第二百五十三話 王選五日目、二
今回で王選の五日目は終了します!
では第二百五十三話です!
「ど、どんどんシラ姉の力が膨らんでいっているよ………」
シラが放ってくる得体の知れない力がアリエスたちの作り上げた統制の檻を壊すように押し返してきている状況が先程から続いている。
今はその制御役が俺に変わっているがそれでも事態の進行は止められず徐々にだが、俺の力が押されていっていた。
単純な魔力量勝負ならば負ける気はしないが、どういうわけか追加されたシラの力は俺の魔力を食いつぶすかのように消滅させながら広がっているようで、シルの統制の檻が消滅するのは時間の問題になってきている。
「おい、マスター!あれは使用しないのか?」
キラがその現状を見ながら俺にそう問いかけてくる。
だがキラが言うあれにはまだ手を付けるには早いと俺は判断していた。それこそが俺の真の役目でありタイミングを窺っていたことでもあるのだ。
同様に気が付いているサシリも同じような目線を向けてくる。
「だ、だがあれはシラの不意を突かなければすぐにでも形勢が戻ってしまう。単なるその場しのぎにしかならない!」
俺は必死に魔力を統制の檻に流し込みながらそう叫んだ。事態が急を要するということは重々理解しているがこんなところで切り札を遣わされたくはないというのが俺の本心である。
「馬鹿か!この場をどうにかしなければそれこそシルの敗北に繋がる!残り三日を切っている今、ここでシルの統制の檻が消えてしまえば間違いなくシルに勝ち目はなくなるぞ!」
キラは俺の胸倉を半分掴むような形で顔を寄せてくると強い口調で言葉を投げかけてきた。
そんな光景を心配そうな目で見守っていたアリエスも俺の傍に駆け寄ってくると声をからすような大きな声で話しかけてくる。
「私には何を言ってるかわからないけど、この状況をどうにか出来るなら躊躇ってる場合じゃないよ!お願い、ハクにぃ!シラ姉のあの力をどうにかして!」
「ぐっ……。し、しかしだな………」
すると俺がその解答を出し渋っているタイミングめがけてリアではない声が俺の心の中に轟いた。
『ったく、シケた顔してんじゃねえよ。さっさとやるならやっちまえばいいだろうが。またその力が復活しようがその度にぶち壊せばいい、それだけだ』
その声の主は俺の中に宿っているもう一人に俺であり、俺が今から使おうとしている力から沸き上がってきていると推測されている人格であった。
ええい、わかったわかった!やればいいんだろやれば!
俺は半ばやけくそになりながらシルの統制の檻から魔力を切断すると、それをまたアリエスとサシリに繋ぎなおし能力発動の準備をする。
神妃化した状態で、右手をシラの力が蔓延している方向に差し出すとそのままあの破壊の文言を唱えた。
「気配殺し」
瞬間、獣国の上空に一瞬だけ水色の煙のようなものが出現し、シラの力に触れるとそれは物理法則も何もかもを無視した破壊を呼び寄せ、シラが元々発動していた統制の檻ごと跡形もなく消滅させた。
「あ、そういうこと……」
アリエスはその光景を見ながら俺がやろうとしていたことに納得すると首を伸ばしながらシラの力が完全に消滅したのを確認する。
俺が考えていたのは王選期間ギリギリのタイミングでのシラが発動した統制の檻破壊計画だった。気配殺しは学園王国でも使ったように基本的にどんなものでも破壊することができる。それは絶離剣のように単一の効果しかもたらさないというわけではなく、効果範囲を自由に変えることができるため、シラの統制の檻を破壊するために使用しようと考えていたのだ。
それも王選の終了間際にそれを発動させることでシラに反撃の余地を与えないまま勝負を決めるためにとっておいたのだが、予想よりも大分早くこの機会が来てしまったというわけである。
