第二百七十五話 背負わされたもの
今回は拓馬と結衣に視点を当てます!
では第二百七十五話です!
時を同じくしてオナミス帝国宮殿内。
学園王国での戦いを経てボロボロになってしまった鎧を新調し、印象が大分変った結衣は宮殿の廊下をゆっくりと歩いていた。
手にはまだ湯気が上がっている暖かそうなスープとパン、それにゴブリンの肉を焼いたであろう主菜が握られている。結衣はそれをこぼさないようにしっかりと両手で持ちながら目的地にひたすら足を向けていった。
たどり着いた先は自分の部屋。
いや、正確には拓馬と結衣の部屋だ。
この世界に召喚されたときに勇者たちの部屋割りというものは帝国側が適当に振り分けた。それは男女を分けるわけでもなく本当に適当で女子からはブーイングも出たのだが今となってはとりあえず落ち着いている。
とはいえ男女の相部屋には当然仕切りがあるし覗こうものなら女性陣からの鉄拳が容赦なく下っていることによって統制を保っているのだ。
しかし拓馬に好意を抱いている結衣としてはむしろ見られようが見られまいが関係ないと思っているので、はっきり言ってその仕切りは邪魔だったりするのだが拓馬が頑なに設置を要求してきたので、他の部屋と同じように男女の境界線は引かれている。
結衣はその部屋の前に立ち片手を開けると、そのままドアを静かにノックし声をかける。
「拓馬?入るわよ?」
自分の部屋でもあるのにノックまでするというのはちょっとおかしな気がするが、それも拓馬のためだと思い結衣は飲み込んでいる。
結局その言葉には返事はなく、いつも通りの反応だったので結衣はため息を吐きながらドアを開け、部屋に入っていく。
そこはランプも一切ついておらず部屋の空気も凍りそうなほど冷たい。体感的な温度ではなく雰囲気の感触が冷えているのだ。
その空間の右半分に置かれているベッドの上に拓馬は一人で蹲っていた。近くにあるテーブルには数時間前に結衣が運んだ料理が手を付けられることなく置かれている。
あの学園王国での一件以来、拓馬はずっとこの調子なのだ。
一応会話というものはこなせるものの明らかに覇気がなく部屋から出ることはない。まして訓練などもってのほかで覇王の力や剣もここ数週間は握っていないのだ。勇者の恩恵のおかげか、食事をとらなくても体力というものはさほど減ることはないらしく食堂に足を向けることすらしていない。よって毎回結衣がこのように食事を届けているというわけだ。
また帝国が戦争を始めるということが決定してからは結衣を含む勇者たちの稽古というのはさらに厳しくなり、エリート集団である騎士団の人間たちとも模擬戦を行うようになった。ゆえに結衣たちの力は学園王国で戦ったときよりも遥かに強くなっており帝国軍の主戦力として成長していたのだ。
しかしそれでも拓馬は部屋から出てくることはなく、それを同じ勇者たちは心配どころか貶し始めており結衣がその都度止めに入っているという事態まで起きていた。
さらに学園王国で完全敗北した結衣たちは帝国の者からかなり怒られると覚悟していたのだが、何故だかお叱りはなく今後も期待しているという言葉だけしか返ってこなかったのだ。これがより拓馬の心を抉ったようでさらに表情を暗くしてしまった。
結衣はテーブルに乗っかっている料理を取り換えるように運んできた器を並べると、拓馬が座っているベッドに腰かけ出来るだけ優しい声で話しかける。
「温かいうちに食べないと冷めちゃうよ?人間は食べないと元気でないんだから、少しでも口に運んだほうがいいわ」
「……………」
だがそれでも拓馬は口を開かない。
拓馬はあのよくわからない力により巨大化したもののこれといって後遺症というものはなく、普段通りの生活が出来ている。しかし肝心の気持ちが萎えてしまっており何を話しかけても形式的な反応か無言しか返ってこない。
(今日もだめか…………。私たちと話さなくてもいいから食事だけはとってほしいいんだけど、それも自分では動きそうにないわね………)
