第二百九十話 vsオナミス帝国、十二
今回はサシリがメインとなります!
では第二百九十話です!
エリアとルルン、それにアリエスがキラたちは反対側の戦場で戦いを始めたころ。
同時に赤い髪をなびかせたカリデラの君主にして最強の吸血鬼であるサシリも戦闘を始めていた。
相手にしているのは学園王国で自ら血を吸うことで無力化した女勇者と少しだけ小太りな男勇者の二人である。サシリはそんな二人に対して紅剣を構えながら対峙していた。浮かべている表情はサシリがいつもハクと戦う時に作っている好戦的な笑みで、その体からは血が滴るような純粋な力のオーラが滲み出ている。
「さあ、私たちも始めましょうか。ここは戦場。戦うことが全てでそれ以外は必要のない場所よ。覚悟はいいかしら?」
「ま、またあなたなの!?も、もう私の血は吸わせないんだから!」
「で、でもあの人も結構綺麗だよな………」
そんなまったく違う反応を示している二人に対してサシリはもう一度微笑むと、ある程度自分の力をセーブしながら勇者たちに接近し攻撃を仕掛ける。
その剣速はいままで勇者たちが見てきたどんなものよりも早く、体を反応させるだけでも相当厳しいものだった。
「くっ!?お、重い!?」
まず初めにサシリがターゲットにしたのは以前血を吸って無力化させた女勇者で、細剣だというのに通常では考えられないほど重量を含んだ攻撃を放っていく。それは空気自体を切断するかのように鋭く、一歩間違えば間違いなく体を両断してしまう威力が込められた一撃だった。
「俺を忘れるなよ?」
するとそんな二人の間にそれを見ていた男勇者が剣を振り回しながらサシリに切りかかってくる。
「忘れてないわよ」
しかしサシリは笑いを崩さずそう呟くとそのまま女勇者に剣を振るいつつ、右足の踵を地面に力強く叩きつけた。
「血の祭典」
サシリがそう呟いた瞬間、襲い掛かってくる勇者の目の前に赤い血を溶かしたような風が吹き荒れ地面から煮え立った血液が吹き上がってくる。その血液は勇者の体に軽くまとわりつくとその鎧を容赦なく溶かしていった。
「なに!?ちょ、ちょっと待て!」
勇者は慌ててその血を払おうとするがそう簡単にはがれることはなく、足を止めてしまう。
サシリはその間に目の前の女勇者を相手にしていく。紅剣はサシリの意思に従うように無駄のない剣線を描き勇者の体に傷を走らせていく。
元々サシリは通常の人族とは違い、完全に人間の領域をはみ出た最強の吸血鬼だ。その恩恵は通常攻撃にも及んでおり、人族では決して出すことのできない攻撃力とスピードを叩きだしている。相手が特殊な力を与えられた勇者でなければ一瞬で片づけられているだろう。
「あらあら、どうしたのかしら?血を吸わずに相手をしてあげてるのにその程度の力しか出せないの?」
「な、なめないで!私だって戦えるのよ!」
するとその女勇者は一度サシリの剣を弾き返し距離を取ると、息を整え力を集めだすと勢いよく目を開くと勇者に与えられている強大な力を解放した。
「圧縮空間!!!」
「ッ!?」
勇者がそう叫んだ瞬間、サシリと勇者が佇んでいる空間自体が歪みだし超常的な現象を引き起こした。それは何かを縮ませているような感覚で、何故だかサシリの体はその女勇者に向けて引きずられて行ってしまっている。
「…………。元ある空間を力で圧縮させることで常に私の行動を制限して自らに引き寄せる。さらには空間の尺度自体を狂わせて距離感まで崩壊させたのかしら?なかなか面倒な力ね」
「ご明察。私の力は空間を圧縮して自分好みの空間に作り替えることができるのよ!これであなたの思い通りにはさせない!!!」
この勇者二人はシラとの作戦会議の際、能力が判明していなかった二人だ。ゆえにサシリもその力を見るのは初めてであり、正直言って今目の前で起きている現象には舌を巻いていた。
体を動かそうと思っても上手く動くことは出来ず、その体自体が勇者に引きつけられている。なんとか両足を地面に突きつけて踏みとどまっているが、これ以上出力を上げられてしまうとそれも難しいだろう。
さらに先程サシリが血の祭典にて足止めしていた勇者も完全復活を果たしたようでまたしてもサシリに攻撃を仕掛けようとしてきている。どうやらその男勇者にはこの圧縮空間は適用されていないようで自由に動けるようだ。
サシリはここでようやく真剣な表情を作り、紅剣で男勇者の攻撃を受け止めつつ左手を女勇者に差し出し通常通りの血の力を発動する。
「換わり巡る血壁」
サシリの魔力はすぐさま細く長い赤糸に変換され、作り出された圧縮空間自体を血液という力に変えていく。
「な、なんで!?」
さすがにこの現象には女勇者も驚いているようで自分の力が暴力的に破壊されたことに驚愕しているようだ。
再び体の自由が戻ったサシリは次の標的を男勇者に転換し、紅剣を高速で振るいながら攻め込んでいく。
「お、お前!い、一体何をしたんだ!圧縮空間はそう簡単に壊せるものじゃない!あの拓馬だってそんな一瞬で抜け出せなかったんだぞ!」
「さあ、なんでかしらね。でも一つ言えることはあなた達と私では実力差が開きすぎているのよ。こんな風にね」
サシリはそう呟くと再び左手に魔力を流し始め学園王国でも使用した強大な血の力を発動する。
「搾取するは飴色の流血」
その瞬間、この戦場の上空に全長二十メートルはあろうかという巨大な鎌が出現した。その鎌先は以前にもまして鋭く尖っており、勇者の首を欲しがるように怪しく煌いている。
