第二百六十三話 ありえない再会、四
今回でアリスとの対決は一度終わります!
では第二百六十三話です!
アリスが放った無数の剣はハクに目掛けて勢いよく放たれた。絶離剣の力を宿しているこの剣は一撃でもくらえば間違いなく致命傷に繋がるだろう。
仮に神妃の体であってもさすがにこの量と質の攻撃をくらえば大きなダメージは避けられない。絶離剣というのはレプリカや複製であってもそれだけの威力を叩きだす武器なのだ。
ハクはその攻撃が自分の近くにやってくるのをひたすら待っている。左手に持っているオリジナルの絶離剣を振るうわけでもなく腰にささっているエルテナを抜くわけでもない。
ただアリスの顔だけを見つめて自分の力を使うタイミングを窺っていた。そのハクからは一切の殺気は滲んでおらず神妃の力すら浮かび上がってきていない。
考えていることはアリスの攻撃をいかに殺すか、その一点だけ。
そしてハクの眼前一メートル手前までその剣が迫った瞬間、ハクは能力発動の文言を静かに唱えた。
「気配殺し」
その言葉はアリスには聞こえていなかったが、それでも目の前に起きている現象がハクの行動を知覚させた。
ものの数秒だけアリスの絶離剣はハクの気配殺しに拮抗したもののすぐにバラバラと瓦解していき音もたてずにその刀身を失っていく。ハクの体から出ている青白い煙はさらに勢いを増しこの中央広場全体に広がると、アリスが展開していた絶離剣を全て吹き飛ばした。
「俺の勝ちだな。生憎と気配殺しはそんな簡単に攻略できるものじゃねえんだよ」
「…………」
アリスは自身の力を注ぎ込んだ攻撃が跡形もなく消え去ったのと確認すると、完全な無表情でハクの顔を見つめる。
そこには何の感情も浮かんでおらず何を考えているかも読み取ることは出来ない。
するとその静寂を破るかのように気を失っていたはずのアリエスが呻き声を上げながら意識を取り戻した。
「う、……うん……?あ、あれ、私今まで何を………」
「動くな。下手に動くとあのクソ女が何をしてくるかわかんねえ」
「く、クソ女?」
アリエスはそうハクに問い返すとハクが見つめている少女の顔を観察する。その容姿は髪の色は違えど、どことなく自分の顔に似ているものであった。成長すればおそらく瓜二つになってしまうのではないかと思わせてしまうほどの容姿を携えた少女がこちらを見つめている。
(よ、よくわからないけど、あの人私にすごく似てる………。それにどこか引き寄せられそうになるというか………)
アリエスは頭の中でそう考えたのだが、すぐに思考を切り返すと近くに立っているハクに対して質問をぶつける。
「というか、またあなたが出てきてるの?ハクにぃは大丈夫なの?」
その質問を受け取ったハクはいつものように即答することはなく答えを渋るように口を開け、話し始めた。
「今回ばかりは知らねえとしか言いようがない。なにせ俺はあのリアとかいう神妃に呼び出されて表にいる。甘ちゃんのあいつがどうなってるかはわからねえよ」
「ッ!?」
(り、リアが!?で、でもリアが考えなしにこのハクにぃを出してくるはずがない。多分何か考えがあってこうなってるんだ)
するとその光景をジッと見つめていたアリスが不意に目を大きく見開くと、大きなため息を突いて口を動かし始める。
「はあ………。ちょっと諸事情が出来たかな。悪いけどこの勝負は持ち越しにするね」
「あ?逃げるっていうのか?」
「まさか、来るときに向けて引くだけ。今はオルナミリス様に呼び戻されただけよ。あの人にも何か考えがあるっぽいしそれに従うのも悪くないかなって」
「考えだと?」
アリスはそう呟くとそのままハクが使用している浮遊のように空に浮かび上がると、そのまま口角を上げるように微笑むと意味深な台詞をどんどん呟いていく。
