第二百八十五話 vsオナミス帝国、七
今回でハクと拓馬、結衣の戦いは終わります!
では第二百八十五話です!
白川結衣という少女は中学生のころ今とはまったく違う雰囲気を持っていた少女だった。
というのもその背景には集団的ないじめという半ば地獄のような生活があったからだ。
結衣は中学生のころ、その目立つような端整な容姿と天真爛漫な性格で入学当初から人気の高い女子であった。男子からの熱烈な視線やラブレターというものは毎日のように下駄箱に入れられており、その対処に何度も追われるという日々を送っていたのだ。
結衣も特段その環境を嫌がることはなく、何気なく申し出を断りながら充実した学校生活を送ることができていた。
しかし現実はそう甘くはない。
同学年の女子生徒がそんな結衣を面白く思っておらず、徐々に結衣をいじめの対象として認識し始めたのだ。
最初はものを隠されたり、机に落書きされる程度のものだったのだが、それは日を追うごとにどんどんエスカレートしていき最終的には頭から血を流す惨事まで引き起こされてしまう。
入学当初は人気を集めていた結衣もその女子生徒たちからいじめをしつこく受けることによってあれほど執着していた男子生徒すら寄り付かなくなり、教室の中で孤独を極めていった。
結衣はその後もなんとか気力を振り絞って学校に赴き授業を受ける。しかし学校に行けばその瞬間から地獄のいじめタイムが始まってしまいお金を取られたり、頭からぼろ雑巾の汚れた汚水のようなものをかけられたりと、それはもう悲惨な惨劇が繰り返されたのだ。
さすがにこの事態は親を巻き込んだ事件に発展したのだが、それでも湧いて出てくるようにいじめはなくならなかった。
それは次第に結衣の目の光を奪っていき、生気まで失わせていく。もう何をやっていいかもわからず完全に壊れかけていたその時。
その後の結衣の人生を変える大きな出来事が起きる。
結衣はいつも通り制服に袖を通し、トボトボと通学路を学校に向かうため歩いていた。その日は丁度雨が降っており、母親から買ってもらったお気に入りの傘をさして道を進んでいく。
だが、そこにいつも結衣をいじめている女子生徒の集団が結衣の進路を塞ぐように立ちふさがってきた。
「あら、こんなところで奇遇ね、白川さん?」
「…………」
結衣はそんな状況に立たされながらも、もはや考えることすら投げ出したような顔を浮かべながら黙ってその道を歩き続ける。
「待ちなさい。あなた私の言葉を無視してどこに行こうっていうの?」
「…………」
だがそれでも結衣の足は止まらない。
しかしそれはその女子の集団の堪忍袋を容易く破裂させた。
「質問に答えなさいよ!」
「きゃあ!?」
結衣はその女子生徒たちに勢いよく吹き飛ばされ、体を道の塀に激突させると雨で体を濡らしてしまう。
「生意気な女ね。私の質問にも答えず学校に行こうだなんて。相変わらずイライラするわ。………ねえ、白川さん?昨日言ってたお金、持ってきた?」
結衣はその言葉に対して舌を噛み切ってしまうほど力強く奥歯に力を入れていく。自分が持っているお金は両親が必死に働いて自分のために預けてくれたものだ。それをこんな理不尽な理由で誰かもわからないような連中に取られていいものではない。
結衣の頭の中をいつも支えてくれている両親の姿が思い浮かんだ瞬間、結衣は自分の髪の毛をその女子生徒に掴み上げられてしまう。
「や、やめて………」
「いいから早く出しなさいよ!」
するとその生徒の手が結衣の財布が入っている制服のポケットに忍び寄ってきた。
(いや、もう嫌!なんで私ばっかりこんな目に合わないといけないの!だ、誰か、助けて………)
結衣はそう思いながらも出来るだけその手を振り払おうと身をよじらせるが、それを封じようと新たな女子生徒の手が繰り出される。
しかしその時。
そんな光景を目撃していた一人の男子生徒が声を上げた。
「おい!お前たち何をしている!」
「チッ!見られたわね………。みんな行くよ」
その声が発せられた瞬間、結衣はその場に落とされさらに水を被るとそのまま放置されるような形で難を逃れた。
そんな結衣に声をかけてきたのは、同じ学校の制服に身を包んだ一人の少年だった。少年は結衣のお気に入りである傘を道から拾い上げるとそれを結衣に私ながら手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
それが結衣と拓馬の出会いだった。
それからというもの拓馬は結衣のいじめの現場を見かけるたびにその中に入ってそれを阻止し続けた。拓馬はこの時から女子の人気をかなり集めていたので、その人物が止めに入ってしまうと学校の教師人すら抑えられなかったいじめがどんどん減っていったのだ。
結衣はそんな拓馬に感謝の気持ちは当然持っていたのだが、それ以前に何故自分を助けるのかわからなかった。
あるときそれを思い切って聞いてみると。
「うん?お前を助ける理由?うーん、僕は誰かが傷つけられているところが好きじゃない。だから出来るだけ困っている人がいたら助けるようにしてるんだ。まあこれは偽善だし中学生にできることは限られてるけどな」
という答えが返ってきた。
結衣はその言葉を聞いた瞬間、ある感情が胸の中に芽生え始めていることに気が付いた。
いつもいつも助けてくれる自分の王子様のような存在である拓馬に自分は毎回胸の動悸を速くさせられてしまっている。その感情が一体何なのか今まで疑問だったのだが、その拓馬の言葉を聞いた途端一つの気持ちが腑に落ちた。
(ああ、私、空糸君が好きなんだ。自分をいつも助けてくれるヒーローみたいな彼が)
