第二百五十話 作戦開始
今回はハクたちがこの王選でどのような動きをするのかということを描いています!
では第二百五十話です!
『ほう。主様、あれを使うのか?』
「まあ、そういうことだ」
リアがみんなにも聞こえる声で俺に対して確認を取ってくる。
シルが統制の檻を使用できないなら、俺たちが代わりに使用すればいい。俺は今そう言ったのだ。そしてそれにはリアが保管しているとある神宝が必要になってくる。
俺はその言葉に口を開けて固まっているみんなの前に蔵の中からとある者を取り出した。
それは少々大きな懐中時計のような造りをした時計のようなものであり、文字盤はなく針が計六本突き出ている。文字盤がある場所には何やら奇妙な文字が大量に彫り込んであり、小さく光が点滅を繰り返していた。
「そ、それは、何ですか………?」
その時計を見たシルはおもむろに右手でそれを指さすと、その正体について問いかけてくる。
「戒錠の時計。リアは確かそう呼んでいたはずだ。まあ絶離剣や翼の布と同じ神宝の一つだよ。こいつを使ってシルの中にある統制の檻を発動させる」
「な、何を言っているかよくわからないのだが………」
イロアが顎を完全に落としたままさらに質問をぶつけてきた。
まあ確かにこんな得体のしれない時計を見たところで俺が何をしようとしているかなどわかるはずもない。
俺はその解戒錠の時計を自分の顔と同じ高さまで持ち上げると、それを見つめながらこの時計について説明を開始した。
「こいつの力は簡単に言えば装備者の時間の流れをコントロールするというものだ。例えばこの時計を装備して戦闘を行えば自分の時間を普通の何倍もの速度にあげて動いたり防御したりできる。まあ、今回は戦闘に使うわけじゃないからそういう使い方はしないけどな。今から俺がやろうとしているのは一時的にシルの中にある力の種の成長を加速させて統制の檻を無理矢理発動させるってことだ」
「力の種?」
ルルンが首を傾げながら俺に疑問符を投げつけてくるが、それをそのまま返すように話を続ける。
「力の種っていうのは俺が適当に名付けたものだが、シルが今後成長していく上で確実に発動するであろう統制の檻になる前の力のことだ。それをこの戒錠の時計で急成長させるんだよ」
「つ、つまり、その時計を使えば今すぐにでもシルは統制の檻を使うことが出来るということか?」
キラは俺の言葉に対して確認を取るように言葉を並べ、質問を投げてくる。
「ま、そういうことだ。後はその力を発動する魔力の供給源を俺たちに設定すればシルはなんの負担もなくその力を発動することができる」
いくらシルが統制の檻を使うことができるようになっても、まだその身に宿っている魔力量は少ない。であればその魔力を外から補ってやればいいだけなのである。
ちなみにシラはその身に宿している魔力を最大限に使用してこの国全土にわたって統制の檻を使っているが、それでもまだ涼しい顔をしていた。ということはそもそもこの統制の檻という力はさほど魔力を消費しないと考えられる。
とはいえそんなシラの力を超える出力を叩きださないといけない以上、シルの魔力だけでは足りないというわけだ。
「そんなに上手くいくものなの?魔力の供給は基本的にかなり神経をすり減らすものだわ。ハクのように事象の生成とかで一瞬でそれを可能にしてしまう場合は別だけど、私たちはそこまで簡単にできないわよ?」
それはもっともだ。今サシリが言ったことはこの世界において定められた不変のルールのようなもので、他人に魔力を受け渡すという行為はそう簡単に出来るものではない。
どれだけ魔力の扱いに長けていたとしても常に気を張り、集中しなければいけない作業なのだ。仮に失敗してしまうと体内の魔力が暴走して、下手をすれば死んでしまうことだってある。
だが、それは当然俺もわかっていた。
「それに関しては予め俺がシルとの魔力パスを通しておく。そうすれば何不自由なく供給が出来るはずだ」
魔力パスというのは生物が持つ魔力を流す管のようなものを指しており通常、魔力はそのラインを通って体に流れている。今回俺はそれを能力で引き延ばして他人の魔力パスと結合させようとしているということだ。
「で、その役目はアリエスとサシリにやってもらおうと思う」
「わ、私?」
「別に断る気はないけど、理由ぐらい聞いてもいいかしら?」
