第六十七話 記憶の再現
今回は十二階神の一人の正体が明らかになります!
では第六十七話です!
俺の目の前に立つ少女は薄い黄色のサマーセーターに白いシャツ、赤いスカートを身につけ一見すると、どこかの女子高校生のような風貌だった。
しかしそんな制服はこのあたりの学校では扱っておらず、完全にその少女のオリジナルである。
アリス。
その少女の名だ。
俺とアリスは二人で協力して真話大戦を勝ちあがった。しかしアリスとはそれ以降、永遠に会えなくなってしまい、それは俺自身も気持ちに整理をつけていたのだが。
その少女が今、俺の前にいる。
「あ、アリス…………、なの、か………?」
俺は声を震わせながら、掠れかすれに声を絞り出した。
するとアリスは目を丸くして、まるで当然のごとく言葉を紡ぐ。
「ん?何言ってるの、ハク?私は私だよ。昨日も会ったじゃない」
昨日。
昨日俺は魔武道祭に出場し、本選を勝ち進んでいた。それなのにこのアリスは俺と会ったという。
明らかに矛盾している。だがそれでも俺はその姿が愛くるしかった。何度も会えないと思った相手が目の前にいる。それは俺の心を揺さぶり、感情を掻き立てた。
だが、それを抑えるように俺の中にいるリアが声を上げる。
『騙されるでないぞ主様。これは全て幻想じゃ。このまま思考に飲まれれば、あの精霊女王とかいうやつの思う壺じゃぞ』
いつもより遥かに冷たいリアの声が俺の脳内に響き渡る。
そうだ………。
アリスはもう二度と会えないんだ。それは俺が一番わかっているはずなのに、どうしても俺の感情は揺れ動いてしまう。
神妃の力を持ってしても叶えられない望み。
その望みが目の前にある。
俺は自分の唇を血が滲むほど噛みつけ、なんとか正気を保った。
すると目の前のアリスが急に腰を折り苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ…………」
「ど、どうした、アリス!」
俺は偽者とわかっていながらもその金髪の少女に駆け寄った。見れば左のわき腹辺りから赤い液体が漏れ出してきている。
それは見間違えようのない血液。
アリスが着ていたサマーセーターを突きぬけ、灰色の道路にぽたぽたと滴をたらしていた。
「はは…………。や、やっぱり修復が追いつかなかったみたい……。少し無茶したからね………」
左わき腹の攻撃。
俺はかつての真話大戦の記憶を遡る。俺が見たアリスの怪我の中で今回のようなケースは一度見たことがあった。
それは今日夢に見た十二階神の十二位を倒し、星空を眺めていた次の日。
たしか俺は、息抜きに飲みものを買いに自販機に立ち寄っていた。そこでばったりとアリスと会ってしまうのだ。
周りを見渡せば、どことなくそのときの風景と似ている。もう一年も前のことなので鮮明には覚えていないが、あのときのシチュエーションに類似していた。
俺はわき腹を押さえるアリス抱きかかえ、俺の膝の上に寝かせると、そのままリアに話しかける。
『リア、これは一体どういうことだ?まさかと思うがタイムスリップしたなんてことはないよな?』
『それはない。時空座標は先程の異世界のままじゃ。………しかし、時間軸は主様の記憶にあるかつての位相のようじゃ。ゆえにあの精霊女王はなんらかの手段で、主様をこの世界を作り出し、引きずり込んだのじゃろう』
『それじゃあ、これから起きるのは………』
『ああ。私はまだそのとき主様の深層にいたから、よくはわからんが、間違いなくあのときの未来をたどるじゃろう』
なんということだ。
この空間のアリスは本物ではないということはわかっていたが、それでももう二度とあのような顔はさせたくない。
それなのにこの空間はあのときの惨劇を繰り返そうとしているらしい。
『それは………。いや、それをしてあのキラには一体何の得があるんだ?』
『もう奴の手中に入り始めてしまっておる主様が一番わかっておるじゃろう?おそらくああやつは主様の一番嫌な記憶を掘り返そうとしている。ゆめゆめ油断するでないぞ?』
リアは俺にそう言うと、俺の膝に横になっているアリスに視線を促した。
どうやら血は止まってきているようだが、いまだにアリスの顔は青白い。
「は、ハク………?ど、どうしたの?もの凄く怖い顔してるよ?」
俺はそんな不思議そうな表情をしているアリスの頭を少しだけ撫で、額に浮かんでいる汗を拭いてあげた。