「あなた達も帝国に召喚された勇者たちは知ってるでしょ?あれ、オルナミリス様が帝国の参謀に囁きかけて召喚させたものなの。そしてその帝国は近々本格的に動き出す。具体的には三週間後くらいかな」
「帝国の勇者………」
アリエスが若干顔を青ざめさせながら口を動かし声を発する。アリエスにとってみればエルヴィニアでの一件以来勇者にはいい感情を抱いていない。ゆえに嫌悪するのも当然だろう。
おそらくこの件はイロアが言っていた帝国のざわつきという奴で間違いないだろう。イロアは具体的な日付はわからないと言っていたがそれが三週間後に幕を開けるとアリスは言っているのだ。
「で、それを俺たちに伝えて何をさせる気だ?」
「今回の帝国はおそらく本気の戦いを挑んでくる。聞けば帝国騎士団や魔導師団も動くって言ってたから、相当の激戦が予想されるでしょうね」
オナミス帝国の騎士団と魔導師団というのは他国の間でもかなり有名になっている部隊だ。というのもその戦力は一つの国を壊滅させることが出来ると言われているほどで、実際に小さな隣国は過去に何度もその少数部隊だけで壊滅させられていているのだ。
実力的には全員がSSランク冒険者と並ぶとされ、今までは学園王国の学生戦力という見えない壁が抑圧していたため動いてこなかったが、今回はそれが動き出すらしい。
「それも星神の意思ってやつか?」
「当然ね。勇者はオルナミリス様が召喚したと言っても過言じゃないし、そもそも今回の作戦も全てオルナミリス様が立ててるの。そこに帝国の意思は介入しないわ」
「酷い話だな。帝国の軍隊を使っておいて自分は高みの見物ってか。性根が腐ってるとしか言いようがないぞ?」
今のハクはどれだけ強力な力を持っていても自分自身が戦わないと気が済まないタイプだ。ゆえにまるで自分の操り人形を動かすかのように帝国に指示を出している星神が気に入らない。
「馬鹿ねえ。オルナミリス様の手駒になれることこそが光栄なの。それを理解できていない人間は死ぬのよ。あなた達みたいにね」
「はっきり言うが今お前が全力で戦ったところで俺を殺すことはできない。その妄言は虚言にしかならないぞ?」
「今は、ね。だから一つ予言しておく。私もその帝国の戦いに参加するわ。と言っても私の目標はハクだけだけどね」
アリスは削王言うとさらに高度を上昇させその姿を薄くしていく。しかしその表情は今日見た中で一番笑っており何かを楽しみにしているような雰囲気を滲ませていた。
「つまり、俺たちもそれに参加しろと言いたいのか?」
「別にそうは言わないわよ。でももう一人のハクは絶対に私を追いかけてくる、でしょ?」
「チッ!」
今のハクであればどんな時でも非情でいられるが本来のハクは違う。おそらくアリスの顔を見ただけで真話大戦を思い出し動揺してしまうだろう。実際に先程のハクがそうだったのだ。
その言葉を聞いていたアリエスが何を言っているかわからないと言いたげな表情で凶暴なハクに問いかけてくる。
「い、今の、どういうことなの………?」
「ようするに甘ちゃんのあいつはあのクソ女にぞっこんってことだ」
「ッ!?」
『馬鹿か!何を勝手なことを言っておる!主様がアリスに執着するのはあくまでアリスを殺したことを悔いておるからじゃ!はき違えるでない!』
ハクがアリエスに放った言葉に反抗したのはハクの相棒であるリアであり、今のハクをしかりつけるように声を荒げた。
「うるせえ!どっちも一緒みたいなもんだろうが!」
ハクはその言葉を適当にあしらうがアリエスはどうやら違うようで、一瞬で表情を暗くすると自分の体を一歩下げ押し黙ってしまう。
(ハクにぃは…………。あの人のことがす、好きなのかな………?も、もしかして、私を盗賊から助けたのも私があの人に似てたから…………?)