最悪結衣は無理矢理にでも口に流し込もうかと思っていたのだが、ここで不意に拓馬の口が動き出した。
「結衣………。結衣はあの時の僕を見てどう思った?」
あの時というのは間違いなく学園王国でもことだろう。理性を完全に失いただ暴れるだけの巨人へ変貌した拓馬は、以前も戦ったハクという男の力によって敗北した。
それは普段の拓馬らしい行動ではなかったし結衣もあまり思い出したくはない過去である。
「どうって………。そ、それは………」
本音を言えばあんな醜い姿は二度と見たくないというのが本心なのだが、今の衰弱しきった拓馬にそのような言葉を投げつけることは出来ない。
あれは見るからに拓馬本人の意思で起きた現象ではない。ゆえに近くでその光景を見ていた結衣にとってそんな拓馬を責めることなどもってのほかなのだ。
「多分、気持ち悪かっただろうな。自分で言うのもなんだけどあれは本当に気味が悪い」
「そ、そんなことは………」
「いいんだ。事実だし。だからこそ僕はこの数週間ずっとこの部屋で考えていた」
「な、何を?」
拓馬は今まで見せてきていなかった光を目に宿しながら口を動かしていく。結衣にとってそれは喜ばしいことなのだが拓馬から発せられている空気がそれを許さない。
「僕はあのハクという男の力によって元の姿に戻った。僕を巨大化させた力が何なのかはわからないけど、その力ごとあいつは消し飛ばしたんだ。だから僕に後遺症なんてものはないし今もこうやって話すことができている」
病気に例えるとわかりやすい。
諸悪の根源である悪性の腫瘍を完全に取り除いてしまえば完治してしまうように、拓馬の体の中にあったあの力をハクが気配殺しで跡形もなく消滅させた。それは拓馬の体にダメージは与えず見事に元の姿に戻してみせたということになる。
いわば能力で異世界の病気を手術したようなものだ。
「う、うん……。私もそれは間近で見てたしわかってるわよ」
「で、だ。多分だけどこの力は僕だけに宿っているものじゃない」
「え?」
結衣はその言葉の意味が理解できずに呆けた声を上げてしまう。
「僕が他の勇者たちと能力的に違う部分は覇王だけだ。だけど僕が暴走しているときに僕を動かしていたのは覇王じゃない。何かもっと別の何かだ」
「そ、それってつまり………」
拓馬は結衣の凍り付きそうな表情を見ながら残酷な事実を突きつけていく。
「結衣たちも僕みたいな醜い姿になってしまうかもしれないということだ」
「ッ!!!」
「僕の場合ははっきり言って幸運だったんだろう。あのハクという男の力によってそれが完全に消去された。多分この世界のどこを回ってもあれだけの力を消せる人間はあいつしかいない。ゆえに今から撤去することもできない。僕を巨大化させた力が一体何がトリガーで発現してくるのかはわからないけど、同じ勇者である結衣たちにもその可能性は十分にある」
結衣の気持ちとしては正直なところ自分が拓馬のようになることはないだろうと思っていた。あの時の拓馬は明らかにおかしかったし、それこそ何かが起きてもおかしくないくらいの空気を発していたのだ。だから平常心を保っている自分は大丈夫だろうと高を括っていたのだが、拓馬は自分にもその可能性があると言ってくる。
これは今の結衣にとってかなり大きなダメージを精神的に与えた。なにせあと数週間で戦争が始まってしまうのだ。噂によればそこにはSSSランク冒険者が全員集結するらしいしさらに前回結衣たちを苦しめたハクのパーティーだって出てくるはずだ。
そのレベルの戦いになってしまうと何かの拍子に結衣だって暴走してしまうかもしれない。その考えが結衣の頭の中で激しく飛び交っている。
だが結衣はその不安をあえて押し殺して久しぶりの拓馬との会話を続ける。
「そ、そっか……。だったら私も気を付けないとね。そ、それより拓馬は早くご飯食べなさいよ!ここ最近ずっと食べてないんだから、しっかり栄養付けないと!」
