第五十九話 決勝、一
この話ではまだ戦闘には入りません。
エリアの真意について書いてあります!
では第五十九話です!
翌日、決勝戦当日。
時刻は午前十一時五十分。
俺は既に、魔武道祭の会場である闘技場の中央に立っていた。俺の装備はお気に入りの白と裾が赤いローブ、腰には純白の片手剣エルテナ。そして俺の二つの瞳はいつもの朱色ではなく青色。魔眼発動状態である。
会場は既に大勢の観客がつめ寄り椅子に座れず立ち見の人が大勢出てしまっている。これでは出店の店員も通ることが出来ず、昨日買ったアイスの販売員も、もはや会場にすら立ち入ることができていない。
あいかわらず頭上には大きな円を描く灼熱の太陽が燦々と光を放っており、俺の体内から水分を奪う。それは次第に口の水分を蒸発させ、唇を乾かした。
みると先程スタッフが水で湿らせたはずのステージが既にさらさらの土に戻っており俺の靴裏を滑らせる。
俺は腰のエルテナを抜き放ちその乾いた土に全力で突き刺す。この暑さのなかでも俺の愛剣であるエルテナはその純白の輝きを失っておらず、太陽の光を俺の顔に反射してきている。
そのエルテナを俺は片手をそえ、撫でながら対戦者を只管待った。
ふと見れば一番前の観客席にはアリエスを始め、シラ、シル、クビロ、シーナ、ギル、ハルカ、ラオの面々が観客席に座っており、こちらに声援を送ってくる。
若干ギルの顔色が悪いが、それはおそらく昨日飲みすぎたせいだろう。気づいたときにはラオにつられて酒瓶をいくつも空けていたのだ。元々弱いくせにその量を飲めばそうもなろう。
すると、観客の声援が先程より一斉に強くなった。
フードを被った女性、もといエリアが会場に姿を現した。
なんでも非公式で行われている、優勝者予想のオッズでは完全に俺とエリアの倍率は一緒らしく、普段なら観客の優勝者予想の指標になるはずのオッズがまるで意味をなしていないらしい。
エリアはそのままステージの中央にいる俺の下までやってくると、右手に片手剣、左手にダガーを構え、戦闘態勢を示した。
「私はあなたに勝つためにここまでやってきたわ、だから負けない」
普段のエリアにしては随分尖った口調だが、これもおそらく演技だろう。
「なぜ俺に勝ちたい?」
「……………。あなたに勝てば私の実力の証明になるから」
実力の証明ね…………。
そんなもの今までの試合で十分かせいでいるだろうに。
俺はその返答をまともに受け止めず、地面に刺さっているエルテナを抜く。
「そろそろ、本当の理由を言ったらどうだ、エリア?」
俺はその瞬間、エルテナを足元から神速で振り上げ、そのフードを両断する。
その中から現れるのは、水色の髪に、髪と同じ色の双眸。薔薇の香りを漂わせ、どんな芸術彫刻よりも美しい、エリルミア=シルヴィニクス王国第二王女、その人だった。
途端、観客席にはざわめきが走る。
それはそうだろう。
まさかフードをして、てっきり恥ずかしがり屋だと思っていた女性が、蓋をあければ王女様だったのだ。驚かないはずがない。
するとエリアは閉じていた瞼と艶やかな睫をあげ、口を開いた。
「ギルには黙っているように言っておいたんですけどね。やはりバレてしまいましたか。………ということはアリエスたちも気づいていたのですか、ハク様?」
エリアはなにやら少し照れくさそうに俺に問いかけてきた。
「まあな。あそこにいるラオを含めた全員知っている。だた一番初めに気づいたのはシラとシルだったけどな」
「そうですか。お父様にまで協力していただいて、この段階でバレるとは不覚でした。まあ決勝戦ではいずれ顔を明かそうとしていたので問題はないのですが………」
「で、なんでシルヴィニクス王国第二王女ともあろうお前が、何故この大会に出場して俺を倒そうとする?」
その言葉を聞いたエリアは少しだけ暗い表情をしながら話し始めた。
「ハク様は王族をどう思っていらっしゃいますか?」
「え?どうって…………。どういう意味だ?」
「そのままの意味です。例えば凄い高い服や高いご飯を食べて何不自由なく生活しているとか、何でもほしいものが手に入る、だとかそういうことです」
と言われたので、俺は王族というものについて想像してみた。
まあ言われてパッとでてくるのは、単純に偉いとか大金持ちとか優雅とか、そのようなところだろうか。
「まあ、地位が高いから言うことは何でも通っているのかなと思わないでもない、かな」
それを聞くとエリアは口に軽い笑みを見せて、続きを話し出した。
「ええ、まさしくその通りです。王族である以上、ある程度の我侭は許されます。私がギルと魔術の練習に行っているのもその一つです。…………ですが、それを私が好いているかというと、それはまた別の問題です」
「どういうことだ?」
「別に貧困身分の方に悪気はないのですが、私はできれば普通の家庭に生まれたかったんです。王族は確かに平民の方々よりは遥かに大きな権力を持ちます。ですがそれゆえ縛られることも多い。私はそれが嫌なんです。………ですがそれも私の運命なんだ、と思い込みながら今まで生きてきました。それに今の身分を呪うことは大切な家族を蔑ろにするようなものなので」
うーん、いまいち話の筋が理解できないぞ?