そこからの結衣は行動が早かった。高校は拓馬と同じ学校を選び、同時に出来る限り積極的に話しかける。また自分磨きも今以上に取り組むようになり、いい匂いのするシャンプーであったりと、髪形を少し変えてみるとか、色々なことで拓馬の目の中に入ろうとしたのだ。
結果的に結衣をいじめから完全に立ち直らせ、高校ではベストカップルと言われるくらい親しい仲になっていった。
それは完全な恋心へと昇華し、ずっとそばにいたいと思ってしまうほどに膨れていったのだ。
だからこそ、今オナミス帝国で拓馬がハクにやられている姿を納得することができなかった。確かにハクと拓馬ではだれが見てもその圧倒的な実力差があるし、拓馬が勝てる可能性というのはないに等しいだろう。
でも拓馬はまた自分を助けるために戦っている。
それも今回は四肢を穿たれるという大けがをしながら。
それを理解した瞬間、結衣の中で何かが崩れ感情の波が一気に押し寄せてきた。自分がいつ拓馬と同じように暴走してしまうかわからないという恐怖、元の世界に帰ることが出来るかという不安、そして自分の大切な人である拓馬が死んでしまうかもしれないという絶望。
その全てが結衣の頭の中を支配した瞬間、結衣の理性は一気に崩壊した。
そしてそれこそが勇者暴走のトリガーとなってしまうのだった。
俺の目の前で起きていた現象はかつて学園王国でみたものそのものだった。力という渦が空間を支配し、地面を揺らしながら膨張を続けていく。
あたりには稲妻が走り空気を振動させ、圧倒的な殺気が俺に向かって放たれていた。
その中心にいるのは拓馬ではなく綺麗な容姿を携えていた結衣だ。
黒く透き通るような髪は全て逆立ち十数メートルはあろうかというくらいに伸びており、体も徐々に膨らみ始めている。
「結衣!!!」
その姿を見ていた拓馬は動かない体を必死に動かそうと地面を這いながら結衣に近づいていく。
しかしそんな拓馬の声は結衣に届いてはおらず、その力はどんどん増していくばかりだ。
俺はそんな拓馬の前に立ちふさがり暴走をし始めている結衣を睨みつけると、エルテナとリーザグラムを鞘に納めた。
「どけ!僕は結衣を助けるって決めたんだ!」
「お前が行って助けられるなら俺は遠慮なくどいてやる。だが、そうじゃないだろ」
「ならあれを黙って見ていろっていうのか!?お前に無残に殺される結衣を見ていることしかできないなんて僕は絶対に嫌だ!!!」
拓馬はそう言いながら穿たれた腕を必死に持ち上げて俺の体を横にずらそうとする。だが俺はそんな拓馬に対して大きくため息を吐きだしながら言葉を投げかけた。
「はあ………。悪いが俺はこれ以上この戦いで力を使いたくない。お前の願いを叶えるっていうのは癪だが、お望み通りあの力を消してやるよ」
俺はそう言うと右手を前に差し出し完全にコントロールできるようになったあの力を発動する。
「気配殺し」
その瞬間、暴走寸前の結衣の体に青白い煙が巻き付くと音も光も発生させずに結衣の体の中にある力の核を握りつぶした。
それは最後まで結衣の体に留まり続けようと足掻いていたが気配殺しの力になす術なく消し飛んでいく。
前回の俺であればここまで綺麗に破壊することはできなかっただろう。あのときは気配殺しの中に縛られていたもう一人の俺が発動したからこそ拓馬を無事に助けることが出来たのだ。しかし今はその力も同じようにコントロールすることができる。それゆえ惜しみもなく気配殺しを発動できるのだ。
すると巨大化しかけていた結衣の体は元の端整なものに戻っていき、数分前に見た姿を取り戻していた。
「お、お前……」
拓馬は俺の行動をよく理解できていないようで目を見開きながら固まっている。
「特別サービスだ。今回戦いの目的はお前たちじゃない。ゆえに助けてやった。お前も気が付いていたとおり俺は力の消費を抑えている。それを考えるとこれ以上お前たちとの戦いを長引かせても無駄だと判断したんだ」
俺はこの戦いで初めから拓馬たちを殺す気はない。当然ある程度痛めつけてエルヴィニア秘境の件を反省させるつもりだが、今の拓馬と結衣はおそらくその気はあるだろうし、アリスとの戦いを控えている以上、このタイミング辺りで切り上げるのがベストだと考えたのだ。
するとさらに拓馬は俺の言葉に驚いているようで、何やら口を動かそうとしているのだがうまく声になっていない。
だがその時。
倒れている拓馬と気を失っている拓馬の体が急に光始めた。
「な、なんだ!?」
それは次第に拓馬たちの体を薄くしていき、数秒後には完全に消滅した。気配探知を使用しても帝国内はおろか、この半径百キロ圏内にはその気配を見つけることは出来なかった。
「おいおい、これはどういうことだ?」
俺はその理解不能な光景に対して誰に問いかけるわけでもなく言葉を呟いた。
しかしそれは予想外にも返答が返ってくる。
「元の世界に帰ったの。あの二人は与えられたこの世界に留まっておく力を使い果たしたからね。それとも何?ハクはあの二人と友達にでもなりたかったのかな?」
「アリス………」
俺の問いに返答してきたのはかつての記憶と変わらない容姿を携えた二妃の力を操っているアリスその人であった。
拓馬と結衣という勇者との戦闘を終えた俺は、ここでようやく降臨したお目当ての相手と対峙することになる。
拓馬と結衣に関しては少々早めに退場させすぎたかもしれません。でもおそらくハクと彼らはわかりあうことのない存在だと思っています。だからこそこの程度の描写で押さえてしまっても問題ないのかな?というのが作者の意図です。
次回はシラとシルの戦いになります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日になります!