しかしその反応を見た拓馬は今よりもさらに不機嫌そうな顔を作り、わなわなと肩を震わせ始める。
「た、拓馬?」
「な、なんで………」
「ん?」
そして拓馬は勢いよく顔を上げるとそのまま結衣をベッドの上に押し倒し怒りを滲ませた表情で結衣に怒鳴り散らした。
「なんでそんなに冷静にいられるんだよ!結衣だって僕みたいに化け物になってしまうかもしれないんだぞ!僕はまだ戻れたからいいけどあいつがいなければ一生あの姿だった可能性だってある!それなのに結衣は自分のことよりなんで僕のことを優先するんだ!!!」
その声は今まで拓馬がこの異世界に来てからずっと考えていたことだ。結衣は事ある度に拓馬を支えてきた。それは他の勇者に罵られているときも、帝国の本当に意思を知った時も全てその傍に寄り添ってきた。
だが拓馬にはそれが理解できなかったのだ。まして今回は完全に自分に非がある。それなのに結衣はなぜこうも優しく声をかけてくれるのか。どうしてここまで冷静にいられるのか。その全てがわからなかった。
すると結衣は押し倒されていることに一瞬は驚いたが、すぐさま目線を逸らすと目から涙を流しながらその言葉に返答してくる。
「わ、私だって、不安だよ………。不安で不安で、どうしようもなくって……。毎日毎日元の世界に帰れるのかなって考えながら寝てる………。で、でも、そんな私たちを守ってくれる拓馬の姿を見せられたらそんな弱いこと言ってられないじゃない………」
拓馬はこの異世界に飛ばされて動転している勇者たちをすぐにまとめ落ち着かせた。その後もエルヴィニア秘境に向かうまでは必死に仲間たちのサポートをしていたのだ。それは結衣の目に本当に眩しく映りモヤモヤしていた恋心を完全に芽吹かせるまでに至った。
「結衣…………」
「だ、だからもし私が、暴走しちゃったら………。そ、その時はまた私を守ってね……?私の中で拓馬は王子様なんだから」
それはもはや告白同然の言葉であったが、結衣は特に気にすることなく言葉を述べていく。既に顔は涙で濡れており拓馬のベッドを濡らしている。だがそれでも結衣は口を動かしてその言葉を拓馬に伝えたかったのだ。
拓馬はその言葉を聞いて少しだけ戸惑った表情を見せたのだが、すぐに表情を変え今まで見たことがないような逞しい瞳を結衣にぶつけると静かにこう呟いた。
「わかった。僕に結衣を支えることなんてできるかわからないけど、それでも僕は結衣を助けるよ。絶対に元の世界に帰ろう」
「うん!」
結衣はその言葉に満面の笑みで頷くと、しばらくその余韻に浸っていたのだが少しだけいたずらな笑みを浮かべて自分を押し倒している拓馬に言葉をぶつける。
「一応言っておくと、拓馬が今左手で触ってるの私の胸なんだけど、それわかってる?」
拓馬はそう言われて目線を自分の左手に向けるとそこには、新調された白い鎧の隙間に自分の手が滑り込んでおり柔らかい物体を掴んでいる。
「あ!ご、ごめん!こ、これは事故で………そ、その……」
結衣はその初々しい反応に笑いながら身を起こすと服を整えて部屋のドアに向かって歩いていく。
「早くご飯食べること!いい?私は訓練に戻るから、拓馬も食べ終わったら来なさいよ?」
「あ、ああ、うん」
結衣は拓馬にそう言うとそのまま部屋のドアを開けて静かに退出する。
そしてその直後結衣はこう呟いたのだった。
「もう、そういうのはまだ早いんだから」
だがその顔は妙に嬉しそうだったというのは余談である。
こうして各陣営の準備は着々と進んでいく。
この戦争が一体何を齎し、何を示すのか。それを知る者はまだいない。
今回は、もうくっついちゃえよこの二人、と作者自身も思ってしまったお話でした(笑)
次回はハクサイドに視点を戻します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




