょんちょんと引っ張りながら俺に問いかけてきた。
「ねえ、ハクにぃ?なんで昼間なのにあの吸血鬼は立っていられたのかな?」
あ、確かに言われてみればそうだ。
吸血鬼の弱点は、十字架とかニンニクとか銀の弾丸とか色々あるが、その中でも太陽の光というやつはかなり危険なものだったはずだ。
だがその質問には俺ではなくシルが答える。
「ここは樹界………。いくら昼間でも日の光さえ当たらなければ大丈夫………」
さらにシラが続ける。
「それに今の吸血鬼はさほど日の光はダメージにはならないのよ。昔は致命傷だったらしいけど時代を重ねるにつれて進化したみたい」
「へ、へー、そうなんだ」
その二人の完璧なコンビネーションともいえる畳み掛けに若干アリエスはたじろいだが直ぐにいつもの表情に戻り、再び俺に話しかけてきた。
「それじゃあ、またこの樹界進むの?」
「まあそうだな。一体この樹界がどれだけの広さがあるのかもわからないし、できるだけ進んでおいたほうがいいだろう」
そうして俺たちは再びその木々が生い茂る樹界に足を踏み出した。
魔物はどうやらディスカノトスが統率していたらしく、今はさほどいないようだ。いたところでウルフ一体とか、ゴブリン数体とか。俺たちの相手にならないものばかりだったので心配はいらない。
だが。
依然として罠の量は減っておらず俺たちパーティーは何度も何度もその罠に引っかかるのだった。
「え、エリア!そ、その足に踏んでいるものは………」
「え?あ、こ、これは」
シラに促されエリアは自分の足元に広がる魔法陣を見る。
その瞬間頭上から大量の光の矢が降り注いだ。
「「「エリアああああああああ!!!!」」」
「ご、ごめんなさあああああああい!!!」
「「はあ………」」
俺とキラは同時に息を吐き出し、行動に出る。
キラは根源の証で光の矢を吹き飛ばし、俺はそのこぼれ球を青天膜で防ぐ。
ちなみにこのようなやり取りは既に数えるのが嫌になるほど続いている。
「にしてもさすがに罠が多すぎるなマスター?」
「だな。これは確かにエルフの里に行きたくなくなるわけだ」
簡単な話、俺やキラが大規模攻撃をこの森全体に放ち、吹き飛ばせば早いのかも知れないがそれは今後のエルフとの関係を円滑に進めるために不可能であり俺の能力で空から樹界を越えようとしても、なにやら幻術のようなものがかかっていて前に進むことができない。
というわけで仕方なく森の中を進んでいるのだが、もはや嫌がらせレベルで罠が仕掛けられている。
今は全て回避できるからいいが、これがもっと危険なものになったら対処できなくなるかもしれない。
俺はそんな考えを頭に浮かばせながらさらに前に進む。
しかしそれは思いがけず早く訪れる。
周囲にピーーーーーーとなにやら機械音の様な音が鳴り響くと、いきなり魔力の流れが変わる。その起点はアリエスの足もとからきており………。
「あ、あれ?わ、私………。もしかしてやっちゃった?」
「「「アリエスううううううううううう!!!」」」
シラとシル、エリアが叫んでいるが俺は近づいてくる大量の気配に冷や汗を流していた。
『主!』
「マスター!」
「わかってる!!!」
ドドドドドドドド!と音を立てて近づいてくるのは、もはや異世界の魔物の定番である魔物、スライムの大群だった。
次回はスライムの大群と戦闘です!
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