第二百四十八話 決意
今回はハクの作戦内容が明らかになります!
では第二百四十八話です!
俺は「運命」という言葉が嫌いである。
運命とはその世に存在するもの全てに与えられた人生のレールのようなもので、そのものがどれだけ足掻こうが変えることのできない未来を指す。
神でも世界でもなくある何かに基づいて自分の未来が決定づけられているという普遍的な人生、それが運命だ。
だが何故自由な選択をできる俺たちに運命などというものが必要なのか、俺はそれが理解できない。自らが選択した未来を他の誰かが決めた道の上だったなんて結末は想像しただけで寒気が走る。
そもそも自らが動いても動かなくても未来が決定づけられているというなら人生なんて単なるシナリオゲームと同じになってしまうのだ。そんな決められたゲームをやっていたところで生きることの楽しさなど見出せるはずがない。
ゆえに俺は「運命」という言葉が嫌いなのだ。
とはいえこれには賛否両論あるということも理解している。
しかし今回のシラが口にした運命という奴だけは絶対に受け入れられなかったのだ。
俺がシルを膝の上に抱きかかえその頭を撫でながらこれからの指針を指し示すと、その言葉にわなわなと肩を震わせていたイロアが俺に向かって怒鳴り声をあげてきた。
「ば、馬鹿なのか君は!シラ君だけでなく、シル君までこの王選に参加させるだと!?そんなことをしたらシル君までこの国に捕まってしまうかもしれないんだぞ!?とち狂ったのか!?」
「とち狂ったとは失礼だな。俺はしっかりと考えて発言している。むしろ俺にはこの方法しか思い浮かばない」
「なんだと!」
イロアは俺に対して殺気じみたものを滲ませ、腰にさしている片手剣に手を伸ばす。
おそらくイロアはしっかりとシラとシルのことを考えているのだ。俺が今から実行しようとしていることがどんな結末を引き起こすのかを予想し言葉を呟いてきている。
自分のパーティーメンバーではないシラやシルのことを大切に思ってくれることは俺も嬉しいし感謝している。
だが、まだ読みが甘い。
「まあ、少し落ち着くんだな。マスターも考えなしに言っていないだろう。決断を下すのはそれを聞いてからでも遅くはない」
「しかし………」
キラはそんなイロアを落ち着かせるようにジッと俺の方を見つめながら言葉を吐きだした。
「そういうことだ。俺の話を聞いてそれでも納得がいかなかったらいくらでも相手になってやる。気のすむまで付き合ってやるさ」
俺はイロアに目線を投げ口を動かすと、そのままシルの腕を持ち上げて落ち着くように促す。
「…………いいだろう。話すといい」
イロアはまだ何か言いたそうだったがそれでもその感情を押し殺し、その場に腰を下ろした。その姿を確認した俺は声のトーンを少しだけ下げながら話し始める。
「今回開かれている王選のルールは二つ。一つは獣人族であること。二つ目は一週間という投票期間内により多くの票を集めたものがこの王選に勝利する。この二つだ。それはいいだろう?」
「う、うん」
アリエスが床に腰を落としながら返事を返している。
「で、俺たちの当面の目標はシラを王座につけさせないことだ。当然俺たちの下に戻ってきてくれれば言うことはないが、とりあえずは国王という地位にさえついていなければいくらでも対策のしようはある」
「それはわかっている。だが、それとシル君が王選に参加するということに関してどんな関係があるというのだ?」
イロアはまだことの全容が掴めていないようで俺に問いを投げかけてくる。まあ、ここまで説明すればある程度わかっていてもおかしくはないのだが、おそらくイロアは俺の口からそれが語られるのを待っているのだろう。
「つまりだ。獣国の連中はどういうわけかご丁寧に王選という公式の舞台を利用してシラを国王にしようとしている。であれば、俺たちもその舞台で戦ってその王座をもぎ取ってしまえばいいということだ」
「…………ということは、シルをこの王選に出場させ、シラよりも多くの票を獲得してしまおう、ということですか?」
エリアが俺の顔を覗き込むようにしてそう言葉を投げかけてきた。
「まあ、そういうことだ。シラのやつは国王になったところで過去の獣人族の罪を償うことしか頭にないが、シルの場合は違う。本来国王という地位についてしまえば多少の無理は通るものだ。その権限を生かしてシラとシルをこの国から解放する。他でもない国王になったシルがそれを宣言するんだ」
俺の言っていることは、シラよりも多くの票をシルに集めさせシルを一度国王にした後、その権力でシラとシルをこの国から永遠に切り離させるというものだ。かなりの暴論だが、俺が力を使ってシラをかっさらうよりはかなり安全な方法だろう。
「た、確かに、それは筋が通っているが………」
イロアは俺の言葉を聞き終わると少しだけ暗い表情をしながら俯いてしまう。
言いたいことは大体わかっている。
簡単に言えばこの作戦を成功させるだけの現状が整っていないのだ。
シラはここ数日間で統制の檻の力を使い国民の大半の票を集めてしまっている。この投票というのはあくまでも仮集計のものなので最終日までならいくらでも変更が効く。だが、それでも今のシラが集めている票数というのが莫大すぎるのだ。
さらに今もなお統制の檻の力は発動され続けている。いくら同じミルリス一族のシルといえど統制の檻が使えない上にこれだけの票数が開いてしまうと追い越すというのは正直言って厳しいのだ。
どうやらそれはここにいる全員が気が付いているようで、顔を下に向けてしまっていた。
だが、この作戦を発案した俺がその対策を考えていないわけがない。
「それに関しては心配ない。シラが三日でこの国の意思をまとめ上げたというのなら、まったく同じことをすればいいだけのことだ」