「この攻撃から逃げられるかしら?生憎と生半可な力じゃ対抗できないわよ?」
サシリはその言葉と同時にその鎌を勢いよく振り下ろす。さすがにハクと戦ったときのように最高火力で放っているわけではないので空間自体を破壊させる威力はないが、それでもそれなりの破壊力を秘めた攻撃だった。
すると勇者はここで剣を一度収めると、目で見ても確認できるくらいあからさまに魔力を放出すると膨大な力を使用してその攻撃を受け止めてきた。
「天使円環!!!」
サシリの鎌は寸分の狂いもなく勇者に突きつけられたのだが、その寸前に五つの黄色い輪っかが出現したかと思うとサシリの鎌と同じくらいの大きさを誇る天使のようなものが降臨した。
その天使は力が血の力が込められた鎌を容易く握りつぶし消滅させる。それは周囲の地面をあっけなく吹き飛ばしとてつもない衝撃波をサシリの体にぶつけてきた。
「へえ………。まさか私の鎌を壊すなんてなかなかやるのね。それにその天使はずっと現界し続けるっていうのは少し厄介ね。さながら守護天使ってところかしら?」
「はあ、はあ、はあ。そ、そんなところだ………。これは一度発動してしまえば負けはないぜ」
はっきりってまったく勇者の見た目と能力が一致していない技ではあったが、それでも威力は強大なようで、今もその勇者の背後に絶大な威圧を放ちながら天使は佇んでいる。
しかもそのタイミングでもう一人の女勇者も復帰したようで、さらに圧縮空間がサシリに重ね掛けされてしまう。
「これでどうよ!あなたは天使に攻撃され、私の圧縮空間によって身動きが取れない。もう逃げ場はないわよ!!!」
確かにサシリの行動は制限され、鎌を容易く破壊できる天使が相手となると無傷で切り抜けるのは難しいかもしれない。
だがそれはサシリがただの吸血鬼だったらの話だ。
サシリは口角を吊り上げるように笑みを浮かべると、自身の髪をかき上げ顔を勇者たちの向けるとおもむろに言葉を呟いていく。
「そうね。あなたの言う通りこのまま私が何もしなければあなた達に勝機はあったかもしれない。………でも、現実はそう甘くないのよ?」
サシリはそう呟くと、紅剣を鞘に納め肩の力を抜き息を整える。そして次の瞬間、星自体を揺らすかというレベルの力がサシリの体に宿り始めた。
「始祖返り」
それは吸血鬼の始祖の力をその身に宿すことを可能にする力で、本来ならばカリデラに近ければ近いほど長時間使える技なのだが、サシリは惜しみもなくその力を解放した。
というのもサシリもルルン同様、自分の力を磨き続けていたのだ。その過程でこの始祖返りという力をある程度コントロールできるようになり、使用時間も格段に伸ばすことに成功した。
ゆえにサシリは何の気兼ねもなく全力を出すことが出来るのだ。
その力を解放した瞬間、勇者が放っていた圧縮空間はその余波だけで崩壊し消滅する。
「なんでなのよ!?あなた本当の化け物でしょ!?」
サシリは少しだけ逆立った髪を揺らしながらそんなことを呟いている勇者に向かって右手を差し出す。
「破壊するは其の血壊」
放たれた力は地面を粉々に破壊しながら真っ直ぐ女勇者に向かっていき、声を上げる暇さえ与えずにその意識を刈り取った。
破壊だけを呼び込むその力はいくら勇者といえども対抗は出来ず、無残にも倒れ伏していく。
サシリはその後、一瞬で巨大な天使の前に浮かび上がると、その顔を撫でるように手を這わせていった。
「どこから呼び出されたかわからないけど、あなたも災難ね。こんな男に召喚されて、なおかつ私に反撃すらできずに消えていくんですもの」
しかしそんな言葉の最中に天使は自らの力を解放してサシリの命を奪うべく攻撃を開始する。振り上げられた光剣のようなものは真っ直ぐサシリの脳天に突きつけられ、その体を両断しようとしてくる。
だが、その攻撃はそのままサシリの頭に直撃し、逆にその光剣が真っ二つに折れてしまった。
「ば、馬鹿な!?」
地上にいる男勇者がその光景を見て驚愕しているが、サシリは気にせず差し出していた腕を軽く捻ると、人差し指を弾くように天使に打ち放った。
それは瞬時に天使の存在を破壊し光の粒子に変えてしまう。つまり今のサシリは攻撃とも呼べない攻撃でこのレベルの敵なら屠ることができるようになっているのだ。
完全に消滅した天使をたっぷりと眺めた後、サシリは勇者の前に移動し最後の言葉を問いかける。
「私はあなた達に特段恨みはないし、戦う理由もないけど、最初も言ったようにここは戦場。一切の容赦も許されない場所よ。私と戦ったことに後悔しながら沈みなさい」
サシリはそう呟くと目を一瞬だけ見開いて絶対的な威圧を叩き込むと勇者の意識を完全に消失させた。
それを見届けたサシリは始祖返りを解除し、大きく息を吐き出す。
「まあ、それなりに楽しめたわ。戦争じゃなければもう少し遊んでもよかったかしら」
するとサシリがそう言葉を吐きだした瞬間、二人の勇者たちの体が急に輝き始め、しばらくすると完全に消えてしまった。
どうやら同じ戦場で戦っていた他の勇者も同じような現象にあっているようで、それを確認したサシリは同じく戦闘が終了したであろう仲間の下に歩いていくのだった。
次回はキラの戦闘回です!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