まあ王族が以外にも不自由な生活をしているなんて話は良くあることだし、それはエリアもわかってるはずだ。
「で、それがどうしてこの大会に出ることに繋がる?」
「そうですね。それは簡単には説明できませんが、説明する前に一つだけ聞いてもいいですか、ハク様?」
「なんだ?」
するとエリアは目を限界まで見開き、俺に向かってこう告白した。
「私と結婚していただけませんか?」
「はあ………。またそれか。答えはノーだ。理由も聞いてないのにおいそれと承諾できるはずないだろう」
「……………。そうですよね、ハク様の言うとおりです。わかりました、では私がこの大会に出場した理由をお話します」
そのエリアの姿はいつものそれよりも真剣さが全然違った。なんというか纏う雰囲気が一瞬にして切り替わったというべきか。
「私は今年で十八歳になります。この国では王女は十八歳になったら自分の伴侶を決めなければならないのです。もちろん候補者の中から自分と気の合うような人を見繕います。しかしその中に自分の好みの方がいない場合は、強制的に相手を決められてしまうのです。その点では姉は良かったと思います。同い年に貴族で思い人の幼馴染がいたので問題なく婚姻は進行しました」
わお、まじか………。
アリエスにしろエリアにしろ貴族の方針はいつだって女性に厳しいようだ。
「ですが私はそれがどうしても納得がいきませんでした。なぜ自分が好きでもない方と一緒にならなければいけないのか。なぜ自分は王族なのか。そしてなにより、何故自分より弱い方と一緒にいなければならないのか。…………完全な我侭です。私の理想が高すぎるのも承知しています。ですが私はどうしても自分より弱い方につくことが許せなかった。ですから私はお父様にこう言いました。自分より強い方が現れるまでは結婚しないと。するとお父様は私に一年の猶予を与えてくれたのです。この間に納得する人を探して来いと。それが今日から丁度一年前になります」
………。
うーん、それはさすがに厳しいんじゃないか?
王族という時点でそもそも婚姻に自由はないし、さらにエリア以上の実力をもつ貴族なんていないだろう。
なんという無理難題。
「そして私はギルとの魔術練習をかねて、いろいろな村や町に訪れました。しかし私よりも剣はおろか魔術すら越えるものはいなかったのです。それからも私はずっと探し続けました。そしてとうとう私は、絶対に自分より魔術も剣も敵わないお方に出会いました」
「まさか、それが俺ってことか?」
「はい。それから私はなるべく積極的にアピールしたつもりです。ですがその結果は芳しくなく、約束の日は近づいていました。するとお父様がハク様を魔武道祭に参加させるという噂を聞きました。そこで私はお父様に最後のお願いとしてこの大会に匿名で参加させてもらったのです」
それがこれまでの全ての顛末。
だがそれでは、本当の意味でエリアがこの大会に参加した理由がわからない。
俺にアプローチ、ないし強制的にエリアとも婚姻を結ばせたいのならもっと他に方法があったはずだ。
「それで、お前は俺に何をしてほしいんだ?」
すると、エリアは片手剣を俺の前に突き出し、より一層目に力を入れ俺に問いかけてきた。
「勝負をしましょう、ハク様。私がこの試合に勝てばハク様は私と結婚してください。それが私がこの大会に出場した本当の理由です」
「………俺に勝てると思っているのか?」
「殺し合いではまず確実に無理でしょうね。ですがこれは試合。試合という制約の中なら私でも勝機はあると思っています」
確かにこの会場で、このルールの中では俺は本気を出せない。ラオのときは例外的に戦闘モードに入ったがあれでもかなり抑えたほうなのだ。
つまりエリアはそこを突き、俺に勝とうというわけだ。
「………お前が負けたらどうする?」
「それはもちろんハク様から手を引きます。それと一度だけ何でもいうことを聞いてさしあげます。これだけでは不満ですか?」
アリエスのときとはまた違った、男女の婚約問題。
俺はまたこの手の話に首を突っ込まないといけないらしい。
だが俺の心は躍っていた。
何にかって?
そりゃ当然、全力のエリアと戦えることだ。予選のときのフードを被っているときから一度戦ってみたいと思っていた。
センスの塊で、普段は魔術しか使わない?
知ったことか。
ようは強ければそれでいい。
エリアの婚約の件もあるが俺は何はともあれ、このエリアという一人の少女と戦ってみたかった。
場合によってはラオのときより激しい戦闘になるだろう。
だが勝てばいいのだ。
エリアの件もおそらく俺が勝てば丸く収まる。俺の頭の中にはその計画が既に出来上がっている。
ならばやることは一つだ。
俺は突きつけられた剣と同じように、エルテナをエリアの目の前に突きつけこう宣言した。
「望むところだ。その勝負受けてやる!」
その瞬間、俺の剣とエリアの剣が軽く触れ合い、キンっという金属音を鳴らしながら両者の腕に戻った。
それと同時に俺とエリアはお互い剣を構えたまま距離を取る。
ようやく、エリスの本心が確認できたところで、俺は戦闘に集中する。
こうして決勝戦の幕が上がったのだった。
エリアってかなり我侭ですよね(笑)
次回は戦闘パートです!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