さらに言えばシラはこの学園王国で俺が勇者を倒す前に姿を消していたと推測されるためこの気配殺しという能力をしらない。ゆえに対策という対策も立てられないはずだったのだが、一度使用してしまうとさすがにそう言うわけにもいかない。
「これでとりあえずは窮地を脱しただろう」
俺はそう言うとそのまま翼の布の上に腰を下ろし、息を整える。
「ならば妾たちは作業を再開しよう。シラの力が完全になくなった今が一番の攻め時だろうからな。にしても何度見てもマスターのその力は恐ろしい。触れたものを問答無用で殺すなど、確実にぶっ壊れ性能だ」
キラはそう言うと半分笑いながら俺に背を向けてシルの統制の檻を制御していく。
「まったくね。一応私たちも全力で魔力を注ぐけれど、またあの力が出てきたらお願いするわ」
「ハクにぃも無理しないように頑張ってね」
サシリとアリエスもそう言葉を残すと自分たちの仕事に戻っていく。
切り替えは早くていいことだが、少しくらい俺を労ってほしいものだ、とは思いつつもみんな全力で戦っていることを改めて理解したので、新たな作戦を頭の中で練り上げながら転移でシルたちの下に移動する。
「あ、ハク様!今、あの得体の知れない力がいきなり消滅しましたけど、これはハク様が?」
エリアは転移で戻ってきた俺に向かってそう呟いてくると汗をぬぐう手ぬぐいを差し出してきた。
俺はそれを受け取りながら返事を返す。
「まあな。本当ならこれは最後まで取っておきたかった手段だったんだけど、この際仕方ない。キラとアリエスに怒鳴られたら逆らえないからな」
「ははーん、ハク君は本当に押しに対して弱いねー。まさかあの力まで使うとは思わなかったよー。気配創造とかじゃ追い付かなかったのー?」
ルルンは俺をからかうような目線を向けた後冷静に状況を分析して意見を述べてくる。
「気配創造だと時間がかかりすぎる。シラの力を全部吸い出すころにはシルの統制の檻は完全に消されていたと思う」
「ということは今はシラ君の力は消滅したということでいいのか?」
さらに立て続けにイロアが質問を放ってくる。これがおそらくシルたち表に立つ陣営に擦れば気になっていたところだろう。
俺はその言葉に無言でグッドサインを出し肯定のいしを示した。
するとそのサインを受け取ったイロアは口の端を大きく持ち上げ、大きな声で掛け声をかける。
「よし!シラ君の力が消えた今が一番の好機だ!全員全力で臨め!」
「「「「「「「「「「おーーーーーーーーー!」」」」」」」」」
イロアの言葉はこのテントの中にいる全員の意思をまとめ上げ、反撃の狼煙へと変化させていくのだった。
その掛け声とともにシルたちは続々外に出ていき演説を再開する。
シラの統制の檻が消えた今、シルの統制の檻は絶大すぎるほどの威力を発揮するはずだ。票数がまだシラに傾いているとはいえ、すぐにそれも逆転するだろう。
だが、まだ油断はできない。
王選の最終投票日は七日目。
つまり今日を制したとしても明日の六日目が残っているのだ。実際は七日目も多少活動できる時間があるのだが、やはりそれは微々たるもので明日が全てを決めると言っても過言ではない。
俺は一度エリアから渡された手ぬぐいを頭の上にかぶせ体温を落ち着かせる。その手ぬぐいはしっかりと水で濡らされておりその冷気は大量の魔力を消費し火照った体を急速に冷やしていく。
多分、今頃シラは慌てふためいているはずだ。
そして同時に新しい作戦も考えているだろう。シラも当然今から統制の檻を発動しなおすだろうが、それでも一度消えてしまったものを元の状態に直すには相当時間がかかる。
さらにシラたちにすれば最強の矛と思っていたその力が一瞬で消滅させられたのだ。警戒を示してきてもおかしくはない。
俺はそんなことを考えながら数分間だけ体を休めることにしたのだった。
「か、完全に私の力が消えたわ………」
「そ、そんな……!」
その頃、シラ陣営では。