「な、何か方法があるの、ハクにぃ?」
俺は心配そうな表情をしたアリエスに笑いかけながら言葉を紡いでいく。
「まあな。それはおいおい説明するよ。そして、この作戦を実行する前に一つ聞いておかなければいけないことがある。みんなは俺の意見に賛成してくれるか?」
そう、この作戦は俺一人でもできないことはないのだがより人数がいたほうが進行させやすい。それに俺は言い方を悪くすれば自分のメイドを取り戻すためにその妹を利用するのだ。パーティーのリーダーとしてこれだけは確認を取っておかないといけない。
もし仮に反対意見が多ければ違う作戦を考えなければいけないだろう。それこそ俺単身で王城に乗り込むことも視野に入れないといけないかもしれない。
すると真っ先に手を挙げたのは俺の契約精霊キラだった。
「妾は元よりマスターの精霊だ。マスターの意思に背く気はない」
さらに残っているメンバーも続々と手を上げていく。
「私も異論はありません。シルには本当に辛い役目を押し付けてしまいますが。私もこの方法以外に穏便な手段を思いつきませんでしたので……」
「私もこの案でいいかなー。シラちゃんにもう一回会って話をするっていうこともなくはないと思うんだけど、やっぱりさっきの顔をみちゃうとそれもダメかなーって」
「ハクが言っていることは今まで外れたことがないわ。だから私もこの案には賛成。シルには迷惑をかけちゃうけどそこは私たちが何とかサポートして支えていくわ」
残っているのはアリエスとイロア、そしてシルだ。
アリエスは俺の膝の上に乗っているシルの顔を覗くようにして言葉を投げつけた。
「し、シルはどう思ってるの………?」
「わ、私は………」
シルからすればいくら姉が助けられるからと言って自分を一度王座に立たせなければいけない負担を背負うことになる。俺たちがどれだけ意見を述べようが作戦のかなめであるシルが頷かない限り実行することは出来ない。
するとシルはそのまま数秒間、俯きながら何かを考えると、目を大きく見開き俺の方に振り返ると覇気の籠った声で俺に呟いてきた。
「姉さんは最後の最後で主であるハク様を信じられなかった。だから今、あの城の中に閉じこもっている。だけど私はハク様を信じます。そして姉さんを絶対に連れ戻します!それが私の意思です!!!」
その表情は今まで見てきたどんな顔よりも決意に満ちたもので、俺ともあろうものがその気迫に少しだけ押されてしまった。
俺は一秒ほど口を開けて固まっていたが、すぐさま顔に笑みを作るとそのままシルに言葉をかける。
「自分で発案しておいてなんだが、おそらくこの作戦は相当難しいものになる。シルにかかってくる負担もかなり大きいだろう。それでもいいのか?」
「はい!私はもう引き下がりません!姉さんが一人で背負いこもうとしているのなら、それを粉々に砕いてみせます!」
シルの言葉を聞いた俺は軽く頷くと、まだ返答を返していない二人の意見を待った。
「ということだ。シルはこの通りやる気になっている。二人はどうするんだ?」
するとそのうちの一人であるアリエスは俺とシルを交互に見つめると、そのまま勢いよく立ち上がって満面の笑みを見せると元気よく口を開いた。
「そういうことなら、私だって全力でサポートするよ!私もシラ姉の考えには賛成できないからね!」
ということは残っているのは最初に俺に抗議の声を上げてきたイロアだけだ。
イロアは俺たちの言葉を全て聞き終わると、とてつもない大きなため息をついて何かに呆れるような表情で少しだけはにかみながら言葉を呟いてきた。
「はあ…………。シル君に反対の意思がないのなら、反論できるわけないだろう?わかった、我々も協力しよう。帝国が動き出したという情報もないし、当面は問題ないだろう」
これで全員の賛成票が出そろった。
であればこれからはシルの王選立候補の手続きに移るだけだ。
どうやら俺と同じ考えに至ったであろうエリアが俺に質問をぶつけてくる。
「ですが王選期間が始まってしまっている今、その王選に立候補できるのでしょうか?シラには現国王の推薦状があったと聞いていますし、そう簡単にいくかわかりませんよ?」
エリアの言っていることは確かに的を射ている。
王選は既に始まっており、なおかつ獣国サイドは完全にシラに味方をしている状態だ。生半可なカードでは王選に食い込ませることはできないだろう。
だが、それには考えがある。
というよりは予め準備させていたというところか。
「それにはSSSランク冒険者である俺とイロアの推薦状を付ける。だがもしこれで不十分だった場合は………」
「「「「「「「場合は?」」」」」」」
俺は声をそろえて首を傾げるメンバーとイロアに向かって目を閉じながら笑みを浮かべると、魔力を集中しとある術式を発動させた。
「おい、聞こえているな?準備は出来たか?」
『私を誰だと思っている。シルヴィ二クス王国の騎士団長だぞ。なめてもらっては困る』
『まったく同意見だ。私も一応シンフォガリア学園の学園長なのだぞ。抜かりはない』
「し、シーナさんと学園長!?は、ハクにぃ、これって………」
アリエスが口をパクパクさせて俺の魔力を伝って聞こえてくる念話に耳を澄ませながら驚きの声を上げる。
だが、今はその言葉に反応せず、この場にいる全員の顔を眺めながら最強のカードの到来を俺は静かに告げた。
「シルヴィ二クス王国と学園王国国王直々の推薦状、これさえあれば獣国の連中だってシルを無視することなんてできないだろう?」
こうして、俺がこの獣国に来るまでに各地を転々としていた理由が徐々に明かされていくのだった。
次回はシルが王選に立候補します!
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