これから起こること。
それは間違いなく奴との戦闘だ。どういうわけかキラは俺の過去を探り、その記憶と同様の世界を作り出しているらしい。いや、もしかすると見せているだけかもしれないが。
どちらにせよ、俺のやることは変わらない。
今から来るであろうあの神を倒して、キラの思惑も完全に潰す。
俺の過去を覗き、さらにはそれをもう一度俺に体験させてきたのだ。このような屈辱、断じて許すはずがない。
俺は腰に刺さっているエルテナを鞘ごと抜くとそれをアリスの頭の下に敷き、簡単な枕にした。もちろんその周りには俺が着ていたローブが包まれている。
そして俺はアリスに一度だけ笑いかけると、こう呟いた。
「アリス、お前に会えてよかった。だけど、今は少しだけお別れだ。またどこかで…………」
俺はそれが不可能なことだと知っている。もし今の俺の力でアリスに会えるのならとっくの昔にそうしている。
そのままリーザグラムを抜き放ち、アリスを守るように立ち上がる。
「え?そ、それってどういうこと!?は、ハク一体あなたは………」
ここからは俺の記憶とはまったく違う展開になってくるのだ。あのときの俺は気配探知しかろくに戦う手段を持っていなかったが、今の俺は違う。
神妃の力も携えているし、強力な武器だって持っている。
あのころの未熟な俺ではないのだ。
瞬間、その場所に風が巻き起こる。それは圧倒的殺気、そして甘い甘い花のような香りを携えてやってきた。
腕は四つあり、額には普通の人間が持っていない第三の目。体からにじみ出るオーラは女性特有の妖艶な艶そのもの。
その容姿は見るもの全てを惑わすかのような美貌。艶やかな足をスラッと伸ばしたその女神は今再び俺の目の前に姿を現した。
それはこの空間における昨日、十二階神の十二位に対し最後の一撃を放ち完全に絶命させた張本人だ。
「あらぁ?なんだかおもしろそうなことになってる見たいね坊や。頼みの綱のお姫様がそんな状態じゃ、私になんて勝てないんじゃなぁい?」
「カーリー…………」
十二階神、序列第十位、強さの指標で言えば上から三番目。
戦の女神、カーリーがその場に降臨した。
「へぇー。私の正体を看破するなんてなかなかやるじゃない坊や。それともそのお姫様にきいたのかなぁ?………どちらにしてもまあ殺すことは確定なんだけどぉ!」
カーリー。
インド神話に登場する、神々の一柱。
それは四本の腕と三つの目を持ち、全盛期は戦場を駆け回る戦いの神だったという。その後、インド神話上最高神の一角であるシヴァの妻となり、一つの女神からシヴァの妻という神性を得ることとなった、謎の多い女神である。
俺はそのカーリーを睨みつけながら、口を開いた。
「今の俺はお前には負けない。もう後悔するのはたくさんだ」
「はは、ははは。……………ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!昨日は私に手も足も出なかった坊やが、随分と粋がるようになったわねぇ!!!いいわ、その存在ごとこの世界から消してあげる!!!」
すると俺の後ろから、なんとか立ち上がろうとするアリスの声が聞こえてきた。
「だ、ダメだよ!は、ハク………!今は逃げて!私達じゃああの女神には勝てない!」
いくら全て幻想と言ってもどうやら力の反応は本物のようで、以前の恐怖が俺の中から湧き上がり、足を震えさせている。
それもそのはず。
俺は以前の奴との戦闘で腹から上を分断されかけている。なんとか気配創造で集めた気配を体に流し一命は取り留めたが、それでも脳内には未だトラウマとしてその光景がこびりついていた。
しかし、そんな俺を諭すようにリアが声をかけてくる。
『気をしっかり持つのじゃ。今戦う相手はあの駄女神ではなく、精霊女王のほうじゃ。確実にどこかに隠れておる。主様の気をそらした瞬間に攻撃してくるかもしれん』
『ああ、わかってる』
俺はリアにそう答えると、リーザグラムを上段に構え、攻撃態勢に入った。
俺とカーリーの睨み合いが続く。
瞬間、先に動き出したのは俺のほうだった。
俺はカーリーの背後に転移して回りこむと、そのままリーザグラムを振り下ろす。
「はああああああ!」
「え!?な、なんですって!?」