ミルリス一族がこの獣国に残していた腕輪の力を使い、シルの統制の檻を破壊しようとしていた作戦が見事に打ち砕かれた事実に打ちひしがれていた。
獣国としてはシラの統制の檻さえあれば大丈夫だろうと高を括っていたこともあり、その力が消滅した今、かなりのピンチに陥っていたのだ。
当然シラはその力を消滅させた人間が誰かということは理解している。だが、シラの記憶にはこれほどまでに拡大された力を消滅させる能力は見たことがなかった。
(まさか、こんなに簡単に打ち砕かれるなんて思ってもいなかったわ………。奥の手ということでこの腕輪を使ったけれど、それでも対抗できないというのは厳しいわね………。檻は張りなおしたけど、すぐに最高出力を出せるわけじゃない。困ったわ……)
「シラ様、統制の檻のほうはどうなっているのでしょうか?」
近くに控えていたラミオが恐る恐るという雰囲気を滲ませながらそう呟いてきた。シラは大きく息を吐き出しながらそれに返答する。
「元から張ってあった檻は腕輪の力と共に消えたわ。一応もう一回張り直しているけど、おそらくこのままいけばシルの力に押されてしまうわね」
「で、ではどうすれば、いいでしょうか………。心苦しいですが我々は武に関してしか心得がありませんので、このような時の対処法はわからないのです……」
それはシラの周りにいる人間全てがそのようで、全員が暗い顔をして俯いてしまっている。
おそらく今頃王城にもその知らせは飛んでいるだろうし、国王とその家臣がまた何か考えているのかもしれないが、それを待っていられるだけの余裕はない。
だがそれでもシラは落ち着いていた。
どういう展開になろうとハクが件に噛んでいる以上、遅かれ早かれこの結果にはなるだろうと思っていたのだ。ゆえにその時の対策も考えてあるし、準備だってしてある。
(本当はこういう手段は取りたくないんだけど、ハク様が相手にいる以上このままだと私に勝ち目はない。勝利という一点だけに拘るなら、私にはこの方法しか残されていないわ)
シラは心の中でそう呟くと、隣に控えていたラミオの目を見て言葉を投げかける。
「ラミオ。昨日言った件は陛下に伝えてあるの?」
「え!?は、はい……。一応話してありますが………」
「その返事はなんて言ってたのかしら?」
「どうしてもやむを得ない場合は承認すると…………」
シラはその言葉に満足すると、勢いよく椅子から立ち上がりラミオの方に手を置きながら素のシラを出すような口調で話しかける。
「ラミオ、本当にごめんなさい。私の我儘でこのようなことに付き合わせてしまって。私はだめな女よ。自分の人生どころかあなたの人生まで狂わせてしまう。本当ならあなたの前に立つことすら失礼な話なのだけれど、できれば私の言うことに頷いてくれると嬉しいわ。もし嫌なら遠慮なく断っても平気よ」
シラの言葉はラミオの耳元で発せられ、柔い雰囲気を帯びながらラミオの脳内に響いていく。
ラミオがここでシラの提案を断ればシラの負けは完全に決定するだろう。それくらい事態は追い込まれている。
だがここでラミオがシラに手を差し向けることがあったとすれば、まだこの王選はわからないのだ。
ラミオは一度目を閉じ、シラの言葉をもう一度脳内で反芻させると、音がなるほど勢いよく両目を見開いてシラに頭を垂れながら跪いた。
「私の意思はシラ様の騎士になったときからシラ様に預けています。どうかお気になさらず、この身をお使いください」
シラはその姿にとても悲しそうな表情を浮かべると、一滴の涙を流しながら言葉を返した。
「ありがとう」
ハクの気配殺しによってシラの力が打ち砕かれた今、ハクたちも予想ができないであろうシラの反撃が開始されようとしていたのだった。
次回は勝負の王選六日目に突入します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