「特段変わったことはないさ。単純にこのパーティーの中で魔力量が多いメンバーを上から順に選んだだけだ。アリエスは魔本によって魔力の供給があるし、サシリは地の魔力量がかなり多い。それを考えたうえでの人選だ」
するとそんな俺の言葉に反論するかのようにキラが声を上げる。その表情はなんというか不貞腐れたようなもので明らかに不満が滲み出ていた。
「ちょっと待てマスター。魔力量なら妾がおそらく一番多いぞ?それはマスターもわかっているだろ」
確かにこのパーティーの中で一番強くて魔力量にも富んでいるのはキラだ。それは精霊女王として長年培ってきた時間の積み重ねも影響しているが、それでもサシリの全力状態よりもキラのほうが若干強いことは理解している。
「ああ、わかってる。だからお前には二人の魔力によって発動された統制の檻を制御してほしいんだ。おそらく今のシルじゃ完全な制御はできない。まして今回はアリエスとサシリの魔力が上乗せされるからな。この繊細な作業はお前にしかできない」
「むう………。そういうことならば仕方ないな」
キラは少しだけ頬を赤らめながらそう答えると、俺から目線を外し違う方向を向いてしまう。
あれ、俺なんか変なこと言ったっけ?気に障ることでも喋っちまったかな。
『はあ、これだから鈍感は………』
『あ!?それ、どういうことだよ!?』
俺は突如声を上げてきたリアに質問を投げかけるが、その質問は返答されることはなく無視されてしまった。
とりあえずこのまま無言でいるわけにもいかないので話を進める。
「で、エリアとルルン、そしてクビロとイロアはシルのサポートに転じてくれ。王選に参加すればシルの身に危険が及ぶかもしれない。その護衛とシルの身の回りの世話を頼む」
「わかりました!全力でシルを守ります!」
「オッケー!不意打ちなんてしてこようものなら、一瞬で吹き飛ばしちゃうよー」
『任せておくのじゃ。シルには指一本触れさせんわい』
「了解した。我々のメンバーも何人か傍に配置させておこう。戦力は多いに越したことはない」
今から俺たちが戦う相手は獣国そのものだ。その中にシルを一人で置いておくあまりにも無防備すぎる。ゆえにSSSランク冒険者にSSランク冒険者、さらにSSSランク冒険者に匹敵する力を持っている王女、この三人を配置しておけば問題ないだろう。
俺だってこの三人を同時に相手取ろうと思ったら、かなり骨が折れる。だが、それだけの戦力をシルの周りには配置しておかなければいけないと俺は判断したのだ。
ちなみにクビロは俺の言葉を聞いた後すぐにアリエスの髪の中から飛び出し、シルの髪の中に入っていた。おそらくシルに一番近いところでその身を守るつもりなのだろう。
「あとイロアはシルの参加が決定したら、シルの宣伝用品諸々の制作も頼む。こればかりは俺たちじゃできない」
「いいだろう。今国中に張り出されている程度のポスターであればいくらでも量産しよう」
シルの統制の檻を使用することもそうだが、王選は地道な宣伝も必要になってくる。そもそも統制の檻はあくまで生き物に宿っている深層心理を大きく動かすことで統制を図っている力だ。であればその地道な宣伝も効果がないとは言い切れない。
するとメンバーの役目を振り終わった俺にアリエスが声をかけてくる。
「じゃあ、残ってるハクにぃはどうするの?」
そう、ここまで人選が終了して残されているのは俺だけなのだ。しかし俺とてやることがないわけではない。
俺は近くの机に置かれていた王選参加用紙のとある欄に無言で自分の名前を書き込んでいく。その文字は少しインクが滲んで汚くなってしまったが、それでも読めないレベルではない。
それを部屋の空気に当てて軽く乾燥させると、アリエスに手渡してそれを読み上げさせる。
「え、なにこれ。…………えーと、直属騎士ハク=リアスリオン………。あ!そういうこと!」
俺は大きくなずいているアリエスに笑いかけると、そのままみんなにもわかるように説明する。
「俺は今回シルの直属騎士を務める。本来ならば獣国側が勝手に当てがうらしいが、そんなもの知ったことじゃない。基本的にシルの身の回りの世話はエリアとルルンに任せるが、それでも追い付かない時は俺を呼ぶという算段だ。」