しかし宙に浮いているアリスはさらに畳みかけるような言葉を吐きだしていく。
「だからもう一度言っておくね。私はオナミス帝国で待ってる。そこで決着をつけましょう?それにあなた達はオルナミリス様の下へ行くんだよね?だったら、第五ダンジョンがあるオナミス帝国には絶対に行かないといけない。それは避けられないはずでしょ?」
「何が何でも俺たちをその帝国とやらに行かせたいってわけか」
「私は別にそこまで言ってないよ。だけどあなた達が来なければ間違いなく帝国は他の国の軍勢を打ち倒すわ。いくらSSSランク冒険者が集まったところで勇者率いる帝国軍には抵抗できない。それはあなたもわかっているはず」
確かに勇者一人であればSSSランク冒険者であっても対抗できるだろう。しかし勇者は全部で十一人。さらにSSランク冒険者レベルの騎士団と魔導師団がいるのだとすれば、限りなくイロアたちの勝利は薄くなる。
仮に学園王国の学生を駆り出したとしてもそんなものは焼け石に水だ。所詮は帝国を抑えるだけの抑止力でしかない。
つまりアリスの言っていることは完全に的を射ているのだ。
「ふん、好き勝手言いやがって。どうせそんな御託を並べなくてもこの甘ちゃんは絶対に帝国に行くはずだ。それをわかっててつまらないことを言いやがってるお前は本当にクソ女だ」
「ふふふ、じゃあまた帝国で会いましょう?本物さん?」
「チッ!」
アリスはそう言うと空気の中に消えるようにして姿を消し、気配すら残さず姿を消した。
綺麗に舗装されていた中央広場はハクとアリスの戦いによって完全に瓦解しており、歩くのも困難な状況になってしまっている。
(どうせ、あいつが目覚めてもこの場所を元通りにする気力はないだろう。なら俺が直しておくしかないか………)
ハクはそう思い至ると慣れない手つきで神妃化による事象の生成を使用しその場所を先頭前の光景に復元させる。
(あとは仲間の容態だな)
ハクはそのまま気を失っているメンバーたちに完治の言霊を使用し体力を回復させ、一人一人体を起こしていく。
「おい、アリエス。お前も手伝え。ボーっとして暇はないぞ」
「え?う、うん………」
いつもならハクが驚くぐらい元気な表情を滲ませているアリスは何故だかアリスが消えた後も暗い表情を滲ませており、どもりながらハクの言葉に反応した。
ハクとアリエスは次々に仲間たちを起こし、意識を回復させていく。
「う、うん……。む、妾は何を……」
「な、何だか、頭がくらくらしますわ………」
「ちょっと、気分が悪いわね……」
「い、一体何があったのかなー………」
「あ、あれ、私はどうして気を失っていたのかしら………」
「同意見です、姉さん……」
ハクは全員が復活したのを見届けると、大きなため息をついて自分を呼び出したであろう神妃に対して声をかけた。
「一応俺の役目は終わった。だから大人しく引っ込んでやる。だが、一つだけ言いたいことがあるからよく聞け。あの甘ちゃんに一度話したいことがあるって伝えろ、いいなクソ神妃?」
『クソは余計じゃ!………本来ならお前の意見など聞いてやる必要もないのじゃが、お前も紛れもない主様じゃ。今回ばかりは頼まれてやる』
「ほう、ようやく俺の正体に気が付いたか。天下の神妃様にしたら随分と遅かったじゃないか」
『黙っておれ。そもそも十三年前など私も主様には出会っておらんわ』
「俺を封じ込めたのは二妃の力であり神妃の力だがな」
『だーもう!うるさい!さっさと消えるのじゃ!』
リアはそう言うとハクの人格を元に戻し、普段のハクに切り替える。するとハクはそのまま気を失い地面に倒れてしまった。
「ハクにぃ!」
アリエスはそれにいち早く気が付くとハクに駆け寄り何度もその体を揺らす。しかししばらくして小さな寝息が聞こえてくると、メンバー全員はとりあえず肩の荷を下ろしたのだった。
こうして本来生きているはずのないアリスとの邂逅は一旦幕を閉じる。
しかしそれは新たな戦いの幕開けでもあった。
次回からは気配殺しに宿っているハクとは一体何なのかという点にスポットを当てていきます!
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