カーリーに驚愕の色が走る。それも当然、俺が以前戦ったときはこのような能力はなかった。それに奴の頭の中には、昨日の無様に逃げる俺の姿しか残っていないだろう。
であれば油断するのも必然。
リーザグラムはいとも簡単にカーリーの腕を吹き飛ばす。返り血が俺の顔に付着するが、気にしない。
「くっ!?戦火の花!」
本家オリジナルの戦火の花が発動された。それは俺が使うよりも威力が格段に違い、極彩色の花々も空間を覆い尽くすほどの量が咲き乱れている。
今になってもその威力は絶大で、急速に俺の生気を奪い取っていった。
以前の俺であればこの瞬間に全ての生気を吸い取られて死んでいただろうが、今回はそうはいかない。
すぐさま俺はリーザグラムに魔力を込めると、全力で剣技を打ち放った。
「青の章!」
それは青い光を帯びながら、戦火の花によって隔離された空間の壁を叩き割る。
カラス細工を一気に砕くような音が鳴り響くと、カーリーの表情がさらにゆがむ。
「ぼ、坊やあああああ!一体お前は何者なのぉ!!!」
すぐさまカーリーは残った三つの手からチャクラを練成し俺に目掛けて投擲してきた。
チャクラ。
カーリーが史実上最も使った攻撃手段とされ、戦火の花などの神の攻撃にも多数利用されている。
その元となる属性因子をカーリーは俺に放ってきたのだ。
だがそんなものは今の俺に通用しない。
リーザグラムはそのチャクラをやすやすと叩き伏せ、カーリーに肉薄する。そして俺はカーリーの鳩尾に深々と蹴りを叩き込むとそのまま地面に叩き落した。
そのせいで道路や住宅が倒壊するが、俺は気にせず攻撃を続ける。
再びリーザグラムを上段に構えた俺は、転移を数回繰り返しカーリーの腕をまたもや切り落とした。
「ぐあああああああああ!?」
カーリーはもはや女神とは思えないほど掠れた悲鳴をあげる。それは右側についいていたもう一本の腕を切り落とし、カーリーの腕の本数を減らす。
俺はそのまま気配創造を発動し、光の刃を作成する。それは具現化した瞬間、カーリーの四肢を穿ち拘束する。
「終わりだ、カーリー。お前はその内なる力さえも見せることが出来ずにここで死ぬ」
「な、なぜそれを知ってるの!?」
それは一度経験済みだからだ、と思わず言いたくなってしまうが喉の奥に押し留める。
そう、カーリーには奥の手とも言える技、というか状態変化術がある。
それは使われるとかなり厄介なので、俺はできるだけ手短にカーリーを追い詰めたのだ。
こいつには慈悲はない。
俺はそう思いながら、リーザグラムを振り上げた瞬間、俺の脳内にリアとは別の声が鳴り響いた。
『いいのか?そのままではお前の愛しのお姫様が死んでしまうぞ?』
俺はその言葉に敏感に反応し、少しはなれたところにいるアリスの様子を確認する。
するとそこにはアリスの首を片手で持ち上げた精霊女王キラの姿があり、アリスの表情は今にも折れてしまいそうなほど、か弱く生気のないものになっていた。
「お前!!!アリスを放せ!!!」
俺は振り上げたリーザグラムをすぐさまキラに向けると、そのままキラに突進した。
だがその瞬間、俺の中にいるリアが声をあげる。
『駄目じゃ!そいつの誘惑にのってはいかん主様!!!』
瞬間、ボスっという鈍い音とともに俺の腹に風穴が出来る。それは俺に四肢を穿たれたカーリーの腕が突き刺さっており、すぐさまカーリーはその腕を引き抜いた。俺の腹から大量の血が吹き出す。
「がはあ!?」
だがそれと同時に、目の間に見えるアリスの様子も変化していた。
目に映るのは、ダラリと垂れ下がるアリスの腕と足。
その下には、ぼたぼたと大量の鮮血がしたたり小さな血の海を形成していた。
またアリスの口からは道路に落ちた赤い液体と同じものが滴り、目には光がともっていない。
それは俺と同様にキラの腕がアリスの腹に貫かれた光景だった。
「あ、ああ、ああああ、あり、アリス…………?」
するとそんな俺をキラは嬉しそうに眺めこう呟いた。
「フハハハハ!いい、いい表情だ!やはり人間はこうでなくてはな!その絶望に染まった表情、やみつきになる!どうやらお前の記憶を掘り返し、それを見せたのは正解だったようだな!」
俺は何が起きたのか理解できず、思考が混乱する。
そしてその瞬間、俺の中でなにかが動き出した。
次回もキラとの戦闘になります!
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