王選に参加する場合は必ず直属騎士が必要になってくる。仮にここで獣国側の騎士を雇ってしまえばそれこそこの作戦は泡沫となって消えてしまうだろう。
ゆえにSSSランク冒険者である俺がそのポジションに入ることでその枠を埋めてしまうというわけだ。
しかしまたしてもここにキラが不満を言いたそうな表情で話しかけてくる。
「おい、マスター。それではマスターだけやけに楽ではないか?ちょっとズルい気がするぞ………」
まあそう思うだろうな。
実際に俺が直属騎士としてやることというのは殆どない。護衛はエリアたちに任せてあるし、統制の檻に関してもキラたちが担当している。
だが、だからといって俺のやることがまったくないというわけではない。
俺はそんなキラに軽く笑いかけると、そのまま無言でこの部屋の上空を見つめた。
その時間はたっぷり三十秒ほど続き、部屋に沈黙が流れる。
するとしばらくしてキラは何かを悟ったかのように目を見開くと、大きく息を吐き出して肩を落とすと仕方がないと言いたげな顔で首を縦に振る。
「なるほど。確かにマスターにしかできないことではあるな、それは」
「え!?今ので何かわかったの!?」
アリエスが驚いた声を出しながらキラに駆け寄っていく。
まあ今ので事態を理解できる奴などそうそういないだろう。実際に理解できているのはキラだけのようだし。
そして俺は最後に綺麗な服装に身を包んでいるシルと同じ高さに目線を持っていくと、そのままその目を見つめて言葉を紡ぐ。
「シル。俺たちは全力でお前の王選を応援するし、サポートもする。だけどこの王選で一番頑張らないといけないのは誰でもないシル自身だ。わかってるな?」
「はい!」
この戦いは能力やら人海戦術やら色々なものが絡んでいるが、それでもその中心に立っているシルが頑張らなくては動くものも動かなくなってしまう。
俺は元気よく返事を返してきたシルの頭をもう一度撫でると、そのまま勢いよく立ち上がり高らかに声を上げた。
「よし!いいか、俺たちはシラと連れ戻すため、そしてこのくだらない王政を壊すためにシルを国王にする!絶対に気は抜くなよ!」
「「「「「「「おーーーーーーー!!!」」」」」」」
それからしばらくして。
獣国ジェレラート王城の会議室。
ここには現国王やその家臣、さらにラミオを含めたシラたち王選の参加メンバーが集まっていた。
その会議はこれからいかにしてシラを王にするかという内容のもので、すでに一時間ほど続いている。
とはいってもシラの人気は既に国中を覆いつくしているので、いまさら何か話すことというのはないのだが、それでも雑談のような会話が永遠と繰り広げられていたのだ。
(はあ………。早く終わらないかしら。さすがに一時間は長すぎね)
シラはそう思うと誰にも気づかれないように小さく欠伸をし、目を右手でこする。
するとその瞬間、その部屋の扉が勢いよく開かれ外から一人の兵士が転がり込むようにして部屋に入ってきた。
「何事だ!!!」
家臣の一人が、その兵士に向かって罵倒するような言葉を投げつける。しかし、その兵士はその言葉すら耳に入っていないようで、自分が手に握っていた紙に書かれている内容の文を大きな声で読み上げる。
「ご、ご報告します!ただいまシル=ミルリスという七歳の少女が今回の王選に参加を表明しました。なおその参加票には二人のSSSランク冒険者とカリデラ城下町君主、さらにシルヴィ二クス王国と学園王国国王の推薦状が付与されていたそうです!」
「な、なんだと!?」
これには黒い毛並みを持っている現国王も驚いており、声を荒げて兵士を睨みつけた。
「それは受理したのか?」
「は、はい。さすがにこれだけの推薦状が入っていますと断るのは困難ということでしたので……」
「むう………。こ、これは一体どういうことだ。しかもミルリスという名はもしや………」
その国王が自らの顎に手を当てて現在起きている事態を考えているとき、隣に座っていたシラはその事態の真相を誰よりも早く見抜いていた。
そして何かを見据えるように目を細めると、小さな声で一言声を吐きだす。
「考えましたね、ハク様………」
この瞬間、獣国ジェレラート王選四日目にして本当の戦いが幕を開けたのだった。
次回はついに王選が幕を開けます!
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